対等な間柄でなければ喧嘩にはならない。
──魔王城 西塔8階──
寝室にクスクスとエリーの澄んだ笑い声が響く。
「それは大変でしたね。苺の管理はどなたが?」
「一番興味なさげだったからタクトに任せたよ。嫌そうだったけどね」
フリーズドライ作りの後、日頃の疲れもあったのかベッドで暫く眠ったタクトが仕事に戻ったのは夕方に近い時間で、その結果、時計の針が20時を回った今でも執務室に缶詰だ。
申し訳ない気持ちはあるものの、これ幸いと私は昨夜から全く進んでいないスキルボールへの技入れを必死こいてやっている。
両手にボールを持ち、同じ魔法を同時展開して数をこなす。
タクトにフリーズドライ苺作りを手伝って貰っただけに、出来ませんでした! なんて……そんな恐ろしいこと言えない。
先日倒れたタクトは、休憩無しでの仕事と21時以降の仕事にドクターストップならぬ魔王ストップが掛かっているから、タクトからの宿題タイムリミットは1時間を切った。
ティーカップに残っていた紅茶を飲み干し気合いを入れると、隣に座るエリーは赤く染まったスキルボールが入った箱の蓋を閉めた。
「お、わり……ましたぁ!」
「お疲れ様~! 私はもうちょっとだ!」
「頑張ってください!」
気持ち良さそうに背伸びをするエリー。
今日1日ずっとスキルボールに技を入れ続けていたらしく、やりきった顔をしている。
「雷棒も何とかしたいんだけどね」
寝室が爆発物製造室になっている今、スキルボールを大爆発させる可能性がある雷棒は隣の書斎に置いてある。
やるせない気持ちで寝室の扉を見ていると、エリーが空になっていたカップに紅茶を注いでくれた。
「出来ることから頑張りましょうユイさん」
「そうだね。とりあえずタクトに怒られないようにしなきゃね」
「はい」
美しい笑みを浮かべながら、エリーは自分のカップにも紅茶を注ぐ。
前世では兄しか居なかったけど、お姉さんがいたらこんな感じなんだろうか。
「あ、エリー。光魔法のパン、ガスパーの夫妻がgoサイン出してくれたらエリーにも1つ買ってくるね」
「わぁ嬉しいです! ありがとうございます!」
エリーは手を胸の前で合わせて、さっきよりも可愛らしい笑顔をくれた。本当に素敵なお姫様だ。
何でよりにもよって好きになったのがお兄さんになんだろう。幸せになって欲しいけどお兄さんにエリーは確実に勿体ない。
「編んであるパンなんですよね?」
「うん。チョコマーブルのミルクパンでね、旦那さん凄いんだよ? 1週間でもう編むの慣れちゃって綺麗に──」
「どうしました?」
慣れ……。
そうだ。
何で気付かなかったんだ。タクトだって前に私は実戦型だと言っていたのに。
「ちょっと……出てくるね」
「えっ、ユイさん!?」
持っていたスキルボールを箱に戻し、コートを持って書斎へ向かう。
書斎のデスクの上にある花瓶に刺してあった雷棒を抜き取り廊下に出ると、ゲートキーパーのファングさんが立っていた。
「お疲れ様です」
「おぅユイ、腹でも減ったか?」
「ちょっと試したいことがあるので屋上まで。今、中で雷棒いじらない方が良いと思うので」
ファングさんは雷棒をチラッと見て、「そのコートじゃ寒い」と魔獣の毛皮コートを貸してくれた。かなり大きくて足元までスッポリと隠れる。
モフモフしていて魔獣になった気分だ。
「ありがとうございます。凄くあったかいです」
「だろう。雨上がりは瘴気が濃くなるから、ユイは大丈夫だろうが、一応早めに戻ってこいよ?」
「はい。お母さん」
「誰がお母さんだ」
そう言いながら、ファングさんは余った袖をクルクルと巻いてフードを被せてくれた。
やっぱりお母さん……。
「ファングさん兄弟居ます?」
「下に7人な」
「なな……なるほど、だからか。じゃあ行ってきます、ファングお兄ちゃん」
「アホか」
頭を軽く小突かれたけど、その顔は満更でもなさそうだ。
手を振ってファングさんと別れ、屋上への階段を上り、天井にハマる木蓋を開ける。
フードを少し捲りながら顔だけ出して周囲を伺うと、確かに瘴気がいつもより濃い。
「でもお兄さんが出す瘴気程ではないかな」
よいしょ、と屋上へ上がり木蓋を閉める。
「“命の芽吹きをたすく一射・麗春の長弓”──っ寒~!!」
服装がいつものコスプレ袴に変わり、一気に薄着になった体に刺すような冷風が容赦なく吹き付け、思わず身を屈めた。
「かっ解除解除!!」
服が戻り、ファングさんの毛皮の防御の高さに本気で感謝した。
魔界の秋の夜を完全に甘く見ていた。今の一瞬でHPがゴリゴリ減った。
これは、ヤバイかも。
食事会のお金が貯まるのはどう考えても冬……昼間でもこれ以上の寒さになるかもしれない。本番震えてたら矢を射るどころの話じゃない。
春まで待つ? でもエリーの事を考えると早い方がいい。
袴の上にコートを羽織るか。
……いつものコートじゃダメだってファングさんも言ってたし、こんなモフモフのコートじゃとてもいつも通り射るなんて無理。
それならタイツ、レギンス……股引……この寒さで意味あるか?
いや、ちょっとまて。いつもパッと出てパッと消えるからわからないけど、そもそもコスプレ袴は脱げるのか?
身を屈めたまま悶々と石の床を見つめて悩んでいると、後ろにある階段への木蓋がガタッと持ち上がり、タクトが顔を出した。
「ユ──っ! 魔獣!?」
えっ魔獣? どこ!?
キョロキョロと辺りを見るがその姿はなく、ハッと自分の姿を思い出した。
暗闇で踞る全身モコモコ。確かに今の私は魔獣っぽい!!
タクトは即座に戦闘体勢に入る。右肩から左肩まで動かした右の手のひらには揺らめく炎が浮かび上がる。
待て待て待て待て!
「タッタクト! 私私! ユイ!」
慌てて目深に被っていたフードを持ち上げると、炎は消えてなくなりタクトの口許が安心したようにゆるんだ。と、同時にいつもの呆れ顔になった。
「魔獣の中から気配がするから食われたかと思った」
「ごめんごめん」
「そんなの着てこんなところで何やってんだ?」
タクトは言いながら屋上に出てこようとしたけど、その寒さにブルッと震えて、薄情にも無言で階段に戻り、顔だけ出した。
もぐら叩き感が凄い。
あぁ、でもタクトは防寒具類を何も着てないし、瘴気も濃いから出てこない方が良いかもな。
「雷棒の矢への成形で試したいことがあったから来てみたんだけど、思った以上にあの服寒くて」
「防御低そうだもんな。中でやったらいいだろ」
「上手く出来たり、変化無しなら良いけど、万一暴走して城壊したら嫌だしさ」
そんなことになったら、またお金の心配をしなくてはいけない生活になってしまう。
「タクトの肉体強化の魔法で何とかなんないかな」
「強化はされるが感覚も鋭くなるから、変化なしか、逆に寒くなると思うぞ」
「じゃあ感覚鈍くはならない?」
「凍傷になって気付かなくてもいいなら掛けてやる」
それは嫌だ。
青い顔でフルフルと首を横に振るとタクトからフッと笑みが漏れた。
「……今ユイが試したいことは弓で射なきゃいけないのか?」
「ううん。射るまでの動作をするだけ」
タクトは顎に指を当てて少し考えた後、私をじっと見た。
少し熱のこもったその視線に狼狽える。
恥ずかしいからあんまり見ないでほしい。何なんだ一体。
「……寒さについては俺が何とかする」
「あ、ありがとう助かる! じゃあ、今回はコート着たまま試してみようかな」
コートを脱いでから袴に着替える為に、階段を降りようと立ち上がった瞬間、浅く被ったフードの隙間から風が入ってきて、キュッと肩を竦めた。
「あ、タクトは危ないから階段の下に居てね」
フードを深く被り直して、両頬にフードの脇を寄せる。
「……は?」
タクトのどう聞いても機嫌の悪い声がして、焦って見ると、その瞳が深緑を通り越してどす黒く変わり、外気以上にヒヤッとした何かが体を巡った。
読んで頂きありがとうございました。
私事で間があいてしまい、すみませんでした(>_<)
生存確認メッセージありがとうございました!激務の合間にほっこりしました! 嬉しかったです!
評価、ブックマークもありがとうございました!感謝です!




