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自分を見失うほど好きになれるものがあるというのはある意味羨ましい。

「ほ、本当にすぐ来た」


 食堂で社割の効く私が、タクトとガヤさんのお昼ご飯と苺を調達していると、ダミアンさんが医務室に向かって廊下を歩いていくのが見えた。しかも早足。

 ちょうど昼時だったからすぐ来れたのかもしれないけど、終日多忙なことが殆どなのに、呼んでから現れるまで異常な早さだった。


 ガスパーパン屋というのは甘党にとって本当に魅力的らしい。


「はいよ、ユイちゃん。パンケーキ(大)とセットのストロベリーココアに、オムライス(小)とセットのコーヒーと苺10個な」


 お礼を言い、受け取った料理をサービスワゴンに乗せて部屋に戻ると、タクトとガヤさんは自分のランチを持って、各々適当な場所に置いて食べ始めた。



「お呼びだてしてすみませんダミアンさん。お昼は食べられました? 何か買ってきましょうか?」

「もう済ませましたので大丈夫ですよ。それでガスパーの試作とは……」

「新作に光魔法パンを作りたいから手伝って欲しいと夫妻に頼まれたんです。それでフリーズドライの苺を作りたいと思いまして」


 ダミアンさんの目がスッと細くなる。


「フリーズ、ドライ?」

「ダミアンも知らねぇのか。水分の無い苺になるらしいぞ?」

「……水分の無い苺が美味しいのですか?」


 口許にクリームを付けたガヤさんが、モゴモゴと咀嚼しながら楽しそうにそう言うが、意味がわかっていないダミアンさんの眉間にはシワが一本刻まれ、私に「説明を」という視線を寄越した。


 説明と言われてもザックリとした原理がわかるだけで、キチンと説明できるほど詳しくない。あくまでも私の知識はクイズ番組の解答レベルだ。


「えぇと、食べ物を凍らせて真空に近い圧力で乾燥させると食べ物の水分が抜けてサクサク食感の美味しい苺になるんです。圧力が低い空間では、沸点が低くなって、加熱すると昇華……えっと、氷が水にならずに気化するんだったと……思います」


 (仮)の説明をするのは本当に気が引けて視線が泳ぐ。

 泳ぎ着いた先はオムライスに食らいついているタクトだった。

 前世のモノについてタクトに助けを求めるのは意味のないことなんだけど、頼るのが最早癖になっているせいで、つい見てしまう。なんとも情けない。


 ものの数口でオムライス(小)を食べ終わったタクトは、スプーンを置いて、ナプキンで口のまわりをのんびり拭く。


「ユイ、とりあえずやってみたらどうだ」

「どうやって? 専用の機械が要るよ?」

「どうもこうも、凍結させて低圧で乾燥だろ?」

「え?」


 タクトは言いながら親指で自分の胸元を差し、目線でダミアンさんとガヤさんを指した。

 タクトは乾燥(炎魔法)、ダミアンさんは凍結(氷魔法)が使えるけど……。


「気圧を下げるなんて無理だよね」


 シンと静まり、部屋に残念な空気が漂う。


「え、出来るの?」


 そんな空気をガハハ笑いで一掃したのはガヤさんだった。


「気圧の操作は風魔法の基本だぞ。まさかお前「風よ吹け~」とか唱えるだけで勝手に風が吹くと思ってたのか! 笑えるな!」


 日頃のツケがたまっていたのか、ガヤさんはここぞとばかりにバカにした口調で上から語りかけてくる。


「きっ、気圧の変化で風が生まれるのは知ってましたけど! それが魔法と関係してるなんて思わなかっただけです!」


 ガヤさんのあまりのドヤ顔に悔しさが溢れ、子どものように唇を尖らせて睨むと、鼻で嗤われデコピンされた。

 なんたる屈辱!! 


「タクトは知ってるのになぁ」

「タクトは道具屋だから多方面での知識が必要なんです! ただの宿屋の娘に自分の保持魔法以外の知識を求めないでください。それに、光魔法は自然界には無い魔法だから唱えるだけなんです」

「光魔法も結構適当なんだなぁ。ガハハ!」

「なっ」


 気圧がどうこういう魔法と比べて、光魔法が適当か適当じゃないかと言われれば適当だから何も言い返せない。


 揶揄う様に、私の顔にガヤさんの風が通り抜け、ドヤァが増す。デカイ図体のくせに嫌がらせが細かい。


「タクトもそう思うだろ?」


 手櫛で髪を整えながら、「ぐぬぬ」と唇を噛んでガヤさんからの辱しめに耐えていると、タクトの溜め息が聞こえた。


「ガヤ、女虐めて楽しいか?」


 タクトがまさかの私の援護についた。


「良いぞタクト! もっとやれ!」


 手をグーにして掲げる。三下がボスを変えて再び参上した。


「ユイ、てめぇ煽んな! タクトお前だって普段からユイのことをバカだのアホだの」

「俺は良いんだよ。俺は」

「そうだ! そう……んなわけないだろ。なんだその理論──」


「ユイさん」


 思わずタクトに同意しそうになったとき、困った顔をしたダミアンさんが、ポンと優しく肩を叩いてきた。


「私はあまり時間がありません。凍らせるのはその苺でよろしいですか?」

「す、すみません! はい、これで」


「わかりました。──アブソリュート・ゼロ」


 サービスワゴンに乗っていたフレッシュなイチゴが全て一瞬で冷凍苺になった。

 −273.15 ℃(アブソリュート・ゼロ)……絶対そこまで気合い入れて凍らせなくても良いと思うが、甘味への本気はしっかりと受け取った。


「よ~し、俺達もやるぞ~」

「……」


 ガヤさんが、左手に軽く拳を打ち込みながら立ち上がり、冷凍苺を見つめる。

 タクトも立ち上がって私の肩を払うように叩いてからサービスワゴンの前に立った。


「2人はどんなことするの?」

「俺が昇華する程度の熱源を敷いたアイソレーションフィールドで箱を作って、ガヤがその中の気圧を下げる」


 アイソ……何だっけかなそれ。

 思い出せる気がしないのでタクトは箱を作るということは理解した。


「タクト様、もう1つ箱を作って間を筒の様なもので繋げることは可能ですか?」


 ダミアンさんが試すような口調でそう言うと、タクトの口許に冷たい笑みが浮かぶ。


「……出来ますが?」


「苺から昇華した気体の逃げ場がありません。気体を固体に戻す為のスペースを()()()()()()作っていただけますか?」


 この2人のこの感じは未だ健在なのか。

 ガヤさんもまるでヒロインのようにハラハラした様子で2人を見守る。


「──アイソレーションフィールド」


 タクトがどっかで聞いた詠唱を唱える。

 苺を囲む四角い線と、その数センチ隣にもう1つ同じサイズの四角い線がサービスワゴンの天板に現れた。


 あ、人間界でトマスを閉じ込めたアレかぁ。


 線は前回と同じようにみるみる立ち上がり、ダミアンさんはすぐに、苺の入っていない方に氷魔法をかけて冷やしていく。


 苺の先端まで壁が上がってくると、2つの箱の間に筒が現れ、また壁が立ち上がる。

 これで昇華させるための魔法も使ってるとなると、本当に器用だなこの男。


 壁が苺の倍ほどの高さになると天井が四方から伸び、中心に円を残して閉まる瞬間、ガヤさんも苺の箱の穴に手を当てた。


 フィールド以外、技とは言えないような簡単な魔法しか使っていない為か、基本みんな無詠唱。

 その光景は大分地味だ。高位魔族が3人揃ってフリーズドライ苺作り……冷静に考えるとなんという魔法の無駄遣い。


 2人が箱から手を退けると、四角いダンベルのようなものが完成していた。この前のように箱がフィールドとして大きく広がる様子はない。


「これでいいのかユイ」


 タクトはこのフィールド作りにかなり気を使ったのか、やり遂げた顔をして、椅子に雑に座り、天を扇いだ。

 

「イメージとはかなり違うけど似たようなもの……なのかな。理屈は合ってると思うんだけど、もしかしたら凍らせる温度や圧力とか色々変えなきゃいけないかもしれない」


 ダミアンさんは「ふむ」と言うように口を開いた。


「では、やり方を変えたものを3つ4つ作りましょうか」

「そうだな」

「え゛!? タクトは無理では!?」


 普通ならただの四角いフィールドを複雑に繋げてるんだからかなり疲れる筈だ。

 タクトの顔には完全に「嘘だろ」という文字が浮か──ダミアンさんがタクトを見た瞬間その文字が消えた。


「──出来ますかタクト様」

「出来ますよ」

 

 さっきの“嘘だろ顔”はおくびにも出さず、当然のように椅子から立ち上がるタクト。どんなプライドだ。


 結局3人は温度、圧力を変えながら4つの箱を作った。


「ヒーリング」

「……」


 疲れ果てたタクトはベッドに屍と化し、ピクリともしない。

 ベッド脇の椅子に腰掛け、一応瘴気避けの為に手を繋いでおく。


 ガヤさんは大きい体を小さくして箱に顔を寄せ、ダミアンさんは少し下がった所で2人してワクワクソワソワと箱を見ている。

 

「ユイ、今この箱を開ければもう出来てんのか?」

「あ……確かこのまま1日置くんだったと思います」


 ガヤさんが「そうなのかぁ」と項垂れると、ダミアンさんがサッとサービスワゴンの取っ手を持った。


「わかりました。では、とりあえずこれの管理は私がしましょう」

「はぁ!?」


 それを阻止するようにガヤさんも取っ手を掴んだ。


「先に食う気だろう! 俺が管理する!」

「信用なりません。それにそんな(はした)ない真似を私がすると──」

「思う!」

「チッ」


 ダミアンさんらしからぬ激しい舌打ちの後、双方睨み合う。甘党同盟は脆くも簡単に決別したらしい。

 いい大人が何をしてるのか。


 呆れ顔の半目で2人を眺めているとタクトが手に摺り寄ってきた。猫みたいで可愛くて、うっかり目尻が下が……いやそんな場合じゃない。


 元甘党同盟に視線を戻す。ダミアンさんが水魔法を出そうとしているのか、その湿気とガヤさんが放つ、ゆるい風。まるで洗濯物を室内干しして扇風機を回しているようだ。


 ただでさえ外は大雨なのだからやめて欲しい。


「口で言ってもわからないようだなダミアン」

「それはそちらでしょう」


 どちらも、すぐにでも技が出そうなのに出ない……。


「あっ!」


 こっこいつらタイミングゲージ溜めてやがる!!


「茨の障壁!」

「「っ!」」


 2人とサービスワゴンには障壁の個室に入ってもらった。


「邪魔すんなユイ!」

「障壁を解いてくださいユイさん!」


 狂った2人の反省しない籠った声にイライラが増す。


「「ユイ(さん)!」」

「っ人の職場を何だと思ってるんですか!! 反省しなさい!!」

「「ぐっ」」


 ドシャッと2人が床に叩きつけられた。


「「「え?」」」









 後々見たステータスのスキルページには『天使の説教』という技が増えていた。


 一体何に使えと言うんだ。



読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します。


また読みに来て頂けると嬉しいです。

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