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下心を感じても親切は親切。それなりのお礼をしなければならない。

 外ではザアザアと音を立てて、止む様子なく魔界の雨が窓ガラスを叩きつける。


 雨が降っていなかったら、今日の出張ヒーリングの後にあのパン屋さんに寄って試食会の筈だった。


 今朝、ガヤさんから連絡貰ってすぐ、エリーの風魔法でパン屋の夫妻に今日は行けなくなった旨を伝えた。


 もう作っちゃってたんなら、パン屋さんだけでも行けば良かったな。


 2人の顔を思い出すと申し訳ない気持ちが押し寄せる。


 これはちゃんとした感想と提案をしないといけないな。


「届けて下さってありがとうございますガヤさ──うゎっ!」


 顔を上げたら、すぐそこに厳つくデカい顔があった。

 思わず後ろに下がると、ガヤさんはガハハと笑ってベッドに座り直した。

 


「悪い。悪い。ガスパーの親父は何を寄越したのかと思ってな」


 ビックリした……袋の中が見たかったのか。頭突きでもされるかと思った。


「ガスパー?」

「ガスパーパン屋だよ」


 ガヤさんは親切にもパンの袋を指差しながら教えてくれたが、私を見つめるその顔は、完全にどうしようもない奴を見るものになっている。


 仕方がないじゃないか。パンと夫妻に夢中で店名まで気が回らなかったんだから。


「知らなかったこと言わないでくれると助かります」

「言えるわけがねぇだろう。俺はユイと違ってその辺(わきま)えてるからな」

「ぐっ」


 なんも言い返せねぇ。


「っていうかどうしてガヤさんがこれを?」

「ガスパーは常連でな。今朝もパンを買いに行ったら、一般魔族は勝手に登城できないから届けてくれと頼まれたんだよ。ユイは夫妻とどんな関係なんだ? この前のヒーリングの後も店にいたのか?」

「はい。前のヒーリングの後に光魔法のパンを出したいって言われたので協力をしてまして」


 監修と言われたけど、口を出してるだけで何もしてないから、自分からは何となく名乗りにくい。


「色んな事に手を出すなぁ」

「不可抗力な面もありましたけどね」


 奥さんとのやり取りを思いだして、苦笑いしながら袋からパンを1つ出してみると、この前見たときよりも手慣れた、美しい編み成形パンが出てきた。


「なんだそりやぁ。初めて見るな。綺麗なパンを考えたな」

「フフフ」


 私が考えたわけではないが、売り上げの3割というギャラを減らされると困るから余計なことは言わない。

 バレないバレない。ゲヘヘ。



 袋を机の上に置いて、丁寧に破いて中身を広げる。

 中に入っていたのは、通常のプレーンタイプの他にアーモンドチップやレーズンが入ったものや、ブルーベリージャムが練り込まれているもの、シナモンロールのような感じに仕上げられたものなどが入っていて、お願いしていたチョコマーブルもちゃんとあった。


「すごい、チョコシートもちゃんと出来たんだ」

「チョコシート?」

「この層になってる茶色の所です」

「おぉぉ! それチョコレートなのか!」


 どうしようガヤさん鼻息が荒い。

 テンションがうなぎ登り。犬の獣人さんだったら全力で尻尾振ってるレベルだ。

 さすが甘党。


「持ってきて貰ってありがとうございましたガヤさん」

「おぅ!」




「「…………。」」




「あの……」

「なんだ?」


 いつまでいるの? とは言いにくい。私も流石にその辺は弁えている。


「……お昼は食べました? よけれ──」

「良いのか!? わりぃなぁユイ」


 食い付きが繁盛してない釣り堀並みだ。

 良いも何も初めから食べるつもりだったろうこの大人。


 まぁ、全部2個ずつ入ってるし、大きな手で作られているだけあって1つのパンが大きいから私の分が無くなることはない。


「ガスパーの新作を発売前に食べられるとはなぁ」

「試作ですからね。っていうか、あのお店そんなに有名店だったんですね」

「甘党の頂点に君臨する店だな。生地も旨いが、フルーツを独自のルートで仕入れているらしくて他の店とは一線を画す」


 にこにこと機嫌良く教えてくれるが、私の頭の中は売り上げの皮算用が高速で動いていた。笑みを堪えるのに必死だ。


「じゃあ一種類ずつ食べましょうか。試作なんでちゃんと感想教えてくださいね」

「おう!」


 口の前でパチンと手を揃えると、ガヤさんも私を真似して手を揃える。その手首の角度は90度で余程楽しみなんだと伺える。

 ちょっと可愛く見えてしまう。


「「いただきまー」」


 言い切る前に、コンコンと軽いノック音がした。


「ユイ──あ? ガヤ、何してんだ」

「「っ……タクト……」」


 私たち2人に怪訝な表情を向けるタクトがいて、どうしたものかと私はガヤさんを見た。


「あの、ガヤさん。タクトに──」

「冗談だろう。ガスパーの新作(仮)だぞ」


 その顔はかつてゲームで見たことのある、それはそれは真剣で鬼気迫る恐ろしいモノだった。

 この人からパンを取り上げるのはもう不可能に近い。


 ジッと手の中にあるパンを見て悲しくなった。……私の分け前が、どんどん減る。




☆★☆




「美味しいね」

「あぁ、旨いな」

「旨いなぁ」


 結局ガヤさんは頑として譲らなかったので、私とタクトで半分こにした。

 でもまぁ全種類食べれば、普通のサイズのパン3個弱くらいはあったので結構お腹は膨れた。



 ガスパーのおじさんが作った試作品は練乳とミルクが薫る、ふわふわとした優しい甘さのパンだった。

 チョコシートも前世通りの味で理想的。ガヤさんはチョコが一番好きらしい。ちなみにタクトはアーモンドチップ。


 間違いなく美味しいし、もう一度買いたくなる。

 けど……目の前の2人は良い顔をしていない。


「光魔法となるとインパクトが薄いな」

「タクトもそう思ったか? 俺はチョコマーブルに、またチョコをかけてアーモンドダイスをまぶしたらいいと思う」


 顎に手を当てて悩むタクトの隣で、ガヤさんがモグモグと口を動かしたまま提案してきた。

 胃もたれしそうな組み合わせだな。


「何ですかその甘味の暴力。光魔法をイメージしてるんですよ? 練乳の甘さとミルクの優しさと見た目の繊細さを全消ししてどうするんですか」


 最後の一口をパクッと口に放り込み、これだから素人は……的な口調で上から言うと、タクトが呆れ顔で「いいか、ユイ」と同じ口調で返してきた。ガヤさんに至っては完全にバカにした顔をしている。


「光魔法は魔族にとって何だ」

「え……」

「ユイのヒーリングは魔族にも効くけれど、魔界での一般的な光魔法のイメージは恐ろしいモノだぞ? それを優しいだの繊細だの」

「!!」

「ガハハ! えげつない一撃必殺技も多いしなぁ。正義をかざす分、闇魔法よりもタチが悪い」


 ガヤさんもタクトに乗っかり畳み掛けてくる。


「ぐぅっ」


 そうだった。魔界で魔族に売るんだ。

 人間界でのイメージとは大違い。

 パン屋の奥さんは挑戦メニューみたいに売り出すって言ってた気がする。となると、ただの優しくて綺麗なパンは根本的に間違いで、さっきガヤさんが言っていた暴力パンの方が趣旨に添う。


 く、悔しい! 敗けを認めるが言う通りにはしたくない! 甘味の暴力を光魔法として売るのも何か嫌だ!


「じ、じゃあ……中身はチョコマーブルを使って、かけるチョコはヨーグルトのホワイトチョコ、上にはフリーズドライのイチゴを砕いたものを乗せるとかはどうですか!」


 美味しいかどうかは二の次で、勢いに任せ思い付いたまま言ってみると、2人はポカーンと口を開けている。


「ヨーグルトのホワイトチョコ?」

「フリーズドライのイチゴ?」


 え、まさか。


「「なんだそれ」」


 無いのか。

 ヨーグルトのチョコは水切りヨーグルト混ぜれば良いだけだから簡単だけど、フリーズドライは確か専用の機械がいるはずだ……。“何作ってる工場でしょう”みたいなクイズ番組で見たことある。


「フリーズドライは、凍らせた食べ物を真空を作る機械にいれて水分だけ蒸発させたものなんだよ」

「「凍らせて真空乾燥……」」


 すごい。某双子タレントのようにタクトとガヤさんの言葉ががピッタリと合う。


「無いなら仕方がないね。ヨーグルトのホワイトチョコだけガスパーの夫妻に提案し──」

「待てユイ」


 フワリと空気が揺れる。無詠唱だから分かりにくいけど、ガヤさんが風魔法を使った。


「え、何で……誰に」


 タクトが静かにするように自分の口に指を当てたのを見て、私も黙る。


『──何ですかガヤ。また書類のミスですか?』


 部屋に響いたのはダミアンさんの声。


「ユイが、ガスパーの新作の試作をしている。協力を頼みたい」

『……すぐに』


 まさかの二つ返事。恐怖の甘党同盟にマジで震えた。



読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します。


また読みに来て頂けると嬉しいです(*´-`)

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