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褒められるとテンション上がるけど、褒められ過ぎると申し訳なくなってくる。

「どうですかユイさん、感覚はつかめましたか?」


 空いた時間に雷棒を見つめてウンウンと唸るのが日課になってもうすぐ1週間半。


「ううん、全くだよ」


 棒から矢に変化する兆しは一向に見られなくて、座っていたカウチソファに、やる気無く寝転んだ。


 横向きに寝そべる私の視線の先、お風呂上がりのエリーは、タオルドライした髪を風魔法(弱)でゆるく乾かしながらベッドに腰かけ、私が握る雷棒を惚れ惚れした様子で見つめる。


「わたくしの一番上のお兄様が雷魔法で剣を作っていましたが、ユイさんの作ったものは比較にならない程に美しいです。矢になった姿を是非見てみたいです」

「そ、そうかな。頑張るね!」

「はい! 頑張って下さいね」


 エリーは色んなポイントで褒めてくれるので、全く飽きずに1週間半も変化の無い棒を相手に続けていられている。


 これがタクトなら無言の圧力で睨まれ、半泣きになりながら謝罪を繰り返していた事だろう。


 エリー尊い。タクト怖い。


「私もお風呂にしようかな」


 ソファから立ち上がると、隣の書斎のドアが開く気配がした。


「こんな時間に誰でしょうか……」

「闇魔法の気配。瘴気ないしタクトかな」


 そう言うとエリーはあからさまにホッとし、ナイトウェアの上にストールを羽織る。するとすぐにゴンゴンとノックにしては大きな音が聞こえた。


「ユイ、エレノア遅くに悪い。すぐ終わるからちょっと良いか?」

「タクト?」

「あぁ」


 一応本人確認して扉を開けると、両腕にかなり大きな袋を6つもぶら下げたタクトがいた。

 さっきのはノックではなく丁寧な蹴りか。


「なにそれ」

「スキルボールだ。これがユイ。こっちがエレノア。明日の夜取りに来るから技入れとけ」


 私に2袋押し付け、遅れてきたエリーには4袋渡した。


「この量を明日の夜まで!?」

「……やれるよな?」

「う゛」


 でた。yes以外いらないというような裏ボスフェイス。


「タ、タクトさん、ユイさんは仕事も矢の制作もありますしもう少し時間を」

「エレノア、お前は兄さんと早く夫婦になりたくはないのか?」

「えっ」


 エリーの顔が真っ赤に染まり、視線が慌ただしく揺れる。

 そしてタクトはニヤリと笑い、私の肩に手を回して自分の方に引き寄せた。


「ちちちちょっ何して」

「兄さんと夫婦になると言うことは、どういうことかわかるよな?」

 

 エリーは赤い顔のままハッと目を大きく開き「いもうと……」と呟きながら私をガン見し、タクトに視線を戻した。

 そして2人で大きく頷く。


「良い義姉(あね)になれるよう、頑張ります」

「率先して励めよ。じゃあな」


 私の肩から手を外し、タクトは颯爽と去っていった。


 エリーがタクトの義姉ポジションを狙っているという新事実はわかったが、妹……とは? 弟ではなく? タクトが消えていった扉を呆然と眺めた。


「ユイさん、始めましょう!」

「えっ」


 エリーはいそいそとテーブルに箱を袋から出して並べていく。マジで今からやる気なのか。

 しかもカウチに座るということは、私が隣でやるということだね。


「私お風呂に……」


 エリーの顔がこの世の終わりのようなものに変わる。

 いつの間に顔芸が出来るようになったんだ、このお姫様は。


「す、少しやってから入ろうかな!」


 フィオナの記憶を思い出しても、私はNOと言えない日本人に間違いなかった。


 エリーに少し触れる位置に座り、袋から一箱取り出す。

 スキルボールはある一定の衝撃を与えると作動するので、衝撃を吸収する仕切り箱に高級な感じで詰められている。


 1つの花火につき使用するスキルボールの数は100を軽く超える。それが2つ分。

 多いとはわかっていたけど、改めて見るとゲンナリする量だ。


「わぁ、わたくしのは小さいスキルボールですよユイさん!」

「そういえば、トルネアス商会にサイズ違いのやつも頼んだって言って……え゛」


 エリーは楽しそうにスキルボールを手のひらに乗せて眺めているが、そのスキルボールの大きさは5mmほど。私のより大分小さく、量はゾッとするほど多い。

 箱の仕切りも数えたくないほど仕切られている。


「そ、それ大丈夫? 明日の夜まで終わる?」

「はい! わたくしは昼間に出来ますから。ベッドもありますし、魔力切れの心配もありません」


 やる気みなぎるエリーが眩しい。


 タクトも1週間前に「花火打ち上げるぞ」と気合いを入れてから、やたらとやる気に満ち溢れている。


 スキルボールを買ったり、花火の資料やその他の材料を取り寄せてみたり、今度実際に工房に見学に行く予定だとも言っていた。


 ネットの無いこの世界でなぜそんなに動けるのかときけば、トルネアス商会(使えるコネ)遠慮なしに使ってるだけだと言われた。

 

 いいなぁ。


 カウチソファに置きっぱなしになっている雷棒を横目で睨む。

 タクトはどんどん自分のノルマをこなしていくのに。



「……」


 ダメだ。ダメだダメだダメだダメだ。こんなんじゃダメだ!

 パンッ!! と、両手で両頬を叩く。


「ユッ、ユイさん!?」

「痛い」


 ノルマってなんだ。優劣なんてつけてどうする。

 花火を打ち上げるぞと言ったタクトは楽しそうだったし、花火は楽しいものだ。


 なのに、発案者の私がこんなでどうする。


 出来ないものは仕方がない。出来ることから片付けていこう。

 箱の蓋をあけてスキルボールを握った。




☆★☆




 翌日。



 ──魔王城 東塔3階 医務室──


 寝不足での午前の仕事は睡魔との戦いだった。

 目の前にベッドがあるのに眠ることが許されない地獄。


 本来ならば、今日は3回目の出張ヒーリングの日だったのに……今日はあいにくの雨。しかも土砂降りの雷雨。


 魔界の雨は瘴気の雲を通ってくるため、魔族の子どもや人間が浴びると皮膚が荒れてしまうらしい。

 タクトと朝食を摂っているときにガヤさんから連絡が入り、子ども達が来れないから中止だと言われた。



 仕事部屋でのいつもの治療の合間に、窓から空を見上げれば、魔界に来てから初めての雨は、窓ガラスに当たっては形を崩して流れていく。

 外に出られるなら眠気も飛んだろうに。


「うん。もう痛くないわ、ありがとう。また頼むわね」

「はい。お大事にしてください」


 午前最後の怪我人は白兎の獣人のお姉さん。

 器用にペンを持ってサインをし、ヒラヒラとお手々を、フリフリと尻尾を振りながら部屋を出ていった。


 患者さんも居なくなったので、タクトが昼休憩に来るまで念じてようと、仕事机の上に置いてあった雷棒を手に取った。


「それにしてもさっきの獣人さん、毛並みよかったなぁ……」


 そのモフモフに触らずに治療できてしまうのが悔しい。


「獣人さんは触らないと治せないとかにしようかな……でも爬虫類系はちょっと勇気がでないな。それにもう遅いか」


「相変わらず残念な頭をしてるなぁユイは」

「えっ──ガヤさん!」


 コンコンと開いている扉をノックし、ガヤさんはニコニコしながら開いている扉から顔を出した。


「午前は終わりか?」

「はい。どうしたんですか? 出張ヒーリングは中止ですよね」

「ちょっと頼まれ事をされてな」


 頼まれ事……?

 何やら片腕に大きな茶色の紙袋を抱えているから、お使いかなんかだろうか。

 私には関係ないか。


 ガヤさんは少し頭を下げて扉をくぐると、ベッドに腰を下ろした。

 ガヤさんの種族サイズの椅子はこの部屋には無いから、みんなベッドに座ってもらっている。


「ガヤさんは触りたいと思わないんですか? さっきの獣人さんとかフワフワのモフモフですよ」

「さゎっ──バカか!!」


 大きな声を出して私を怒鳴る。が、顔が真っ赤なせいで迫力はない。


「あのな、人間からすれば動物の延長感覚かもしれないが、魔族の俺からすれば普通の魔族の女性だ。そんなこと思った時点で変態だろう」

「あ~。そういう感じなんですね」

「間違っても獣人相手に触らせてくださいなんて言うんじゃねぇぞ」


 なんか前に似たような事を言われたな。


「了解です。それよりガヤさんも怪我ですか? 珍しいですね」


 腕や脚、体を眺めるけれど特に怪我をしている風には見えない。

 ……まさか。


 思わず自分の口を両手の指で押さえた。


「あ、あの……し、失恋の痛みとかは治せませんよ?」


 ニヤニヤが止まらない。


「してねぇ!! どこが女らしくなったんだよクソガキのままじゃねぇか!! 本当にムカつくなお前は」

「え、女らしく?」

「なんでもねぇよ。……お前にこれを預かってきた」


 ガヤさんは頭が痛いとでもいうように額を押さえながら、持っていた茶色の紙袋を渡してきた。

 私が持つと両手を回すサイズのその袋は口が2、3回折られていて何が入っているかは伺い知れないけれど、フワリと香ばしいパンの香りが鼻をくすぐった。


「私に差し入れですか?」

「いいから開けろ」


 袋の口を手早く開けて覗き込むと、中に入っていたものは普通のパンではなく、光魔法をテーマにした編み成形パンだった。


 

読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します。


また読みに来て頂けると嬉しいです。

評価、ブックマークありがとうございます!

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