経験は学び【タクトside】
本日2話投稿しています。2話目です。
ガヤが騒いでいる。
体が上手く動かなくて目が開かない。
浮遊感を感じて、運ばれてるんだなと理解した。
意識を手放したくてもそうはなれない。
ひたすらな吐き気と目眩。刺すような体の痛み。
すぐに兄さんの声がして、更に呼吸が出来なくなった。
どこかに寝かせられ、その感覚から自室のベッドだということがわかる。
ユイ、ユイ、ユイ。
情けない事にそれからの思考はそれだけだった。
どれくらい経ったのか、永遠にも思えるような、記憶もまばらで短時間だったようなそんな中、扉が開く音がして、空気が軽くなった。
手を握られると、一気に呼吸が楽になる。
ユイだ。握られた手があたたかい。
溜まった瘴気が多かったんだろう、目を開けて声を出すまで時間が掛かった。
俺の左手を両手で包み、祈るように額に付けるユイに愛おしさが増し、声を掛けると見るからに安心したように微笑んだ。
「っ」
抱き締めたい。キスがしたい。ベッドに引きずり込みたい。なんだこいつ可愛すぎだろ。
「どこかまだ苦しいところある?」
「いや、ない。スッキリしてる。悪かったな、迷惑かけた」
「そんなことないよ」
完全に煩悩に支配された自分が情けない。が、仕方がないだろう。15歳だ。支配されて何が悪い……いや、悪いか。良いお付き合いをしていきたい。
「ねぇ、タクト」
「ん?」
左手を包むユイの手に力が入る。紺色の瞳は手と俺の顔を行ったり来たりと世話しなく動く。
まさかユイも煩悩に支配されたわけではないだろうな。
僅かな期待を胸に、ユイの言葉を待つ。
俺の思考は完全にイカれていた。
「エリーが一人でも生きていけるようになったらさ……あ、もちろんタクトが16歳になったらだけど……その……」
16歳……何の話だ。
言いにくそうに間を開けるその間、ユイの顔はみるみる赤く染まっていく。
「一緒に……城を出て、街に住まない?」
斜め上。
斜め上すぎて呼吸が止まった。
キスすら出来ない癖に一体何を。
「それはプ──」
「プ?」
プロポーズ……もしくは同棲。
いや、まて。相手はユイだ。一緒に城を出ても一緒に暮らすとは限らない。
早とちりは身を滅ぼす。俺は学習する男だ。
「いや、城が嫌になったか?」
ユイは俺の言葉を、フルフルと髪を揺らして揺らして否定した。
ユイはしなくていい苦労はしないタイプだと言い切れる。
城に住んでいれば、出勤時間は数分。食堂へ行けば一日中美味い飯が食える。職場の人間関係だって悪くない筈だ。
エレノアと同部屋が嫌なのか? いや、でも2人は頭がおかしいほど仲がいい。
なぜ……。
「嫌とかじゃなくてね、エリーが1人で暮らせるようになったら、私はここにいる意味ないなって思ったの。今の仕事も必要か否かで言えば無くても良いものでしょ?」
自分に合った瘴気量の奴を毎回見つけるのは面倒だし、医務室は有ると有るで便利だが、まぁ確かになくても城は成り立つ。
「魔界での生活も慣れてきたから、城を出てダミアンさんから花火の依頼受けながら好きなことして自由に暮らすのもいいなって。来月で成人するし」
成人……そういえばフィオナの誕生日は来月だったな。
「そんなこといつから考えてたんだ」
「この4日間で。記憶を思い出したから出来ることも増えたし……本当は独り暮らしを考えてたんだ。でも今回の事があってタクトの体的にも街は城より少し瘴気薄いし、一緒に街に出て働けたらこんなことにもならないかなって思ったの」
高位魔族が大部分を占める城は街よりも瘴気が濃い。ユイの言い分もわかる。が。
「そう簡単にはいかない」
「だよね。タクトには身分もあるし」
自分の意見が通らなかったことが恥ずかしいのか、ユイは目を伏せて頭を掻く。
こいつはいつになったら自覚するんだろう。
「どちらかと言えば、俺よりユイの方が街に住む許可が下りないと思う」
「へ?」
「お前は自分の価値を知った方がいい」
「価値?」
ゆっくりと上体を起こすと、ユイが慌てたようにクッションを背中に入れてくれた。
すぐ側に来たユイの右耳にかかる髪に指を入れてゆるりと梳くと、途端にユイが真っ赤に染まった。
「街は治安が悪いところもある。いくらユイが強くてもそんなところに住まわせたくない。それにユイに何かあればエデン移行計画は頓挫する。何か起きたときすぐに対処出来ない場所にユイを住ませる事をダミアンさんが許可するとは考えにくい」
「じゃあ私は街に住めないの?」
ユイの髪に触れる左手にユイの右手が重なった。その目は真剣そのものだ。
なぜそこまで街に固執するのか。今まで見向きもしなかったのに。
「街で何かあったのか?」
「……今日治療に来てたユーちゃんっていう子がね、字を書くのが苦手だったんだ。私も記憶が戻る前大変だったから、読めない子とか書けない子に教えてあげられればなって、思って」
それからユイは街で今日あったこと、子ども達とふれあえたことやパン屋の夫妻と知り合ったことなどを楽しそうに話した。
確かに街は城でデスクワークしているよりは楽しそうだ。
「俺達は街で育ったから、街が魅力的に映る気持ちはわかるが、ダミアンさんを説得するには少し弱いな」
「弱い?」
「城から街に通いでも出来るからなもっと具体的な理由とか無いのか?」
「え゛っ」
ユイの顔色が変わった。どうやらあるらしい。
言い辛そうに目が泳ぐ。
その様子から今までの説明は耳障りの良い上部だけで、核の部分は隠していたことがわかる。
モヤッとした不快な気持ちが沸き上がる。
恋人に隠し事をされて喜ぶやつがいるだろうか。
……いたとしても俺はそれには該当しない。俺の嫉妬癖には魔王が太鼓判を押している。
「ユイ」
「はっ、はい!」
つい、いつもの癖で声が低くなってしまうと、ユイも最早癖になっているんだろう、怯えながら姿勢を正した。
待て待て。
こんなのは俺の理想とする恋人像ではない。
取り繕うように頑張って微笑むと、ユイの顔が恐怖に歪んだ。どうしてこうなった。
立てた膝に額をつけ、俯いたまま溜め息をついた。
「……パ」
「パ?」
絞り出すような声がして、膝に頭をのせたままユイの方を向けば、真っ赤な顔をして斜め下を見つめていた。
「パン、屋の旦那さんと、奥さんが、凄く仲が良くて……」
「それで?」
「わ、私とタクトは、仕事場、別だし」
「あぁ」
「それで、2人が……その……う、羨ましくて……街に出て、同じ職についたら、ずっと一緒に……いられ、るかなって」
殺される。
「タクト!?」
身を反転させてクッションに頭から突っ込んだ。
彼女に悶え殺される。
これは、誰だ。
ユイだがユイではない。
ユイは間違ってもこんな甘い空気を出さない。
フィオナか。
これがユイが言うところの“フィオナが添えられた”状態か!
クッションの隙間からユイを見れば、あざとく首を傾げている。恐ろしい。恐ろしいポテンシャルだ。ある意味グッジョブフィオナ。
「……ユイ、花火を打ち上げるぞ」
「えっう、うん!」
早々に花火を打ち上げて結果を残し、来年の俺の誕生日までにエレノアを一人立ちさせる。
俺は煩悩ときつく握手を交わした。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見つけ次第修正します。
また読みに来ていただけると嬉しいです。