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想い人はいつもアホ面【タクトside】

本日2話投稿予定です。

少し前の時間軸から始まります。

「兄さん、ダミアンさんの所へ行きますが、持っていく書類はありますか?」

「あぁ……これを頼む」


 兄さんから5mmほどの厚さの冊子を預り、黒いレース布が張られたカルトナージュの箱に入れ、蓋をした。

 中には俺がまとめた書類も入っている。


 箱を持ち、執務室から出ようと足を進めるが。


「……なんなんですか。兄さん、ガジリスさん」


 15時を超えたあたりから、2人からの視線がジロジロと刺さる。


 現在、時計の針は17時を回っている。

 いつもなら仕事を終えてユイを迎えに行っていている時間だが、トマス・ティンバーレイクが勇者のパーティーに入り、諜報から上がってくる報告もかなり増え、俺の仕事量は見たくもない程になった為、昼休憩返上で働くザマだ。


 やっぱりあの時、ユイがなんと言おうと殺しておくべきだったんじゃないかと、報告書をまとめながら殺気立っていたのは仕方のないことだと思う。


「体は大丈夫なのか?」

「はい。問題ありません」

「……ですがタクト様、顔色が芳しくありません。休憩がてらユイさんのところへ行ってきては」


 仕事中はあまり話さないガジリスさんまで珍しく口を挟んできた。


 そんなに顔に出ているのかと頬を触るが、いつもより少し冷たい程度の変化だった。

 確かに軽く目眩はするけれどまだ許容内だ。


「大丈夫です。あと2時間程で今日の目処がつく予定です。それにユイは今日、ガヤと街に出ているので」

「子どもの治療日か。どおりでユイの気配が城内に無いと思った……タクト、今日はダミアンにそれを渡したらもう終われ」


 兄さんは持っていたペンを置き、俺を呆れたように眺めながら言葉を重ねる。


「お前は真面目すぎる。人間界への挑発はダミアンが勝手に始めたことだから程々でいい。適当にやってもアイツはハンデを渡したように楽しむだろうし、そもそも俺が勇者なんぞに負けると思うか?」

「……思いません。が、すみません。その命令は聞けません」


 そう反論して背中を向け執務室を出た。

 兄さんは少しイラついたような口調で俺の名を呼んでいるが無視だ無視。


 人間の血が入った弱い体に負けぬように力強く廊下を歩くと、小脇に抱えた箱の中身が揺れてカタカタと音を立てた。


 箱を持つその手にも力が入る。


 俺が今こんなにも仕事漬けになっているのは、人間界への挑発とか、勇者が魔界に来るとかそんなのは関係ない。


 この箱を渡す相手がダミアンさんだということだ。


 言うなればプライドの問題。




 俺の知る限り、ダミアンさんの女関係は自分のやりたいことの邪魔にならない範疇で楽しんでいる印象だった。


 だがユイに関しては少し違った。

 ユイが魔界に太陽を出す前からダミアンさんはユイの事を気にかけていた。

 恋愛感情は無かったのかもしれないが、ほぼ初対面の女に対しては異例だった。


 ユイへの契約も、内容は色気の無いものだったし、俺を揶揄っているような印象もあったが、ダミアンさんほどの高位魔族が簡単に人間に(へりくだ)るのを見たのは初めてだった。


 おまけに魔族の生命線である“はじまりのエデン”へ連れていった上に、プロポーズする始末。


 ダミアンさんにしては後先考えない雑なものだったけれど、それが逆にユイに心を許し、欲していたんだとわかった。


 もし、ユイがダミアンさんを選んでいたとすれば、その道は茨。でも決して、不幸になる道にユイを捨て置くことはないだろう。

 それだけの力がある。


 ユイを確実に幸せに出来る奴が目の前にいるのに、俺が中途半端を露呈するなんて出来やしない。俺を選んだユイの価値まで下がる。


 こればかりは兄さんの言うことはきけない。譲れない。



 ダミアンさんの執務室の扉を強めにドンドンと叩くと、入室を促す声が聞こえた。


「ダミアンさん、今日正午までの書類と兄さんからの──」


 手元の箱に視線を送りながら扉を開けて、最初に目に入ってきたのは……。


「ようタクト」


 ガヤだった。

 ここに来るのは毎回緊張するが、一気に力が抜けた。


「ダミアンさん、これ勇者関連の書類と兄さんからの冊子が入っています」

「わかりました。そちらへ置いていただけますか。後で目を通しますので」


 “そちら”と指示された応接セットのテーブルに箱を置きながら、珍しい組み合わせだなと、後ろの2人を盗み見る。


「ガヤ、これでいいですね」

「あぁ、助かる」


 ダミアンさんがガヤに紙を1枚手渡し、ガヤはそれをクルクルと巻いて赤い紐で括った。

 何の書類だ? と眺めていたら、俺の視線に気づいたガヤが苦笑いを浮かべた。

 

「通行書類に不備があってな。訂正するために上役の面々にサインを貰って歩いてんだよ」


 魔界の門の通行書類はどこの部署の書類よりも厳しく管理され、一度提出したものを訂正するためには許可がいる。

 ミスしたのは誰だか知らないが門番責任者のガヤにとっては、とんだとばっちりだ。


「ユイは?」

「まだ戻ってないのか? どこ遊び歩いてんだあいつは……タクト顔色がヤバイぞ。魔王様にサインを貰えば終わりだから一緒に行くか」


 断る理由もないのでガヤと一緒に扉まで向かうと、ダミアンさんのため息が聞こえ、引き出しを開ける音がした。

 振り向くと、さっきまでは無かった食堂のテイクアウト専用の紙袋がデスクの上に置かれていた。


「タクト様、これをどうぞ。瘴気は祓えませんが体力回復の足しにはなります」

「そ、れは……」


 体調を崩しているのは、ダミアンさんに負けたくはないと勝手に張り合ってるからで……敵に塩を贈られているような気分になり、受けとるのを躊躇した。


「タクト良かったな。たまには良い事するなダミアン」


 ガヤが袋を取り、俺の胸にドンと袋を当てて、手を放したので両手で袋を下から支えた。


 自分が凄くガキに感じる。 


「……ダミアンさん」

「何でしょうか」


「俺、ユイと付き合い始めました」


 大きく目を開き、声も出ないといった風に口をパクパクとさせたのは、隣にいたガヤだった。


「ガヤ、うるせぇ」

「まだ喋ってねぇだろうが! にしても良かったなぁタクト!!」


 デスクから動かないダミアンさんの表情は変わらない。

 背中をガヤにバンバン叩かれている俺を真っ直ぐ見ている。


 前に流したデマではなく、本当に付き合い始めたのは誰にも言っていない。

 冷静すぎるだろ……もう知ってたとか言うんじゃないだろうな。


「……2人がお付き合いされたのは3、4日前では?」

「そう、ですが。ユイから何か聞きましたか?」

「いえ、ユイさんの立ち居振る舞いが、少し女性らしくなった気がしていたんです」


 女、性らしく? 


 ガヤと顔を見合わせるが、よくわからないといった顔をしている。全く同感だが、付き合っている俺がユイの変化をわからないというのも何だか癪に障る。


「ダミアンさんは……」


 聞いても仕方のないことだと思う。けど、ずっと気にし続けるのも嫌だ。



「まだユイの事を欲しいと思いますか」


「何言ってんだタクト、ダミアンがユイを相手にする筈ないだろ」


 ダミアンさんは少し目を見開いた後、睨むように細めた。


「……思いますよ」


「思うのかよ!!」


「ガヤうるせぇ」「ガヤ黙っていてください」


「酷くないかお前ら」

 

 落ち込むガヤを視界から追い出すように一歩前に出ると、ダミアンさんは背もたれに体重をかけ、肘掛けに肘をおいて腹の前で指を組んだ。

 革張りの椅子がギッと音を立てる。


「……欲しいと言えば譲ってもらえるんでしょうか?」

「まさか」


 一体何を考えているのか、俺の即答にククッと意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「貴方たち兄弟は本当に酷い。久しぶりの本気の恋心をどれだけ(えぐ)れば気がすむのか」

「は?」


 兄さんもこの件でダミアンさんに何か言っているんだろうか。


「まぁ、嫌いではないですが。……タクト様、必ず花火を成功させて下さい。魔界の瘴気の浄化、エデンの移行は私にとって長年の夢です。これが叶わなければ彼女を諦める甲斐がない」


 長年の夢とユイが同価値……。

 脳裏に浮かぶユイはヘラッとアホ面で笑っていて、ダミアンさんに申し訳ない気持ちになった。


「……必ず」

「ではもう行ってください。私も多忙なのですよ」


 デスクに視線を落とし、ペンを持ったダミアンさんに一礼して退室した。

 閉めた扉に寄り掛かり、深い息を吐いた。

 溜め息というほど沈んだものではない。安堵も確実に混ざっている。


「まさか魔界トップ2・3の三角関係が存在したとはな。俺としたことがこんな面白いことを知らなかったなんて……」


 転移陣の部屋に向かい歩き出すと、顎を撫でながらニヤニヤとガヤが隣を歩く。


「言い触らすなよ?」

「言うかよ。タクトとダミアン相手じゃ命が何個あっても足りねぇぞ」


 命か……。


 ユイの側に居るのが、俺で良かった。


「今、なにしてんだろうな」


 街の方角にある窓を眺めてガラスに手を当てると、ひんやりと冷たかった。


「──っ!」


 その冷えが呼び水になったのか、急に吐き気がし、視界がぶれ、天地が返る。

 絨毯の床に膝をつき、そのまま横たわった。



読んでいただきありがとうございます。

誤字報告ありがとうございました。

誤字脱字見つけ次第修正します。

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