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この世界はどうやって作っているかわかんない物で占められている。

 ユーちゃんが連れてきてくれたのは、私が行こうと思っていたパン屋ではなく、6畳ほどの店舗の小さなパン屋だった。

 ショーウィンドーから店内を覗くと、デニッシュ系のパンが揃っていて、ベリー等の果物がキラキラと美味しそうに輝いている。


 中で忙しそうに働いているのは、30代半ばほどのふくよかな女性。種族から言えばガヤさんと同族なのかな。

 何だろう……ガヤさんと同族さん達×飲食店は相性が良いんだろうか。パンがより美味しそうに見える。


「ナイス、ユーちゃん」

「えへへ。幼なじみの家なの」


 ユーちゃんがドアを開けて率先して入っていく。

 カランカランとリボンのついた可愛いドアベルがなり、店内も前世のパン屋のように明るいので、ここが魔界だということすら忘れそうだ。


「あら、ユーちゃんじゃない。そちらは……人間!?」


 女性は驚きから目を剥いたが、女性と私を安心させるようにユーちゃんが私の手を繋いだ。


「こんにちはおばさん、お姉さんはガヤ様のお友達なの」

「ガヤ様の……あ、少し前から城で働き始めたっていう光魔法の?」


 ガヤさんの名前を出したら、女性は安心した顔をして空になったトレーをレジ横に置いた。

 ガヤさんのネームバリューはやはりすさまじい。


「はじめまして。ユイと申します」


 フィオナと名乗っても今は何の抵抗もないけど、魔界ではユイで通ってるのでそっちを名乗り、頭を下げた。


「お姉さんに手を治してもらったの。キレイになったでしょ?」


 両手を女性に向けて見せると「あらホントね!」と屈んでユーちゃんの手を取りマジマジと見ている。

 横でその様子を見ていると、女性が私をニヤリと見上げた。



☆★☆



 店の軒先ではユーちゃんが、幼なじみであり、このパン屋の跡取り息子とベンチに座りパンを食べている。

 美味しそうに食べるその様子は十分道行く人の視線を集め、良い宣伝になっている。


 一方私はといえば、レジカウンター奥のパン工房に引っ張り込まれていた。

 目の前に並べられたのは美味しそうなチーズ入りパンと杏のデニッシュ。


「さぁ、これに治癒魔法を掛けて!」


 チーズと杏は光魔法をイメージしたらしい。


「掛けても食べた人が癒されたりとかしないと思いますよ。スキルボールとは違いますし……」

「いいのよ! 掛けたっていう事実があれば。食べれば悪いところが治る“かも”で売り出すんだから」


 何だその詐欺まがいな手口は。

 だけど光魔法の技名も神とか天使とかそっち系が多いだけにマジでソレっぽい。

 詐欺だと思うからダメなのか。合格祈願◯◯的なモノだと思えば良いのか。


「でも魔界で光魔法パンとか売れます? 言うなれば敵ですよね?」

「それもそうね……じゃあ、挑戦タイプにしましょう。あなたは光魔法に耐えられるか! みたいな」

「ハハハ……」


 あの手のこの手はどこの世界も変わらないらしい。思わず半目になってしまった。


「おい、カルミア、いい加減にしろ。ユイさん困ってんだろう」

「なんだいあんた、文句あるのかい?」


 奥の台で黙々とパンの成型をしていた旦那さんが、ゆったりとした口調で、手を止めることなくこちらを睨む。

 カルミアと呼ばれた奥さんも仁王立ちで旦那さんを睨み付ける。夫婦喧嘩になりそうな気配に、2人の顔をキョロキョロと見て私はマジで怯えた。


「第一、ユイさんが来たときじゃねぇと作れねぇもん出してどうするつもりだ」

「それは……」


 旦那さんは手元にある三角の生地をクルクルと巻き、三日月型に曲げていく。


「“光魔法のパン”を売りてぇんなら一個見本を作ってもらえば良いだろう」

「なんだいそれ」

「光魔法の保持者が考えたパンなら光魔法のパンだろう。ワザワザ魔法掛けるまででもねぇって言ってんだよ」

「監修ってことかい! あんた、良いこと考えるねぇ!」


 イヤイヤイヤイヤ。


 『あっそうか!』みたいに、奥さんはグーにした右手で左手の平をポンっと打つが、おかしいおかしい。


 夫婦喧嘩は回避したがワケのわからない方向に転がりだした。


「わ、私、素人ですよ?」

「俺はプロだ。どうとでもなる」

「いつになく冴えてるわダーリン!」


 呼び名が格上げされ、旦那さんのドヤ顔に拍車がかかる。


「やってもらえない? ユイさん」

「でも……」

「報酬は売り上げの3割でいかが?」

「やりましょう」


 ギャラが出るなら話は別だ。


 私だって小さい頃、夢で見た前世の記憶を頼りに宿屋で抹茶ティラミスを流行らせた女だ。

 完全な記憶を持った今、チートを使えばこのくらい……。


 あぁ~でも城の食堂メニューとか思い出すと、この世界の食文化は、前世が入りまくりだから上手く抜け穴を掻い潜ることが出来るか若干心配だ。


 腕まくりしながら一歩踏み出し、奥さんが差し出してきたスケッチブックを受け取った。


 私の中で光魔法のように繊細なパンと言ったらアレしか思い浮かばない。

 スイスなどで日曜日などの礼拝の後に食べられることが多いパン『ツォップ』。

 編み上げられたその姿は芸術作品といってもいい。その美しさは記憶にしっかりと刻まれている。


 が、描くとなると話は別だ。フィオナの記憶を思い出してもこればっかりはどうにもならなかった。


 スケッチブックに図形のようなパンの絵を描き、「編み込んでいくんです」と必死に説明する。

 旦那さんは眉間にシワを寄せ、難しそうな顔をしたと思ったら「よし」と小さく呟き作業に入った。

 悩んでいたその様子から、上手く抜け穴を掻い潜ったと判断し、小さくガッツポーズをした。


 旦那さんはパン生地を2つに分けて細長い棒状にし、中心でクロスさせて4本を編み込んでいく。


 私が描いたお世辞にも上手いと言えない図形から、見事にツォップが編み上がっていく。


 ふと視線を奥さんに向けると、手元を見ていた私とは違い、彼女は熱心に旦那さんを見ていた。

 胸元に握り添えられた両手は応援。顔つきは惚れ直したような熱のこもったものだった。

 旦那さんも手を動かしつつ、たまにお客の相手をする奥さんに視線を送りながら作業をしている。


 さっきまでは夫婦喧嘩をしそうな空気だったのに。

 完全にアテられたなこれ。


 私はそんな2人を微笑ましく眺めていた。


 気がつくと旦那さんは1本、2本、3本、4本と編み成型パンを仕上げた。溶き卵をぬり、光魔法のキラキラの代わりにアーモンドチップを掛けて、火魔法のオーブンで焼き上げる。


 焼き立てのパンはツヤツヤと光り、奥さんからは「綺麗ねぇ」と感嘆の声が漏れた。

 どれも見目よく美味しそうに出来上がった。

 出来上がった……けど。


「納得いかないって顔だな」

「ん~魔界で売るのに全面的に光魔法推しでいいものか……闇代りにチョコシートを混ぜたものを作っても絶対美味しいのかなと」

「「チョコシート?」」


 2人の不思議そうに私を見るその顔から、チョコシートもこの世界には無いのだと察した。

 そういえばお店のチョコ系のパンはチップやクリームしかない。


「まんまチョコのシートなんです……小麦粉とか混ぜるのかな? 作り方はわからないんですが、パン生地に重ねて織り込んで使うとキレイにマーブル模様が出来るんです」


 チョコマーブルパンのイラストをスケッチブックに描いたけど、いまいちピンと来ていない2人は困ったように顔を見合わせた。

 その時、見計らったようにお店のドアベルがカランカランと鳴り、ユーちゃんと遊んでいた男の子が入ってきた。


「お母さん、まだ店閉めないの? ユーを家に送ってきたよ」

「あら、やだ。もうそんな時間?」


 魔界は太陽が無いせいで時間の経過がわかりづらい。工房の時計を見るともうすぐ18時になることろだった。

 そろそろ戻らないと夕飯の時間になる。


「ユイさん次はいつ街に来るんだ?」

「ガヤさん次第なので決まってはいないんです」

「次来るとき連絡してくれ。それに合わせて試作品を作っておく」

「あ、はい。ではまた今度」


 話しながら後片付けが始まったので、鞄を持って、挨拶しながらレジカウンターの横を抜けて、パン屋を出た。

 去り際にショーウィンドーから店内を覗くとまた2人と目が合って手を振られた。


「……なんか、いいなぁ」


 本当にただ漠然と羨ましいという気持ちだった。


 フワフワとした足取りで転移陣のある建物に向かって歩く。10m程進んだとき、私を囲うように風が吹いた。

 

「えっ風魔法!?」

『ユイ! 今どこにいる!』


 スカートを押さえながら耳をすますと、ガヤさんの声が響く。


「えっとカルミアさんのパン屋さんの側です!」

『タクトが倒れた。迎えに行くから店の前にいろ』

「っ!? 大丈夫なんですか!?」

『無理しすぎたんだ────』


 急いでパン屋の前まで戻ると、既にガヤさんの転移陣が地面に展開されていて、ガヤさんが現れた。


「ただの瘴気当たりだと思う」

「わかりました」


 転移陣に乗ると、代わりにガヤさんが降りた。一緒に行かないのかと目で伺えば、返事はなく、城の食堂のテイクアウト用紙袋を渡された。そしてすぐ陣が作動し始める。


「俺は書類を置きに城へ行っただけで、まだ門番の仕事があるからな。タクトは部屋に寝かせてきた。城には勝手に陣を張れん。西塔7階転移部屋まで飛ばす」

「お願いします」


 陣に身を任せようと目を瞑ったとき、ガヤさんから「ユイ」と名前を呼ばれた。

 でも既に私の口は陣に飲まれて返事が出来る状態ではない。


「タクトを任せたぞ」


 その顔は保護者のような優しい顔だった。

 きっと私たちが付き合い始めたことを聞いたんだろうな。


 視界が暗転し、光が入ったときにはもう城にいた。ガヤさんから貰った紙袋を開けると、ジャムパンが入っていて、タクトの部屋に向けて走りながらジャムパンを齧ってMPを回復する。


 部屋に着くと、ノックせずに扉を開けた。

 本来なら続き部屋が寝室扱いなんだろうけど、タクトのベッドは廊下からの扉を開けて直ぐにある。

 朝見たときは元気だったタクトの顔色。今は土のような色にそれを変えて眠っている。

 口呼吸で荒く上下する上掛けは、変則的な動きを見せていて苦しそうだ。


「タクト」


 上掛けを少しめくって手を握る。

 瞬間、息が大きく吸われ、5度6度と大きな深呼吸をした。


「ヒーリング」


 キラキラとヒーリングの煌めきが降ってきても、タクトは起きる気配がなく、どのくらいの時間かはわからないけれど、徐々に頬に戻っていく赤みと、熱を取り戻していく体温にホッと息を吐いた。

 タクトの手の甲を自分の額につけて、しばらく手を握っていた。





「ユイ?」


 か細い声がして、顔を上げるとタクトの深い緑が真っ直ぐに私を見ていた。

 安心して、やっと私の体の強張りがとけた。


「どこかまだ苦しいところある?」

「いや、ない。スッキリしてる。悪かったな、迷惑かけた」

「そんなことないよ」


 ゆるく、でもどこか悔しそうに笑うから、ギュッと強く手を握った。


「ねぇ、タクト」

「ん?」

「エリーが一人でも生きていけるようになったらさ……あ、もちろんタクトが16歳になったらだけど……その……」


 首を傾げるタクトを見て、ドドドっと心臓がものすごい音を立てているのがわかる。




「一緒に……城を出て、街に住まない?」



読んでいただきありがとうございました!

誤字脱字見付け次第修正します!


次回はタクト視点になるかと思います。

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