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聞きかじって溜めた情報は経験の前でボロボロと崩れる。

今日は3話投稿しています。3話目です。

 ──もう少し人に頼る事を覚えたら、きっと未来は変わっていたんじゃないかと思う。



「ん……」


「ユイ!」


 タクトの声にゆっくりと意識が浮上した。


 目を開けると滲んだ視界と見慣れた天蓋ベッド。

 そして涙ぐんだ美人。


「ユイさん!」

「……エリー、私」

「倒れたんです。覚えていますか?」

「覚えて……うん。覚えてる」


 記憶を思い出す前の魔界での事は覚えてる。もちろん前世のことも。

 フィオナの記憶を思い出すと、自分のことのように思い出す。不思議な感覚。


 涙を手の甲で拭いながら体を起こして、キョロキョロと辺りを見渡す。

 心配そうなエリーと怖い顔をしたお兄さんがベッドの側にいるだけでタクトの姿は無かった。


「エリー、お兄さん、今タクトの声がし」

「兄さん、本当に退いてください!!」


 お兄さんの後ろからタクトの大声が聞こえた。タクトが前に出ようと右に出るとお兄さんは右へ。左に出ると左へ。

 お兄さんのディフェンスは完璧だ。


「何してるんですか?」


 不審な者を見る目でお兄さんを眺めると、ベットから降りろとの指示が下った。

 タクトは後ろで降りるなと騒いでいるが、お兄さんの顔からして言うこときかなきゃ確実にベッドを破壊する。

 そうなるとエリーが死んでしまうわけで、大人しくベッドから降りた。


 お兄さんの右手の指真ん中3本が私の唇に触れられる。ピリッとした少しの魔力を感じ、思わず身を引きそうになるが、逃げたら殺すというお兄さんの殺気を全身に受けて固まった。


 それに流れてきた魔力の質に覚えがあった。前に恥をかいたアレだ。


「兄さん!やめ──」

「真実を語れ “虚言の鎖”」


 思った通り、思ったことが口に出る魔法だった。


「今度は何を喋らせたいんですか?」

「記憶を思い出したんだろう。お前は誰だ。ユイかフィオナか」

「どっち……強いて言うならユイにフィオナを添えてって感じですか」

「……。」


 素直に思ったことを言ったんだけど、お兄さんはあからさまに脱力し、疲れたように溜め息をついた。


「え、お兄さん失礼じゃね? イケメンなら何しても許されると思うな──ほらほらほらほら! お兄さんこの魔法やっぱダメですって!」

「フィオナは全く添えられてないぞ。アホ丸出しだ」

「何だと──ぅわぷっ」


 タクトがどこか安心したように、お兄さんの後ろから出てきて、私の口をごしごしと袖で拭く。


「いだだだだだ」

「ユイ、本当に全て思い出したのか?」


 かなり雑に拭いてくるが、その口調と視線は気を使った慎重なもので、ついついイタズラ心が湧いた。

 私を拭くその手をパッと掴む。


「……勇者様が来るまで、タクトに逃げられたら困るの」

「っ!」


 少しダークな雰囲気をだし、ニヤリと笑ってそう言うと、お兄さんがタクトの腕を引いて、瞬時に戦闘モーションに入った。

 手に赤黒い小さい炎が揺らめき始め、一気に剣の形に変わっていく。


「っやべぇ! ごめんなさい! 今のは違う! 冗談です! 空気読めなかった! もう終わったことです! しみませんでした!!」


 かんだ。だが気にしてる場合じゃない!

 慌てて正座し、土下座の体勢をとる。


「終わっただと?」

「タクトのレベル上げを狙った見せかけだったんです!」

「……タクトを殺す気は最初から無かったと?」


 コクコクと首がおかしくなるんじゃないかと思うくらい頷けば、お兄さんの剣が蝋燭を消すように揺らいで消え、殺気も消えた。

 消えた。が。


「顔がまだ怖い!」

「余計なお世話だ。おいタクト、これは完全にアホ(ユイ)だな」


 お兄さんがパチンと指を鳴らすと私に掛かっていた魔法がスッと抜けた。何か今更に失礼を上乗せされた気がする。

 タクトが「だから言ったでしょう」とお兄さんの手を払った。


「何でそんなことをしたか理由を説明できるか?」

「う、うん」


 タクトが殺されない為に魔族を利用させてもらった事を話すと、みるみるうちにタクトまでが怖い顔になっていった。


「まんまと踊らされたわけか。フィオナだったらやりそうだがその説明をユイから受けるとムカつくな」

「本当に失礼な兄弟だなお前ら」


 どれだけ人をバカにすれば気が済むのか。


「あ、あの、ユイさん」


 ベッドの上からエリーが困ったようにこちらを伺っている。

 そういえば、エリーには記憶が無かったことも、私がフィオナだということも言ってない。

 これから長い付き合いになるだろうし一応言っておいた方が良いだろう。


「エリー、あのね」

「ユイは俺と雷棒の回収だ。エレノアには兄さんから説明してくれ」

「「「は?」」」


 ベッドに向いた私の腕を後ろから引き、タクトは寝室の扉に向かいぐんぐん進む。


「ちょっタクト!?」

「少しでも接点を持たせないとあの2人は何も進まないぞ」


 小声でそう言われハッとした。


「──った、確かに! お兄さんよろしくお願いします!」

「なぜ俺が……面倒臭い」

「明日、兄さんの政務中の脱走を1時間だけ見逃します」

「……いいだろう」


 お兄さんが威圧的にエリーを見下ろすと、エリーは茹で蛸みたいに真っ赤になって俯いてしまった。

 微笑ましさについ口許が弛んだ。頑張れエリー!



 書斎から廊下に出て、7階へ行く階段に向かう。


「タクトが恋愛事に協力するとは思わなかった」

「中々おかしな女だったからな」


 おかしい?

 エレノアにはあまり似合わない言葉だなと、タクトを斜め後ろから眺める。タクトの顔には少しの笑みが浮かんでいる。

 胸にチクッと何かが刺さり、掴まれていた腕を振りほどいた。


「な、何かあったのかな? エリーと」

「は?」


 当然ながらタクトが振り向く。その顔は何ら変化のない普通の顔なんだけど、お兄さんに睨まれた時よりも体が動かない。


 記憶が戻ってしまったことにより、前より更に激しく心音が響く。それに2人きりなんだと思うと変な汗が出てくる。


 何か……前よりカッコよくなってないか?


 ゴクリと無駄に生唾を飲んでしまった自分に身の置き場がなくなって両手で顔を覆い、体を丸くしてしゃがんだ。


「タクトにキラキラエフェクトが見える」

「……トリップすんな戻ってこい。エレノアの話はどうした。頭大丈夫か?」


 心配されている筈なんだが、8割方けなされてる気がする。



 何で……。



「何でこんなやつ好きになっちゃったんだろう」



 ──ん……? 今、私口に出した?



 顔を覆った手を少し退ければ、すぐそこに猫目を丸くしたタクトの顔があった。


 血の気が一気に引くが、一気に戻って血流が最高に良くなる。ブワッと足元から震えが来た。


「──っあ、の! 今のは!」


 慌てて立ち上がろうとしたら、タクトに肩を軽く押されて尻餅をついた。


「ちょっ」

「また逃げられたら嫌だからな。……今のはなんだ?」


「その、つい、口から出て」


「へぇ」


 つい、ねぇ。と言いながら、ニヤニヤしたタクトがしゃがんだまま一歩前に出た。ジリッと私も後ろに下がる。


「俺とキスしたいと思わないんじゃなかったっけ?」


「あれは! タクトと同じくらいまで、気持ちが追い付いてないから、タクトにまだ告白は出来ないっていう会話をしようとしてた所にタクトが入ってきて……」


「好きならキスしたくなるだろう」


 真顔で私が変みたいにそう言うが、まずそれがおかしい。

 私はキスしたくなるほどしたことないし、タクトとのアレは突然すぎて、き、きき、気持ち良さなんて小指の爪ほどもわからなかった。


「だっ段階を踏むべきだ! タクトは所構わずチューチューチューチューしてるかもしれないけど私にとっては一大決心なんだよ!」

「待て、なんだその偏見は」


「だって今まで元カノ何人いた!? 絶対片手じゃ足りないでしょ!? アビスさんとか付き合ってなかった!?」

「ぐっ……付き合っ……てはない」


 おっと、マジか……。適当に言ってみたら当たった。

 あの百戦錬磨の魅力溢れるアビスさんとそういう仲になったのか。


「アビスさんに相手にされるとか……すげぇなタクト。尊敬するわ」


 賛辞を送ったらタクトは両目を片手で覆った。


「……俺、何でこんなやつ好きなんだろう」


 それはタクトの心の底から出た言葉に感じた。


「それな」

「同意すんな」


 タクトは立ちあがり溜め息をつきながら、「立て」と私に手を伸ばした。その手を取ると一気に引き上げられた。

 力強さにまたドキリと鼓動が跳ねる。

 近いうちに不整脈で死ぬんじゃないだろうか。


「段階を踏むって何すればいい」


 2人で手を繋いでトボトボと階段をおりる。


「……告白」

「しただろ」


「手を繋ぐ」

「繋いでるだろ」


「ご飯一緒に食べて」

「食ってんだろ」


「……デートして」

「しただろ」

「……だよねぇ」


 さっき自分でも考えたことと同じことを返された。

 もうネタがない。私のお付き合いの定義はあまりに貧相すぎた。


「……アビスさんに、あと何すればいいのか聞いておくよ」

「俺が馬鹿にされるから絶対に止めろ。そうだな、聞き方を変える。今ユイはどこまでなら、したいと感じる」

「どこ……」


 考えるように俯けば、タクトに握られた手があった。

 ……ギュッと握り返すと、タクトの肩がビクッと揺れた。


「っ……わかった」


 赤い。熱い。温かい。

 恥ずかしすぎて顔があげられなかった。


 16年+15年。


 はじめて彼氏ができた。

 

読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見つけ次第修正します。


また読みに来ていただけたらうれしいです。

評価、ブックマークもうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] とうとう恋人に!!おめでとう!!! 「本当に失礼な兄弟だなお前ら」に笑いましたwwユイの脊髄反射並みにすばやいツッコミがめちゃくちゃ好きです
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