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冬に髪を切ると髪は防寒具になっていたんだなと感謝の気持ちを覚える。

 後ろの毛が一束だけ長い不格好なおかっぱ頭は、理容師さんの手によって可愛い感じのボブヘアーになった。

 理容師さんの後片付けを手伝ってから、タクトと会長さんが待つ会長室へ向かい、扉をノックした。


「どうぞ」

「ユイです。終わりました……」


 ソファに座っていたタクトは私の髪を見て直ぐに目を逸らし、会長さんは眉尻を下げた。

 理容師さんも秘書さんも可哀想な子を見る目で私を見てたから、本当にこの世界には髪の短い女性は少数なのだと実感する。なんだか少し寂しい。


「ユイ、土産買ってきたから選べ」

「う、うん」


 タクトの目の前のテーブルには沢山のお土産があった。道具屋タクトの審査を潜り抜けたお土産は、少しの間お世話になっただけでも誰に渡すものだかわかるくらいキチンと選ばれたもので感心してしまった。

 全員海産物でいいやとか思った自分が恥ずかしい。


 その中から、お兄さんには意識高い系のお酒のおつまみ。ダミアンさんとガヤさんにはこの町の名産だというレモンを使ったパイ。同じくレモンを使ったクッキーの詰め合わせを皆に配る用に選んだ。

 残りはタクトが職場で配ったり実家に送ったりするらしい。



 その後、転移陣のある部屋に移動し、タクトがガヤさんと通信を繋いだ。


「お世話になりました」

「またのお越しをお待ちしています」


 タクトは会長さんと秘書さんを真っ直ぐ見ながら、私は2人に頭を下げてそう言えば、変わらない温かな笑顔を送られた。


「ガヤ、頼む」

『おぅ』


 ガヤさんの声が部屋に響き、転移陣が黒く染まる。


 陣に引きずり込まれ、目を開ければそこはもう魔界。

 移動が楽でいいけど、あぁ終わってしまうんだな……みたいな旅行の情緒ってものが無い。


 でも相変わらず不気味な雰囲気の門番待機所と視界いっぱいのガヤさんを見て、帰ってきたなとホッとしてしまうとか、私も大分染まってきている。


 ガヤさんは土産話を聞きたいとばかりにニヤニヤと……してたんだけど、私の髪を見るなり目を見開いた。


「ユイどうしたその頭!」

「ちょっと色々あって切っちゃいました。これお土産です。パイなので早めに食べてください」

「切っちゃいましたってお前……」


 厳つい顔を心配そうに歪め、ガヤさんは私からお土産の袋を受け取った。結構大きなパイなんだけどガヤさんが持つとかなり小さく見える。


「えっと、自分ではおかしくないと思うんですが……」


 魔界でも髪の短い女性は受け入れられないものなのかな。

 マジマジと見てくるガヤさんの視線が痛い。

 苦笑いしながら足元に視線を落とし、ちょいちょいっと指でサイドの毛をいじると頭に強い衝撃が加わった。


「──ぅぐ!」

「ガヤ、何やってんだ!」


 ガヤさんが片手で私の頭を思い切り掴んでワシワシとかき混ぜる。

 そのあまりの力強さに首がおかしな方に曲がりそうになり、タクトがガヤさんの腕を押さえた隙に慌てて距離を取った。


 自分の頭を押さえてガヤさんを見上げれば、巨体を揺らして「ガハハ」と楽しそうに笑う。一体何なんだこっちは笑い事じゃない。


「似合うんじゃねぇか? 悪ガキみたいで前よりも中身とのギャップが無くなった」

「褒めてんですか? 貶してんですか?」

「褒めてんだよ。可愛い可愛いってな」


 ガヤさんの手が小さい子を撫でる感じで宙を舞う。


「それ、そこらの悪ガキにやったら死んでると思います。けど、嬉しいです。ありがとうございます」


 初めて似合うと言って貰えた。嬉しくてニッと笑うと、ガヤさんも同じように笑った。


「タクト、転送先はどこだ……タクト!」

「っあ、悪い。西塔の7階で頼む」


 呆けていたらしいタクトはガヤさんの問いかけにビクリと肩を揺らし、私の手を力なく掴んだ。




 ガヤさんに7階に送ってもらい、タクトの部屋と8階への階段に行く分かれ道で、繋がっていたタクトの手から力が抜ける。


「……ユイ?」


 離れていくタクトの手をゆるく引いた。

 タクトの様子がどう見てもおかしくて何となくこのまま行かせたくない気持ちが先に立った。


「っいや……あのさ、今日お兄さんと夕飯とれないかな? 時間的にもうすぐだよね?」

「大丈夫だと思うが、土産なら明日でも良いんじゃないか?」

「それもあるんだけどね、これ」


 両手のお土産を一旦床に置き、鞄の中から雷棒を取り出すとタクトの顔が嫌そうに歪む。


「だ、だって私以外が触れると感電するって言うしそこら辺には置いとけないでしょ!」

「何も言ってねぇだろ」

「言ってる。顔が」


 タクトは溜め息をつき、私を見ること無く雷棒を眺め続ける。


「魔法の解除の方法を知りたいのか?」

「まぁ、それもあるんだけどト……ティンバーレイクさんはこれをレイピア状に固めてたでしょ? 私も矢の形に出来ないかなって」

「……それでどうするつもりだ?」

「あのね」


 タクトがようやく雷棒から私に視線を移したけれど、やはり直ぐに髪を見て目を逸らした。

 廊下の大きな窓から見える見事な雷を眺めながらタクトは話す。

 失礼すぎないか? 私が生徒指導の先生だったら「先生はそっちには居ません」とか言っている自信がある。


 ゴトッと雷棒を床に落とした。


「タクト」

「──!」


 隙だらけのタクトに腕を伸ばして両頬をガシッと挟み、強制的にこちらを向かせた。


「っな、んだよ」

「髪、短いの私似合わない?」

「っ」

 顔はこちらを向いてるけど視線が泳ぐ。泳いだ先にまた顔を出すと、ついにタクトは目を瞑った。


 こっ、この野郎! 中々に強情だな!


「中途半端をやめるって言ったの誰?」


 タクトの眉間に深すぎるシワが寄った。

 タクトに責任があるとはこれっぽっちも思ってないけど、この状況には多少傷付いている。このくらいの意地悪は許される筈だ。


「この状況は中途半端ではないの?」


 タクトがこんな態度なのは十中八九私の髪のせいだ。もう短くなってしまったんだから、とっとと受け入れてくれ。やりにくくて仕方がない。


 返答を待つ間、男性とは思えないキメ細やかな頬をムニッと詰まんで、ビロ~ンと引っ張る。普段こんなことしようものなら拳骨が飛んでくるだろうに、タクトはまだ目を瞑って難しい顔をしている。


 ほんと綺麗な顔。


 睫毛、長い。


 鼻筋通ってる。


 少し厚めの唇……そういえば、キス……されたな。


 そう思ったとき、タクトの緑の瞳が私に向いていることに気付いた。


「~~~っ!」


 手を頬から離そうとしたら右の手首を掴まれた。

 その力強さにドッと心拍が跳ね上がる。



「ユイの世界ではどうだか知らないが、短い髪が似合うなんて女に言ったら侮辱にあたる」


 そ、そうなの?


「薄毛を気にしてる人に薄い方が似合ってますって言うようなもんだ」

「それは……」


 言えないな。そう言われると人間界での皆の視線の理由がわかる気がする。


「だからガヤとユイのやり取りを見ててワケがわからなくなった。何でユイは喜んでるのか……」


 私の手首を掴むタクトの手に力が入って、空いている手がサイドの髪を梳く。耳に指が触れてギュッと心臓が締まる。


「タク」

「可愛い」


 自分の目が大きく開いたのがわかった。



「似合ってる……から困ってる。可愛いよお前」



 深い緑、言えたことを喜ぶような少し緩んだ口許。


 神経が絡み取られ麻痺したように痺れる。


 熱が一気に身体中を駆け巡る。


「う……ぁ……」



「ユイ?」

「ぅああああ!!! 茨の障壁!!」

「は!? おい!!」



 私とタクトの間に壁から壁まで床から天井まで、今のタクトのMPでは破れない厚さの障壁をはり、タクトを置き去りにして8階への階段を掛け上がった。

 雷棒!? それどころじゃない!! 階段下からタクトの怒号が聞こえる。


 扉前の見張りに走りながら挨拶をして、書斎を走り抜け、寝室の扉を乱暴に開けた。


「っえ! お帰りなさいユイさ──えっ!? その髪っ」

「エリー! エリー! エリー! ぅぐぅ!!」


 猪かという勢いでキラキラ光るベッドに乗ると、タクトとの戦いで無くなったMPが一気に戻って、体に走るジリジリとした感覚に力が抜けヘニャリとエリーの膝に倒れ込んだ。


 辺りが暗くなり、ランプに火が灯った。


「ユイさん、あの、一体何があったんですか?」


 羞恥で顔があげられない。

 エリーが恐る恐るといった様子で私を伺ってくるのが見なくても手に取るようにわかる。


 でもごめん。それどころじゃないんだ。

 頭の中ではタクトの緩い笑みが反芻されて、完全にオーバーヒートしている。



「わ、私……タクトが……その、好きかもしれない」 



 エリーが短く息を吸う音が聞こえた。


 他にはなんの反応もない。

 前世では恋愛系の話は聞く専門だったから、したのは初めてで不安になりそっと見上げると、エリーは口許に両手を当てて目を見開いている。

 その頬は赤い。何となくだけどガヤさんを思い出した。

 

「タ、タクトさんには伝えたのですか?」

「言ってない……恥ずかしくて逃げてきたの。言わなきゃだめだよね?」

「だめ……ということは無いと思いますが、タクトさんはユイさんの事が好きですし、伝えれば恋人になれますよ?」

「こ、恋人」


 敬太と彼女の状態に私とタクトがなるって思うと変な感じだ。恋人って何すればいいんだろう。

 敬太の彼女は凄い連絡寄越してたよな。休み時間の度にスマホいじってた。お昼休みは迎えに来て一緒に食べてたし、手を繋いで帰ってた。


 ……ん? してるよな。3食共にして手なんか会ってたら繋ぎっぱなしだ。なんならキスもされた。

 あれ? もう付き合ってる? いや、そんなはず無い。


「恋人になる前に恋人みたいなことをしてる場合どうしたらいいの?」


 エリーは私の背中を撫でながら、残念な子を見る目で私を見る。


「行動も大事ですが、好きという気持ちが通じている状態が素敵なのだと思います」


 気持ちのない結婚を強要されていたエリーが言うと何だか重みが違う。


「行動があっても、ユイさんはタクトさんの気持ちをわかっていますが、タクトさんはわかりませんよね? それはきっととても不安だと思います」


 オブラートに何重にも包んでくれているけど、つまり告白しろ(言え)と言うことだな。


「で、でもねエリー、タクトが告白してきたとき、私にキスがしたくなるって言ったの」

「っそんなことを!」


 エリーから「破廉恥」という小声が漏れて顔が一瞬で赤くなった。私よりは上だけどエリーの恋愛偏差値も低いらしい。


「確かに、確かにタクトを……男性として好きだとは思うけど」

「はい」


「その……タクトとキスがしたいとか、そういう欲求がない!」



 つい大声になってしまって、寝室に声が響いた。



「へぇ。面白そうな話してんな」

「っ」


「ククッ。振られたなタクト」



 背中で感じる。寝室の入口にバカでかい闇魔法の気配が2つ。エリーの顔が更に赤く染まってるからあの兄弟で間違いないだろう。


 ギギギ……とゆっくり振り返れば、既に何度か見ている鬼が仁王立ちしていた。

読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見つけ次第修正します。


また読みに来ていただければ嬉しいです。

評価、ブックマーク嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎回タイトルに吹いてしまいます笑 のんびりだけど、着々と恋愛してるんだなーとほのぼの(*^^*) やりとりが小学生かいって突っ込みたくなるけど嫌いじゃないです(^^) 執筆っていうのかな?構…
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