非常識の視界【トマスside】
「え、これ何?」
「電撃、だな……お前、接近戦の技も持ってるのか?」
「遠隔と支援だけ、の筈」
さっきまで、この世のモノとは思えないレベルの戦いをしていた、タクト・スミスとルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンこと、ルーイ。
殺伐とした雰囲気はもうなくなり、顔寄せあってルーイの手の中にある俺が放った雷撃を眺めている。
ルーイの親指と人差し指が回る太さで、長さ50cm程の青く変色した雷の棒。
雷を武器型に固める魔法は俺の得意とするモノなんだが、あの雷撃にその魔法は掛けていない。なぜルーイがその魔法を使えるのか……。
「え、何か気持ち悪い……タッタクトあげるよ!」
「バッカ!! こっち来んな! 触んな!」
「はぁ!? タクトに向かって飛ばされたやつじゃん!」
コイツら……俺の電撃をまるで汚いモノのように扱いやがって。
ぐうの音も出ない程こてんぱんにされた為、イライラするも手を握りしめながら耐える。
タクト・スミスが一歩下がり、ルーイが一歩進む。
また一歩、また一歩。
まるで人間の子どものような顔でタクト・スミスはルーイから逃げる。
先程までの鬼の形相が嘘のようだ。
──タクトに人を殺させたくない──
ルーイのあの一言があってから、タクト・スミスは人に戻った。
呆然と彼らの追いかけっこを眺めていると、ルーイの後ろ髪に背中までの長い毛が一束なびいている事に気付いた。
「──っ……フィオナ……コックス」
先入観というものは恐ろしい。
今まで少年だったルーイは、もうフィオナという少女にしか見えなくなった。
フィオナ・コックスの事件は魔族の血が最初に見つかっていたことで魔族による拉致の線が濃厚だとされ、早々に捜査は魔族案件専門の第二騎士団に持っていかれることとなった。
第二騎士団はレベルの高い貴族エリートが多く、庶民出が多くて人間相手の第四騎士団を下に見る傾向がある。
第二と第四はハッキリ言えば仲が悪かった。
現場の士気も下がり、検証や聞き取りなどはおざなりになっていた。
「それにしてもこのコックスって子、可愛いですよね」
第二に渡すための書類を集めていると、後輩が少女の姿絵を見ながらそんなことをぼやいた。
……確かに……な。意思の強そうな瞳が印象的だ。
「こんだけ可愛かったら、魔族の血を偽装してどっかの冒険者に監禁されてるとか無いですかね」
後輩は第二に事件を持っていかれるのが気に食わないらしい。対人間なら第四の管轄内だからそう言っているのだろうが、それはそれでゾッとする話だ。考えたくもない。
「無いだろうな。あの血液の瘴気はかなり高位の魔族のモノらしい。あの町に屯しているような冒険者に勝ち目はない」
犯人が人間だったら……か。
疑いの目をもって隅から隅まで調書を読み直すと、無くはない線が出てきた。
道具屋の息子タクトには小一時間の空白の時間がある。
捜索の際に遠目で見たが随分と綺麗な顔をしていた事を思い出す。
残念な事に既に彼はウィーザントの町に見習いに出ているし、第二に渡ることになった件を捜査するのは騎士団内での更なる亀裂を生むことにもなりかねない。
騎士団員としては何もしないというのが正解だろう。
……第二騎士団はきちんと機能するだろうか。
魔族は必要悪だという意見がある。
王の独裁政治に対して反感を持っていた国民が多かった。
その一つが姫の輿入れだ。男尊女卑が多く残り、いい噂の聞かない隣国そしてその王。
強国にまるでご機嫌伺いのように姫を差し出す事に対して民衆が騒いだ。
第四騎士団には集会を取り締まり、クーデターに対して備えるようにとの指示が出ていた。
姫が拐われて民衆の意識がそちらに奪われ、勇者が立った今、単純にも娘を奪われた王の支持率は鰻登りだ。
簡単に民衆をまとめるためには共通の敵を作るのが一番早い。
そんな状態でフィオナ・コックスは助かるのだろうか。魔族から彼女に関しては何の犯行声明もない。魔族のお陰で今の地位にある王の下で働く騎士団が魔族を叩くために機能するとは思えない。
その上、トルネアス商会という大物がタクト・スミスの身元を保証してるとなると簡単に手は出せない。
彼女はこちらには戻っては来られないかもしれない。
そう思ったら体が動いていた。
上にバレない程度にタクト・スミスの周囲を調べた。
タクト・スミスが生まれたのは国の北にある小さな村だった。
人間界にしては瘴気の濃いその村は魔界に続く洞窟があると伝えられ、周囲の町からも敬遠され、迫害を恐れる村民が村外に出ることはあまり無かった。
実際のところは健康な人間であれば何の問題もなく過ごせる程度の瘴気の村だが、タクト・スミスは生まれつき体が弱く、とても耐えられる状態ではなかった。
産みの親であるスミス夫妻は村に出入りしていた唯一の外部の業者であるトルネアス商会を頼り、タクト・スミスを外へと逃がした。
タクト・スミスを迎え入れたエバンス夫妻は、泣く泣く息子を手放すことになったスミス夫妻の気持ちを汲んで、彼を養子にすることはなかった。
タクト・スミスは大きくなるにつれ体も強くなり、夫妻は彼が16歳で成人したらどちらか選ばせるつもりでいた。
それで15歳になった現在、未だに村唯一の出入り業者であるトルネアス商会へ見習いに出した。
というのか、彼の経歴だ。
村での彼は年齢のわりに落ち着いた少年で、家の仕事を真面目に手伝い、友人も多く、目立つのは外見くらいでこれといって注目すべきものはなかった。
怪しいところなどない。むしろ同情すべき少年だ。思い違いだったのだろうと息をついたところで、上司に俺を含めた数人が呼び出された。
ウィーザントで空きが出たから移動しないかとのことだった。もしかしたらタクト・スミス本人に何か聞けるかもしれない。
直ぐに、自分が! と名乗り出た。他の者は既婚者だったり恋人がいたりと、直ぐに動けるのが俺1人だったということもあり直ぐに決定し、次の日には荷物をまとめ馬に乗り、ウィーザントへと向かった。
ウィーザント勤務になって2日目、前任からの引き継ぎも終わり、副団長に街を軽く案内すると言われ一緒に歩いた。俺の実家はウィンザードの隣町で幼い頃からちょくちょく来ていた為、案内などは要らなかったが、それが当たりだった。
民衆が輪になるように集まり、歓声やヤジが飛ぶ場面に出くわした。
昼間から酔っぱらいが殴り合いでもしているのかと、呟きながら副団長が捕縛魔法を放った。
捕まったのはロブスターの取り合いをしていた少年2人。
まさかと思ったがどうみてもタクト・スミスだった。
資料からはこんな下らない事をするような子だとは思えなかった。しばらく彼を眺めていたが、俺をかなり凝視してくる帽子の少年が気になり、そちらに視線を移すと思いっきり目を逸らされた。
こちらもタクト・スミスに引けを取らない外見の少年だった。
……フィオナ・コックスに似ているとは思ったが、こんなところに居る筈はない。背も高いし髪も短い。名前も違う。
それにあの姿絵の凛とした感じは一切なかった。
目の前に居るのはロブスターを取り合って騎士団に捕まったアホな少年。
彼らに話を聞きたかったがタクト・スミスにその隙はなく、副団長もいるので諦めた。
詰所に戻ると退勤時間になり、寮まで帰る途中にまたタクト・スミスを見つけた。
目立つ外見に加え、美女に絡まれていることでさらに目立っていた。
もう1人の少年はいない。チャンスだと思った。
きっと店の中に居るのだろう彼が出てくるのを待って捕まえた。
顔見知りの経営する喫茶店に入り、彼に話を聞くが、思った以上に彼は何も知らず、逆に説明する羽目になった。
俺の説明を淡々と聞いていたルーイだが、魔族の話をしたときに顔色が変わった。
魔族との関係を変えることが出来ないか。そんな様な事を彼から言われた時、フィオナ・コックスの姿絵を思い出した。
現状の打破、変化を期待したくなるその瞳に射ぬかれたといってもいい。
人間と魔族が手を取り合う未来が来たらいいとさえ一瞬思ってしまった。
そんなことを思ったのは一瞬だったし、あり得ないとも思い直したのだが、目の前では魔族と人間がさも楽しげに走り回っている。
「いい加減にしろお前ら!」
走り回る目的が電撃棒を渡すという行為から、完全に追いかけっこを楽しむに事切り替わっている2人を見て、思わず怒鳴りつけると、タクト・スミスはこちらを睨み付けて止まり、ルーイ……いや、フィオナはビクリと肩を揺らして止まった。
「す、すみません。これ返します」
後ろにタクト・スミスを従え、おずおずと電撃の棒を返してくるフィオナ。本当にイメージと違いすぎる。騎士学校に通っていたときこういう奴いた。
「要らん。これはもうお前の魔法が入っている。俺が触れば感電する」
驚いたように棒と俺を交互に見るフィオナにはタクト・スミスと戦っていたときの女神のような神々しさは一切なかった。
同じようにタクト・スミスからもあの禍禍しい瘴気は出ていない。
「ルーイ、お前はフィオナ・コックスだな」
「──っ」
そう確認した瞬間、タクト・スミスがフィオナの腕を引き、背中に隠した。
大事なものを守る。そんな意図が見え、彼女もそれに安心していることが伺え、俺の脳裏には後輩の言葉がよぎった。
──魔族の血は偽装──
まさか自ら魔界に行った……のか……?
「今、魔界にいるのか?」
「は、はい」
「ユイ! 答えるな!」
必死なタクト・スミスに対して思わず笑いが込み上げた。今の彼の雰囲気は年相応の少年だ。
「そう警戒するな……俺の目的はフィオナが無事で居ると確認できたことで達成してしまっている」
俺は両手を顔の横まであげた。
「口外はしない。誓うから質問に答えてくれ。魔界は辛くはないか?」
フィオナはタクト・スミスを後ろから伺うと、タクト・スミスは仕方がないというように舌打ちをした。
タクト・スミスは番犬の様だ。
「──はい。楽しく過ごしています。あ、エリー……エレノア姫も元気で楽しく過ごしてます」
「エレノア姫とも接触しているのか!?」
「接触……えっと、友達になりました」
これには瞠目せざるを得なかった。表情を動かさず、侍女でさえ声を聞いたことの無いと噂されている人形姫と友人。しかも楽しく……。
信じられない思いでフィオナを見つめるも、ヘラっとアホっぽい笑みで返された。底知れない。
「そう……か。髪はいつ切ったんだ。後ろ一束だけ長いが」
「えっ!? エンジェルリング!」
光魔法を宙に浮かべてその光を当てながら、フィオナは慌てた様子でその髪の束を触る。まさか、さっきトイレで切ったとか言わないだろうな。
魔界ではどうだか知らんが、人間界では髪を美しく伸ばした女性が美しいとされ、女性が髪を男のような長さまで切るのはあり得ない。聞いたこともない。
俺が帽子を取れと言ったことが原因だとしたら……結婚して責任をとるくらいでないとダメなやつだ。
「ほっ本当だ! ちょっとタクト、切って!」
「っ!」
タクト・スミスが怯んだ。魔族だが人間界で育っただけあってそういう常識はあるらしい。
「じゃあトマスさん! 切って貰えますか」
「女性の髪は切れんに決まってるだろう」
「ぐ、紳士……」
非常識の塊から距離を取ると同じように距離を取ったタクト・スミスと目があった。
その目には苦労の色がハッキリと浮かぶ。
きっとフィオナは魔界でもこんな感じなのだろう。
彼女を見ていると敵だ味方だと争うことがバカらしく感じる。
「フィオナ」
「はい?」
紺の瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。その瞳から見える世界はどんなものなんだろう。
「──俺は勇者のパーティーに入ろうと思う」
フィオナが変える魔界を見てみたくなった。
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