デートというのはハラハラドキドキするもんなんですね。
暗い木陰のような黒緑の瞳を持ったタクトが、トマスを睨み付けながら一歩また一歩と近づいて来る。その度、体になんとなく瘴気がまとわり付いてくるのがわかる。
私の強制浄化速度よりタクトの瘴気が上回っているのだろう。
「ど、どうしてここが分かったの?」
「光魔法使ったろ」
あ、そうか。髪切るときにエンジェルリングを使ったな。
思い出すように視線を右斜め上に向けると、視界の隅にカウンターに突っ伏すように倒れている店の主人が映った。
「っおじいさん!」
慌ててカウンター内に入っておじいさんに触れ、呼吸を確認する。
良かった。意識はないけどまだ生きてる。
「ヒーリング!──タクト抑えて! おじいさんが死んじゃう!」
タクトは私に少しだけ視線を送るも、直ぐにまたトマスを射殺すように睨み、その足を進める。
くっ、無視かこの野郎!
「茨の障壁!」
虹色を帯びた透明の障壁がおじいさんを包む。とりあえず、おじいさんはこれで大丈夫だろう。
あとは……。
「トマス、今のレベルは!?」
「23だが、ルーイお前は──」
「えっ!? 弱い!!」
「なんだと!? お前は年長者への態度が──っ!?」
トマスがふらつき、テーブルに片手をついた。その顔には冷や汗と困惑の表情が濃く浮かぶ。
勇者が旅を始めたばかりの現段階でトマスはこんな中盤の町に居るはずの人間じゃない。本来ならば勇者と共にレベルを上げていく筈のトマスが弱いのは仕方がない。
「ちっ、この空気の悪さはなんだ! ルーイ! お前は何故光魔法を使える!」
あ、やべ。タクトとおじいさんの対処に必死で魔法普通に使ってた。
「何となくやってみたら使えた!」
「そんなわけがあるか!」
ぐ、騙されないか! てか私の事より、このまま瘴気垂れ流しのタクトと一緒に居ればトマスは死んでしまう。
それに自分で出したとはいえ、これだけの量の瘴気をもろに浴びてタクトの体も大丈夫なのだろうか。
「……まてよ、この空気どこかで……っタクト・スミス! お前魔族に操られているのか!?」
「察しの悪い騎士サマだな」
「なん、だと」
私の心配を余所にタクトは、ククッと笑い声をあげた。
魔族であることを隠すとか誤魔化すとか、そういうのが一切無いことに不安を覚える。
どういうつもり……。
「トマス・ティンバーレイク、随分と人の事を色々と嗅ぎ回ってくれたみたいで感服したよ……だが何も出なかったろう?」
タクトが楽しそうにトマスの肩を軽く小突くと、トマスの体が大きく揺らぎ、足をもつれさせながら後退し壁に凭れた。
下から悔しそうに睨み付けるトマスと、顎を上げてバカにしたように見下すタクト。
凄い。
タクトの悪役感が凄い。
違う! 感心してる場合じゃない!!
並んだだけで明らかなトマスの劣勢が見てとれる。
慌ててカウンターを飛び越えてタクトの腕を掴むと、瘴気が薄まりタクトが軽く息を漏らした。
やっぱりタクト自身にも影響はあるんじゃないか!
「もう帰ろう!」
タクトは目を細め、私のサイドの髪に空いている手を差し込んだ。耳に掛かっていた髪がゆっくりと梳かれる。
「このまま帰ればこちらの関係者がただでは済まない。危険な芽は早く摘む」
「!」
そうだった。魔族と内通した者は死罪、もしくは無期懲役。
トルネアス商会だけじゃないタクトの育ての親もその罪は免れられない。
「すぐ終わるからちょっと待ってろ」
そうか、すぐ終わるなら……イヤイヤイヤ! ナニを終わらせる気だ!
「だっダメダメダメ!!」
一瞬、雰囲気に飲まれそうになったが、よくよく考えれば、あまりにも物騒なその言葉に手に力が入る。
ブンブンと首を振りながら真顔で見つめると、タクトは名残惜しそうに私の髪から手を離した。
タクトがトマスに手のひらを向ける。
「なぶり殺してやるよ」
その瞬間、体にザワザワと寒気が走った。
本、気だ……。
「アイソレーションフィールド」
トマスに向けられた手のひらの方向を変えようとするより速く、タクトの魔法が発動し、トマスの足元に1メートルほどの正方形の黒い線が彼を囲むように現れる。
「っ闇魔法!! タクト・スミスお前は魔ぞ──」
その線がぐんぐんと上方に伸び、スッポリとトマスを覆って完全な黒い立方体になったとき、トマスの声も姿もすべて消えた。
「トマス!」
立方体は宙に浮き、喫茶店の壁をすり抜けていく。
まるで手品でも見ているようだ。
「タクト! トマスは!? トマスはどうなったの!?」
タクトの腕を掴み揺すりながら尋ねると横目で冷たい視線が降ってきた。
「トマスは」
「ティンバーレイク」
「トマ」
「ティンバーレイク」
「ト」
「ティンバーレイク」
「ティンバーレイク……さんは、どうなったんですか」
あまりの威圧感につい敬語になる。
いや、タクトそんな場合じゃないでしょう。
「まだ生きてる。あれは単に逃がさないようにしたり、味方の援護を防いだりする為の魔法だ。広場に向かわせた。今頃広がって戦闘用のフィールドになってる筈だ」
「そうなんだ……良かった」
トマスが生きていたことにホッとし微笑むと、タクトは正面から私を見据えた。
「っ」
今にも泣き出しそうなその瞳に目が離せなくなる。
タクトのこの顔が苦手だ。
手が再び髪に伸びて心臓がギュッと締め付けられた。思わず体に力が入ってしまい、それを察したのかタクトの手は宙を漂い、力無く落ちた。
「……髪、ごめんな」
「タクトのせいじゃないし、別に何とも」
「嘘つくな」
タクトは長い方が好きなのだろうか。
それともこの世界の女性は皆髪が長いから、切るって一大事なのかな。
でも私は短い方が慣れてるし、切ったことに後悔は無い。
「いや、ほん──んっ」
“いや、本当に。前世はもっと猿みたいに短かった時もあったよ”と言おうとしたが、タクトの唇がそれを言わせなかった。
軽く触れて、音もなく離れていくタクトの体温。
それは私の思考を止めるには十分の代物だった。
「っ」
「もう中途半端は止める……ユイはここにいろ」
私に背を向けて喫茶店から出ていくタクトを唖然と見送る。
またキスをされた。と、自分の唇に触れ、それをキチンと理解した瞬間、身体中が熱を持った。
嫌、では、なかった……そんな自分に驚くと同時に、腹の底からイライラが湧いてくる。
「……嘘つき」
同意を得ないとキスはしないって言ったくせに。
「嘘つき!」
人間が死ぬのは見たくないって言ったくせに。
「嘘つき!!」
今日はデートだって言ったくせに!
「デートで人殺すってどういうことだ! クソタクト!! そんなのデートとは認めん!!」
力一杯喫茶店のドアを蹴破り、既に日が落ちて薄暗くなった広場に走り出ると、夕方まばらにいたカップルの姿は既に無く、タクトがさっきの黒い四角にスッと入っていくのが見えた。
「──なに、これ」
黒い四角い箱なのはさっきと一緒。
だけれど、2m程の高さだった立方体は3階立ての建物ほどの高さになり、その幅は25mプール位の辺の直方体に変わっていた。
タクトがフィールドと言っていた意味をやっと理解した。
「中で戦えるんだ……」
タクトが入ったところを叩くけどビクともしない。
「どうすんのよこれ」
トマスが死ぬのをここで待つ? いや、そんな選択肢はない。
ジャッジメントゼロで消す……のはダメだ。あれ使うと3分の1はMPが減る。
消した後でまたこれを出されたときイタチごっこになる上にこっちのMPが先に底をつく可能性がある。
万一タクトと戦う事になったときの為にも出来るだけMPは残しておきたい。
と、するならば上級魔法もやめた方がいい。中級の出来るだけ威力が強いやつ……。
2本から5本の雷撃を落とす魔法「神々の審判」。何本落ちるかは運だ。
「神の審……」
ふと赤いドレスが脳裏をよぎり、手を天に掲げて止めた。
あの時と立場は違うが同じ状況だ。
手をゆっくり下ろしてペタリと黒い壁を触る。
フィオナの保持魔法は光魔法のみ。でも光魔法にも雷撃技がある……できる、だろうか。
できるのならそれほど効率の良いものはない。
悩んでる暇はない。物は試しだ。タクトの母ちゃんがやっていたように、指を一本天高く掲げ、目を瞑って大声で叫ぶ。
「ライトニングロッド!!」
片目を薄く開けて直方体を見るも、何も起こらない。
ダメかと諦めかけたとき、上面から青く光る線が上空に伸びていくのが見えた。
「っ! 神々の審判!!」
ゴロゴロと黒い雷雲が上空に集まり、勢いよく4本の青い稲妻が轟音を轟かせながら同時同位置に落ちていった。
パァン! と弾ける音と共にフィールドが砕け散り、中から驚き上空を見上げるタクトと、かなりボロボロになり片膝をついたトマスがでてきた。
トマスの両手には彼の武器であるレイピアが握られているが彼の魔法で作られている雷のレイピアの切っ先は弱々しく原型を留めていない。
この短時間でよくもまぁここまでボロボロに……なぶり殺すと言っていた意味を理解して寒気が走ったが、とりあえず間に合った! よく耐えたトマス!
「エンジェルリング! 増し増し!」
とにかくタクトにフィールドを再び張る隙を与えてはいけない。
お兄さんほど素早く無いものの、タクトは予想通りリングに捕まることはなく軽やかに避けた。
連続してリングを投げ、タクトのペースをズラし、トマスを背に置くポジションまでたどり着き、タクトと相対し睨み合う。
「邪魔すんなユイ」
「タクトがやめるんならやめる。ヒーリング」
タクトから目を離す事無くトマスにヒーリングをかけると、トマスが小さく「助かる」と礼をしてきた。
今はMPが勿体ないから初級ヒーリングだ。多分全回復はしてないだろう。
「それは無理な話だ」
そう言いながらタクトが何気なく動く。
それはこの前闘技場で見た炎を出すモーションに入るときのそれに似ていた。
「茨の障壁!」
「チッ、本当にお前の戦闘センスは感心する! サラマンダーバースト! ユイ退け!」
「絶対に退かない!」
タクトの攻撃でブクブクと泡立った障壁を張り換えることを繰り返す。
MPが先に尽きた方が敗けの様相を呈してきた。
「ユイ、よく聞け! そいつを殺さなきゃ俺に関わった沢山の人間が死ぬ! お前はそれでいいのか!?」
「いいわけあるか!!」
「じゃあ退け!」
「嫌だ!!」
「矛盾してんだよお前は! 何がしたいんだよ!」
デカイ舌打ちが聞こえて、更に炎の威力が上がった。
「タクトに人を殺させたくない!!」
「っ!」
炎が揺らぎ、タクトの顔色が更に悪くなる。瘴気に当てられている上に、前回同時展開していた魔法は今回単発……魔力切れも近いのかもしれない。
「ジャッジメントゼロ!」
緑の風がタクトを取巻き、炎を消す。完全に消滅したのを確認してから私も障壁を消し、広場はシンと静まった。
その瞬間、背中にピリッとした感覚が走った。
タクトが焦ったように魔法のモーションに入るのが見えたと同時に、「消えろ! 魔族!」というトマスの声が耳に届く。
スローモーションのように辺りがやたらとゆっくり感じ、咄嗟にピリピリした感覚に対して右手が真横に動いた。
「「「は……?」」」
場の空気が止まる。
私の右手にはトマスがタクトに向けて撃った雷撃がしっかりと握られている。
黄から青に変色していくそれを私は呆然と眺めた。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字見つけ次第修正します。
誤字報告ありがとうございました。
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