短気は損気。思い立ったが吉日。結局はその時の運。
トマスに連れられてやって来たのは、町の一番北側で、小高い丘になっている場所だった。一番高い場所は街と海が一望できる展望台になっている。
皮肉にもここが私が来たがっていた聖地なわけで。
なんでトマスと来なきゃいけないんだ。
あぁ、でもここはフィオナ目的でパーティーに入ったトマスが改めて皆と仲間になる場所だ。ある意味トマスの為の場所かもしれない。
もうすぐ日が暮れるからカップルが多い。そんな場所を横目で見ながら、トマスは広場の外れにある小さな喫茶店に入った。
「おや、ティンバーレイク様。お久し振りでございます」
「コーヒーを2つ。奥の席、いいか」
喫茶店のマスターは白髪で口の上に白い髭を綺麗に生やした丸眼鏡が可愛らしい細身のおじいさんだった。どうやらトマスは顔見知りらしい。
おじいさんがカップを拭きながら微笑んで頷くとトマスは奥へと進み、壁側の4人席の手前に座った。
男女だったら女性を壁側に座らせるトマスに感心するけど、今の私は男な訳で、この場合は答えるまで逃がさないという意味なんだろうなと、ベートーヴェンで弛んだ気持ちがギュッと締まった。
一体何を聞かれるんだろう。
お客さんは私達だけで、アンティークな感じの店内にはコーヒーを淹れる音だけが微かに聞こえる。
こんな大人の落ち着いた空間には慣れていない。
手を太股の上に置き、テーブルの上に置いてある可愛らしい砂糖入れの瓶をただひたすら眺める。
「ルーイはタクト・スミスとはどれくらいの付き合いになるんだ」
「……こちらに来てからなのでそれほど経っていません」
これに嘘はない。滝田結衣とタクトの付き合いはほんの少しだ。
「彼に何か普通と違った点が見られるということはないか」
「いえ。薄情なのか世話焼きなのかわからない、変わった奴だというくらいですかね」
これにも嘘はない。このまま嘘をつかずに終われたらいいなぁ。
「……ルーイが彼について知っていることは」
「仕事は卒なくこなして、顔もいいから女性にモテるくらいですか」
「そういうことではなくてだな」
聞かれたことに対して素直に答えてるのにトマスの口調が若干強くなった。
トマスはテーブルに左肘をつき、手で額を支えて否定するように右手を私の方に向けた。
「……すまない。そうだな……では彼の幼なじみが魔族によって拉致された可能性があることは知っているか?」
「っ!」
大きく迂回したくせにいきなり本題に入ったことに驚き、トマスを見ると、その顔は真剣で少しでも情報が欲しいと思っている事が伺える。
落ち着け。落ち着け自分。
フィオナがそうなっていることは新聞に載って、全国的に知れ渡っているということは聞いた。
結構な騒ぎになったみたいだし拉致の情報を知らないのはおかしい……よね。
「……それは、少し前に新聞に載ったという少女ですか?」
「あぁ」
でもそれがタクトの幼なじみだということは公表される筈もない。
「知りませんでした。僕はあまり字が得意ではなくて新聞は読んでないんです……どういう状況から魔族に拐われたということになったんですか? 誰かがそれを見たとか?」
「少女が消えたとき、勇者が闇魔法と大きな光魔法2つの力が使われた気配を察知している。闇魔法を使うことが出来るのは魔族のみ。魔族の闇魔法に少女が光魔法で抵抗したと公表されている」
そんな風に事実がねじ曲がったのかと感心してしまった。
こっちから消えた時に使った魔法といえば、タクトの強制停止と私の蘇生魔法。
っつうか強制停止って闇魔法だったのか。
「翌日、町の自警団が勇者の同行のもと2つの魔法の気配がした現場に行くと、夥しい量の血痕が残されていた。瘴気を含んでいたことから魔族の血だということがわかり、少女が魔族と戦い、拉致されたと判断された。ここまでが新聞に載っていた情報だ」
それで拉致の可能性ってことになったのか。町長が町から裏切り者を出さないように保身の為に言ったことじゃなかったのね。疑ってごめん町長。
「……それでなぜタクトのことを調べてるんですか? 全く関係ないじゃないですか。タクトが魔族で犯人だとでも? それで動いてるんですか?」
魔族で犯人だけども、そこは軽く睨み付けて知らない振りを通す。
「タクト・スミスが人間である裏はとれている。トルネアス商会を通して生みの親のスミス夫妻を確認しているからな」
「え、生みの親? スミス夫妻?」
「それも知らないのか……まぁ付き合いの短い友人ならそうか」
というか、人間界でのタクトの細かい設定を知らない。道具屋の夫婦に養子に入ったわけじゃないのか? これは迂闊に触れない方がよさそうだ。
「人間だという裏がとれているならなぜ騎士団はタクトを疑うんですか?」
「……騎士団の捜査からは既にタクト・スミスは外れている」
「は? じゃあ何で」
「俺はタクト・スミスが魔族との内通者ではないかと疑いを持っている」
至極真面目にトマスはそういうが、それっていいの?
「……個人で捜査してるってことですか? じゃあ私を連行したときに言った捕まえるとかいうのは」
「……。」
「職権濫用」
ボソリと呟き、不審なものを見る目で眺めると、トマスは慌てたように姿勢をただした。
「少しでも情報が欲しかった。そうでなければ光魔法の少女はもう二度と人間界に戻っては来られないだろう」
「騎士団では力不足だと?」
「……トルネアス商会は信用に足る組織だが、それ以上に商会に借りがある貴族が多すぎる。今回タクト・スミスが捜査から外れたのもトルネアス商会が彼の身元を保証したからにはそうそう手が出せない」
人間界も中々に腐ってるな。まさかロブスターでトルネアスの名前を出した途端に解放されたのはそのせいじゃないだろうな。
「商会の事は置いておいて、なぜそんなにもタクトを疑うんです? ただの15の少年ですよ?」
「……魔族はどちらかと言えば人間を震え上がらせるような派手な手口を好む。だが今回魔族の血が残されていたのは植木の影でかなり見つかりにくい場所だった。その場に見つかってはいけない誰かがいたことは確実だ」
「それで?」
「少女が最後に確認されたのは自宅だ。辺りはもう暗く、その場から現場まで少女を誘導できるとなれば、ある程度親しい人物でなければ無理だろう」
「……1人で出てったかもしれないじゃないですか」
「それはない。少女は勇者と旅をする事を心待ちにしていた。自宅に待ちわびた勇者がいるのにフラッと1人で出ていくとは考えにくい」
おかしい。ギルドの受付嬢に弱音を吐いた筈だけど。まさか町長揉み消した?
「誘い出したの、少女の他の友達でも良くないですか?」
「町長がタクト・スミスに少女を探せと言ってから小一時間の間、彼を見たものは誰もいない。少女を探していたと言っていたが、あの夜は勇者が現れ、少女が消えたせいでかなりの人数が屋外に出ていたのにだ」
アリバイがないってことか。まぁそうだろうな。タクトは私と一緒に魔界に居たわけだし。
「万一、タクトが魔族と内通していたらどうなるんですか?」
「手を貸しただけでも死罪か無期懲役だろうな」
何事もないように腕を組み、無表情でそう語る。トマスが少し怖い。
「っトマスさんは、殺されるかもしれないのにタクトを捕まえようとしてるんですか?」
「当然だろう、魔族は悪だ。今までどれ程の人間が殺されてきたと思っている」
それは、そうかもしれないけど……。
私の見てきた魔族はそんなに悪い人たちだっただろうか。
話が通じない人たちだっただろうか。
「人を殺すのは、魔族だけでしょうか」
「なにを言って……」
「話し合えるのは、人間だけなんでしょうか」
彼らは私の話を聞いてくれた。場所を与えてくれた。一緒に笑ってくれた。
「それを……変えることは出来ないんでしょうか」
カチャッと食器が当たる音が鳴り、私達のテーブルにコーヒーが2つ置かれた。
話に夢中でおじいさんが居たことに全く気がつかなかった。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、お話を邪魔してしまい申し訳ありませんでした。こちらもコーヒーと一緒にどうぞ」
私の前に3cm角の小さなガトーショコラを置きながら、おじいさんは微笑んだ。
「え? なんで」
「主人、こいつはこんな顔だが男だぞ」
「おや、そうでございましたか。しかし出してしまったので食べていただければ助かります」
どうやらガトーショコラは女性へのサービスらしい。
ガトーショコラから主人に視線を向ければウインクされた。
私の性別、主人にはバレてる気がする。若いときはさぞかしモテただろう。いや、今も現役かもしれない。
フォークを親指と甲の脇で挟み、いただきますのポーズをとる。
「ありがたくいただきま──」
「待て」
いただきますのポーズで固まり、目線だけでトマスをみる。どういうつもりだ。私は犬か?
「物を食べるなら帽子を取れ」
「!」
「いや、そもそも室内に入ったのなら取るべきだ。ロブスターの時も思ったが、叱られていたのだから取らなければならなかっただろう」
「それは……」
正論だ。だが、取るわけにはいかない。完全にフィオナだとバレる。
やっぱいらないって言って食べずに店を出るか。いや、怪しいでしょそれ。
「取れない理由があるのか?」
「いや……あの……そう、ですね。ちょっと鏡を見てきます」
鞄を持ってそそくさと立ち上り、トイレだろう扉を開けると、トイレへの扉が奥にあって手前が手洗い場だった。
脱力気味に洗面台に手をつき、鏡を見る。
どうしよう……とりあえず逃げたけどなんの解決にもなってない。成長してないな。
咄嗟に頭が回らない自分に本当に落ち込む。
……トマスも髪長いし、私もそれでイケないだろうか。
パサッと帽子を取るがどうみても女子。イケそうにもない。
私がフィオナだとわかれば更にタクトへの疑いは濃くなるかもしれない。そうなれば身元を保証したトルネアス商会だって窮地に立たされるだろうし、芋づる式に魔界との繋がりがバレてしまう事だってあるだろう。
「仕方がないか」
結ってある毛を掴んでショートになりそうな位置までゴムを下げる。
「エンジェルリング」
小声で魔法を発動させた。隠す魔法がかかっているだけで使えないわけじゃなかったことに安心する。
リングの中に結われた髪を入れ、ゴムの少し上までリングをずらした。
「──伸ばしてたんならごめんフィオナ。……“無しで”」
リングの輪が無くなり、ブツブツという音と共に、掴んでいた髪の束が手の中で力なく倒れた。
鞄に髪の毛の束を突っ込み、サイドの長い毛は仕方がないので耳にかける。魔界に戻ったらアビスさんに美容室紹介してもらおう。
「すみません。お待たせしました」
トイレから出るとトマスは何事も無かったかのようにコーヒーを飲んでいた。
「それを食ったら出るぞ。先程の店まで送っていこう……それとここで話したことは他言無用だ。何か気付いたことがあったら連絡をくれ」
「はい」
帽子を取った私をチラリと見たけどトマスは特に私の髪型を気にすることなくまたコーヒーを口に含んだ。
その時、店の扉が乱暴に開き、ドアベルがガラガラと勢い良く鳴り、見慣れた人影が入ってきた。
「っえ、タクト!? なんで!」
ケーキも途中で机に手をつき立ち上がる。
「やっと見つけ──お前それ……」
私の髪を見たタクトは目を見開き、遅れて立ち上がったトマスに視線を移した。
一瞬でタクトの瞳が新緑……いや、どす黒く変わった。
やべぇことになるのは目に見えていた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見つけ次第修正します。
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