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その場しのぎの嘘をつくと忘れた頃に表に出てきてジワジワくることになる。

 勢いを増していくロブスター争奪戦と盛り上がるギャラリー。

 その熱は「何をしているお前達!」という男性の大声で一気に冷め、観客は蜘蛛の子を散らすようにサッとはけていった。




「君達は大人ではないが、物事の分別がつかない子どもという歳でもないんだ。自覚を持った行動をしなければならないぞ」

「「はい。すみませんでした」」


 青空の下、私とタクトは騎士団のお兄さん達に頭を下げることとなった。


 団員のお兄さんは随分長いこと私達に説教をしているが、正直私はそれどころではなかった。

 説教騎士団員の斜め後ろにいる、同じく騎士団の制服を着た男性。


 タクトと同じくらいの身長でダークブロンドの背中までの長髪を1つにまとめている。騎士団員なのに余計な筋肉はついていないスラリとした立ち姿。

 真面目で冷静、その顔は涼やかで冷たそうにも見えるがネット上では女性ファンも多かった。

 雷のレイピアを二刀流で戦う接近戦型。


 トマス・ティンバーレイク。20歳。

 ゲームでは勇者のパーティーのメンバーだ。



 彼の騎士団の管轄はこの町じゃなくて、フィオナとタクトの町の隣町の筈。何でここに……。

 人事異動とか?


 私は今男装。こちらが一方的に知っているだけで面識はないし、トマスもタクトを見ているから安心してジロジロと眺められ──


「!」


 ガッチリ視線が合い、トマスの目が大きく開かれた。

 咄嗟に斜め下に視線を落とす。


 今の反応は何!? まさかフィオナだってバレた!? いや、今の私はどこからどうみても男だし!

 そう頭で否定してもヤバイくらいに視線を感じる。


 顔を隠したい……眼鏡よ曇れ。

 若干鼻をフンフンと出してみたがマスクをしてるわけじゃないので、ただ鼻息が荒い人になった。


 何だかよくわからない事態に身の置き所が無くて、目線は斜め下通り越して足元へ。背中が寒い。

 

「どうした?」

「っ!」


 説教していた騎士団員が私の肩に手を置き、心配した表情で顔を覗き込んできた。


「真っ青だな。反省しているようだからここまでにしておくが、最後に一応名前を控えておく」


 な、名前!?


 ギクリと肩を揺らすと、説教騎士団員にダイレクトにそれが伝わり、ニヤリと笑った。


「なんだ。聞かれたくない理由があるのか?」

「い、え……あの……」


 ど、どどどどどうしよう!!


 フィオナ・コックスはもちろんダメだし、滝田結衣なんて日本名じゃ記憶に残りすぎる……なんか~何か洋風の名前!

 ハリウッド俳優とか……うわぁ、こういうとき全く頭に浮かばねぇ。ハリウッド女優なら凄い出てくる。


 タクトに助けを求めるように俯きながら右に顔を向けると、軽い溜め息が聞こえた。


「……僕はタクト・スミスといいます。地方から出てきて、トルネアス商会で見習いとして働き始めたばかりで」


 あ、タクトは身分を偽る必要ないのか。い、今のうちに名前考えよう。


「そんな僕が問題を起こせばクビになるかもしれないとコイツは心配してるんだと思います」

「トルネアス商会か、そうなる可能性もあるな……ただの飯の取り合いでクビになるのも可哀想だな……周りが囃し立てたのにも騒ぎの原因はあるだろうしなぁ」


 説教騎士団員は顎に手を当てて困ったように眉を下げた。

 名前の話題から離れてくれそう&許してくれそうな雰囲気に、脚の横にある手を“良し!”と強く握った。


「もう騒ぎは起こさないと誓えるか?」

「はい」

「帽子の坊主はどうだ」

「誓います!」

「じゃあ今回は商会に報告はしないでおいてやる。もうするなよ」

「「ありがとうございます!!」」


 実は意外と優しかった説教騎士団員が背中を向けたので、名前を聞かれず終わったと胸を撫で下ろ──


「っ!」


 トマスと再びガッツリ目が合い、バッと俯いた。まだ見てたのかコイツ!


「どうしたトマス」

「まだ帽子の彼の名前を聞いていませんが」

「あ? あぁ、そうだったな。坊主、名前は」


 トーマースー!! そこは説教騎士団員と一緒に立ち去るところだろう!! てか名前! 名前! 洋風な名前!


「……ルートヴィヒ・ヴァン・……ベートーヴェン……」


 なんでだー。なんでよりによってベートーヴェンだ自分。

 今更恥ずかしさと共に俳優とか歌手とかの名前が次々浮かんでくる。


 タクト、誰だよって顔で見ないでくれ。

 

「ベートーヴェン?……父の名前は?」


 父!? ダメだもういっぱいいっぱいで頭が回らない。父、音楽の父……。


「バ、バッハ」

「聞いたことがないな。お前も地方出身か?」

「はい!」

「次はないからな」

「はい!」


 すげぇ。前世なら失笑ものの偽名なのに……。異世界すげぇ。



 説教騎士団員は私の帽子頭をグリグリと撫で、笑顔でトマスを連れて帰っていった。

 最後までトマスがしつこくこちらを見ていたけれど、頑として目を合わせなかった。


「はぁ~」


 誰も居なくなって深い溜め息を吐き(うずくま)ると、タクトがお疲れと言うように背中をポンポンと叩いてきた。


「こ、怖かった」

「上出来上出来。買い物行くか、ルーイ」

「ルーイ?」

「ルートヴィヒの愛称だろ」


 なるほど、本名のユイとも何となく似てて愛着が……湧くかバカ野郎。


 珍しく褒めてくれながらも揶揄うように偽名を愛称呼びするタクトを半目で睨むと、タクトは軽く微笑んで屈み、私に目線を合わせた。


「腰抜けたか? なんなら背負ってやってもいい」


 タクトは私がビビっていた本当の意味を知らない。

 

「さっきの長髪の騎士団員、勇者のパーティーに入る筈の人だった」

「……は?」


 タクトの眉間に一気にシワが複数現れた。そっちも怖い。


「名前は」

「トマス・ティンバーレイク」

「……歩きながら話すぞ。とりあえずここから離れる」


 タクトは周囲を見渡した後、私の腕をとって立ち上がらせた。

 海風が強いレンガ敷きの坂道を帽子を押さえながら歩く。


「ユイがリークした情報にも入っていないだろ、そんな名前。それに勇者と接触があった人物は全て調べているが報告にも上がっていない」

「うん。そうだと思う」


 殺したら面白くないから殺しませんというので、既にダミアンさんには勇者が旅をした際に確実に仲間になるメンバーについて話してあるけれど、トマスについては話していなかった。


「……言わなかったのはトマスが仲間に入るための条件を勇者が満たしていないから、で」

「……条件?」


 これを言って良いものか……というか今の私はフィオナなので大変言いにくいというか。


「あの人はフィオナが居ないとパーティーには入らないから」

「フィオナが?」

「うん。その……トマスは本来、フィオナとタクトの町の隣町に居た騎士団員で、頑張るフィオナを助ける為に勇者のパーティーに交ざる予定だった人」


 正確に言えば、トマスはフィオナに恋心を抱きパーティーに参加する。


 隣町に入ると、魔族に操られた青年との市街バトルが始まる。そこで既に青年と戦っていたのがトマスがいる騎士団。


 勇者も参加し青年を拘束するけど、操られたままの青年に勇者が苦渋の決断で手をかけそうになる。


 その時、フィオナが勇者を止めて、状態異常をクリアにする魔法を覚える。

 あのときのフィオナといったらまるで聖女の様な神々しさだった。トマスが惚れてしまうのもわかる。


 頑張るフィオナに一切振り向かない鈍感勇者なんて見捨てて、トマスとフィオナがくっつけばいいと、トマスを応援する声が溢れていたのを思い出す。

 かく言う私もその1人だった。


 今回私はあのときのフィオナとは違って、ロブスター争奪で叱られるという情けない状態なわけで、恋愛フラグは確実に立たない。

 ならタクトにトマスとフィオナの恋愛について語らなくともいいだろう。


「フィオナが勇者に同行してないから、トマスも同行しないと思って言わなかったの」


「まぁ、実際していないしな……。ティンバーレイクはその体がフィオナだと気づいていたか?」


「わからない。目が合ってしばらく見られていたけど面識ないし、この格好だし」


「俺の町に騎士団は駐在していないから、あいつが隣町の騎士団にいたなら行方不明のフィオナの捜索に関わっていてもおかしくない。絵姿で顔を知られているのかもしれない」


 バレていたんだろうか。でもそれなら言ってくる筈だよね。


「このまま人間界に居るのは危険かもしれないな。町に連れ戻されるならまだしも……勇者のパーティーに加わることになる可能性だってある」

「か、帰ろうタクト!」

「……すぐには止めた方がいい。尾行(つけ)られてる」

「!」


 自然な感じで周りを見渡すけれど、私にはそんな人見つけられない。


「このまま商会に戻って魔界に帰った後、俺らを出せと言われたら商会にまで迷惑がかかる。しばらく様子を見よう」

「う、うん」

 


☆☆☆



 普通に過ごすぞと言われ辿り着いたのは、人の多い通りに面する女性用の装飾品や化粧道具を扱うお店。

 結構な繁盛店らしく若い女性を中心にかなり賑わっていて通路も体を縦にしないと通れない。


「アビスさんには……どれがいいかな」


 タクトは店内が女性向けの為か居心地が悪かったらしく、男2人に向けられる客の視線にも負けて、店の入り口で待っていると退散していった。

 流石に店内までは尾行されないだろうしな。


「これ、かな」


 折角港町に来たんだから海っぽいのがいい。

 手に取ったのは青の洞窟をイメージさせるブルーゴールドのマニキュア。

 魔法の威力が少しだけ上がるらしい。


「次はエリー」


 店内を舐めるように見ながら歩き、決めたのは貝と波が刺繍された触り心地の良い薄い桃色のリボン。こちらは魔法攻撃による防御率が上がる。


「アッシュ君にもこれでいいか。可愛いから似合うだろう」


 会計を済ませてラッピングをお願いし、女性2人にはピンクのピンクの袋、アッシュ君の袋は白で分けてもらった。


 後の3人には適当に海産物でも贈れば良いだろう。

 久しぶりのご飯以外の買い物に少しだけテンションが上がっている。


 ひっきりなしに店に出入りする沢山の客と一緒に揚々と店から出ると……。


「おぅふ!」


 左側3mくらい向こうに店の壁を背にしたタクトがいた。

 1人ではない。


 タクトと一緒にいるのは二十歳くらいの女性。道を聞いているのか? いや、タクトに触る女性の手つきから確実にナンパされている。

 助けに行くか……でもタクトは困った様子もなく無表情でかわしてる。


 私には光魔法を隠す魔法がかかっているし、人も多いせいかタクトがこちらに気づくことはない。

 この距離だしトマスが接触してくるなんて危険もないだろう。

 タクトをこっそり観察できる機会なんて無いし、面白そうだから、どうあしらうか見て──


「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」

「!」


 人の波が流れてきて視界からタクトが消えた瞬間だった。


 後ろから二の腕を引かれ、背中に装飾のついた服にぶつかり、斜め上から声が降ってくる。

 振り返らずとも誰だかわかる。


「声を出せば捕まえる。ついてこいベートーヴェン」


 トマス・ティンバーレイク。

 トマスは身を翻し、私の腕を引きながら怖い顔をして人混みの中をグングン進んでいく。

 周囲は何事かとこちらを見るけど、万引き少年を捕まえた騎士団員くらいにしか見えないだろうな……。


「何なんですか?」

「……タクト・スミスについて少し話を聞きたい」


 タクト……? 私のことではなく?


「聞いているのか? ベートーヴェン」

「聞いてます」


 トマスの聞きたい事が私の事ではないというのに安心したと同時に、名前から顔が浮かぶ偽名にしたことを酷く後悔した。


 ベートーヴェンて(笑)


 笑いを堪えるのに必死で……もう、ダメだ。


「ブハッ」


 堪えられなくて吹き出した。


「何事だ」


 不審なものを見る目で睨まれ、慌てて掴まれていない手で口許を隠す。


「すみません。苗字は呼ばれ慣れていないのでルーイと呼んでもらってもいいですか」


 こうなったら知らぬ存ぜぬ繰り返して、とっととタクトのところへ戻ろうと心に決めた。



読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します!


また読みにきて頂けると嬉しいです!

評価、ブックマークありがとうございます。

励みになっています(’-’*)♪

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