料理の作画に気合いが入っているゲームは深夜にやってはいけない。
「……中心から外れていますね」
「問題あるのか? ダミアン」
ダミアンさんが回収した花火模型には中心より少し外れて矢が貫通した跡があった。
「効率は……悪いでしょうね」
ダミアンさんは難しい顔をして私をチラリと見る。
私はタクトとエリー姫から、お兄さんとダミアンさんに視線を戻した。
「この場所だと光のスキルボールの誘発で火のスキルボールは爆発すると思いますが、きれいに花開くことはないと思います」
「瘴気の雲の浄化範囲が狭まってしまう可能性がありますね」
お兄さんの打った花火がどこまで上がって、どの地点で射っているかわからない以上、どこから見ても丸く大きく広がる日本伝統打ち上げ花火の形が理想だ。
「ピンポイントで真ん中を射ぬく方法か……」
「矢を誘導できるものがあれば良いんですが。それだとユイさんの負担も減りますし」
3人で床に置かれた花火を見ながら思案していると、タクトの大声が響いた。
「ユイ! エレノアが限界だ!」
「っ」
振り返るとエリー姫が口を押さえながら踞まっている。
「エリー姫!」
慌てて駆け寄り肩を掴むと、冷や汗をかきながら姫が困ったように笑みを浮かべた。
「情け、ないですね……ごめんなさい」
「そんなことないよ! とりあえず食べて回復して!」
側にあったバスケットを手繰り寄せ、適当なパンを掴んで差し出したら、姫は要らないと言うように手のひらをこちらに向けた。
「も、もう食べられません」
「屋上来てから4つは食ってたぞ」
「え゛!?」
部屋を出てからだとそれ以上食べてるだろう。
やっぱりもっと値の張る料理を揃える必要がありそうだ。
「私たちも時間一杯ですね」
「また、だな。けっこう楽しめたぞユイ」
お兄さんは後ろ手をヒラヒラと揺らし、ダミアンさんはニッコリと笑って屋上を後にした。
全回復ベッドまで連れていくとか、心配とか無いのかい。
無いか。無いな、あの2人は。
気を取り直してエリー姫に向く。
「エリー姫、手を──」
「いや、背負った方が良いだろ。ユイはエレノアに触ってろよ?」
「う、うん」
タクトってエリー姫を何て呼んでたっけ……呼び捨てにしてたっけ??
タクトに背負われるエリー姫の背中に触れ、斜め後ろから2人を眺める。
間違いない美男美女。
「……タクト」
「あ?」
「エリー……は、お兄さんが、好きなんだよ」
タクトの足が止まって、目が合った。
「……だから?」
だから……。
だからなんだ?
「いや、わかんない」
「なんだよそれ」
自分がよくわからない。
頭をポリポリと掻きながら、姫の部屋に向かった。
☆★☆
2日後。
光魔法を隠すための隠匿魔法を掛けて貰い、私は人間界にいた。
タクトの話だと、フィオナは魔族に拐われた可能性がある少女として被害者枠で全国紙に載ったらしい。
ギルドの受付のお姉さんに行きたくない的なことを話していたから逃げたと言われているかと思ったのに拍子抜けだ。
まぁ、あの町長自分に不利なこと言わなそうだしな。
─港町ウィーザント トルネアス商会 第一応接室─
お祖父ちゃんのような眼差しでタクトを見つめる商会の主人が、大量の服と変装道具を準備してくれた。
う~んと唸りながらフィオナに見えなくなる様なものを選ひ、鏡の中の自分を確認すること30分。
「カツラ……いや、でもズレたりしたら逆に目立ちそうだしな」
前世はショートカットだった為、髪の毛をアレンジする技術も無く、単純に高くアップにした髪をショートに見えるようにキャスケットに入れ込み、右、左と顔を振り、おかしい所が無いかチェックする。
「うん……中々、いいんじゃないだろうか────おまたせタクト!」
応接室のドアを勢いよく開けると、タクトは廊下にある黄色と緑のストライプ生地が可愛い猫脚の椅子に座っていた。
私の姿を確認したタクトは目を大きく開き、困惑した顔で右手で顔を隠し俯いた。
「え、変? まだフィオナに見える?」
「変ではない。フィオナにも見えない。が、これじゃない感が凄い」
「へ?」
ベージュのシャツ、焦げ茶のスラックス、サスペンダー、黒ぶち眼鏡。眉毛を少し濃くして、凛々しい感じを少し出してみた。
今の私はどうみても15、6歳の少年だ。
「……行くぞ」
「うん!」
いつもならタクトと並ぶと鎖骨辺りの私の目線が今日はシークレットシューズのおかげで耳下辺りだ。
フィオナは身長が162~3cm位だから、今170cmは越えていると思う。
吹き抜けになっているエントランスを見下ろす廊下に出て、中央にある見事なフラワーアレンジメントを眺めながら階段を下りる。
私たちの姿を見た受付の上品なお姉さんが風魔法でそれを誰かに知らせると、直ぐにパタパタと主人が走ってきた。
「これはこれは……よくお似合いですよ。タクト様、ユイさん、行ってらっしゃいませ」
恭しく頭を下げられ、商会を出ると見事な青空だった。
今回は応接室で太陽に目を慣らしていたから何事もなく外に出ることが出来た。
「で、聖地だったか。どこだ?」
「聖地は夕方行かなきゃ意味無いから……お昼にしない? そのあと街でちょっとしたお土産とか見たいなぁ」
幾分顔の位置が近くなったタクトを見上げ「お土産は自分で買うね」と言うとタクトの眉間にシワが寄った。
「その格好で女言葉は気色悪い。やっぱり女物に着替えてきたらどうだ」
「……。」
なるほど。
私には兄が2人居た。上の兄は割りと乱暴な口調だったから、真似するなら下の兄だろう。
「いや、頑張るから大丈夫だよ」
そう少し低めに声を出せば、再びタクトの顔が落胆の色に変わった。
「無駄にイケメンかよ」
「え?」
「いや。聞こえなかったんならいい」
会長さんは似合うって言ってくれたんだけど、お世辞だったかな。
「私の事は置いといて、こっちの方が問題じゃないか?」
最早2人で歩くときのタクトの癖になってしまったんだろうか。持ち上げた右手にはタクトの左手がしっかりとくっついている。
「さっきから道行く女性にチラチラと見られてるんだ」
「っ……やっぱり着替えてこい」
「や。時間が勿体無いだろ」
大体、人間界で手を繋ぐ必要もないし。
ペッとタクトの手を振り払い、2、3歩前に出て大きく深呼吸をする。
やっぱり空気が綺麗だから気持ちがいい。
「こんなふうに……できるのかな」
私が今魔界でやろうとしている最終地点はこんな綺麗な空気と青い空なんだと思うと、本当に出来るのか不安にな──
ドッと背中に重みを感じた。
「タクト!?」
タクトの腕が前に回り、ギュウギュウと体を締め付けた。
慌ててタクトを見れば、背が高くなっているせいか、顔までの距離がかなり近くて目を逸らした。
身体中の熱が一気に暴走する。
「そ、そそそそ外! 屋外!! 急に何なんだ!」
「何って不安そうにしてたから。弱ってる時が付け入る隙だろう。っうかデートが男装なんて仕打ち受けてるんだこのくらい良いだろ」
「はぁ!?」
タクトの声を耳がダイレクトに拾う。内容は最悪なのに心臓がバクバクと飛び出しそうなほど鳴ってるのがわかる。
しかもデート!? これはデートだったのか!
「屋内なら手出していいのか?」
「良いわけがあるかぁ!!!」
☆☆☆
茶色とベージュで構成された煉瓦の町、海沿いにある、くすんだオレンジ色の看板が風に揺れている店に入った。
店内は白と薄い水色を基調とした落ち着いた印象だ。所々に置いてある浮き玉や網などのオブシェがやたらと可愛い。
奥から店員が出てきて、タクトは何かを持ち帰りで詰めるようにお願いし、会計を済ませた。本当に奢ってくれるらしい。
店の外の白いベンチに並んで座り、出来上がりを待つ。
「持ち帰りなんだ」
「中で食おうと思ってたけど、帽子それ脱げないんだろ? 天気いいし、外で食べれば気にする必要もないからな」
「あぁ、なるほど。考えて無かった」
やっぱりカツラにすれば良かったかな。いや、でも海風が結構強いし、カツラが飛んだらマジで対処に困るしな。
「……土産って誰に買うんだ?」
日本ではあまり見れないような、鮮やかで青い海を見つめながらタクトがそう問う。
「エリーとお兄さんとダミアンさんとガヤさんとアビスさんとアッシュ君」
「そうか……まて、最後誰だそれ」
「食堂の雑用仲間。2歳下で半年先輩。よく一緒の仕事を任されるんだ」
「……金大丈夫かよ。エレノアだけでいいだろ。……アレならユイが寄越すならそこら辺に落ちてる枝とかでも喜びそうだぞ」
エリーの話が出た途端、タクトの眉間のシワが何かを思い出したように緩んだ。
チクリと心臓に痛みが走って思わず俯き、指先だけ合わせた自分の両手を見た。
「はじまりのエデンに行った日の……午後から、急に私の保健室繁盛し始めて多少貯金に回せるようになってさ、少しなら平気」
「────チッ、角効果か」
「角?」
その時、「おまたせしましたー」と店内から袋を2つ持った店員が出てきてタクトにそれを手渡した。
目の前の海岸への階段を下りる途中に、遊歩道へ入る場所がある。遊歩道の所々に小さなテーブルが付いたベンチが設置してあって、タクトはそこに座り、袋から木で作られたお弁当を取り出して私に寄越した。
この町の名物ロブスター。
勇者と仲間たちが食べていたスチル絵はかなり美味しそうで、【ロブスター 店】で検索したこともある。
値段もそこそこするからお小遣いでは無理だと諦めたが、食べられる日が来るとは……。
パカッと蓋を開けると、見るからにプリプリの身がお目見えした。炭火で焼かれているようで香ばしい薫りがフワッと香る。
食べやすく切ってあるんだろう1つが大きくて、その雑さが海外を感じる。
バターソース、バーベキューソース、レモンが添えられ好きな味で楽しめるようだ。
「う、旨っ!!」
味はエビ……いや、カニ? とりあえず見た目通りプリプリで歯応えが凄い。バーベキューソースもいいけど、エビほどの濃厚さは無いからやっぱりバターソースかな。
噛み締めながら味わっているとタクトの視線を感じた。
「アホ面……」
「何とでも言え!」
「おかしいな。変装してんのにユイにしか見えなくなってきた」
どれ程私のアホ面は個性的なんだよ。
心で突っ込みを入れて食べ進める。
魔王城の食堂は手の込んだ和食がオススメなので、こういう豪快な物を食べるのはひさしぶりだ。
モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ。
それにしても、切り方がデカ過ぎて咀嚼に凄い時間かかる。段々と顎が疲れてきた。
タクトも好きな味だったらしく口数が減っている。チラリと様子を見れば、もうすぐ食べ終わるらしい。
ま、じか。
「タクト、そんな早くどうやって飲み込んでんの? なんかの魔法?」
「んなわけあるか。普通に食ってればこうなるだろ」
「ならんわ。詰まる」
そういえば兄2人も敬太も食べるのが速かったな~なんて、次の一口を咀嚼しながら思い出す。
「ユイ」
「ん?」
ロブスターとの戦いを一旦休戦にしてタクトを見る。
「ここんとこソース付いてる」
「ん、ありがとう」
タクトはトントンと自分の口の端を叩いて教えてくれた。
お弁当に添えられていたナプキンで口許を拭く。
「違う、ここだ」
タクトの手が伸びてきて私の口許を拭いた。
突然の距離感にドッと鼓動が跳ねる。
「っごめ──」
慌ててその手を追うようにタクトに視線を移すと、その手はタクトの唇に──
「「「きゃああぁ!!」」」
突然響いた女子の悲鳴にタクトの手がビクッと止まった。
2人でそちらを見れば、私たちの居る遊歩道の一段下の海岸に、真っ赤に顔を染めた3人の少女がこちらを見ている。
「一体何だ」
タクトが不機嫌そうにそう呟くと、彼女たちは「付き合ってるのかな」「ヤバイ尊い」等々、赤い顔してブツブツと語るのを聞いて、今の自分の格好を思い出し納得した。
あ、この世界にも腐ってる方々がいらっしゃるのか。
男に見られているならとりあえず安心して町で遊べるな。
「気にしなきゃ害はないと思う」
「……もっと煽るか?」
「物騒なこと言わないでマジで。早く食べて行こ──」
ザクザクっと私のロブスター数個にフォークを突き刺し、タクトは自分の口に放り込んだ。
「っちょっ!」
「食うのが遅い」
「仕方な──やめっ! 残りは私のだ!!」
キャーキャーとヒートアップしていく黄色い声を聞きながら、次々に繰り出されるタクトの攻撃を避け続け、歓声を浴びるほど悪目立ちしていることに気付いたのはもう少ししてからだった。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
また読みに来ていただければ嬉しいです。
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