持て余す気持ち【タクトside】
タクト視点です。
少し前の時間軸に戻ります。
ユイが雷に打たれた後、全回復ベッドに直ぐに運び、何とか事なきを得た。
瀕死といっても良い状態。レベルがもう少し低ければ即死だったと思うと血の気が引いて体が震えた。
目が覚めるまではそう時間がかからなかったが、体感では永遠と思える程の不安に駆られた。
紺の瞳が細く見え、何が起きたのかわからないという顔をした、いつものユイ。俺の顔を掴んだときに伝わってくる温かな体温に酷く安心した。
母さんの誤解も解けたので、声を使ってユイを眠らせた。
興奮状態にあるだろうユイには掛かりづらいかなと思ったが、杞憂に終わってすんなりと目を瞑った。
後の事を姫に任せて母さんと部屋を出た。
兄さんの顔も見てくると言った母さんと共に兄さんの執務室へ行き、明日の昼に少し時間をとってもらうように交渉し、一人自室に戻った。
別室のソファに座り、テーブルに材料を広げる。
ユイの設計図通りに、大きさ、重さをスキルボールに似せたものを作り、球体に詰めて花火の模型を製作する。
模型だから特に難しいものではないが、数が必要なので手間はかかる。
黙々と手を動かすが、思考は別のところにあった。
──タクト体弱かったんだから──
俺の無事を確認した後に言った、ユイのあのセリフは一体何だ。
俺は6歳頃には体から溢れる瘴気の抑え方をマスターしていて、普通に友人の中で過ごしていた。
だがそれ以前、4歳中頃まではどうしても出てきてしまう瘴気に抗う術がなく、病弱ということにして家から出ることはなかった。
フィオナを初めて見たのは制御に慣れ始めた5歳頃だったか……。
作業の手が止まる。
「フィオナの記憶が戻った……?」
いや、それならもっと挙動不審になっても良い筈だ。
何たって自分が殺そうとしていた人物に好かれてるというおかしな状態だ。
魔族相手でも他人を殺したいという感情を持ったことにユイが堪えられるとは思えない。
部分的に戻った?
だとしたら原因は……雷? 有力なのはそれだろうけど、断定するには弱い。もっと他のポイントで思い出すきっかけになった何かがあったんだろうか。
ソファに凭れて、ユイのことを考えながら天井を仰ぎ見るも、ユイの思考がわかるわけではない。
思い悩んでも無駄か。
「……腹減ったな」
★☆★
夜食を求めて食堂に来れば、既に夕食の時間は過ぎているからか飲み屋の雰囲気が漂っている。
この時間担当の料理人に、腹に溜まりそうなの何かあるかと問えば、夕食時に余った炊き込みご飯のお握りで良ければ持っていって下さいと、恐縮しながらバックヤードに取りに行った。
「タクト! 珍しいわねこんな時間に」
「アビス……1人か?」
アビスがグラスを持ったまま、ほろ酔い顔で絡んできた。
珍しく周りに男の影はない。
「さっきまでは2人だったの。意外に面倒な奴だったから追い払っちゃった。付き合わない?」
「未成年に酒勧めんな」
「あら、随分と都合の良い未成年ね」
「ほっとけ」
飲めなくはないが、口が軽い奴等が多すぎる。女と2人で飲んでたとかユイに知られたら面倒だ。
「ユイは?」
「……寝てるんじゃないか?」
「なんだ。つまらないわ」
アビスは赤い唇を尖らせつつ、グラスを傾け薄いピンクの酒を口に含んだ。
「仲良いのか? ユイと」
「まぁね。面白いわよねあの子、どこか浮世離れしててフワフワフワフワ。掴んでいないとどこか行ってしまいそう。タクトが入れ込むのもなんとなくわかるわ」
浮世離れ……か。
まぁ、中身はこちらの人間ではないしそう感じてもおかしくはない。
「ここだけの話、結構ユイのこと狙ってる奴多いから気を付けなさい。何日か角付けてたでしょ? あれでやられた奴多いみたいよ」
「バカばっかだな」
「うかうかしてると取られちゃうわよ~?」
揶揄うような視線とその口許。
頬に触れるように伸びてきた手を払う。
「友好的な人間が珍しいだけだろう。手に入れたところで制御不能で手放すのがオチだ」
「そう? ユイは誰とでも合わせて付き合っていけそうだけど」
アビスは昔からこうだ。否定的なことを並べながら相手の反応を見て楽しむ。
睨み付ければ、「ガキね」という顔で笑われた。
「まぁ気を付けなさいタクト、あのくらいの年齢の女子は落ち着きよりも華やかさを求めやすいから、仕事ばっかりしてると捨てられちゃうわよ」
「そんなことあるわけ──」
その時、バックヤードから料理人が戻ってきたのが見えた。
ちょうど良い。揶揄われるのはうんざりだ。
料理人から紙袋を受け取り、付き合えと文句を言ってくるアビスを置いて部屋に戻った。
夜食を食べながら作業し、少しするとユイが起きたのか光魔法の気配が動いた。ユイは夕食を食べていないから食堂へ向かうかもしれない。
確実にアビスに絡まれるだろう。そうなるとその場に男が寄ってこない筈がない。
急いで8階へ続く階段下へ行くと、黒いコートを着たユイが降りてきた。
羽織れば良いかとでも思ったのか、コートの下からはコートと同じ長さのナイトウェアだろうワンピースの裾がチラチラと見えた。
こいつ……マジか。
王族居住区の西塔上階だけならまだしも、その格好で飲み屋状態になってる食堂まで行く気だったのか。
危機意識足りなすぎるだろう。
そのくせ夜食を分けてやるから来いと言えば、これ見よがしに“どうしよう”という空気を出してくる。
どうにも解せない。
夜食の入った袋を渡せば、いつも通り子どもっぽい笑顔で喜んでいる。
……フィオナの記憶を思い出した感じは無い。
でも魔族の声に反応したということは何か悩む事があるということだ。
“大したことない”と、言い淀むユイにしつこいくらい聞いてみれば、本当に大したこと無かった。
だが、ユイらしいといえばユイらしい。
奔放に見えて他人の評価を結構気にする。アビスがユイは誰とでも合わせられると言っていたのも、あながち間違ってもいない気がしてくる。
「カッコ悪いくらいが丁度良い」
兄さんやダミアンさんに「低評価」だと言った。どの口でそれを語るのか。
これ以上高く見積もられて注目され、ユイを欲しがる奴が現れるのも癪に障る。
相変わらずの独占欲に呆れさえ感じる。
俺の思いを汲める筈もないユイが楽そうに笑ってくれたのがせめてもの救いだった。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
次回もタクト視点です。
午前中にアップできるかと思います。
またお付き合い頂ければ嬉しいです。
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