成功の為には練習で120%の力を出さなければならないらしい。
翌日、昼前。
雷鳴轟く紫の雲を睨み付けながら、私は勢いよく仕事場の椅子から立ち上がった。
たかが練習。されど練習……。
正直、午前中の仕事は緊張で気が気じゃなかった。
お兄さんとの約束の時間よりも早めに仕事を切り上げて西塔の屋上へ向かう。
タクトは失敗しても大丈夫なことを言ってくれたけど、ティーサロンから出るとき、タクトが「私を低く見るな」という大口をお兄さんとダミアンさん相手に叩いていたのはちゃんと覚えている。
信じてくれたタクトに恥はかかせたくない。
屋上へ続く階段をのぼると既に屋上から闇魔法の気配がした。
慌てて木の蓋ような扉を少し持ち上げ、気配の主を覗き見ると、床に座って何かしている見慣れた後ろ姿があった。
「良かったぁタクトか! 早いね」
「準備があったからな」
瘴気の差があるから何となくわかってはいたけど、お兄さんやタクトの母ちゃんでなかったことに一安心し、木蓋を閉め、背中を向けてしゃがんだままのタクトを覗き込む。
「え? これ、もうできたの!? しかも2つも!」
準備と言ってタクトが屋上の床に並べていたのは、お兄さんが使うバットと、これから作らなければならない筈の花火だった。
「簡単な模型だ。重さもその通りに作ってあるから練習するには丁度良いだろ」
「いつの間に……」
「昨日の夜。結構上手く出来たと思うがどうだ?」
だから昨夜はタクトの部屋に入る入らないの言い合いにならなかったのかと1人で納得した。あのお握りもタクトの夜食用に買ってあったものだったんだろうな。
ストーカー疑惑を持って本当にごめん。普通に食ってごめん。
花火の模型を1つ持ち上げる。私も実物は持ったことが無い。導火線は無いけれど、前世で見たソレをキチンと再現している。
「え、完璧だよ。本当に器用だねタクト」
「だろう。俺もそう思う」
自画自賛か。
でもまぁ本当に凄い。前にお兄さんがタクトはマメだと言っていたけどその通りだ。
今日の練習だって、私は適当に障壁で球を作って打って貰うくらいかと思っていた。
「ユイは実戦でしか実力を発揮できないからな出来るだけ近付けてみたんだよ。打っても射っても爆発はしないから安心しろ」
お礼を言って花火をタクトに渡すと、再び丁寧に床に並べられた。
「MPは満タンか?」
「ここ来る前に全回復ベッドに座ってきたから。姫から全力で応援されたよ」
「そうか」と言いながらククッとタクトは笑った。最初に比べるとタクトは姫に対して大分柔らかく接するようになった。
もしかしたら義理の姉になるかもしれないんだから良い傾向だと思う。
「そろそろ時間か」
「うぉー緊張してきた。私も準備しておこう」
昼休憩に入る人たちが増えてきたからか、城内がなんとなく騒がしくなってきた。
「命の芽吹きをたすく一射・麗春の長弓」
光魔法のキラキラが体にまとわりついて服が変わり、手には長弓が現れた。
「何度見てもおかしな服だな」
着物の袖を興味深そうにタクトは触る。
ヒロインキャラが着る袴だからか、生地とか前世のやつと違って変にテカテカと艶があるし胸当ても縁がキラキラしてるし私もおかしいなとは思う。
本番では袖を括る紐を持ってこなきゃな。
「ユイ」
「ん?」
「……上手く行ったらどっかいかないか?」
袖に触れていた筈のタクトの手はいつの間にか私の手を握っていた。
「どこかって?」
「魔界でも……勇者の位置は把握してるから、ユイだけ変装して人間界でも……どこでも、行きたいところないか?」
普段、あまり言い淀むことの無いタクトが珍しく歯切れが悪い。マジマジと覗き込んでも視線が合わない。
「奢り?」
「あぁ」
「まじか!」
当てたらご褒美的な感じか。うーん。
「……ウィーザントって港町があるの知ってる?」
「あぁ」
「その、せ、聖地巡礼をしたい」
ゲームで推しキャラとかは特にいなかったんだけど、勇者の仲間のキャラのイベントスチルがとても良かったのを覚えている。
「随分と高尚な趣味だな」
「……まぁね」
私の聖地巡礼はオタク的なアレだったんだけど……話が正しく通じなかったのか感心された。あとでバレるだろうし放っておこう。
よし、俄然やる気が湧いてきた。
気合いをいれたその時、ドぎつい瘴気の塊がこちらに向かって来ているのに気付いた。
下に繋がる木の蓋を見つめていると、ゆっくりとそこが開いてお兄さんが顔をだした。
ダミアンさんが続き、そしてダミアンさんに手をとられて、顔を真っ赤にしたエリー姫がサンドイッチを食べながら現れた。
待ってくれ。どこから突っ込んだらいい。
「ダミアンさん、エリー姫はなぜここに……」
「どの程度の食事を与えれば死なないのか、そこの検証を忘れていませんかユイさん。ただ高級料理を与えれば良いと思っているなら確実に損しますし、時間もかかりますよ」
「す、すみませんダミアンさん」
「……というのもありますが、私だけ何もしないでご招待というのも居心地が悪いのですよ。お気になさらず」
「ユイさんも食べたければどうぞ」と手に持っていたバスケットを開くとサンドイッチやお握りなど色んな種類のご飯が入っていた。
「エリー姫、大丈夫? 顔が真っ赤」
「は、はい! その、魔王様にお会いできて緊張してしまって……それに……その、歩きながら食事を頂くのが恥ずかしくて」
あぁそうか。食べ歩きなんて初めてだろうし、マナーの世界で生きてきた姫には恥だろう。
姫の目線を追えばチラチラとお兄さんを見ているが、お兄さんはタクトが並べた花火の模型を熱心に眺めて、バットを手に取っている。
「大丈夫、お兄さんは特に気にしてなさそう」
「それはそれで複雑です」
困ったように2人で笑うとお兄さんがこちらを見た。
その瞬間、姫は勢いよく顔を逸らした。
……道のりは遠そうだ。
「ユイ! 今日は2球だけか!?」
お兄さんがヤル気満々でバットをスイングさせる。人間の姿でのスイングとはもう音が違う。
「はい。射るだけなら3球はいけますが、今回は障壁も張るのでも2球が限度だと思います」
「そうか。俺もそこまで時間がないからまぁ妥当だろう」
「ユイ、強化かけるぞ。こっち向け」
タクトが手のひらを私に向けて上から下に振り下ろすと、体に力が漲って、昼の様とはいかないものの、視界が少し明るくなった。
「強化魔法は無詠唱なの?」
「無詠唱で出来るように練習したんだ。掛けているとわからない方が得になる場面の方が多いからな」
「ふぅん。凄いね」
タクトは本当に努力の人だな。
「惚れ直したか?」
「っそもそも惚れてない! じゃあ頑張ってくる! 姫、体が辛かったらすぐ呼んでね」
タクトと姫とダミアンさんに背を向けて、少し離れたところにいるお兄さんの元へ走った。
「同時展開は出来るようになったのか?」
「コツは何となく」
2つ同時に出そうとすると一気にMPが無くなるから、体が魔力切れを防ごうとしてどうしても身構えてしまう。
その抜けていくMPの力に逆らわないようにすれば……。
「茨の障壁」
キラキラと花火の模型が光り、薄い虹色の膜が張った。手に持った長弓は消えていない。
「良かった。出来た……」
「やるな。じゃあ打つぞ」
「打撃と弓だと放物線がどうしても変わってくると思うので出来るだけ真上にお願いします。広場で子どもたちが打ち上げていたイメージで」
お兄さんがコクリと首肯き、花火模型を宙にポーンと放り、私もお兄さんのスイングの邪魔にならない位置のすぐ隣で弓を構え、タイミングゲージが溜まるのを待った。
お兄さんが振ったバットは花火模型の中心を正確に捉えた。
「───っ!!」
障壁が一瞬で粉々に割れ、模型もスイカ割りをしたように当たったところが崩れた。
タクトも言っていたけど予想以上にお兄さんの打撃は重かった。タクトの攻撃を防いでいたときの何倍も厚く張った方がよさそうだ。
「失敗か」
「はい。次行きます」
2球目に強く障壁を張る。さらにグンとMPが抜けていき、体がダルくなった。MP回復の食べ物ダミアンさんに貰えば良かったなと少し後悔した。
お兄さんが躊躇なく花火模型を放る。
豪快なフルスイング。お兄さんのバットはまた花火模型をしっかりと捉えた。
瞬間、体にグッと力が入る。
「ユイ! 耐えろ!」
タクトの声が体をビリビリと巡る。
「っ!!」
負、け、てたまるかぁ!
長弓のタイミングゲージを待ったまま、全力で障壁に力を送る。更に体からMPが抜ける。
花火模型がキラキラと輝きながら真上に飛んでいき、「よし」という声がお兄さんから漏れた。
茨の障壁にも瘴気の浄化効果があるらしく、瘴気の雲に消えていった花火模型の跡が、丸くくっきり残っている。
的を狙う。
幾度となく繰り返してきたことだ。
幸い風もない。
上手く射る事が出来ると思ったとき、心は無音になる。
何も考えず、指から離れていく矢をただ見送る。
ここで再び射る事が出来たあの日と同じ様に、けたたましい音、速さで矢が瘴気の雲に開いた穴に消えていく。
思った以上にMPを使ったようで体がふらつき、お兄さんが支えてくれた。
タクトの声が聞こえたけれど、お兄さんが危ないから来るなと制した。
「さっきほどのモノはいらない。もう一度障壁を出せるか?」
「──はい」
正直限界なんだが、落ちてくる模型を受け止めなければならない。
「私がやりますよ」
「ダミアンさ」
「ウォータージョイント」
いつの間にか後ろにいたダミアンさんがそう唱えると、宙に目の錯覚かと思うような揺らめきが起きた。
「水だ」
そう言えばダミアンさんはニッコリと微笑んだ。
模型と矢が消えていった穴の下で水の塊が待機して、ボチャンと模型を受け止めたと同時に、お兄さんとダミアンさんが息をのんだ。
私の矢はまたぶち抜いたらしい。
光の線がまた一本落ちてきた。
呆然とそれを見つめる2人が何だか面白くて、同意を求めるようにタクトに視線を移す。
「タク──」
タクトはこちらを見ることなく、穏やかな顔で姫と笑っていた。
仲良くなって欲しいと確かにそう思った。
でもその光景に、ズキリと心臓が絞まった。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
次はタクト視点になるかと思います。
また読みに来ていただければうれしいです(*´-`)
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