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冷めたご飯は食べる気がしないが、冷めたお握りなら普通に食える。

 今、姫の暮らしている“魔王の部屋”は、家具や装飾など、どこか女性的な感じがしていた。

 もしかしたらお兄さんはこの部屋使ってなかったんじゃないかと思うくらいタクトの母ちゃんに似合っている。


 ワインレッドのドレスから覗くキレイな脚は、斜めに美しく組まれ、細く長い指がトントンと赤い唇の端を叩く。

 その赤がニヤリと弧を描くけれど、瞳に好意の色はない。


 闘技場で突然の攻撃を受けたせいか、体がどうしても緊張してしまう。


「タクトから聞いたわ。中身はフィオナ・コックスではないらしいわね」

「は、はい! 結衣 滝田です」


 お世話になっている魔界の先代魔王にベッドの上からでは失礼になるかと思い、姫の横を這って抜ける。

 っていうか多分失礼があったら殺される気がす──


「ぐぇっ」


 タクトに足を掴まれ、ボフッと顔面からベッドに堕ちた。


「だっ大丈夫ですか? ユイさん」

 エリー姫に肩を支えられて起こされ、怨めしく肩口から睨み付けると呆れた顔をされた。


「寝てろアホが」


 一言多いが一応心配をしてくれているらしい。タクトは呆れた顔のまま母ちゃんに視線を向けた。

 それで話が通じたらしく、タクトの母ちゃんはマジマジと私の顔を眺めた後、少し顔をずらし溜め息をついた。


「確かにね……。あの娘はもっとイライラする顔付きをしていたわね。まるで自分が正義だというようなムカつく顔」


 こ、酷評。

 キレイな顔を歪めてフィオナの事を思い出すタクトの母ちゃん。

 ストレートな物言いはお兄さんそのものだ。


「フィオナと会ったことがあるんですね」

「えぇ」

「昔ちょっとな」


 タクトの母ちゃんに聞いたのに答えたのは何故か後ろにいるタクト。

 それを見てフッと笑ったタクトの母ちゃんは、音もなく立ち上がり、ベッドの傍に屈み私と顔の高さを合わせた。


「悪かったわね、ユイ。タクトを守ってくれてありがとう」

「──っぅぐっ」


 思わず顔面を押さえてベッドに突っ伏した。


 猫のような目を細め、困ったように頬笑むタクトの母ちゃん……イケメンが過ぎる! 保養薬効どころか微量な摂取で命を脅かす毒物になっている!

 元よりこの系統の顔には弱いが、この人は自分の顔を見る機会の多い女性だけあって、お兄さんやタクトよりもしっかりと自分の顔をわかって表情を作っているからタチが悪──


「ユイ」


 ギクリと肩を震わせる。

 名前を呼ばれただけなのに後ろのタクトが最高に怖い。

 う、浮気を見られた現場リターンズ。

 頭の中にはガヤさんの声で「節操なし」という言葉がグルグルと回る。

 何か、何か話題を……空気を変えなければ。


「あ、あのタクトの母ち……お母さん、フィオナは一体何をしたんですか? 優等生のフィオナが殺される様なことするなんて想像がつかないんですが」


 タクトの母ちゃんは意地悪な笑みを浮かべ、私に手を伸ばし、左サイドの髪の毛を耳に掛けた。


「──知りたい?」


 ひんやりとした指が頬に触れてキューンが増す。いかん。この人と話していると冗談抜きで倒錯的な恋に陥りそうだ。


「母さん」


 タクトの諭すような静かで暗い声が響くと、更に雰囲気が悪くなった。さっきからタクトの一言が重い。


 聞いちゃダメなことなのかな。優等生のフィオナが人の道から外れることなんてするとは思えないけど……。

 タクトが魔族とは知らずにヒーリング掛けたとかそこらへんかな。


 タクトの母ちゃんは、わかってると言うように「ん~」と言いながら、言葉を頭の中で整理して選ぶ様に、目を伏せて左手で円を書くように動かした。



「フィオナは……人間として当たり前の行動をし、魔族はそれに対して当たり前の反応をしただけよ。フィオナではないなら気にしなくてもいいわ」


「あの、でも体はフィオナなわけで、その、フィオナがやらかした責任はとらなくても良いんでしょうか」


 私の返しは意外だったらしくキョトンとした顔をした後、また意地悪そうに笑った。


「バカな()ね。他人の尻拭いが出来ると思う事自体が傲慢だとは思わない? あんたはそんなに優秀なのかしら」

「ぅぐ……」


 言い方はキツイけれどその通りだ。

 私がフィオナの責任なんて取れる筈がない。例え取ったとしても上部だけのものだ。なんの解決にもなっていない。


「大体、自分がフィオナだとは思ったことはあるの?」

「ない……です」

「ユイは俗物だから、フィオナとは似ても似つかない」

 いつも通りタクトが茶々をいれてくる。

「だま──」

 黙れタクト! と言いたいけれど、タクトの母ちゃんの手前タクトを愚弄するのが怖い。自分の小ささが情けない。


「お、お口が悪くてよ……タクトさん」

「気色が悪い」

「……私もそう思う」


 タクトの母ちゃんが動いた気配がして顔をそちらに向けると、美しい立ち姿でこちらを見下ろしていた。その視線には少しの寂しさが浮かんでいる気がする。


「随分とタクトと仲が良いようだけど、ユイは魔族が怖くはないのかしら」

「え?」

「こいつは兄さんにもダミアンさん相手でもヘラヘラしてますよ」

「言い方!」



 魔族が、怖い……か。


 お兄さんは規格外だし、ダミアンさんは詐欺師っぽいし、ガヤさんは厳ついし、タクトの母ちゃんはいきなり襲ってくるし、まぁ怖いと言えば怖い。



 でも、守られてる感覚は常にある。

 


「そうですね……最初に会った魔族がタクトだったので怖くないのかもしれません。他の誰かだったら、きっと私はこんな形でここには居なかったと思います」


「……同じ事を言うのね」

「へ?」


 タクトの母ちゃんの瞳が優しく変わったとき、何かを殴る音が聞こえた。

 何だと思って振り返ると真顔のタクトが天蓋の柱に拳を当てている。確実に熱を持つタクトの瞳に自分の発言を思い出し、思わず狼狽えた。


「い、今のに深い意味はなく!」

「後で2人の時にそれもう1回言え」

「絶対嫌だ!」


 どんな方向に話を持っていっても、結局タクトの琴線か逆鱗に触れる。落ち着かない。っていうか、何かを忘れている気が……。


「──あ!!」

「は?」

「タクト! 私、魔法の同時展開に成功したの見てたよね!」


 タクトの母ちゃんの出現ですっかり影を潜めていたけれど、確かにあの時“エクストラヒーリング”と“ジャッジメントゼロ”の上級魔法を2つ使った。


「ユイさん、魔法の同時展開ですか?」

「そう。花火を打ち上げるのに必要でしょ? 今練習してるの」


 エリー姫は目をパチパチさせて「そんなこと出来るの?」という顔をしている。私も使えたし、タクトも普通に使っていたから、出来る人は出来るくらいに考えていたけど、使える人は稀らしい。


「感覚は覚えているか?」

「なんとなく」

「なん……断言しないのがユイらしいな」


 呆れた顔で見られても仕方がない。出来るといって出来なかったあの感じはもう味わいたくはない。


「明日の昼、兄さんに練習に付き合ってもらえるか聞いておく」

「ありがとうタクト。よろしくお願いします」


 頭を下げると、チョイチョイと指を動かし私を呼ぶ。

 近付くとタクトは頭をポンポンと叩き、手のひらで私の視界を奪った。


「もう寝ろ。全回復ベッドは万能じゃないことは知ってるだろう」


 声が優しく甘く体に入ってくる。これはきっと魔族の声ってやつなんだろうと何となく理解した。


 悩み……というにはあまりにも小さいモヤモヤけど、甘い言葉に逃げるには十分だったらしい。従うように眠りに落ちた。



☆★☆



 眠るエリー姫に一言告げて部屋を出た。


「おぅ、どうしたユイ。体はどうだ」

「ファングさんお疲れ様です。大丈夫なんですが、ちょっとお腹空いて……今何時くらいだかわかりますか?」

「23時くらいか? 食堂は完全に飲み屋になってるから気を付けろよ」

「はーい」


 廊下を歩くとボボボっとランプに火が灯る。8階には魔王の部屋しか無いため、転移陣のある7階まで行かなければならないので赤い絨毯の階段を降り──


「え、タクト、何してんの? ストーカー?」


 階段下に居たのは少し緩めの服装をしたタクトだった。


「バカ言え。光魔法(お前)の気配は派手なんだよ。腹減ってんなら来い」



 私の行動などお見通しと言うように、何かを恵んでくれるらしいタクトは自室の方に向けて歩き出す。自室の方というか自室なんだろうけど、好意を持たれている手前ノコノコと付いていって良いものか……。

 しかもこんな夜中に……いや、でも魔界はいつでも夜みたいなもんだからな時間は関係ないか。


「あ、のさタクト。寝るとこだったんでしょ? 私食堂にいくよ」

「この時間のあそこには行かせたくない。酔っぱらいの魔族の相手なんてしたことないだろ」


 確かにそれは勘弁して欲しい。ファングさんも気を付けろって言ってたしな。


 部屋の前まで着くと、タクトは「ちょっと待ってろ」と行って1人中に入っていき、直ぐに出てきた。

 その手には食堂の持ち帰り用紙の茶色い袋があり、雑に渡された。


「何?」

「五目ご飯のおにぎり」

「最高です」


 折ってある袋の口をめくって中を見ると、冷めても美味しいだろう三角のおにぎりが2つ入っていた。


「ありがとう。じゃあ部屋戻──」


 貰った袋の口をもう一度折り、身を翻せば腕を掴まれた。


「タクト?」

「さっき……随分素直に寝たなと不審に思っていた。なんかあったか?」

「別に何も」

「それならあんな素直に“声”に掛からないだろう」

「大したことではないよ」

「じゃあ言えるだろ」


 なんだその言い分は。


 こういうときのタクトには逃がしてもらえない。早々と吐いて8階に戻ろう。

 足元に視線を落として絞り出すように声を出した。


「その……期待に応えられないのは辛いなって」

「どうしようもないだろそれ」

「そうなの。だから大したことではないんだよ」


 ティーサロンでの会話を多分聞いていたタクトは何の事だかわかってるんだろうな。

 やっぱり言わなきゃ良かった。


「本当に大したことじゃないな」


 おうむ返しのタクトにさすがにイラッとする。


「だから! そう言ってる──」


 埒が明かない会話を切り上げようと強めに声を出して見上げれば、吸い込まれそうなほどに深い緑があった。


「お前はアホだから、カッコ悪いくらいが丁度良いんだよ」


 なんだそれは。そんなことをクソ真面目な瞳で伝えたかったのかよ。


「励ましてないよねそれ」

「当たり前だろ」


 上から目線でふてぶてしくタクトは言う。

 こんなとき敬太なら私のテンションを上げるような言葉を選ぶ。それも的確に。



 溜め息を付き、壁を背にして紺色の絨毯に座った。


「何やってんだお前」

「おにぎり2個もいらないし、ちょっと付き合ってよ」


 タクトは呆れた顔をしながらも隣に座り、おにぎりを受け取った。


「明日、練習上手く行くかな」

「鼻で笑う準備はしとく」


 真逆だなこの男は。


 自然と笑えた。

 息がしやすいと言ったタクトの気持ちが少しだけわかった気がする。


読んで頂きありがとうございました。今年もよろしくお願いします。

誤字脱字見付け次第修正します。

誤字報告ありがとうございました(*´-`)


活動報告に小話を1つアップしました。

ついでに覗いて貰えるとうれしいです。


また読みに来ていただければ幸いです。

評価、ブックマーク、感想凄く励みになります!


今年もよろしくお願いします!

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