先生1人に生徒3人くらいで見てくれる塾がやりやすい。
魔王城の中央塔3階から北側へ繋がる通路を抜けると、大きな闘技場がある。
イタリアのコロッセオの様な外観のそこは、ゲームだとストーリーとは別に勝ち抜きバトルイベントが行われていた。
実際、年に何度かそのようなイベントがあるらしいけど、空いているときは練習なり決闘なり好きに使って良いとのことだ。(正し死傷は自己責任)
「ユイ! 舐めてんのかお前、反撃しろ!」
「無理無理無理無理!」
タクトの教えはスパルタだった。
赤黒い炎魔法と青黒い炎魔法で器用に螺旋を作り、一点集中で茨の障壁を壊しにかかってくる。
私は両手を前に出して、ブクブクと泡立ち消えかける障壁の表面を張り替えながら、防戦一方……必死で耐えるしかない。
無理だろ! 隠しボスとマンツーマン授業とか無理だろう!
ちなみに、攻撃音で声が聞こえないと困ると、ご丁寧に耳に強化魔法まで掛けてくれた。センセイはヤル気満々だ。
「さっきティーサロンでしたみたいに、2個出す練習を地味にやりたい!」
「土壇場じゃないとユイはダメだってダミアンさん言ってただろうが! 食堂で2つ出したときの感覚思い出せ!」
「感覚って、あの時はやったら出来たの! それに食堂で襲われた時はもっと皆弱かったから、若干の余裕があった!」
「花火の時に兄さんが与える打撃は確実にもっと強い!」
ば、馬鹿力が過ぎる。
簡単に反撃とか言うけど、タクトの攻撃ですら結構な負荷で、気を抜いたら確実に弾き飛ばされる。
私が何か仕掛ける為には結構長いモーションが必要になる。
例えば、詠唱して、弓を出して、矢をとって、構えて、射る。
それには敵を引き付け、前衛で攻撃してくれる人が不可欠。ガンガン行こうぜ! な感じで単体の時に襲われたらマジで困る。
エンジェルリングならば少しは時間も省略できるし、タクトみたいに同時展開出来れば問題ないけど、さっきティーサロンで失敗したから怖くて使えない。
今、万一障壁が消えたら障壁を溶かす程の威力の炎の渦が私のお腹に風穴を開ける。
お腹だけならまだしも存在すら消えるかもしれない。
前世は火事で死んだ。体がざわざわして噛み締めた歯が粉砕しそうだ。
「光魔法にも直で狙えるのあんだろ!」
「あんなの出したらタクトは死ぬ! そんな責任負いたくない!」
フィオナが出す、投げたり射ったりしなくていい詠唱のみの技は一撃必殺のだらけだ。
魔王相手でクリティカルヒットを出した時、魔王のHPは半分以上減った。
半分人間のタクトが受けたらどうなるか……タクトにはもう蘇生魔法は使えない。
「ユイの攻撃でなんて死ぬかバカ! そもそも自己責任だ!」
「っ今晩絶対説教だからなタクト!!」
人の気も知らないでこの死にたがり野郎!
まさか魔力切れになるまではやらないだろうし、タクトのMPに合わせて堪え忍ぶしかな──
「面白そうなことをしてるわね」
微かに聞こえた女性の声。
ピリッと身体中に緊張が走った。
咄嗟に障壁を360度と上面に円柱状に張ると、上手い具合にタクトを避けて、全方位から青黒い稲妻が障壁に当たり、ビリビリと障壁を這うように消えた。
「「──っ!?」」
タクトも目を見開き、攻撃を止めてキョロキョロと声の主を探している。
お兄さんよりは少し弱い、タクトよりは確実に強い瘴気。
私の視線の先、タクトの後ろの闘技場の入り口に女性は立っていた。
今の電撃この人が……?
40歳程だろうか……お兄さんによく似た角、背中まであるウェーブがかった黒髪を靡かせ、妖艶な雰囲気を纏わせる美女はワインレッドのドレスワンピースを揺らしながら一歩ずつゆっくりこちらに歩いてくる。
タクトも彼女に気づき、眉間にシワを寄せた。
斜めにデザインされた裾から美しい脚がチラ見えする。
某歌劇団男役引退しましたという雰囲気で流し目されると、ボーッと見惚れてしまう。
「……カッコいい」「母さん!」
かっ……母さんだと!? 思わずタクトを2度見した。
確かに目元がタクトとお兄さんそっくりだ。イケメンの母ちゃんはイケメンだった……。
「タクトの母ちゃん美人でいいな!」
出た言葉は小学生男子並の語彙力だった。
呆れたタクトの視線が刺さるが仕方ない。こんな母ちゃんが授業参観に来たら教室がザワッとなる。確実に皆後ろを向く。
「タクト、その娘やはり殺すことにしたのかしら」
こ、殺す……!? 私殺されんの!?
「違います! さっきのは──ユイ! 構えろ!」
「──っ茨の障壁!!」
タクトの母ちゃんは綺麗にネイルが施された指を一本立てて掲げた。
「ライトニングロッド」
私の頭上、障壁の上に赤い点が現われ、天に向かい点から線が伸びていく。
カッと一本。赤い線に導かれるように稲妻が落ち、頭上の障壁に轟音と共に落ちた。
もう一本、またもう一本とガンガン落ちてくる。ライトニングロッドってまさか避雷針!?
雷は障壁を伝って地面に逃げていく。
稲妻の一発の衝撃がかなり重い。なん……でこんな目に!
フィオナは一体タクトに何したわけ!?
タクトは何をしてるんだと睨み付けると、私に放っていた以上の炎を母ちゃんに向けて放っていて、目が点になった。
タクトの母ちゃんも同じ程の炎をぶつけてそれを余裕で防ぐ。
ガ、ガチンコ親子喧嘩。
「タクト! あんた実の母ちゃんに何やってんの! 危ないでしょ!」
「おっまえは! 本当にアホだな! 自分の現状わかってんのか!! お前一人で先代魔王相手にできるわけねぇだろ!!」
「ぐぅ!! たーしーかーにーーー! だからって暴力はいかん!! 誤解がある筈だから説得を……」
タクトの母ちゃんに視線をずらすと冷や汗が出た。
す、すすすすげぇ! タクト母ちゃんにすげぇ睨まれてる! 説得できる気がしねぇ!
早々に諦めて己の現状を確認する。
この赤い線が避雷針で雷を呼んでるなら、これ消さないと稲妻は止まらない。なんせ魔界は雷が年がら年中鳴っている。呼びたい放題。
どうすりゃいいんだ。こんなの私のMPが無くなる方が先だ。そうすれば私は死ぬ。
今、MP残量は3分の2くらい。一撃必殺打てることは打てる。先代魔王だというのなら死ぬことはない……と思う……けど……。
痛い、だろうな。
困ったように2人を見れば、2人の足元に魔方陣が現れ、直接出す炎の他に、囲むように炎が燃え、場所によっては2人の背丈を超える程高さになっている。
これは、どうみてもやりすぎだ。
「タクト! 自分でなんとかするから!」
と、言ってみたけど、さっきよりも雷の量も音も酷くなっているせいで声が届かない。
こちらからも2人の口が動いているのが炎の合間から見えるだけで、内容は聞こえない。
フワリとタクト母ちゃんのドレスの裾が広がった。
2人も何か感じたようでお互いから視線を外し、周りを見た。
風が……起きてる?
次の瞬間、2人を囲む炎が高さを増し、炎の竜巻のように天高く燃え上がる。
頭に浮かんだのは大震災対策のテレビの特集だった。
これっ火災旋風!! こんなの生身で受けたら一溜まりもない!
「タクト!──っ“エクストラヒーリング”!」
「“ジャッジメントゼロ”!!」
MPが体から一気に抜ける感覚で、2つの魔法が同時に発動したのがわかった。
その瞬間、ドッと背中に衝撃を受け、体が弾かれた様に飛び、息が止まる。
大きく開いた目に一瞬写ったのは、驚く2人。
ヒーリングのキラキラ。
魔法を無効にする魔法の緑の風。
ヒビが入って消えていく茨の障壁。
3つ同時展開は出来なかったなぁなんて思いながら、意識は暗転した。
──声、が聞こえる──
小さな女の子の高い声。
『おとうさん、わたし今日ね、すごくキレイな子みたんだよ』
ここは……フィオナの家だ。調理場かな?
目の前のテーブルにはサヤエンドウがザルに入っている。スジ取りをしているみたいだ。
視界が勝手に動いて、前に座っているのはフィオナ母。その向こうの厨房内にはフィオナ父と料理人がいる。
『綺麗な子? 誰だろう。エマさんのとこの子かな』
フィオナ母はクスクスと笑い、父の方に振り返った。
『違うわよあなた、エバンスさんところのタクトくん。道具屋のお手伝いしてるのを見たのよね』
『……確か体が弱いとかで外には出られないんじゃなかったか?』
タクト、虚弱だったのか……線が細いもんなぁ。
『体が大きくなって丈夫になったみたいで、やっと息子と色々出来るって張り切ってたわよエバンスさん』
『そりゃあ良かったな。フィオナと同じ5才だっけか。ちゃんとお話しできたか? フィオナ』
『うぅん。にげられちゃった』
『逃げた!?』
『恥ずかしかったんだと思うわよ?』
『ませたガキだ』
笑うフィオナの父と母。
私にとっての彼らのイメージはただ怖い人たちだったけど、温かな家族の団らんがそこにはあった。
「──ん……」
ゆっくりと目を開けると、見慣れた天蓋付きベッドがあった。そして視界いっぱいに眉間にシワを寄せたタクトとガンガン泣いてるエリー姫。
「ユイ!」
「ユイさん! 私たちが誰だかわかりますか!?」
「……え、タクトとエリー姫?」
上体を起こそうとするとタクトが背中を支えてくれた。何だ? 妙に優しいぞ。
自分の顔に怪訝という表情が浮かんでいる自信がある。タクトと目が合うと、耳の下のところを指の背で撫でられた。
ザワリと鳥肌がたったけど、子どもの頃、母親が熱測るときここを触ってたことを思い出した。
「雷に打たれて全回復ベッドにぶちこんだ。覚えてるか?」
「かみ、なり……っそうだ! タクト怪我! 呼吸器は無事!? タクトの母ちゃんは!?」
タクトの顔を両側から掴み、左右を向かせる。
「やめろ、無事だ。お前がヒーリング掛けたんだろ」
「良かった。タクト体弱かったんだから無茶しないでよ本当に」
「は……?」
タクトの顔を掴んで怪我を確認していると、手首に姫の手が添えられた。
首をかしげ、潤んだ目で私を覗き込む。
あぁ。これは自分の顔が良くわかっている。間違いなく美しい。
「ユイさんのお体の具合はいかがですか?」
タクトの視線が怖いので“好きです”のボケを封印する。肩をぐるぐると回してみるが異常はない。
「……電気治療になったのか、何かいつもより調子いい感じがします」
「マジで化け物だな」
「うるさいタクト」
ポカーンとする姫に心配かけないようにニコッと笑う。だって仕方がない。その通りなんだ。
「クッ……アハハハ!」
軽快な笑い声が部屋に響き、ビクリと身を竦めた。
姫の後ろ、カウチソファには先程まで睨みを利かせていたタクトの母ちゃんが座っていた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
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