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着地できる場所が無いなら飛ぶしかない。


「オレアンダー様、今日はアルコールは止めてください」

「シャンパン一杯くらい水と同じだろう」


 昼食後、少し小腹が空いてくるくらいの時間帯。

 街のメインストリートから小路を抜けて現れるのは、老舗の雰囲気漂う豪華ホテル。

 歩道沿いに面する壁には上部がアーチになった大きな窓がいくつも並び、その前には客を選ぶが如く細くて黒い鉄製の柵が立っている。入り口やポーチは広くないけど円柱の柱にはみっちりとバラが掘ってあり、床は大理石っぽい石。全てにおいて気合いが入っている。


 確かゲームでは一見(いちげん)さんお断りと言われて入れなかった。攻略本の情報では2週目以降で入れるようになるらしい。



「では水でよろしいのではないでしょうか。私は紅茶ですがユイさんも同じで大丈夫でしたか?」


 そんな高級ホテルの黒を基調としたティーサロンに似合わぬ貧乏人()

 30席程はあるだろうか、タイミングが良かったようでお客は他にいなくて、窓側のライトアップされたガーデンがよく見える席に案内された。


 2人は来慣れているのか、既に顧客情報が店にあるらしく、案内された時点でテーブルにはシャンパンのグラスとティーセットが置いてあった。私の席にもティーセットが置かれている。

「だ、大丈夫です」

「良かった」


 さっきまで私は食堂で夜に向けての仕込みを手伝っていた。そこにお兄さんが颯爽と現れ、食堂のバックヤードは騒然となった。

 頭を下げる一同には目もくれず「菓子をやるからついてこい」と誘拐犯まがいな事を言ったお兄さんに「今は菓子じゃなくて金が欲しいんです」と断ったら、熱血シェフに後頭部をどつかれ、食堂から追い出された。

 服をキレイめなものにチェンジされ、連れ込まれた転移部屋には既にダミアンさんが居て、お兄さんの転移魔法であっという間に街まで来てしまった。


「砂糖などは?」

「いえ、お菓子があるならいらないです」


 さっき確かに結婚は出来ませんごめんなさい。という一悶着があった筈のダミアンさんが隣の一人掛けソファに座り普通に話しかけてくる。


 おかしいな。こういう時ってもっとギクシャクするもんじゃないの?? 少なくとも敬太は元カノとは別れたらそれっきりだった気がする。

 これが社会人の対応なんだろうか。

 困り顔でダミアンさんの顔をチラ見すれば更に微笑まれた。



 なんにせよ居たたまれない。

 高級すぎる場所にも馴染めないし、生まれて初めて振った相手だ。気にするなという方がおかしい。


 地味に精神的にクる。


 展開に付いていけなくて半目になっていると、お兄さんに可愛いグラスに入った緑色のムースが運ばれてきた。ピスタチオ……かな??

 私とダミアンさんの元にもサンドイッチ、パイ、ケーキ、フルーツゼリーが乗った3段トレーと別にスコーン、チョコレート、スープが運ばれてきた。

 プラス、紅茶が見事な手付きで淹れられ、私の前に置かれた。


 なんだこの楽園は……お菓子をくれるからついてこいレベルの菓子ではない。これがあれか俗に言う価値観の違い。

 生まれながらの金持ちはこれだから……。


 ここにいると、逆に心が荒んでいく気がする。


「いつもは食べきれなくて持ち帰るんです。ユイさん、遠慮せず好きなものを食べてください」


 魅惑の3段トレーを目の前にダミアンさんの微笑みが最高潮になった。

 ゴクリと生唾を飲む。

 ケーキが食べたい。

 太股の上に揃えてあった指がピクリと動くが、頭の中で警告が鳴った。


 これは罠ではないかと。

 確か……マナーがあったはずだ。

 目の前のセレブ2人は食べたいものに飛び付いた庶民()を笑うつもりなのでは……なんという外道な行い。


 テーブルに置かれたきらびやかなお菓子の数々が一気に畏怖の対象に見える。


 3段トレーは下から食べるんだっけ、サンドイッチから……でもトレーの他に篭に入ったスコーンと皿に乗せられたチョコレートはいつ食べれば……スープは? おやつなのになぜスープ。


 う、動けない。タクトの強制停止魔法に掛かったときくらい身動きがとれない。


 ダミアンさんとお兄さんがめっちゃ見てくる。

 冷や汗が止まらない。


「どうしました?」


 手を太股の上でグーに握り、目をギュッと瞑った。

 こうなればもう仕方がない……嘘で乗りきろう。


 動揺を隠し、貴婦人のような涼しい顔で目を瞑る。


「申し訳ないのですが、家系的におやつは煎餅と決められ」

「嘘までアホなのか。順番がわからなければ聞け馬鹿者」

「っお兄さん! 言わなきゃわからないかもしれないじゃないですか!」

「お前は本当に阿呆だな。言わなくても視線と顔に全て出ている」

「ひぃっ! また!?」


 顔を押さえてダミアンさんを見れば、反対側の肘掛けに突っ伏して笑い死んでいる。肩と背中の震度がヤバイ。

 なんという羞恥プレイ。一体どれが罠だったんだ。


「ダミアンさん」

「──ゴホッ……すみません。可愛らしかったもので」

「アホらしかったの間違いだろう」

「お兄さん!」


 お兄さんは2人掛けのソファを偉そうに使い、シャンパンを口に含んだ。

 結局飲んでるじゃないか。執務はどうした執務は。


「ユイさん、私たちがここに来るときは貸し切りにしてもらうのでマナーは気にせずに本当に好きなものを食べてください」


 恐ろしい言葉が聞こえたが聞かなかった事にする。


「じゃ、じゃあラズベリーの乗ったケーキを」


 縦横5センチ、高さ7センチ程。ホワイトチョコでコーティングされ、上にラズベリーが乗った小ぶりなケーキ。

 ダミアンさんは上手に皿に乗せて差し出してくれた。

 フォークを入れると、柔らかいホワイトチョコ、スポンジ、ラズベリームースが層になっていて、ラズベリーの酸味とチョコが口の中で良い感じで交ざり合う。

 旨い。熱血シェフの料理のように一口食べたら体がじんわり熱くなって元気になる的な付帯効果は無いけれど、間違いなく旨い。ケーキはあっという間に無くなった。


「食事会の話はどこまで進んでるんですか?」


 ダミアンさんがスコーンを手で割りながら頬笑む。


「昨日の夜に熱血シェフとどんな物を出すのか話し合った所なんです。詳しくは決まらなくてまた今日案を持ち寄って、大体の金額が出せるかなって」

「なるほど。まだ初期の初期だったんですね」

「はい」


 紅茶を飲み、小ぶりで可愛いデザインのチョコレートを口に放り込む。


「食事会? そんなものをやるのか。俺を招待しないのか?」

「は? 何言ってんですか。お兄さんはほぼ主役……っ!?」


 やべぇ……お兄さんを誘ってなかった。

 ダミアンさんのなんなかんやでお兄さんのことが一切頭から飛んでいた。お兄さんに打ち上げてもらわなきゃ何も始まらない。


「す、すみません。今花火を打ち上げて食事会をしようって話してるんですが、お兄さんには打ち上げを担当して欲しいんです」

「打ち上げ……あぁ、タクトが言っていたやつか。あれなら了承している」


 タクト……あとで煎餅差し入れしよう。


「花火とはどんなものなんだ?」


 こっちもか。タクトは見たことがないから説明しなかったのかな。ダミアンさんに説明したことと同じ事を言うと、ダミアンさんとは違い、お兄さんの顔がどんどん険しくなっていった。


「この前、街でユイとガヤ達と遊んだろう?」

「遊んでないです。こちらは本気で捕まえようとしていました」

「あのとき思ったんだが」

「無視か」

「ユイの力の出し方は俺に似ている。感覚で動いて一撃で大きなダメージを与えるタイプだ」


「……そうかもしれません」


 確かに戦うときは考えるより先に咄嗟に体が動く気がする。


「花火を覆うように障壁を張りながら、光魔法の矢を射ることが出来るのか?」


 魔法の同時展開の心配をしてるのか。


「エンジェルリングを展開しながら障壁を張ったことはあります」


 食堂前の廊下で魔族の人たちの攻撃を防いでいたとき、足元に転がる魔族3人を縛っていたエンジェルリングは消えていなかった。


「私の方にもそう報告が上がってきていますからその心配はないと思いますが」

「俺の方にもそれは来ているが、俺と似てるからな……この目で見てみないことにはイマイチ信用するに足らない。やってみろ」


 お兄さんは飲み終わったグラスを私の前にトンと置いた。


「小さくて構わん、これに障壁を張ってこの前投げてきたやつを出してみろ。俺がけしかけたんだ割れたらグラス代は俺がもとう」

「は、はぁ……茨の障壁」


 グラスにぴったり沿うように障壁を張ることが出来た。光が当たると薄い虹色に見える。

 この状態でエンジェルリングね。


「エンジェルリ──っえ、何で!?」


 エンジェルリングを展開しようと意識した瞬間的、障壁が消えた。

 お兄さんは足を組み替え、顎に手を添えて眉間に深いシワを寄せた。


「……やはりな」

「えぇ。土壇場に強いタイプなんですね……しかし、これでは困ってしまいますね。ユイさん、スキルボールに入れるのは攻撃魔法なんですよね?」

「はい……」

「オレアンダー様の打撃に障壁が耐えられなければ、いくら初級の光魔法が入ったスキルボールと言えど数が数ですから、ただでは済ませられなくなってきます」


 治癒系の魔法は魔族にも効くけど、茨の障壁は魔族からの攻撃を防ぐし、攻撃魔法のエンゼルリングも本来の使用方法とは違うけれど攻撃技として魔族相手に有効に働く。

 スキルボールには出来るだけ沢山飛び散るように爆発系の光魔法を使う予定なんだけど……打った瞬間爆発することを想像すると背筋が冷たくなった。


「他の方法を考えた方がいいかもしれません。魔王討伐の勇者が存在する現在、オレアンダー様に万が一があってはいけません」

「それは……」

「残念だがセンスの問題だからな……何もこの方法に固執する必要はない」

「お兄さん……」


 足元が揺らぐ。


 今まで私に掛かっていた期待が嘘のように引いていく。

 弓道部の顧問に退部を伝えたときも2人みたいな顔してたな。


 何度体験してもこの場が冷えていく感覚は慣れなくて、乾いた笑いで口角がただ上がった。




 貸し切りの筈のティーサロンの扉が開く。音につられてそちらを向けば、タクトが睨み付けるような目をして入ってきた。


「タクト!」

「──俺が教えますよ」


 ヅカヅカと大股で歩き、私の後ろに立ったタクトは手を伸ばして私のチョコレートを1つ摘まんで食べた。

 不意に感じたタクトの香りに不覚にも安心してしまう自分がいる。


「思ったよりも早かったですねタクト様」

「……簡単な仕事ばかり寄越したのは貴方でしょう。時間を計算されてるようでイライラしました」


「花火の件、聞こえていたのか?」

光魔法(ユイ)の気配を追ってここまで来ましたが、念の為強化魔法を掛けておいたんですよ」


 タクトは耳をトントンと叩く。


「随分とユイを低く評価してくれたようで。ユイには俺が教えますよ。魔族(あなた)達を相手するのには2つ、3つ同時展開しなければならないので慣れています。」


 二の腕を掴まれてそのまま立たされ、背中に隠された。


「ですがタクト様、向き不向きというモノがあります。確実に出来るようにならなければ許可できませんよ」




「それが低評価だと言っているんですよ」



 タクトはニヤリと笑い、私の腰を支えてホテルを出た。



 過大評価ではないのか……。

 確実にハードルは上がった。

 



読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します!


また読みに来ていただければ嬉しいです。

評価、ブックマークありがとうございます!励みになります!

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