損得は半々訪れるというけど今のところ損。
タクトに置いていかれ、トボトボと宿へ向けて歩みを進める。
どうしよう本当に嫌だ。
私がパーティーに入って魔王を倒すなんてとてもじゃないけど想像できない。意識としてはつい先程まで日本で学生やってた身分だ。
それに必死こいてレベル上げて頑張って付いていってもラストは勇者と姫の結婚エンドや騎士エンド……。
いやー無理でしょ。ボランティアとか学校の行事でしかしたことない。
万が一勇者がフィオナルートでゴールしたとしてもイケメンとはいえ好きでもない勇者と結婚エンドとか本当に困る。
勇者と旅して良いことが1つもない。
悶々と悩んでいると、あっという間に宿が見えてきた。
宿の入り口には勇者を一目みたいという人々が、未だに熱気冷めやらない様子で、人だかりを作っている。
行きたくないなぁと、隣のギルドの前で二の足を踏んでいると受付のお姉さんが丁度出てきた。
「フィオナ、勇者様来たんだって? 良かったじゃない! ずっと待ってたんだものね!」
この人、クエスト提供文言以外喋るんだな。
人懐こそうな笑みを浮かべたお姉さんに安心する。どこかの薄情野郎には無いプライスレスな微笑み。
「……お姉さん、私、行きたくない。怖いんです」
「あら、初めて旅に出る人はみんなそう言うのよね。大丈夫よフィオナなら! 寂しくなるけど街のみんなで応援してるからね!」
ま、街のみんな……フィオナ、あんたどんだけ勇者勇者と周りに言いふらしてたのよ。
「他にヒーラーはいないんですかね」
「光魔法は特殊だからね。居たとしてもフィオナ程のレベルには達してないと思うわよ」
フィオナ程じゃないって、今のフィオナのレベルは5だってタクトが言ってたよ。
レベル5なんてちょっと森に出て魔獣倒せばあっという間に……あ、そうか、普通は魔獣と戦わないから経験値なんてそうそう溜まらないか。
お姉さんは、ごめんお客さんだ! と言ってまたギルドの中に戻っていった。
救われたい一心での相談だったんだけど逆に心を折られた気がする。
宿の前は未だに人だかり。フィオナは勇者と共に行きたいと相当公言しているみたいだし……あそこの中を突っ切って行ったらお姉さんと似たようなことを言われるんだろう。
ちょっとそれ勘弁して欲しい。
目を細めて彼らを睨むように眺め、右向け右を華麗に決めた。
勝手口あったよね。こっそり入ろう。
ギルドと宿の間の細道から裏に回ると、案の定宿屋の厨房に入る勝手口があった。
ゲームの時はここから入ると、料理人との芋の早剥きミニゲームが始まるんだよね。勝つとアイテム貰えるし、私はあれ結構得意だった。
ミニゲームのBGMを思い出しながら勝手口から入る。厨房には誰もいなくて、宿の廊下に繋がる扉を開けた。
「────っ」
目の前には町長、フィオナ父母が揃い踏み。
まさかの爆心地にマジで震えた。そっと扉を閉め──
「まちなさいフィオナ」
やっぱり止めるよねぇ! 見逃しては貰えないよねぇ!
「どこへ行く。こっちに来なさい」
呼び止める優しいフィオナ父の声。
オズオズと中に入り彼らの顔を見れば皆一様に笑顔だった。
行きたくない。と、訴えれば叶うだろうか。
なんて考えた私が甘かった。
町長は満面の笑みで私に向かって両手を広げながら近づき、両肩をポンポンと叩いた。
「勇者様が目覚めたら私からフィオナを連れていってもらえるよう打診しよう。それでいいな!」
拒否権は無いというような語り口調。我が町から魔王討伐の一員が誕生すれば自慢できるとか思ってそうだなこのタヌキオヤジ。
「こちらのことは何も気にせず勇者様の力になれるように頑張るんだぞ」
「フィオナは昔から勇者様と一緒に旅をする為に頑張っていたから、本当に良かった」
両親はすごく誇らしげに語るけれど、何でこの人たちは娘が死ぬかも知れない場所に行くことを歓迎できるんだろう。
私なら親なら確実に止める。友人でもそんなところに行こうとしたら止める。
私の生きてきた世界とあまりにも違う常識に背筋が冷えた。
彼らの笑顔がうすら寒い。
「町長~、町長いらっしゃいますか?」
パタパタと歩く音がして30代位の男性が客室に繋がる階段から降りてきた。
「何かあったか?」
気安いその様子から秘書か何かなんだろうということが伺える。
「勇者様がお目覚めになりました」
「本当か!」
町長、秘書、両親は更に笑顔になり勇者の部屋に向かった。
私はその場から動くことが出来なかった。
ついに来た。
ゲームが動く。
全ての足音が消えると、私は厨房に戻り勝手口から勢いよく外に出た。宿の表ではまだ人の気配がする。
誰にも見られないようにどこかへ逃げよう。
出来るだけ人がいない道を選び、この町に入ったゲートとは違う、反対側のゲートまで走ってきた。
ゲートにはゲートキーパーが2人。
どうやってやり過ごそうか……。
とりあえず、脇にある丸く苅られた植木が並ぶ後ろに身を潜めた。
あのゲートさえ抜けられれば逃げられる。
このゲームは1周しかプレイしてないけど姫ラストまではちゃんとクリアしたし、大体の道順は理解しているから町を出ても大丈──
遠くで狼の遠吠えのような声が聞こえた。
きっと魔獣だ。
体にザワリと震えが走る。森から歩いてきたときの恐怖が身体中を駆け巡った。
逃げるってどこへ、どうやって。
ギルドのクエストには他の町へ行くための護衛とかがあったから、きっと力のない人達はそういうのを利用してるんだろうけど、ギルドの隣は今逃げてきた宿屋だ。
戻れば確実に連れ戻される。
嫌だと言っても、私にはそれしか道は残されていない。
……逃げ場なんてないんだ。
ポタリと涙が落ち、自然と膝を抱えていた。
何でこんな目に合わなきゃならないんだろう。
私は何のためにフィオナに転生しちゃったんだろう。
フィオナだった頃の記憶が少しでもあればかわったんだろうか。
ううん、あのとき、火事で全部終われば──
「フィオナ?」
最早聞きなれてしまった声がして、体が強ばった。
顔を上げれば、見上げる高さまでの植木と丸い月。
その向こうからひょっこりと声の主が顔を出した。
「──タクト、どうしてわかったの?」
「なんとなく。何してんだ? こんなところで」
なんとなくって……。
タクトの頭の真後ろに月があって彼の表情がいまいちわからない。
「勇者と旅に出るのが嫌で逃げて、来たんだけど……逃げられないってわかって絶望してるの。放っておいて」
「何で逃げられないんだ? そこのゲートより向こうは森の方より少し強い魔獣が出るから越えたら中々追手なんて来ないぞ?」
「だからでしょ!? 私、治癒魔法しか使えないからそこからでて魔獣に出くわしたらすぐに死んじゃう!」
「はぁ?」
タクトはガサガサと植木を乗り越え、私の横に腰をおろした。
左手の人差し指で私の涙をそっと優しくすくって、探るような目で私を眺める。
こんな場面なのに心臓がバクバクと激しく鳴る。仕方がない。前世の私は彼氏なんて居たことがなかったし、こんなふうに男の人に触れられたことなんてない。
「フィオナは光の初級魔法なら全て使える」
「え?」
「俺が薬草取りに森に出るときはフィオナが護衛として付いてくれていたんだ」
「そう、だったの……」
頬に触れていた手が下に落ち、左手を痛いくらいに掴まれた。
「タキタユイ、16歳、ガクセイ」
「──っ」
覚えていてくれたのか……もう呼ばれないと思っていた名前。
イントネーションの違いなのか、自分の名前なのに別物に感じる。少し甘い……。
「……お前の言うことを信じるから、全部話せ」
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字、発見次第修正します!
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