大人たちの話。【魔王side】
“タクトが血だらけで人間を担いできた”とガヤから風魔法で連絡が入ったのは数日前の事だ。
ガヤが体感した話では俺レベルに次ぐ程、高いレベルの光魔法保持者だろうということだった。
タイミングが良いのか悪いのか、高位魔族が集まる会議中だった。
面白いことになりそうだとダミアンと目線を合わせると、“タクトが裏切ったのでは”などという混乱の声が上がった。
そんなことがあるわけがない。
タクトが宿ったと先代が自覚した時点で、人間界での親探しが始まった。
探す役目をさせて欲しいと手を挙げたのが、人間界で商いを行うトルネアス商会の主人。タクトと同じ混血ということもあり、先代も信用してそれを任せた。
そして選ばれたのが、人が良すぎるのではないかとこちらが心配になる程、評判の良かった道具屋の夫妻だ。
こちらの思惑通りタクトは人間界で愛を持って育てられた。
先代と俺は接触することを避けながらも、暇さえあればその行動を把握し見守っていた。
そして数年前、タクトがフィオナの光魔法によって深手を負った。直ぐに先代は人間界に降り、タクトを回収し処置をした。
その後、フィオナを殺すという案が上がるがタクトが否定し、殺されない程の力をつけるという事で意見がまとまった。
タクトは魔族に恩がある。
あの夫婦に愛され育ったタクトがこちらを裏切るはずがない。自分を殺そうとしている相手を生かそうとするほどお人好しに育ったのだから。
証拠付けるように光魔法の気配は城の西塔から動く気配はなく、先代が使っていたままになっている最上階の部屋に置いた光魔法のベッドに接触した様子もない。
ダミアンはそんな俺の様子を察したのだろう会議を続けた。
「会議どころではない直ぐに西塔へ向かうべきだ」と言う意見もあったが、俺の睨みもあり表だってタクトを批判できる奴は既に無く、周りも渋々といった様子でそれに合わせた。
気が乗らないことを強いている事が楽しいのか、嬉々として会議を進行するダミアンとの個人的な付き合いを本気で切ろうか考えていると、タクトが堂々と会議室の扉を開けた。
タクトが言うには、タクトの命を狙っていた幼なじみのフィオナは前世の記憶を取り戻した際、今まで過ごした15年分の記憶を失った。
その前世では俺達の事が書物に記してあるらしく、少女が勇者に同行した場合に起こるだろう未来のことを知っており、それを回避する為、又本人も勇者に協力する意思がないとのことで魔界に連れてきたとのことだった。
少女が持つ治癒魔法はタクト自身が変異していることを確認しており、高いレベルの光魔法保持者が、生きているだけで行われる瘴気の強制浄化についても、メイドが少女に触れた際に拒否反応を示さなかったことから、光の治癒魔法と同じく害の無いものに変異しているとされた。
予定ではタクトは人間界に戻り、ユイはダミアンの管理下に置かれる筈だったのだが。
タクトがまさか魔界に残るとは思わなかった。
まだ数日。
タクトはフィオナに殺されないために訓練を積んでいた頃に比べて、目に見えて生き生きと過ごしている様に見える。
単純に死の恐怖から解放されただけでなく、愛するものが出来たことは大きいだろう。
そんなことを考えながら、ダミアンの執務室の扉に手をかける。
俺は3人一部屋なのにダミアンは1人一部屋なのがどうにも解せん。脱走がしにくくて敵わん。
「おい、ダミア──」「ダミアンさんと結婚は出来ません」
扉を開けたらダミアンがユイに振られていた。
これは中々面白い。
「っお兄さん!」
慌てたようにユイが振り向き、その顔を染めた。
「取り込み中だったようだな」
まぁ、そんなの知ったこっちゃないので、ズカズカと中に入り奥のソファに座った。
「オレアンダー様、何か御用で?」
「いや、執務に飽きたから来ただけだ。随分面白いことになってるな」
「そうですね。まさか私が振られるとは思いませんでした」
王なんて肩書きを持っているから大抵の情報は入ってくるが、流石にこれは初耳だった。
振られただけあってユイを前にしているのにダミアンに笑みはない。むしろ幾分不機嫌そうだ。ユイは俺に聞かれたことに動揺しているのかパクパクと魚の様に口を動かしている。
「ユイはダミアンを振りに来ただけか? 終わったんなら座れ、話し相手になれ」
「オレアンダー様、私は仕事中ですよ。よそでやってください」
「私事の間違いだろう。仕事の話ではなかった。ククッ……ざまぁないなダミアン」
ユイがゴホンと咳払いし、向かいのソファの後ろに立ち、背もたれに手をついた。
「お兄さん、ちょっとデリカシーに欠けますし、これから仕事の話になるところだったんです」
「ほう?」
俺を恐れることなく目を見据えてユイは言う。色恋には慣れていないのだろうまだ少し頬が赤い。
「仕事の話、ですか?」
ダミアンの声に反応し、ユイがそちらに視線を向ると、仕事の話ということでダミアンの表情もいつものものに戻った。
「結婚は出来ませんが、エデンの魔界移転はお手伝いさせていただきたいです」
長年、エデンを魔界にと言っていたダミアンには願ってもない申し出だろうが、切れ長の目を少し開いたまま固まった。
「あ、の? ダミアンさん?」
「あぁ、すみません。エデンの件、よろしくお願いします。上手くいけば賃金のアップも考えますので」
「あっありがとうございます! 頑張って花火あげます!」
俺の話し相手では稼げないと捨て台詞を残し、やりきった顔でユイが執務室を出ていった。
あいつは俺を軽んじている気がする。
「……タクト様が原因ですね」
ダミアンは何も手につかないと言うように、雑にペンを置き、背もたれに体を預けて天を向いている。
これは結構本気だったようだ。ダミアンらしくもない。
「タクトが勝手に付き合っていると言っているだけだと聞いたぞ。お前が振られた原因ではないだろう」
「……彼等が付き合っていないことは知っていました。そうではなく、私は彼女にエデンと結婚の話を一纏めにして話しましたから、彼女からの返事は0か100……いえ、彼女の現状を考えれば100だったんですが……要らぬ入れ知恵をされたようです。ユイさんはタクト様に気を使って私とのことは相談できないと踏んでいたんですが」
おかしい。いや、元々おかしかったが、ついに頭がイカれたか。
「ユイが承諾した場合、困るのはお前だろう。周りが許す筈がない」
「……そうですね。私も一族にこれ以上力がつくことを良しとしません。同族のムダな争いは避けたい」
「なんだそれは。矛盾だらけだな」
苦笑いを浮かべるダミアンを見ていられない。
いつもの様子とは全く違う。意気消沈という言葉は今のダミアンの為にあるようだ。
「二兎追って一兎手に入ったならマシだとは思え。これ以上深追いするなよダミアン」
──全てを無くしかねない。
ユイの後ろに居るのはタクトだ。万一ダミアンと望まぬ結婚となったらタクトはユイをつれて逃げるだろう。
頭が回る上に力もある。瘴気という弱点はユイがいることでカバー出来る。ユイの心身的負担が大きいからまず選ばんだろうが逃げようと思えば何処まででも逃げられる筈だ。
先代だって理由を知ればタクトに手を貸すだろう。先代はタクトの父親を愛していた。
魔王の代替わりは、俺が先代の力を超えたから行っただけで先代の力は衰えていない。
先代+タクト+ユイでタッグを組むなんて恐ろしいこと考えたくもない。
「えぇ。そもそもエデンの協力を求めることだけの為に彼女を連れていったんですがね……」
「何が起きたらこんな流れになるんだ」
上体を起こしたダミアンはユイが出ていった扉を微笑みながら名残惜しそうに見ている。
「……欲しいと思ってしまったんです」
捨てられた犬……違うな。キツネとかそんなところか。
「ユイさん相手だと本当に上手くいきません」
「もっと慎重に事を運ぶべきだったな。お前らしくもない」
「若さに当てられた感じですね」
「ジジ臭い」
「どうとでも」
だが、わからんでもないな。
あぁも楽しげに魔界を歩かれると欲しくなる。まぁ、俺は玩具程度の感覚だったが、ダミアンは相手として欲しがった。
それだけの違いだろう。
「ダミアン」
「なんでしょう」
「腹いせにタクトに仕事を押し付けるといい」
ダミアンは見開いた目をまた細め、ククッと息を漏らした。
「ではユイさんもつれて街に出ましょうか。何か奢ると言えば付いてくるでしょう。ガヤにその話が行くようにすれば勝手にタクト様まで声が届きますから、存分にハラハラしてもらうことにしましょう」
「お前は本当に嫌がらせを細かく刻んでくるな」
以前と同じようにニヤリと笑った。
たまには友人の醜態を見るのも悪くない。
タクトは本当に面白いものを連れてきた。
次は何をやらかすのか。楽しみでならない。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
誤字脱字報告ありがとうございます。助かります!
また読みに来ていただければ嬉しいです
(*´∇`*)
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