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その裏側で【タクトside】

本日2本目の投稿です。ユイがエデンに連れていかれたあたりの裏です。

 花火の構想をユイから聞いた翌日も朝からバタバタと忙しく、昼休憩はかなり午後にズレ込んだ。


 基本的にユイとは3度の食事を共にとり、手に触れて溜まった瘴気を飛ばす。

 朝食で会ったときは、昼休憩を狙ってダミアンさんに賃金交渉すると意気込んでいたけど、きっと失敗するだろう。

 むしろ金額が増えて帰ってくるんじゃないかという気さえする。


 そんなことを考えながら、人間界にいる諜報部から上がってきた勇者の動向の書類をまとめる。ユイがいないからだろう、いちいち回復ポイントにもどるから魔界へ近づいてくる様子はない。

 まぁその分報告も多く、取捨選択してまとめるのも一苦労だ。


 

「タクト様、昼に入ってください」

「あ、はい」


 少し前に仕事に一区切りつけて昼休憩に入っていた七三分けのガジリスさんが執務室に帰ってきた。


「タクト」

「はい」

「今日の夕食も来るのか?」


 昨日、3人での食事がよほど楽しかったのか兄は朝から機嫌良く仕事をしている。

 たまには兄との食事もいいが、正直ユイと二人でとりたい。


「えぇと……」 

「タクト様、よろしくお願いします」


 ガジリスさんに先手を打たれた。この人が一番兄さんで苦労してるからな。


「ユイにも聞いてみます」

「あぁ。昨日よりは早く行けると思う」

「わかりました……あ、ユイから花火のことについて話は行っていますか?」

「花火?」


 兄さんは眉間にシワを寄せて、何だそれはという顔をした。


 あのバカ。一番協力が必要な兄さんを忘れてダミアンさんに賃金交渉に行ったのか……。

 俺が説明してもいいが、構造を知るのみで実物を見たことないし魅力をプレゼンできる気がしない。


「昨日、街でユイとやった賭けを少しバージョンアップした遊びを考えているんですが兄さん参加しま」

「しよう」


 まじかよ。食い気味で食いついた。

 ユイに行動を読まれるとは……兄とユイ、似た空気を感じることがあるし、通じるものがあるんだろうか。


「……では、明日の昼にでも練習したいので屋上に──!」


 そう言い掛けたとき、窓が激しく何かに叩かれた。

 今日の天候はそんなに荒れていなかったと思ったが。


「これは……風魔法ですね」

 ガジリスさんが窓を開けると、ブワッと生温い風が入ってきて、声が聞こえる。


『魔王様! ガヤです! 緊急です!』

「「!?」」

「──何があった、ガヤ」


 魔界の門番(ガヤ)からの緊急通信。場合によっては魔界を揺るがす大事になるだけに、身を強張らせ続く言葉を待つ。

 

『ダミアンが、はじまりのエデンへユイを連れていった!』


 は?

 あまりに予想外な話に一瞬頭がついていかなかったが、なんで……と思うとすぐに答えは浮かんだ。

 ダミアンさんはユイを使う気だ。


「ガヤ、ガジリスだ! 誰が転移させた! ダミアン様は転移魔法は使えない筈だぞ!」

『俺だ』

「なぜだ!!」

『うるっせぇな! 色々あったんだよ! 魔王様いかがなさいますか。追う準備は出来ております』


 兄さんは左手を口許に寄せて、楽しそうに右手に持った羽ペンを揺らす。


「放っておけ」

『御意』

「魔王様!」

「元よりあそこはダミアンの一族のものだ。アレが許可したならそれでいい」

「しかし!」

「ついにダミアンの長年の構想が動き始めるんだろう」


 チラッと兄さんを見れば目が合い、フッと鼻で笑われた。

 これは……こっちにもバレてるな。


「ダミアン様の……魔界にエデンを持ってくるというアレですか?」

「つい一昨日、ユイが西塔の屋上に、分にも満たない時間だが陽を落とした」

「ほ、本当でございますか……」


 唖然としたガジリスさんの表情で、ユイがどんなデカイ事をしたのかがはっきりわかる。


「兄さん、ユイを連れ戻しに……行ってはダメですか」

「ダメだな。門番待機所までだ」

「わかりました」


 ゆっくり席を立ち、執務室を出る。

 貧血のように視界がグラッと揺れて、思わず壁に手を付いた。

 あの部屋に出入りするのは高位魔族が多く、瘴気が溜まりやすい。頭を振って目眩を払う。

 待機所についたらユイが居ると色んな意味で安心できるんだが。


「はじまりのエデンか……」

 

 あそこはレベル40以上の魔族が山のように居る。入り込める人間がいるならそれなりにレベルの高い人間だ。

 そんな奴が俺のような混血をエデンで殺せば、レベルは一気に上がり、そいつに敵う魔族はエデンに存在しなくなる。


 はじまりのエデンが人間に渡れば魔王を倒さずとも魔族は終わる。


 入れる人間はまず居ないだろうけどリスクは無い方がいいから、混血の立ち入りは例外もなく一切禁じられている。



 転移陣の部屋から門番待機所へ飛ぶと、ガヤが呑気にジャムパン食ってた。

 

「タクト! 来たか!」

「ユイは?」

「まだだ。まったくダミアンも何考えてんだか。あ、タクトも食うか?」


 ジャムパンを食い契りながら憤慨するガヤがブルーベリーマフィンを差し出してきた。隣に座って有り難く受け取り食べる。

 甘い。恐ろしい顔してるくせに甘党……なんだそれどんなギャップだ。誰得なんだよ。

 そういやダミアンさんも飴持ってたな。


「タクトはユイのどこがいいんだ?」

「ブホッ──ゴホッゴホッ! 何だ急に」

「顔は間違いなく可愛いが、中身はそこらに居る悪ガキと同じだろう」


 言い得て妙だな。なんも言い返せねぇ。


「どうでもいいだろうが」

「まぁな~。だが、アビスの次がアレって……タクトは雑食だなと思ってな。あ、振り回されるのが好きなのか?」

「冷静に分析するんじゃねぇよ。アビスは付き合ったと思ってねぇよ」

「まぁ、つまみ食いされた感は否めねぇな」

「黙れ。アビスの話はユイにすんなよ」

「しねぇけど。アレがそういうの気にするタマか? 逆に尊敬されんじゃねぇのか? あのアビスだぞ」

「さすがにそれは……」


 しそうだな。変なところで男らしいからな。

 っうかそれは意識されなすぎて俺が傷つく。

 

「ん?」


 ガヤが何かに気付いたように転移陣の方に向き、ジャムパンを口に放り込んだ。

 飲み込むタイミングで室内にダミアンさんの声が響いた。


 意外と早かったな。

 ユイだけ戻ると伝えたその単調な口調からは、ユイのことはなにも読み取れない。規模のデカイ話をされてさぞかしテンパってる事だろう。


 転移陣が黒に染まり、中央が人型に盛り上がる。人型から黒く細長い帯がほどけると、ユイが現れた。

 ガヤを見つめたあと、眉間にシワを寄せて下をむき、微動だにしない。

 俺には気づいていないようだ。



「どうしたユイ。ダミアンになんかされ──違うぞ。これはセクハラじゃないからな。純粋に心配して……」


 ガヤが屈んでユイに視線を合わせた。


 セクハラって……送り出すとき一体何があったんだよ。

 椅子から立ちあがり、未だに視線を落とし続けるユイに向かい、足を動かす。


「ユ」

「プロポーズ……された、かも……しれないです……?」



 ────なんだ、それ。 



 身体中が真っ黒に染まった感覚がした。

 ユイの隣に並ぶまでの数歩は無意識だった。



 ユイの手を握ると弾かれたようにユイは顔を上げた。

 思ったより低い声がでて怒ってるとでも思ったのかその顔は、“ヤバイ、バレた”とでも言いたげに固まっていて、それが俺を少し冷静にさせた。


「タクト、加減しろよ」

「わかってる。早くしろ」


 たしなめられ、呆れ顔のガヤが転移魔法が発動する。

 目を開ければ見慣れた紺色の絨毯。


 握っている手のおかげで溜まった瘴気が飛び、気分は悪くない。

 ……筈なんだが気持ちは重い。当然だ。好きな女が手が届かない場所で違う男にプロポーズされたかもしれないんだ。不快に思わない方がおかしい。



 自室の扉を開け、ユイの手を引き部屋に入ると握った手に変化があった。ユイを見ればベッドをガン見して冷や汗をかいている。

 ユイが戻ってきてからの一連の流れを考えると、何かされると思ってることは明白だ。

 こちらを視線だけで見てきたので鼻で笑って冤罪を回避し、別室へと向かう。


 この部屋はこの前、兄さんとダミアンさんと3人で居たときのままになっている。

 ユイを奥のソファに座らせて、俺もテーブルを挟んだ反対側に腰を下ろした。

 困り果てて眉をハの字にするユイに出来るだけ優しく話しかける。


「エデンでダミアンさんに何て言われたんだ。言えるか?」

「タ、タクトが聞いても面白い話ではないと思うよ」

「当たり前だ。でも知っておくべきだろ、他に持ってかれてたまるか」


 一瞬でユイの頬が赤く染まった。完全に脈あんだろこれ。もう好きな奴俺で良いだろ。

 ユイに触れたいと、今にも動きそうな手を必死で抑える。


「ほら話せ。何でプロポーズされた“かも”なんだ……いや、まて、ダミアンさんの執務室に訪ねたときから順を追って話せ」


 ユイと結婚してもいいとダミアンさんが思った何かがあった筈だ。

 話しづらそうにボソボソと喋るユイの話を聞けば、執務室でユイとダミアンさんは、俺とユイがしたことの無い穏やかな時間を過ごしていた。

 ユイの話すダミアンさんはもう俺の想像では補填出来ないレベルになっていた。

 落ちてくる本から助ける? まぜてくれと乞う? 誰だそれは。


 腹? そんなの煮え繰り返るなんてもんじゃない。空焚き状態だ。瘴気も抑えきれてない自信がある。イケると思ったがもうダメだ。聞きたくない。


「タクト、もうやめようか?」


 察したようにユイがそう言うが逆に悔しくなった。


「何てプロポーズされたんだ」


 その先を促し話を聞けば、エデンの魔界移行に上手くユイを絡み付けた内容だった。

 プロポーズか、といわれたらそうかもしれない。ユイだったら思考を持ってかれるくらいの曖昧さだ。


「ユイは何て答えたんだ」

「かなり大きな話だし大事なことだから、答えられなかった」


 コイツ……俺の時は簡単に振ったくせに。

 大体好きな奴はどうした。俺は振られてんのにダミアンさんはなんで大事なことに分類されんだよ。

 全力疾走で逃げろよ。



 逃げ……あ、そうか。


 ユイは逃げられなかったのか。



「ユイ、エデンを魔界に持ってくる話とプロポーズは切り離して考えろ」

「え?」


 ユイは頭は悪くないが、根本はアホの単細胞だ。1つの事を終わらせてからじゃないと上手く立ち回れない。

 ダミアンさんは結婚することでエデンの移行話が今後上手くいくかのように絡めてきた。

 ユイはまんまとそれに引っ掛かった。

 なんたって今ユイが一番気にかけてる食事がメインテーマ、サブテーマはユイが苦手とする殺しと戦争だ。


 わかってはいたがあの人はやり方がねちっこい。


「今後、エデンの移行でユイの光魔法を持つ子孫が必要になっても、ユイの相手はダミアンさんじゃなくても良い。協力すれば良い話だ。光魔法の子孫が都合よく生まれるとも限らないしな」

「ダミアンさんの一族でエデンを作ってきたって聞いたからそう考えてた」


 ポカーンと口を開けるユイに、思わず口角が上がった。全部顔に出過ぎだろう。

 ダミアンさんが好きだとか言い出したらどうしてやろうかと思ったがそうではないようだ。


 迎えに行って正解だった。


 昨日、俺の前で好きな奴の話をすることを避けた様子から俺がユイを好きだってことはちゃんと理解しているようだった。


 そんなユイが俺にダミアンさんと何があったかなんて自ら相談を持ちかける筈がない。

 きっと姫とかに相談して、付き合っちゃえだの何だのキャッキャキャッキャと無責任な女子トークが始まっていた事だろう。


 ここを見逃せば知らない間にダミアンさんの良いように進んでいたかもしれなかった。マジであぶねぇ。


「あの一族はエデンにおける全権利を持っているからな。その上、お前を取り込むことで魔界の瘴気浄化の面まで持ってかれるのはさすがに力が偏りすぎる。黙っていない奴等も確実に出てくる。お前、巻き込まれるぞ。覚悟は出来てんのか?」


 畳み掛けるようにダミアンさんのネガティブアピールをユイに植え付ける。

 俺もダミアンさんのことを言えないくらい腹黒いかもしれない。


 ……十分だと思うが一応だめ押ししとくか。


「ダミアンさんは魔族の中でもトップクラスの高位家系だぞ。お前やっていけるのか?」

「──っ!! ムリムリムリムリ!!」


 立ちあがり、青い顔して全力で手を振り否定するユイ。

 それを言ったら俺は王家(トップ)の人間なんだが、ユイは言わないとそこに繋がらんだろうし、まぁいいだろう。


 吹っ切れたように笑い、仕事に行くと俺の横をすり抜けようとするユイの手を取った。


「タクト?」


 腹の奥の方に残った、消えない不快感。


「……一人で大丈夫か」


 半分引き受ける。そう契約までしておきながら何も出来なかった。


 目を丸くして首を傾けたユイは、俺に握られた手を持ち上げ、軽く振った。


「どこが一人よ」


 悪ガキのように、二カッと歯を見せたユイがやたらと可愛く見えた。


 もう末期かもしれない。


読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します!


また読みに来て頂けると嬉しいです。

評価、ブックマークありがとうございます!

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[良い点] ガキ大将ユイかわゆす
[一言] 好き
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