詐欺師ですという顔をして近付いてくる詐欺師はいない。
まるでプロポーズじゃないか。
ダミアンさんのエデンを魔界に持っていく話には既に私がダミアンさんと結婚して子どもを作るところまで考えられているようだった。
政略結婚ってやつか……? ダミアンさんは嫌いじゃないが、それとこれとは話は別だ。
私は16だけど、フィオナは15歳。結婚できる年齢じゃない。
この世界ではそういうの無いんだろうか。
それに私には、好きな人がいる。タクトにも待って貰ってる状態で……。
ん? 待って貰ってるってなんだ。アイツは勝手に待機してるだけで頼んでるわけじゃない。
「ユイさん」
「はっ! はい!!」
「私はまだ仕事があるので、先に戻っていてくれますか? 多分今日はそちらには戻れないと思います」
「は、はい」
プロポーズの類いの話をしているのが嘘のようにダミアンさんは平然と私の背中を押して室内に戻した。
来たときの絨毯に浮かぶ転移陣は無くなっていて、ダミアンさんが指を噛んで絨毯に血をつけた。
「ガヤ、ダミアンです」
『おう。戻ってくるか?』
「私はまだやることがあるので、ユイさんだけお願いします」
『了解』
絨毯につけた指から黒いシミが広がってダミアンさんを囲んだ。そこからダミアンさんが手招きしながら退いたので、代わりにそこに乗った。
来たときと同じように黒くて長いきしめん(もはやきしめんではない)が体を包む。
引きずり込まれ、ながらダミアンさんの笑顔を眺める。
少しだけ、怖い感じがした。
目を開けると視界一杯にガヤさんがいた。
「どうしたユイ。ダミアンになんかされ──違うぞ。これはセクハラじゃないからな。純粋に心配して……」
転移前のあの発言を気にしてるのか、コンビニ前にたむろするヤンキーのように座り、困った顔で私を覗き込んだ。
あぁ。何でもかんでも恋愛に繋げるガヤさんなら、何か良いアドバイスを貰えるだろうか。
「プロポーズ……された、かも……しれないです……?」
疑問系が過ぎる。いや、でも気持ち的にはその通りなんだ。話の内容はプロポーズなんだけど、結婚してとか、それらしいことを言われていない。あ、角に触れられたか。
視線を落としてついさっきまでの事を思い起こすと、どうしても眉間にシワが──
グッと突然左手をとられた。
「ガヤ、西塔7階に飛ばせ」
「っタクト! 何でここに!」
ヤヤヤヤヤバイ!! 一番バレちゃいけない人物にバレた!!
いつもより格段に低い声だ。
か、確実に聞かれていたんだろう握られた手にギリギリと力が入ってる。
怖すぎる。ラストに見たダミアンさんの笑みより遥かに怖い!!
人生初のモテ期に浮かれていたら確実に殺られる!
かつて無いくらい気を引き締めた。
「迎えに来たんだよ」
お、お迎え……頭の中ではネロとパトラッシュ的なアレがイメージ映像で再生されている。
「タクト、加減しろよ」
「わかってる。早くしろ」
加減!? ボコられる感丸出しの2人の会話に戦慄が走る。
ど、どうす……タクトとガッチリ目があった。
逃げられない!! 本日2度目は“どうする?”の選択肢も与えて貰えなかった!!
そうこうしている間にガヤさんによって転移魔法が展開され、タクトの自室があるフロアに飛ばされた。
手を引かれ、案の定タクトの部屋に連れ込まれる。視界にベッドがバーン! と入ってきて、手にジトッと汗が噴き出してきた。
チラッとタクトを見ると、フッと鼻で笑われた。
ベッドの置かれた部屋をあっさり通りすぎ、別室の奥のソファに座るよう促された。
く、屈辱……動揺してるのは私だけか!
タクトがテーブルを挟んだ向かいに座り、緩く微笑んだ。
意味がわからず更に体に緊張が走る。
「エデンでダミアンさんに何て言われたんだ。言えるか?」
「タ、タクトが聞いても面白い話ではないと思うよ」
「当たり前だ。でも知っておくべきだろ、他に持ってかれてたまるか」
他……既に気持ちは他にあるんですが……。
恥ずかしいことを言ってる筈なのに照れた様子の一切無いタクトにこっちが恥ずかしくなる。
「ほら話せ。何でプロポーズされた“かも”なんだ……いや、まて、ダミアンさんの執務室に訪ねたときから順を追って話せ」
ダミアンさんの執務室……バックルピンが額に刺さるという奇跡体験をしたあれか。
言われた通り順を追って話すと、どんどんタクトの顔が険しくなり、目の色が深い緑に変わってっていく。
こんなアホ話のどこにそんな顔をさせる原因があるのか。
お兄さんはタクトが嫉妬深いと言っていた。これ以上話を続けたら精神衛生上お互い良くない気がする。
「タクト、もうやめようか?」
「何てプロポーズされたんだ」
マジか。続けんのか。
気を使ってるのがアホらしくなるくらい強く見つめられ、また呼吸がしづらくなる。
エデンの魔界移行の話からダミアンさんに言われた事を全部話すと、タクトは腕を組み、背もたれに体重を預けた。
「ユイは何て答えたんだ」
「かなり大きな話だし大事なことだから、答えられなかった」
正確には敬太とタクトの事を考えている間に、あれよあれよとこっちに戻されたんだけど、思考がタクトに待ってて貰ってるだのなんだのだっただけに、とてもじゃないけど素直に言えない。
「ユイ、エデンを魔界に持ってくる話とプロポーズは切り離して考えろ」
「え?」
切り離す? それでワンセットじゃないの? ダミアンさんは私の力が不可欠って言ってたし。
「今後、エデンの移行でユイの光魔法を持つ子孫が必要になっても、ユイの相手はダミアンさんじゃなくても良い。協力すれば良い話だ。光魔法の子孫が都合よく生まれるとも限らないしな」
そ、そうか。それでも良いのか。全く考えが及ばなかった。
「ダミアンさんの一族でエデンを作ってきたって聞いたからそう考えてた」
「あの一族はエデンにおける全権利を持っているからな。その上、お前を取り込むことで魔界の瘴気浄化の面まで持ってかれるのはさすがに力が偏りすぎる。黙っていない奴等も確実に出てくる。お前、巻き込まれるぞ。覚悟は出来てんのか?」
ザーッと血の気が引いた。
あっあぶねぇ! 何て恐ろしい裏があるんだ! そんなリスクはダミアンさんから一切聞いてない! 絶対知ってるはずなのに!
「デ、デキテマセン!! そんな激動の人生嫌だ!」
タクトは意地の悪い笑みを浮かべながら私の顔をしげしげと眺めている。
「ダミアンさんは魔族の中でもトップクラスの高位家系だぞ。お前やっていけるのか?」
「──っ!! ムリムリムリムリ!!」
慌てて立ち上り、両手を振って全力で拒否する。
ダミアンさんには、協力出来ることはするって言ってあるし、結婚に関しては協力出来ないことに分類してもらおう!
「今日はダミアンさん戻らないみたいだから明日断ってくる」
そうと決まれば私がやることは1つだ。ダミアンさんのことはおいといてお金を稼ぐ!
「じゃあ仕事してくる。今日から少し遅くまで雑用したいんだ。また夕食時にね!」
そう言いながらタクトの横を揚々と通り抜けるとき、タクトに手を掴まれた。
「タクト?」
未だに変わったままの深い緑。
「……1人で大丈夫か」
過保護か。
薄情か厚情か降り幅が大きすぎるだろうタクト。
「どこが1人よ」
握られた手を持ち上げて振ると、タクトの口が呆気にとられたように軽く開き、呆れたように笑った。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
次回はタクト視点です。
今日中にアップしたいなと思っています。
また読みに来て頂けると嬉しいです。
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