交渉の結果、更に払う額が増えた事に気付くのはまだ先。
「賃金がもっと欲しければもっと働くことですね」
次の日、お給料の話をするために、昼休憩に入る頃を見計らって、ダミアンさんの執務室を訪ねてみた。
ダミアンさんはいつもの紫のローブではなくて、微妙に黒色の濃度が違う細いストライプのスーツを着ている。
何処かに出掛けるところだったのか、ゴシックっぽくて首までしっかり隠れるカチッとした形の黒いロングコートを羽織った。
出直しますと退出しようとしたけど、少しなら時間がありますよと引き留められ、賃金の話してみたら先程の言われ様だった。
「でも」
「私は今のユイさんに見合った額だと思いますけどね」
ダミアンさんは私に目を向けることなく、胸元に4つ付いたベルトのバックルをみたいなのを上から順に締めていく。
「場所代をとっているわけではありませんし、原材料など元手がかかるものでもない。MPは減りますが、自然回復もしくは全回復ベッドに頼れば良い話ですし」
「それは」
「そもそも、ユイさんの治癒に払われている金額は、元々仲間内で治していた治療の手間分に値する金額で、妥当な物だと思いますよ。それに昨日の子ども達への治療は少し上乗せして渡したでしょう?」
“でも”と“それは”を話す間に返ってくる大量の反論。
無理だとは思っていたけど、ここまで“ぐうの音“もでないとは思わなかった。
タクトにはブラックだと言われたけど、私が甘かったのかもしれない。
親にお小遣い上げてくれと強請るのとはわけが違う。
少しでも金額が上乗せされる子ども中心にすれば良いのかな……いや、でも病院とは違って大体の怪我や病気は1度で治る。
毎日何十人も怪我人が出る筈もないし、出て欲しくもない。
トータルで見れば、治す相手が子どもでも大人でも賃金に差は無いし、この仕事は元々儲からない物だと考えて、雑用の時間をもっと伸ばすしか無いかなぁ。
グーにした手の指に顎を乗せてウンウン唸りながら考えていると、ダミアンさんはその身を屈めて、まるで小さい子どもを相手にするように私と視線を合わせた。
「何か欲しいものでも出来ましたか?」
さっきまでの雰囲気とは違い、いつもの穏やかで優しい口調に表情。
「……欲しい、というか、花火を見ながらの食事会をしようと企画していまして、そのお金を貯めたいんです」
「は?」
ダミアンさんは眉間にシワを寄せ、首を傾げた。
詳細を言っても大丈夫なのかな。
花火が成功したときは、ダミアンさんにとって面倒な事になるわけだから邪魔されたりとか……いやダミアンさん優しいし、まさかねぇ。
「えっと、光魔法のスキルボールを入れた花火を打ち上げて太陽を出そうという話なんです」
「花火……とはなんですか?」
まさかのそこから! 魔界に花火は存在しないらしい。
花火の説明を軽くするとダミアンさんもタクトと同じで興味がありそうな顔をした。
「人間というのは面白いものを考えますね。花火と同時に食事会をというのは姫も出席予定だからでしょうか」
「っ」
開いた狐目が、面白いものを見つけたように細まり、ブルッと体に震えが来た。
食事会という言葉1つで何故そこまでわかる。
「それでスキルボールを買うお金が欲しいと?」
「いえ。スキルボールはタクトが何とかしてくれるそうなので、私は食事代を貯める担当なんです」
「タクト様が……そうですか。では、食事代は私が出しましょう」
「へ?」
ダミアンさんは微笑みを絶やさない。
甘い言葉には裏がある。こんな分かりやすい甘い言葉なら絶対騙されない!
「いや、そんなの悪いです! ダミアンさんとの契約は姫が屋上で戦える準備が出来てからですし、そこまでは自分でやります!」
「自分でといいながら、タクト様の手を借りるのでしょう?」
「うっ」
怖い。笑顔でゴリゴリ矛盾点を突いてくるダミアンさん。中々に怖い。
「お、お金の貸し借りはしちゃいけないって両親から言われて」
「差し上げますよ。食事会1回程度の額でしょう?」
「ひぃっ」
更に怖い! これもタクトの言っていた魔族の甘い罠!? 甘過ぎて思わず浸ってしまいそうになる!
一歩下がると、それ以上に大きく間合いを詰められた。
ニコニコ、ニコニコと絶対に意識して笑ってるニコニコがトラウマものだ!
「あ、危ないですよ」
「へ!?」
私の頭上を見ているダミアンさんの声と同時に、私の背中に、本棚の壁がドンっと当たった。
ダミアンさんの視線を追って上を見れば、不安定に積まれていた上の本がぐらついた。
あ、やべぇ。
「ユイさん!」
「わっ!!」
普通の距離感なら感じることのない、ほのかな柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
目をそっと開けると視界一面の黒。ダミアンさんとの距離が無くなっていた。
本が落ちてくる音も衝撃もなくて、きっとダミアンさんが、本が落ちる前に押さえてくれたんだろうけど、私はそれどころじゃなかった。
ダミアンさんが着ているコートの胸のベルトのバックルピンが私のおでこに刺さっている。
もう一度言おう。刺さっている。
悲鳴を上げる程ではないジンとした地味な痛みだが、壁ドンにキャアキャア言ってられるほど平然ともしていられない。
「ダ、ダミアンさん、ありがとうございました。助かりましたが、少し痛いので離れて貰えますか?」
「あ、すみません。きちんと本を片付けていなくて。怪我はありま……」
ダミアンさんはゆっくりと私から距離を取り、若干血が滲んでるだろう私のおでこを注視してから、自分のコートの半端に持ち上がったバックルピンを眺めた。
そして左の手のひらで口許を隠すようにしながら人差し指で眼鏡をクイッと上げた。
「すみませんユイさん……ベルトを半端に締めていたようでピンが起き上がっていたんですね。あぁ、大変だ血が……にじん……で……プフッ」
「っ!! ダミアンさん! 痛いんですよ!?」
「すみませ……クフッ」
頑張って笑いを堪えようとしているんだろうダミアンさんの顔は真っ赤になっている。
色白だからハッキリとその赤さがわかる。
タクトもだけど魔族ってのは人の不幸で笑うらしい。イイ性格してやがる。
そっと自分の患部に触れる。
「ヒーリング」
キラキラと降ってくる光魔法が惨めさを演出する。
「ふふっ……」
「ダミアンさん!」
「っアハハハッ」
再び何かのツボに入ったのか、もう堪えるのを止めただけなのか腹を抱えて笑いだした。
酷い。酷すぎる。
「すみませ……ユイさんを笑ったわけでは……いえね、私、少し格好つけようとしたんです。フフッ、どうしてこう相手がユイさんだと上手くいかないのか」
「……いつものローブでならカッコついたと思いますよ」
「それは残念です」
笑いすぎて目の端に溜まった涙を指で掬いながらダミアンさんはこちらを向き、私のおでこの傷があった場所を撫でて確認し「大丈夫そうですね」と、にっこり笑った。
まるで幼稚園の先生のようだ。
「ユイさん、やはり花火の際の食事代は私が持ちますよ」
「いや、だから」
何でこの人こんなにお金を払いたがるんだ。金持ち自慢か? 変態なのか?
「それは悪い……です……」
くるんと回った可愛い角が目についた。
角は個性を表すと言っていたのはダミアンさんだ。
下向きに生えてる癖に一周回って上を向く。
……まさか。
「ダミアンさん、まぜてって言えば良いんですよ」
「──何を言って」
「花火一緒に見たいんですよね?」
「っ」
やっぱりこの人は、面倒な人だ。
ダミアンさんの顔がみるみる赤くなる。さっきとは比にならないほど。
己と格闘しているのか、視線がさ迷った数分後、ため息が聞こえて目があった。
「……まぜてもらっても?」
「はい!」
「子どもに戻ったようだ」とダミアンさんは困ったように頭を掻いた。
大口スポンサーを逃したのは痛いけれど、自分で言い出したことだしやっぱり自力で何とかしたい。
「少し先になるかと思いますが、花火の予定が詳しく決まったら伝えますね。お忙しいところすみませんでした」
ペコリと頭を下げて執務室から出ようと後ろを向くと、腕を掴まれた。
「ユイさん」
何事かと振り向けば、未だに少し赤みが残るダミアンさんの真剣な顔があった。
「ど、どうしました?」
「ユイさんはこれから何をする予定ですか?」
「えっと、仕事場に行って誰もいなければ雑用探しをする予定です。街の方にも知り合いが少し出来たので、御用聞きにいこうかなと」
数をこなせばどうにかなるだろう。塵も積もれば精神だ!
「そうですか……」
何かを考えるように口許に当てられた指が、トントンと顎を叩く。
「私と一緒に来ますか?」
「え?」
「うん。それがいい」
ダミアンさんは私の腕を掴んだまま廊下に出ると、メイドさんに私が着れるようなコートを持ってくるように指示をだした。
直ぐにダミアンさんのコートに似た可愛い黒いコートが手元に届き、言われるがまま袖を通すと、後ろ向きのまま腕を引かれた。
「さあ、行きますよ」
「ちょっ! 転びます!」
「あぁ、すみません。つい」
肩口からダミアンさんの顔を見ると、生き生きとした笑顔があった。男の人は何歳になっても子どもな所があると、聞いたことがあるけど、こういうことか。
「どこへ行くんですか? 仕事が何かあるんですか?」
この方向は転移陣の部屋がある方だ。コートを着るってことは外なんだろうけど……。
「人間界です」
「へ!? ちょっまっ! 私人間界へは無理です!」
「大丈夫ですよ。人間は居ません」
「はい!?」
問答無用。
一体どこへ連れていかれるのか。
頭の中では既にタクトが鬼の形相でネチネチと嫌味を言ってくる。
色んな言い訳を考えながらわたしはダミアンさんとともに転移陣で飛んだ。
お土産買って帰ったら許してもらえるだろうか。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
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