ブラック企業社員は自分がそうだとは気付いていないパターンが割りと多い。
あれは小5の夏休み。
両親は一人っ子で、祖父母は全員近所に住んでいたから夏休みは基本どこにも行かなかった滝田家。
その年は珍しく両親が旅行に行こうと言い出した。
そこで見た人生初の大規模な花火大会。全国的にも有名なその大会に11歳の私は感銘を受けた。
帰宅した私の熱は冷めやらず、花火を打ち上げよう!と立ち上がった。
夏休みの自由研究として始めた花火作りは、上の兄の「バカだな。資格いるぞ。打ち上げだって条例で禁止されてるし」で終わりを迎えた。
結局、自由研究は下の兄にも手伝ってもらい「打ち上げ花火の仕組み」と「断面模型」というなんともつまらない物を提出して終えた。
人生、何が役に立つかわからない。
「花火?」
スキルボールをコロコロと転がすタクトの手が止まった。
「このスキルボールをドーンと打ち上げればあの瘴気の雲消せないかなって」
相変わらず稲妻の光る窓の外の瘴気の雲を指差すと2人の視線がそちらに向いた。
「……号砲のことか?」
「ご、ごうほう? そんなんじゃなくてただの花火」
「だから……シグナルガンのことかって」
「「……。」」
タクトと私はお互いに“何言ってんだコイツ”って顔で見合う。
シグナルガンってなに? まさか花火が通じない? 存在してない?
眉間のシワを深くしたとき、エリー姫のクスクスという涼やかな笑い声が響いた。
「タクトさん、シグナルガンだとパーンではありませんか? ユイさんの言う花火はファイヤーワークスのことではないでしょうか」
「あぁ、そっちか。見たことはないが話は聞いたことがある」
パーンの花火……あ、タクトが言ってるのは運動会の朝とかになるやつかな?
打ち上げ花火はこの世界で一般的じゃないのかな。
あ、でも姫が知ってるってことは、打ち上げ花火は上流階級のものなんだろうか。
「その花火でスキルボールをどうやって打ち上げるんだ?」
全くピンと来ていない様子の2人に、説明下手の私がキチンと口頭で説明できる自信はない。
慌てて隣の書斎から紙とペンを持ってきた。
「“花火”って打ち上がる前は火薬と薬剤が入った丸い玉なの。中には星って呼ばれる小さな玉が入ってて……」
紙にサラサラと花火の断面図を描く。
絵には自信がないけど丸と線しか描かなくて良いから、きっとわかってくれるはず。
タクトは身を乗り出して瞬きせずに夢中で見てる。まるで昔の自分を見ているようだ。子どものようで若干可愛い。
迷いなく全て描き終えて、一つ一つを説明していく。
「この一番外側に丸く並んでる星は、花火が開いた時に花びらの役目をするの。そしてその内側に並ぶのが、花の中心。そんでその更に内側に花をバーンと開かせるための火薬が入ってて、そこに導火線が繋がってるの」
「ふぅん。作りはシンプルなんだな」
「こう見るとね。でもそう簡単なでもないよ。火薬の量、色、薬剤、色んな材料がぴったり合って初めてキレイに咲くんだよ。ねぇエリー姫、花火凄いですよね」
「はい。まさに職人技です」
「ね!」
エリー姫と顔を見合わせて笑う。
あぁ、女友達ってこんな感じ。最近タクトと、どつきあいの雑な交遊しかしてなかったから心洗われるわ。
「それで、このスキルボールを星ってのにしようというわけか」
「うん。攻撃系の光魔法を入れたスキルボールに変えて空に打ち出せば効率よく瘴気の雲を消せるんじゃないかって」
あっという間にMPが無くなって光線一本しか効果のないのを頑張って打ち込むより、初級魔法を広範囲にばらまく方が絶対に良い。
設計図を見たままタクトは唸る。タクトは打ち上げ花火を見たことないからきっとイメージが湧かないんだろうな。
「真ん中の火薬は?」
「火薬の調節とかはわかんないから真ん中にはエリー姫に火の爆発系魔法を入れて貰えばいいかなって」
「わっ! わたくしが!?」
弾かれたように姫が姿勢を正した。ただでさえ大きな目が更に大きく開かれている。
あ、もしかして、いや、もしかしなくても攻撃魔法は苦手? 姫だもんな……。
「え、っと都合が悪ければ他の人に頼むので」
「いえっ! わたくしが!! わたくしで良ければ是非!」
押し倒されるくらいの勢いでエリー姫が迫ってくる。鼻先5センチでも毛穴が見えない。恐ろしく美人だ。
「わたくしの事で動いてくださるのに何も出来ないことがとても悔しくて……ありがとうユイさん」
両手を両手で握られ、潤んだ瞳を向けられる……凄い。女子力が凄い。魅力が凄い。
逆にエリー姫の手を握る。
「エリー姫……好きで痛っ!!」
「その手のボケは1度で十分なんだよ。とっとと説明の続きをしろ」
「余裕のない男だな」
「隙間だらけのお前には言われたくない」
叩かれた頭をさすりながら、スキルボールと設計図の乗った小さなテーブルに向き直る。
「打ち上げはどうするんだ。火薬を使って上げてもたかが知れてるだろ、それに打ち上がる衝撃でスキルボールが割れるかもしれないぞ」
「……一番外側は、私が茨の障壁を球体の形に張る。そんで、打ち上げはお兄さんにお願いしよう」
「は?」「え?」
タクトとエリー姫の声が重なる。
タクトは頬をひきつらせて眉間にシワを寄せ、エリー姫は細長い指を口元に揃えて、頬を朱に染めた。
見事に正反対だ。
「今日、お兄さんが人間の姿でゴムボールを打ち上げたとき、かなり上がったんだよね。魔族の姿で肉体強化したら、もっと上がると思うんだ」
「まず協力するかが怪しいぞ。兄は気紛れすぎる」
「……そうかな。花火するって言ったら全力で参戦しそう」
やったことのない子どもの遊びを、やりたいと率先して歩き出し、楽しそうに賭けを持ちかけてきたお兄さん。
この世界でメジャーじゃない花火の話をして乗ってこない筈がない。
「あの、ユイさんに触れていれば、わたくしもその場に立ち会えるでしょうか」
先程の元気が嘘のようなか細い声でエリー姫が私たちを伺うように聞いてきた。
「そ、れは……」
「無理だろ。昼のゴムボール打ち上げの流れを見てたからわかるが、兄が打ち上げた花火の核を爆発させる為には、ユイが弓で射る必要があるんだろ? あんな繊細な事をしているときに他人が体に触れてるなんてどう考えても邪魔だ」
あっさりと却下するタクト。
いつもなら酷い奴だと睨むところだけど、今回ばかりはその通りすぎて何も言えねぇ。動いているものを射るのもかなり難しいのに、今回は瘴気の中に入った花火の後を同じルートで射なければならない。
姫を気遣って失敗なんて本末転倒だ。
「そう、なんですか」
「エリー姫……」
しょんぼりと項垂れたその顔は完全に恋する乙女だ。そうだよなぁ。
「おい、何でユイまで落ち込む」
「だって、好……」
「す?」
好きな人に会えないのは辛いし。
それは私も一緒だからエリー姫の気持ちはよくわかる。でもそれをタクトの前で言ってはいけない気がする。
なんとなく気まずくて目をそらしたらタクトがフッと鼻で笑った。
「少しは入り込めたかな」
「え、どこに?」
「いや? なんでもない」
私の質問をかわして、機嫌良さそうにタクトはエリー姫に体を向き直ると、慌てて姫もタクトに目を向けた。
「ユイに触れるのは無理だが、屋上で花火が上がるのを見る方法がないわけではない」
「「え?」」
「……兄と姫と食事をするってユイが言い出したんだろ」
「っそうか! 花火を打ち上げての食事会!」
なんということだ。案が2つ同時に採用になるとは!
タクトにハイタッチを求めるが、『は?』って顔された。ハイタッチが通じない! こういうのは反射的にでてくるものではないのか!
「タクト、手!」
「は? なんで」
無理やり手を出させてパチンとやると、姫と繋いでいた手がクイッと引かれた。
振り返り見ればスッと手が上がり、パチンすると嬉しそうに微笑んでくれた。い、癒される。
食事会の事を姫に軽く説明して、とりあえず今日の話し合いはここまでということになった。
タクトを送る為にエリー姫を残して寝室を出る。
「明日から大変だな」
「花火作りに食事会の企画だもんね。なんか文化祭みたいでちょっと楽しいけどね」
「は?」
あ、文化祭がわからなかったかな?
タクトを見上げると、最早見慣れた呆れた表情があった。
条件反射で謝りたくなる。自分のパブロフ感が凄い。
「金」
「ん?」
「花火は予備で一応2発はいるだろ? 大量のスキルボールを買う金と、兄が魔族の姿で姫に近付いても大丈夫なくらい、HPを大量回復できるような高級料理代。お前持ってるか?」
あ……。
「っあるはずがない! どっどどどどうしよう明日のご飯の心配をするような身分なのに!」
やたらと現実的な問題が襲ってきた! そうだ、花火に金がかかるのは前も今も一緒だ! タクトの袖に必死でしがみつくけど、シワになると軽く払われた。
どうすればいいんだ! お金がないから出来ませんて言うのはあまりにも惨めだ! 惨め過ぎる!
「か、体を売」
「マジでふざけんな。混乱状態なら全回復ベッドにぶちこむぞ」
「私だってやだよ! でもどうすれば……今の私の日給は3食食べてちょっとお釣りが来る程度だよ!」
「お、お前結構酷い状態で働いてんだな……スキルボールは何とかしてやるから、ユイは料理代貯めろ」
「う、うん。わかった頑張る」
「あぁ」
扉の向こうに消えていくタクトの背中が逞しい。
とりあえず、明日はダミアンさんに賃金の交渉をしてみようと心に決めた。
読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字見付け次第修正します!
また読みに来て頂けたら嬉しいです(*´∇`*)
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