デート中に彼氏が他の女を見るのを、おぉこれが例の現象かと感心して眺めるタイプだと思う。
「本当に冗談なんですね」
「あぁ。そうだと何度も言っているだろう」
お兄さんは食後の紅茶を飲みながら目を伏せた。
その顔に面倒臭いと書いてあるのがハッキリと読み取れる……が、元はと言えばお兄さんのせいなのでその対応はどうかと思う。
突っ込みはいれない。何度も言うがそんな勇気はない。
私は2人を眺めながらお兄さんから差し出されたデザートを大人しく食べる。
お兄さんの爆弾発言以降タクトはこの調子だ。
お兄さんが冗談だと言う度に、段々と告ってないのに振られたような微妙な気分になる。
2人による無自覚なイジメ行為に対して、開き直らなければやっていられなくなり、私は無になった。
あぁ。アップルパイがとても旨い。
「ごちそうさまでした」
手を合わせてそう言うと、“ごちそうさま”が珍しかったのか、給仕の方と目が合った。
歳で言えば少し上、二十歳くらいの青年。
美味しいものを食べさせてくれた感謝を込めて、笑って頭を下げたらニッコリ笑ってお辞儀を返してくれた。
目の前の残念イケメン2人よりも確実にモテそうだ。
「食べ終わったなら行くぞ、ユイ」
「はいよ。お兄さん、ご馳走さまでした!」
「あぁ、またいつでも来るといい」
空になった丼の乗ったトレイを持って立ち上がると、給仕の青年がそれをサッと私の手から取って、またニッコリと笑った。
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
実にスマート。その一連の流れに惚れ惚れしてしまう。
「ユイ、そのへんにしておけ。タクトは結構嫉妬深いぞ」
「え、嫉妬──ぎゃあ!!」
タクトに腹回りを掴まれ、俵担ぎにされて食堂から出た。
深い紺色の絨毯敷の廊下をズカズカとタクトは進む。
段々と雑な扱いにも慣れてきて、運んでくれるなら運んでもらおうとダラッと力を抜いたら、ペッと棄てられ、尻餅をついた。
「っ危ないでしょう!?」
「重い」
「ぐっ、理不尽!」
打った尻を撫でながら、ノソノソと立ち上がる。
私を見下ろすタクトの瞳は深い緑になっている。
嫉妬? さっきの給仕の青年に?
アホだアホだと言うくせに……。
「タクト……私、フィオナじゃないよ?」
いまいちタクトの気持ちを信用できないのはそこだ。
フィオナは少年漫画の幼馴染みヒロインを地でいけるくらいの完璧女子だ。
フィオナに生まれ変わった私が言うのもアレだが、容姿は清楚系で可愛いし、スタイルだって悪くはない。
性格だって少々潔癖な所はあったけど、勇者に寄り添い、勇者が挫けそうになるときは支え、叱咤し、前を向かせるだけの力があった。頭もよくて要領も良い、拍手したくなるくらいの委員長タイプ。
フィオナには魅力がある。幼馴染みとしてフィオナと一緒にいて引かれない筈がない。
タクトの“好き”は入れ物への執着なんじゃないだろうか。
「知ってるよ。フィオナはそんなにアホじゃない」
「……じゃあタクトの好きは私じゃなくてフィオナに伝えるべきだと思う」
タクトの目が大きく開かれて、一歩、一歩と私に近づいた。
「どうして」
「ど……どうしてもこうしても、普通アホを好きにならないでしょ。外見が同じだから混同してるのかも」
「……まさかお前、アホが顔に出ないとでも思ってるのか?」
な、なんだと……?
「私は、アホ丸出しだ、と?」
神妙な顔でコクリと頷くタクト。
「ユイに変わった瞬間からハッキリ違った」
「な、なんてことだ……」
ブフッと吹き出す音がしてタクトが笑い崩れ落ちたが、それどころではない!
私はどれだけ魔界でアホ面を晒してきたのか……キリッと美少女のつもりで居ただけにかなりダメージがでかい。脳内で美化された今までの映像が全てアホ面でリプレイされる。
私も崩れ落ち、その恥ずかしさが通りすぎるのを絨毯に手をついて待つ。
「ユイ」
「なによ……今人生一デカイ恥に襲われてるんだから放っておいて」
「ユイ」
──甘い、声──
体がピクリと反応して咄嗟に顔をあげると、すぐそこにタクトの顔があった。
「俺はユイがいないと生きていけないらしい」
「っ、それはそういう意味じゃないでしょ」
絨毯についた指の間にタクトの指が差し込まれる。
「そうでもない」
「は?」
「ユイが来てから息がしやすくなった」
見たことの無いくらいの柔らかな笑みに、ドッと心臓が跳ねる。
私の呼吸がしづらくなった。
☆★☆
タクトは1度自室に戻った。待っていろと言われて廊下に居ると、出てきたタクトの手にはコンビニで売ってるバレンタインチョコのような可愛らしくラッピングされた箱が握られていた。
トリュフチョコが6つくらい入ってそうなサイズだ。
赤い絨毯の階段を上り、扉を守るファングさん達に挨拶をして姫の部屋に入る。タクトも遠慮なく書斎を抜けて寝室まで来た。
姫は夜眠れるようになって、ご飯も少しだけど食べる元気がでてきた。今はベッドのクッションに凭れながら読書をしていたようだ。
「ユイさん、お帰りなさい。あら? タクトさんもご一緒ですか」
「うん。エリー姫に話がありゅう──っ」
姫のベッドに座ると私の体がジリジリと、なんともいえないあの感じに包まれた。カツ丼ではカバーしきれなかったMPが全回復したらしい。予想していなかったジリジリに変な声でた。
姫と手を繋ぐとベッドの光魔法が消えて、部屋にランプが灯る。
「タクトさん、話って?」
「あんたで実験したいことがある」
無表情で不躾にタクトは言う。タクトは魔族だからそれなりの対応なんだろうけどなんか少し寂しい。
「危ないことしないでよ?」
タクトは私のことを無視して、カウチソファーの横にあった小さなテーブルをベッドに寄せ、その上に持っていた箱を乗せ、リボンを解いて蓋をとった。
6つに仕切られた中にはトリュフチョコサイズの黒い丸い物が並んでいて、本当にチョコかと喜んだけど、タクトが手に取ると全く違うものだった。
「あ。スキルボール」
「やっぱり知っているか。この前人間界に戻ったときに買ってきたんだ」
「スキルボール……とは、何でしょうか」
首をかしげる姫が可愛い。
「スキルボールは初級魔法を詰めて持ち運べる道具なんです。MPが少なくなってきた時に非常用で使ったりするんです」
今は色が黒だけど、入る魔法によって、火なら赤、水なら青、風なら緑というように色が変わる。
攻撃魔法が入っているなら、投げて敵にぶつければ勝手に魔法が展開される。
防御魔法なら持っているだけでわずかだけど防御のステータスが上がる。
便利アイテムだと思うけれど、1つスキルをボールに入れる度に【持ち物1個】とカウントされるから、上限のある【道具いれ】の要領をやたらと圧迫してすごく邪魔になる。
更に初級魔法しか入れられないから、キャラクターがそこそこ強くなってくるゲーム中盤以降はあんまり出番はない為、その存在感はかなり薄い。
「ユイ、これにヒーリングを入れて、姫に渡せ」
「う、うん」
1つ手に取り、ギュッと握る。
「ヒーリング」
いつもは頭上に円が出てきてキラキラが降り注ぐんだけど、それが起きない。その代わりにスキルボールが光って白い色に変化した。
「エリー姫、どうぞ」
姫の手の上にポンと置く。これといって何の反応もない。
「ユイ、姫の手を離せ」
タクトに言われた通りに姫の手を離す。
すると全回復ベッドが光ることはなく、その代わりとばかりにスキルボールが激しく光り出した。
「これ、このベッドと同じ様な感じが致します」
「えーすごい! 持ってるだけで勝手にヒーリングをしてくれるんだね! じゃあこれ持って屋上行けば戦えるんだ!」
「そう、なんだが……」
画期的な方法なのにタクトは浮かない表情のままだ。何の問題も無いように見えるけど……。
──パキッ──
スキルボールが突然光を失って割れ、ベッドの光魔法が復活した。
「時間切れか。やっぱり初級魔法じゃこの程度だな」
「あ、そっか……」
初級魔法のヒーリングが回復できるHP・MPはほんの僅かだから全回復ベッドみたいに延々癒し続けるなんて芸当は出来ない。
「せめてエクストラヒーリングくらい入れたいよね」
「そうだな。無理だけどな」
タクトが口を尖らせながら、不服そうに人差し指でスキルボールを転がす。
「あ」
「あ?」
私は前世でそれに似たものを知っていた。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字見付け次第修正します!
また読みに来ていただければ嬉しいです。
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