天然ボケのボケは突っ込みに困る。
私とお兄さんはタクトにガッチリ腕を掴まれて、転移陣を使ってあっという間に城に戻ってきた。
中央塔6階の転移陣の部屋からホールに出ると、以前タクトの部屋からお兄さんとダミアンさんを連行していった七三分けの事務官の方がいた。これまた前と同じガヤさん系の厳つい方々が後ろに控えている。
タクトがお兄さんの手をペッと雑に放すと、お兄さんは悪気無く悠然と足を進め、七三さんが1歩前に出た。
「今日は中々楽しめた。お前も息抜きは大事だぞ」
「魔王様、いい加減になさって下さい。誰のせいで遊んでいる場合では無くなったとお思いですか」
「ダミアンだろう?」
「……。」
きっと七三さんは姫を拐ってきたことを責めたかったんだろうけど、自分は関係ないとばかりにお兄さんはフッと鼻で笑った。
あれはどうなのよとタクトを見れば、タクトも呆れたような諦めたような複雑な顔をしていた。
ホールはランプが煌々と灯り、タクトの顔がよく見える。
昼に会ったときと同じでやはり顔色が悪い。
お兄さんの周りで働く人はやっぱり高位の魔族が多いようで、瘴気の保有量も多い。
そうなると普通にいるよりも瘴気に当たる量も当然増える。私に触れれば溜まった瘴気は飛ぶらしいけど疲れまでは取れない。
「ヒーリングかけようか? 疲れてるでしょ」
「いらねぇ。ユイだって昼から外に出っぱなしでMP半分近くは減ってんだろ」
「そこまで減っては……えっ」
ステータスを一応確認すればMPは3分の1まで激減していて、目を疑った。
子どもへのヒーリング15回、鬼ごっこでのエンジェルリングを乱発、ゴムボールではバカデカイ茨の障壁を張った後、タイミングゲージMAXの麗春の長弓を放った。
うん、結構使ったな。しかもほぼお兄さんが原因で減っている。なんというMPの無駄遣い……反省しかない。
「でもタクトにヒーリングかけるくらいは全然」
「気ぃ使うな気色悪ぃ」
「遠慮しないで持ってけヒーリング!」
掴まれてない右手でヒーリングを展開してタクトの顔面にぶち込──
「食らうかアホ」
「いた゛た゛た゛! ギブギブ!!」
かわされて腕を背中に捻られ、更に絞られる。良かれと思ってしたことでこの扱い!
誰か助けてと、周りを見れば子猫が戯れているのを見守るような温かな目付き! 結構酷いことされてますよ! これ普通ですか!? 魔族のスキンシップ激し過ぎる!!
「タクト、ユイじゃれるのもそこまでにしろ」
「あぁ。すみません兄さん」
「じゃれてはいませんし! タクトは同意すんな! そしてまず私に謝れ!」
タクトから放された右腕を痛みを飛ばすように振ると、ククッとお兄さんから笑いが漏れた。
痛がってんのに笑うとは鬼か!鬼なのか!
「魔界にいる間、タクトはユイが居なければ生きていけないからな」
「っ余計なことを言わないで下さい。兄さん」
余計なことというか、その言い方が……まぁ、そのとおりっちゃその通りなんだけど言い方が……というか、突然の話だ?
タクトは焦ったように私の前に出るけど、お兄さんの口は止まらない。
「それ以外のところでは自分で何とかしたいんだろう。男の矜持もわかってやれ」
「矜持……ですか」
矜持って何? と顔に出ていた様で、お兄さんはまた可笑しそうに口角を上げた。
「好きな女に守られてばかりでは格好がつかないということだ」
「っ!?」
「兄さん、本当に止めてください」
怒った口調でそう言うタクトの耳が赤い。
流れ弾に当たったが如く、私まで赤くなった。そうか、そういうことでタクトが揶揄われるとこっちまで被害が及ぶのか。
自分の熱を追い出すように大きく息つくと、お兄さんを連れていきたい七三さんのため息と重なる。
「魔王様、本当にそろそろ戻りませんと」
七三さんがお兄さんを急かすようにそう言えば、お兄さんはまたこちらを振り向いた。
「ユイ、少し待っていられるか」
「え?」
「ボールを射ることが出来たら夕食を奢ると言ったろう。待っていられるのなら西塔の5階の食堂へ来い」
「えっあの賭け生きてたんですか!」
喜びで思わず前のめりになると、お兄さんは嬉しそうに微笑んだが、仲間外れにされたと思ったのか反対に顰めっ面のタクトがすげぇ睨んできた。
タクトは何だかんだ言いながらお兄ちゃん子だからなぁ。
「タクトもいかない?」
「……いや、俺は兄と同じものは食べられない」
「ふぅん?」
王弟でも王と同じのは食べられないのか。しかも王様なだけあってみんなと同じ食堂では食べない……私、行って大丈夫? 何だか急に恐れ多いものになってきた。
場違いという文字が頭に浮かび、オロオロと視線をさ迷わせると、タクトが此方に来いと言うように手のひらを上に向けて人差し指を動かした。
近くまで行くとタクトの顔が急に近づいた。
「っ近い!」
「うるせぇ」
耳横まで顔がきて、タクトの匂いがフワッと香る。
「兄が食べるものはコース料理だが大丈夫か?」
「コ……」
コース料理!?
イヤイヤイヤイヤ無理無理無理無理! 一気にテンションがだだ下がった!!
コース料理なんて小6のときのマナー教室と修学旅行でしか食べたことない!! ハードルが高すぎる!!
「す、すみませんお兄さん! お腹が空きすぎて大変なので今回は辞退してカツ丼食べてきます!」
「む、そうか」
「はい!」
お兄さん達に一礼し、タクトの手をガッチリ掴み、脱兎の如く一目散に逃げたした。
☆★☆
「はいよ、ユイちゃん、カツ丼ね!」
「ありがとうございます」
少し落ち込み気味でカツ丼を熱血シェフから受け取り、壁際の四人席に座るタクトの前の席に腰を下ろした。
タクトはカツ煮定食だ。ご飯には乗せない派らしい。
昼の部から夜の部に移った食堂はお酒の提供もあり、普段からあるダークな雰囲気は更にそれを増して、バーとかそんな感じになる。
心底カツ丼が場に似合わない。
「納得行かない。なんで私が罰を受けるの? むしろ率先してお兄さんの捕獲をしていたんだけど」
先ほど食堂に来る前にダミアンさんの所に給料を貰ったらタクトがすべてを報告し、角カチューシャ3日間の罰が下った。
「最後は共謀して遊んでたろ。……まぁ不憫にも思うからこれを恵んでやろう」
カツ丼が乗ったトレイにタクトの茶碗蒸しが乗せられた。
お兄さんと別れ、仲間外れを回避してからタクトはやたらと機嫌がいい。
「タクトはブラコン……」
「そこに行き着くまでの経路を全部話せ。全部だ」
圧が凄い。
茶碗蒸しを取られる気配がして、軽く立ち上がり、茶碗蒸しとカツ丼に覆い被さるように庇うと、舌打ちが聞こえてきた。今回ばかりは私の方が上手だったな。茶碗蒸しは既に私のものだ。うはは。
「タクトがお兄さんとご飯食べられないのに、ポッと出の私にそのポジションを奪われなくて安心してるのかと」
「──ことごとくアホだな」
覆い被さったまま顔も見ずにそう言えば頭に少しの揺れを感じて顔を上げた。
「──っ」
タクトがユルユルと私の頭の角カチューシャを撫でている。
まっ、て。これは習った。ダミアンさんに習った。
知ってることを知っている様に上がるタクトの左の口角。
──男女の求愛──
「タク」
「ユイが他の男と飯に行かなくて良かったと思っただけだ。忘れたんならもう一回言っておくか? 俺はユイが好」
「ぎゃあ!! もういいです! ホントすみません!」
「キスしていいか」
「おかしなスイッチ入れるなバカ野郎!!」
くっ、くそ! 場の雰囲気も相まってタクトは色っぽく見えるが、その奥に確実に揶揄いが浮かんでいる。
タクトの手を必死に払い、雑に椅子に座って割り箸を割り、カツ丼を一口食べた。
出汁の香り、卵の半熟具合、サクッフワッジュワなお肉。汁の染み込んだご飯。最高なんだが心臓が激しすぎてそれどころじゃない。
「タクトは何でご飯お兄さんと食べられないの? タクトが一緒に食べてても文句言われないと思うんだけど」
なんせ城ではかなりの人気だし、年の離れた兄弟だけあってお兄さんもタクトを可愛がっている感じがする。
「兄の食事には魔界でとれた食物が使われているから、俺……いや、普通の魔族は食べられない」
「え、じゃあ」
タクトはカツをツンツンと箸でつっついた。
「こういう食材は人間界から持ってきている。魔界で育った食物は魔界の瘴気を栄養に生きているから、かなり瘴気が強いんだ」
「でもお兄さんは食べられるの?」
「あぁ。兄の瘴気量と質は特別だといったろう? それに逆に兄は食べなきゃならない。兄より瘴気が強い奴は魔界には居ないから怪我をしても治癒の方法がない。だから常々食事で摂取しているんだ」
「じゃあ私も食べられないじゃん」
「ユイは大丈夫だろ。お前の体は常に瘴気を浄化し続けてるから」
「そう、なんだ」
頭に浮かんだのはお兄さんの嬉しそうな顔だった。
私はこっち来てからタクトとか姫とか誰かと常に一緒に食事をとってるから平気だったけど、ご飯一人って結構寂しい。
「タクト」
「ん?」
「やっぱりお兄さんのとこで食べようよ。楽しいこと増やせば脱走減るかも」
「だから、そうしたくても兄と同じ食事は」
「これ持って行こう」
カツ丼のトレイを持ち上げて席を立つとタクトの猫目が真ん丸になった。若干可愛い。
「お前、本当にアホなこと考えるな」
そう言って、トレイを持って立ち上がったタクトはどこか嬉しそうで、やっぱりブラコンだと思った。
タクトが西塔の食堂のスタッフを言いくるめてお兄さんを待つ。少しして何も知らないお兄さんが入ってくると、タクトと似た猫目が同じように丸くなり、そして弧を描いた。
長いテーブルのお誕生日席に、大きな体でいそいそと座るお兄さんもやはりどこか嬉しそうだ。
今度はダミアンさんとかも来れないかな。あ、姫も……。
「あ、そうか」
「どうした?」
タクトが不思議そうに私を伺う。
「ご飯、シェフのご飯持ち運べるなら、HP、MP回復するし姫も来れるかなって」
「──そう……かもだが、姫はここへ来ることは許可されていない」
「はっそうだった!」
屋上でご飯なんてそもそもお兄さんが来てくれないだろうし……何かお兄さんと関係を持てるような何か手はないものか。
眉間にシワを寄せながらお兄さんを見れば、お兄さんの視線は私の頭にあった。
「ユイはいつまでそれをつけてるんだ? 気に入ったのか?」
お兄さんがついに私の頭に突っ込みを入れてきた。ボケ担当に突っ込まれる悲しさったらない。
“こんなことになったのはあんたのせいだよ”と言ってやりたいが魔王に喧嘩を売る勇気もない。
「兄さんの片棒を担いだので、罰としてダミアンさんに3日は外さないように言われたんですよ」
「ほう。たまにはアレも良いことを考えるな」
ニヤリと笑った口許を隠すようにお兄さんはナプキンで口を拭く。
「「は?」」
タクトはちょうどご飯を飲み込み、私はカツを口に入れたところだった。
「愛らしいからな、触れてみたくなる。ユイ、お前俺の嫁になるか?」
「ブホッ──っゴホッゴホッ」
折角のカツを盛大に吹き出した。
タクトも唖然としてお兄さんを見ている。
そんな私達を見てお兄さんはしてやったりという顔で笑う。
「冗談だ」
どこからどこまでが冗談なのですか。
とてもじゃないけど聞けなかった。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字見つけ次第修正します!
誤字報告ありがとうございました(*´-`)
また読みに来て頂けたら嬉しいです。
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