逃げスキルの高い相手と鬼ごっこすると永遠に鬼。
「太陽沈んだのかなぁ」
あれから2本光魔法の矢を射ったけど、光が指すことは無い。タクトの顔を見れば眉間にシワを寄せて神妙な顔をしている。
「瘴気で埋まったってのも考えられる」
「ぐぅ……許すまじ瘴気」
2人して空を眺める。遠くでは雷が轟き、さっきレーザーのような太陽光が射したことが嘘のようにいつも通りだ。
瘴気雲をぶち抜くのは一射ごとにかなりのMPを消費するようで、MPMAXから3回が限度だった。これ以上は魔力切れの可能性がある。
しょんぼりと肩が落ちる。
「不甲斐ない」
「ふっ、効率も悪いしな。もっと良い手を考えたほうがいいな」
笑いながら更に追い討ちを掛けてくる安定のタクト。
慰めるという言葉を知らないのかこの野郎。
タクトをジト目で睨むと、目が合いそらされた。こいつ本当に私の事が好、きな、の、か……?
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「なんだ突然」
「居たたまれなくなった」
「はぁ?」
今はタクトのことを考えている場合じゃない。姫だ。姫の恋だ。
思考が他に移らないように「良い案、良い案」と唸りながらこの日は初任給で鯖定食を食べた。
サカナを食べると頭が良くなるらしい。
☆★☆
次の日、城での仕事もそこそこに私はガヤさんと2人で街へと来ていた。
篝火の燃える広場に簡易テントを張り、出張ヒーリングが開催されている。
随分前に転んで脚を折ったんだけど、未だに痛いという4歳の男の子がお母さんと恐る恐るやってきた。
私の事を何も知らないの街の人が光魔法の小娘の元に治してくれとやって来るのは一重にガヤさんの人徳だ。
目をギュゥっと瞑り、不安そうな顔の男の子にヒーリングを掛けると、ポカーンと口を開き、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ありがとうキラキラのお姉ちゃん! すごいもういたくないよ!」
「どういたしまして。痛いときはまた言ってね」
この出張はガヤさんからの提案だった。
基本的に魔族は怪我や病気をすると、自分より少し強い瘴気をもつ魔族に瘴気を流してもらい治癒する。
だけど、赤ちゃんや幼い子どもの治癒の場合、瘴気を流す側も子どもなので危険が伴う。大量に流しすぎるのもまた毒なのだそうで、子ども同士の瘴気による治療は禁止されている。
薬草などを使用するんだけど、効果はいまいち期待できないらしい。だから魔族は出生率がそれなりでも成長できるのはその半分の確率なのだと教えてもらった。
「本当に光魔法が魔族にも効くのですね。ガヤ様」
「あぁ。俺も初めて見たときは驚いた。おい坊主、間違っても他の奴の光魔法を受けたりするんじゃねぇぞ! ユイは特別だからな」
「うん! わかったよガヤ!」
「こら、ガヤ様でしょう! ありがとうユイさん助かったわ」
少年のお母さんにノートにサインをもらう。顔の広いガヤさんの力添えもあって、15人の子どもを治療することが出来た。
今日もちゃんとご飯が食べられる事に心の底から安堵した。ひもじい思いをするのはもう嫌だ。
感無量の思いでノートを抱き締める。私の胃袋はカツ丼を入れるスタンバイが既にできている。
「帰るかユイ。タクトも首を長くしてユイの帰りを待ってるだろうしな」
手慣れた様子でガヤさんとがテントを畳んで大きな鞄に入れ、その鞄を肩に掛けた。ガヤさんが持つと簡易テントが全て入ってしまう袋がすごく小さく見える。
「タクトはお兄さんの代役で私どころではないと思いますよ?昼に会ったときは大分げっそりと……」
「どうした?」
「いえ、あの人」
魔界の街は、昼夜関係なくあちらこちらで松明が燃えていてかなり明るい。
私が気になった人は、その篝火の影を選ぶように歩く青年だった。タクトに少し雰囲気が似てるけど、小振りな角があるし背も少し高い。
「あいつがどうかしたのかユイ……まさか一目惚」
「違います」
イケメンはあくまでも鑑賞するのが好きなんだ。惚れっぽいわけではない。
2人で凝視していると青年がこちらに気づき、私と目があった。
あ!!!
「っ! エンジェルリング増し増し!!」
「は!? 急に何だユイ!! こんな往来でやめろ!!」
焦ったようにガヤさんが止めようとするが私の“素早さ”は彼より確実に上だ。
狙いを定めて勢いよく投げる! リングが青年の真上に来るタイミングで輪を小さく────青年がおもむろに自分の背に手を回す。
その手が再び前に来たとき、彼の手には黒く燃える剣があった。沸騰するような音を立てながらリングが朽ち、ボロボロと地に落ち消えた。
「やっぱり!! あの人捕まえます!!」
ガヤさん置き去りにしてトップスピードで走り出す。
「はぁ!?」
「あの人! タクトのお兄さん!」
「魔王様ぁ!?」
それからの大捕物は凄まじかった。
ガヤさんは風魔法で門に残した仲間に連絡を取って魔界から鼠一匹逃がさない体制をとり、即座に数人の仲間を転移で呼び、街全体での鬼ごっこ。
私もリングで捕獲を試みるけど全てかわされ、1時間経っても捕まらず、諦め掛けた時にお兄さんは「楽しかった」と笑いながら私の元に現れた。
お兄さんのステータスの高さをまざまざと見せつけられる羽目になった。
「魔、王様、城へお戻り、下さい」
「わかったわかった」
ぜぇぜぇと肩で息をするガヤさん。ゲートキーパーは鬼ごっこには不向きらしい。
「お兄さん、その格好は?」
「あぁ。人間の格好に作り物の角を付けただけだ。いつもはバレないんだがユイは鼻が良いんだな」
ポンポンと頭を叩かれたあと、まさに犬の頭を撫で回すようにワシャワシャと雑に掻き回された。
顔の造形は変わっていないけど、身長も180cm程で、瘴気を押さえているのか威圧的な感じはなくて、爽やかな雰囲気が漂うただのイケメン。
姫が惚れるだけはある。
しげしげとお兄さんを眺めていると、彼はカチューシャタイプの小さな角を外して屈み、私の頭にそれを付けた。
顔前10cmのイケメンに思わずたじろぐ。
「あぁ。可愛いな」
「っ」
クッソ甘い!! 本当にアレの兄なのか!? 顔が良ければ何したって良いと思うなよ! このやろう!!
思わず全力で地団駄を踏むと、お兄さんは笑いながら身をひいた。
「魔王様、直ぐに転移陣をはりますので」
「いや……歩いていこう」
「お兄さん、どんだけ仕事したくないんですか。タクトに皺寄せが行ってるんですよ?」
「アレはマメだからな。半分人間じゃなかったら魔王なんて直ぐに譲ってる……あぁ、俺は仕事が嫌いなわけではない。デスクワークが向いていないだけだ。勘違いするなユイ」
私は食えるか食えないかのギリギリで働いてるって言うのにトップはこの体たらく。
結局、お兄さんには逆らえず3人でゆっくり城へと歩く。
レンガ造りのわりと整備された街並み。だけど、あちらこちらの建物にツタが這って少し怖い。当たり前だけど、この街もゲームと一緒だ。
もうすぐ街を抜ける所の広場で、子どもが数人遊んでいた。
バットとドッヂボール球くらいのサイズのゴムボールを持っている。
「ガヤさん、あれ何の遊びですか?」
「あー。バットでボールを空に向けて打ってどれだけ高く上がるか、時間を数えて競うんだ。勝った奴は全員の持ち寄った菓子を総取りできる。子どもの遊びだ」
「へぇ」
ボンっと詰まったような音を出したボールは5メートルほど昇って落ちてくる。
ギャハハと楽しそうな笑顔が微笑ましい。子どもはどこの世界でも無邪気だ。
「面白そうだな。俺はやったことがない」
「「は?」」
「おい、子ども! それちょっと貸してくれ」
「ちょっ」
お兄さんが子ども達に向かって迷い無く歩いていく。私たちもその後を追う。
「ガヤ、ユイ、夕食を賭けようか」
ゆ、夕食だと?
「……良いでしょう」
腕捲りをしながらユラリとお兄さんに近づくと、いい度胸だとでも言うようにお兄さんがニヤリと笑った。
「おい、こらユイ。止めろ、俺がタクトに睨まれる」
「言わなきゃわかんないですよガヤさん」
「顔が悪党だな。お前、本当に光魔法保持者なのか?」
散々なガヤさんの言い様を無視し、お兄さんに視線を戻すと、お兄さんはバットを持ち、ボールをポーーンと真上に投げた。落ちてくるボールにタイミングを合わせ、フライを上げる野球のコーチのように打つ。
ゴウッという物凄い音のフルスイング。
バットに当たったボールの形は完全に変わった。割れなかったのが奇跡。
一瞬で天高く上がったボールは瘴気の雲に消えていった。
魔王の本気は凄かった。
子ども達と通行人を含めた広場の全員で瘴気の空を見上げるが落ちてこない。
30秒経った。一抹の不安がよぎる。
「い、茨の障壁!」
空に向かってバリアを展開する。広場全体。いや、もっと広く。径100mは範囲を広げた。
「何してるんだユイ」
首をかしげながらお兄さんが聞いてくる。髪がサラリ落ちてイケメンに色気がプラスでうっとり──そんな場合じゃない。
「こんなに落ちてこない高さからボールが落ちてきたら流石にヤバイと思いました!」
ビルとか飛行機からの部品落下は前世でもニュースになっていた。ゴムボールとはいえ、当たったら確実に死ぬ。
「だかユイ、これだとまた飛んでいくぞ。いつまでバウンドさせる気だ」
「は、確かに!」
「上で割れてる可能性もあるしな」
お兄さんの的確な突っ込みに、バリアを消した瞬間ボールが瘴気の雲から出てくるのが見えた。風に押されたようで少し向こうに落ちてくる。
「っ“命の芽吹きをたすく一射・麗春の長弓”」
「打ち抜くつもりか? 面白い。当てたら夕食を奢ってやろう」
「マジですか!」
目的が街の安全から夕食の確保に完全に切り替わった。
ガヤさんのため息が聞こえるが知ったこっちゃない。
動くものは狙ったことがないけれどやるしかない。タダ飯がかかっている。
照準をあわせてタイミングゲージMAXで放つ。
「おぉ」という歓声と共に矢は放物線を描きボールにささり粉砕した。光魔法の残骸がキラキラと落ちてくる。
よしっと小さくガッツポーズを決めると、袴をツンツンと引っ張られる感覚がして振り向いた。
「僕たちのボール……」
そこには涙目の子ども達。
でもそれよりその後ろに立つタクトを見て私の瞳孔は完全に開いた。戦意喪失で弓が消えて服が戻る。
「なん……で、タクト……」
「あ、新しいボールを買ってやろう!」
「ガヤさんズルっ!」
子ども達数人を抱えて逃げたガヤさんを追おうとしたら、ガシッと腕を捕まれた。ちなみにお兄さんはもう捕まっている。
「人がクソ忙しく仕事してる間にお前らは呑気に賭け事か」
「違っ」
「こんな角までつけて楽しそうだな」
お兄さんにつけられた角のカチューシャを指でピンと弾かれた。何か、何か話を変えないと殺される。
「に」
「に?」
「似合う?」
「「───」」
くっ!! クッソ恥ずかしい!!
マジで無言は止めてくれ!
タクトの瞳が深緑に変わる。
「いい度胸だな」
やっべぇ!! 本気で怒っていらっしゃる!
地獄の低音ボイス。半分人間でも半端ない魔王感!
「す、すすすすすみませんでしたぁ!!!」
その後、城に戻り、全てがタクトによりダミアンさんに報告され、3日間の角取り外し禁止の罰が下った。
罰の意味がわからない。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
また読みに来て頂ければ嬉しいです。
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