その光の意味【タクトside】
本日2話投稿しています。
これが2話目です。
「それで? 何の話をしにきたんです?」
完全にわかっているような空気を出しながら、ダミアンさんはわざとらしくペンを置き、デスクからソファに移動した。
ガヤに背中を押され渋々昨日と同じ場所へ座ると、ガヤは隣に腰を下ろした。
ガヤが話す気満々の前傾姿勢でいるのでダミアンさんの説得は任せることにした。過程は違うが、ユイを別の場所にという希望は同じだ。
「ダミアン、単刀直入に言う。あの娘を他の場所に移動させろ」
「なぜです?」
「あの娘があそこにいる危険性を考えていないわけではないだろう」
ダミアンさんはリラックスするように背もたれに完全に体重を預けて話を聞いている。その姿勢もこちらをイラッとさせる。
「私なりに考えての配置なんですけどね。彼女はあのフロアに集うような者には負けませんよ? 彼女の力がわかりませんか? ガヤ」
「わかる。わかるから言っている。だが下層にはわからない者しかいない。ダミアン、お前はあいつらを見捨てるのか」
「見捨てるも何も彼女は誰も殺せませんから」
目を細めてダミアンさんをガヤは睨む。
コイツは力も強いし親分肌で、その包容力から誰からも好かれる。どんな下っぱでも見捨てることはない。
「世迷い言を……どれだけの魔族が人間に殺されてきたと思う」
「世迷い言ねぇ」
ニヤニヤと笑うダミアンさんは俺にチラチラと視線を寄越す。“誤解されたままでいいんですか?”という言葉が聞こえてきそうだ。……仕方がない。
「あのなガ」
俺の声を消し去るようにドン! とガヤがテーブルを叩く。
その手は怒りに震え、血管が破けそうなほど力が入っているのがわかる。
「ダミアン、お前はおかしな奴だとは思っていたが、そこまで薄情な奴だとは思わなかった!」
「──ちょっと失礼じゃないですか?」
「俺に振らないで下さい」
ダミアンさんは相手をするのは面倒臭いという雰囲気を出して溜め息を1つつき、ガヤを睨んだ。
「彼女は目の前で自殺した魔族を蘇生魔法で復活させた前例があります。ねぇタクト様、身をもって経験しましたね」
「────は?」
「っダミアンさん、それは!」
冷たいものが背中を走った。ガヤに鬼の形相で睨まれている。フィオナに殺されないためのアドバイスはもちろんガヤからも受けている。
ダミアンさんに視線を戻すと、飽きたとばかりにあくびをした。この変態クソ野郎、ガヤの怒りの矛先を変えやがった。
「本当か」
「……そうだよ」
「後でゆっくり話は聞く。逃げるなよ」
重低音。こういうガヤは本当に面倒臭い。心底面倒臭い。
「……にわかには信じられん。人間が魔族を助けた?
それに蘇生といえば光魔法だろう! なぜ魔族に害にならない!」
「アレは少しおかしいんだ」
「なんだそ──」
脱線した話を戻すようにパンパンとダミアンさんが手を鳴らし、邪魔だとばかりに俺たちを睨む。
「タクト様はどんなご用件で? まさかガヤと一緒でしたか? それならもう終わりましたのでお引き取りを」
手のひらを上に向けて退室を促すポーズを取る。既に入室したときの笑顔は消え、心底面白くなさそうな無表情になっている。
「俺の話は……ユイをそもそも危険な目に合わせたくない。フロアを変えてくれ」
俺の希望を伝えると、ダミアンさんは狐のような目を大きく開いた。
「危険な目……ふっ、はははっ!」
「何がおかしいんですか」
ダミアンさんは腹を抱えて笑い始めた。
唖然としてダミアンさんを見ていると、笑い疲れたように顔が上がった。
「はぁ……だってタクト様、ふふっ、ここをどこだと思って彼女を連れてきたんですか」
「それはっ」
「魔王城ですよ?」
その目に一切の笑みはない。
「守られてばかりの人間が安全にいられるところなんて、そもそもこの魔界にはありません。彼女と共にここに有りたいなら彼女自身が魔界に認められる必要がある」
「……兄はユイを歓迎したのでは?」
「魔界は一枚板ではありませんから、寝首をかかれないという保証はありません。何しろ彼女と戦っても殺されないのですから目障りだと思えば全力で殺しに行けます」
ダミアンさんの言っていることは多分正しい。
ユイがこの世界で生きていくにはそれなりの力を見せることが必要だ。それには下の者にキッチリと力の差を見せつける事が最短だ。
正しいことだが……俺は……。
「それでも俺はユイを守ってやりたい」
「……彼女がそれを望まなくてもでしょうか」
「そんなの俺の勝手だ。やりたいようにやる」
──見られている。
「ふふ、実に魔族らしい。ユイさんと共に魔界に来てからのタクト様を好ましく思いますよ」
──確実に見られている。
「ダミアンさんに好かれても嬉しくもなんともないです」
「おや、そうですね。好きだと囁かれるならユイさんからがよろしいですね」
──くそっ
耐えきれず、今度は俺がテーブルをパァン! と叩き立ち上がった。
「ニヨニヨ笑いながら見るなガヤ!! うぜぇ!!」
「いや、だってタクト! お前っ! 片想いなのか!? きょっ協力するか!?」
「いらねぇよ! 筋肉ダルマは門でも守ってろ!!」
「俺は仕事にプライドを持っている!」
「そんな話は──」
その時、微かな振動を感じて全員が扉に視線を向けた。
バタバタと廊下を走る音が聞こえ、この部屋の扉が焦ったように叩かれる。
「ダミアン様! 大変です!!」
「入りなさい」
ダミアンさんはゆっくりと立ちあがり、俺の横を抜けて扉の方に歩いていく。
扉が開くと、そこには食堂の雑用の服装をした少年が立っていた。
食堂……足元からザワザワと震えが走り、話を聞こうとダミアンさんの後ろに付いた。
「何かありましたか?」
「光魔法の少女が食堂で魔族相手に戦闘を仕掛けました!」
「は!?」
瞬間的に少年の胸ぐらを掴んだ。
「そんな筈はない! 何かの間違いだ!」
「だから言ったろう!! とりあえず現場に行くぞタクト」
ガヤも立ち上り、転移陣へ向かう。
俺の立場なんて捨ててもやはり先にユイのところへ行くべきだった。
一気に東塔3階まで飛ぶと、ヤジと魔法による攻撃音で耳が潰れそうなほど酷い有様だった。
ユイは複数バリアを展開し防戦一方。足元には光魔法で縛られた魔族が3人。あいつらのことも守っているということは簡単に見てとれた。
「ガヤ」
「あぁ。誤解……だったようだな。ここは任せろ───何をしてるんだお前ら!!」
親分ガヤの登場で、場は面白いほどに静まった。
ユイはガヤの顔を見て青くなり、俺の顔を見て眉間にシワを寄せた。
まだ怒っているようだ。
そして俺は妙案を思い付く。
隣には恋愛脳筋肉ダルマのガヤ。目の前にはアホ代表のユイ。そしてこのフロアには少し考えの足りないアホが勢揃い。
「初めてでもないだろう」
少し含みを持たせればあっという間だった。
このときの俺はかつて無いほど黒い笑みを浮かべていた自信がある。
午後、兄が逃げたあとの執務を変わって行い、終えた頃には城中に俺とユイの噂は広がっていた。
ユイが城で過ごしやすくなる。そのくらいの軽い気持ちでいた。
ユイの仕事場へ向かうと丁度ユイも終えたところだった。
その様子からまだ怒っているようだった。
謝っても腑に落ちない様子のユイ。嫌だったのか? と問えば、余りに予期せぬ答えだった。
好きな奴がいる。
心臓が浮く感覚。血が引く感覚。
話の内容から確実に俺ではない。
こちらを見てほしい。
俺を見てほしい。
「俺はユイが好きらしい」
気が付いたら溢れていた。
真っ赤に染まったユイを見て、歪にも心が安堵を手に入れる
欲しくて欲しくてたまらない。どこぞの誰かが妬ましい。
ユイの中から消し去りたい。
俺で全て上書きされればいい。
重い。自分でも理解してる。ちょっと想いが重すぎる。
逃がす気は更々無いが少しだけ逃げ場を作ってやると、ユイはいつも通り笑ってくれた。
屋上へ行くとユイは本当に予想外な事を言い出した。数千年現れていない魔界の太陽を出すのだという。
見たことの無い長さの弓。軽装にも見える防具。
初めて聞くユイとして生きていた頃の話。寂しそうな表情で思い出すのは何なのか。
好きな奴を思い出しているのかもしれない。そう思うと、ユイの気を引きたくて自然と強化魔法をかけていた。
自分の子どものような行動に、少し大人びた笑みでお礼を言われ焦燥感は更に増す。
瘴気の塊を見つめるユイは俺の知っているアホなユイではなかった。
肘を引くだけの弓とは違い、真上から美しく下ろされる腕に引かれ弧を描く弓。その凛とした姿勢。
場の空気がピンと張る。
何かを待つように止まったユイの体。息が止まるような数秒。
弓が手の甲に返り、轟音と共に光の矢が空に消えていった。
全てが俺の知るユイでは無かった。
「ユイ、大丈夫か!?」
不安を消すように声をかけるといつものユイだった。
ホッとしたのも束の間、空から一筋の光が落ちた。
太陽の位置が変わったのか、瘴気で埋まってしまったのか、すぐに見えなくなった。
少しイメージとは違ったが、とんでもないことだった。
この瘴気は消えない。そう言われてきたものが根底から覆る。瘴気を養分として成長するものしか育たない不毛な大地が蘇る可能性がある。
ダミアンさんが面白がるのが目に浮かぶ。
ユイは魔界で自分の地位を確立するだろう。
うかうかしていられなくなった。
ユイの手を強く握る。
俺は誰にもユイを譲る気はない。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
また読みにきて頂けると嬉しいです。
評価、ブックマーク、感想とても嬉しいです!!ありがとうございます!