センチメンタル? いや、そんな場合じゃない。薄情系の愛情表現がわかりにくすぎる。
「あんたがタクト様の彼女?」
「違います。じゃあヒーリングかけまーす」
「──っ」
タクトが否定をしなかったせたせいで、昼が終わる頃には城中に私がタクトの彼女だとデマが広まった。
“タクトの彼女”という肩書きはブランドなようで、午前中とは打って変わって私の仕事場は、大したことない怪我から大怪我、古傷まで不本意ながら大賑わい。
常に廊下に面するガラスから誰かしら覗いている。午前中にも増して見世物感がすごい。
「本当に……治るのね。古傷まで無くなってるわ」
「良かったです」
ヒーリングをかけると言った瞬間、体を強ばらせ顔をしかめたスタイル抜群のお姉さん。
傷が治ると嬉しそうに微笑んでくれた。
ブロンドで紫の目。うっかり女王様と呼びたくなるような体にピッタリとくっついた黒い革の服。
ボンテージっていうのかな……?
左のワンショルダーで、右脚はハイレグなのに左脚はくるぶしまで隠れ、見事なピンヒールを履きこなす。
尾てい骨からは矢印みたいな定番の尻尾が生えていて、脚を組んで座る姿は、椅子がただの丸椅子なのに迫力がある。
何人かこんな格好の人を見ているから、それがこのお姉さん達にとっては普通なんだろう。
「で、タクト様をどうやって落としたの? 色仕掛け……では無いわよね」
「失敬な」
結局皆気になるのはそこらしい。もう何度『違います』を言ったかわからない。しかも全員『恥ずかしがらなくていい』と言って去っていく。
ちゃんと否定してるのに何でなんだ。人徳の差? いや、考えるの止めよう。落ち込んできた。
「そんな物騒なもの仕掛けませんけど私だってそれなりに……色気は……」
フィオナはメインキャラクターだけあって顔は可愛いと思う。幼女キャラの可愛さではないし、スタイルだって悪くない……が、目の前のお姉さんと比べれば残念ながら確実に色々足り無い。思わず尻すぼみになってしまった。
お姉さんはそれを察してか、アハハと中々に豪快に笑った。
失敬な。
「そういえばタクトは?」
「これから魔界に住むので色々準備があるらしくてガヤさんと一緒に行動してます。瘴気にやられる前には帰ってくると思いますよ」
「“帰ってくる”ねぇ。まるで奥さんみた~い」
「っ! 私は瘴気避けなんだから仕方がないじゃないですか! 揚げ足とらないでください」
お姉さんは組んだ脚に肘をのせ、その手に顎をのせながらニヤニヤと笑う。赤いネイルが色っぽい。
「ふふっガヤは転移が使えるから連れ回すには妥当ね。久しぶりに会って話したかったんだけど仕方ないか」
大人の笑みを浮かべるお姉さんに思わずドキッとしてしまった。
タクトとどういう関係なんだろ……いやいや。私にゃ関係ないし。
「タクトは半分人間なのにやたらと好かれてますよね」
お姉さんはキョトンとした顔をし、また声を出して笑う。
「強いからね。魔界では何よりそれが優先されるの。最初に見たのは何歳だったかしら12? 13? くらいのタダの細いチビでね、レベルも最低だったのよ」
「そうなんですか」
「えぇ、底辺からの下剋上が本当に痛快だったわ。オレアンダー様に闇魔法を習い初めて、色々な奴と戦って独自に戦術練り上げて、どんどん強くなっていってね。私なんて3ヶ月で負けちゃったわ」
何でそんなに強くなる必要があったんだろう。
しっかりとタクトの昔話を聞いたのは初めてだ。お兄さんからフィオナを殺す話が出たときいた時は、タクトに聞けと言われたし。
「魔王の血筋とかじゃなくて、タクトは自分の力で魔界での地位を得たんですね」
瘴気さえ大丈夫になれば、タクトはオールクリアじゃないか。
私、私は……。
自分の手を見つめてニギニギと開閉する。
このレベルはタクトがくれたもの。
魔界に連れてきてくれたのもタクトだし、仕事を考えてくれたのもタクト。
場所を準備してくれたのはダミアンさん。
今の状態だって“タクトの彼女”というデマの産物だ。
私は完璧に流されてここにいる。そして私自身の魔界での立場は今日の朝から昼までで証明されてしまった。
タクトと姫は必要としてくれるけど、あくまでも生命維持装置……いや、空気清浄機的な役割だし。
私、なんもないな。
あ、やべぇ気分落ちてきた。
外でドーンと雷も落ちた。
その音に反応してお姉さんと私は窓の外を見る。
「あら、今の稲妻は中々綺麗ね」
「そうですね。魔界はずっとこの天気なんですか? いつも紫の雲があって太陽が全然見えない」
そういえば、この世界に来てからまだ太陽見てない。何となく気分が乗らないのはそのせいもあるのかもしれない。
しっかりしろと頭をフルフルと振った。
「雲……? あぁ、あれは瘴気よ。太陽なんて何千年も出てないと思うわよ?」
「っ、え!?」
「太陽には瘴気を浄化する作用があってね、魔界の太陽は人間界のソレより少し日差しが弱いらしいわ。それに魔界には瘴気の噴出孔も沢山あるから、長い年月かけて溜まってったって聞いたわよ」
太陽の光をほぼ通さないほどの瘴気って……上空何キロまで続いてるんだろう。
「じゃあ、行くわ。普段の治療よりあんたの方が簡単だからまた来るわね。タクトによろしく」
「ありがとうございます。お大事に」
お姉さんは、ダミアンさんに後で提出する日給ノートにサラサラと名前を書いて帰っていった。
『アビス』って読むのかな?
この世界の文字はアルファベットを少し可愛くアレンジしたような文字で、綴りは英語だ。難しくないのならなんとか読める。
「あれは瘴気だったのか」
雷鳴の聞こえる紫の雲を眺めながめながら、ノートを1枚切り「We're closed for the day.(本日閉店)」と書き、出入り口の扉に貼った。
店じゃないけど……まぁいいか。
食堂は夜の時間に向けての準備のためか一旦閉まっていて、奥でガチャガチャと皿洗いの音が聞こえる。
廊下には疎らに数人いるだけだ。
「今日は終わりか?」
「げっ、タクト」
東塔の3階に来る為の転移の陣がある部屋の方からタクトが少し疲れた顔をして歩いてきて、私が貼った紙を見ている。
良かった、ちゃんと読めてる。一応、英検でもTOEICでも年齢に見合った点数は取れてたけど、でももうちょい勉強しとけば良かった。人生何があるかわからん。
「その『げっ』ってのはいつ無くなるんだ」
「永遠に無くならないんじゃないかな」
タクトには恩しかないけど、体で返す気は毛頭ない。手チューされたくらいは、まぁ……流せるけど、流石にあれはない。
自然と冷たい態度になってしまうのは、仕方がないことだと思う。
「姫のとこに戻るのか? それともダミアンさん?」
「……その前に屋上。試してみたいことがあるの」
「ダミアンさんとの契約諦めてないのか?」
「私次第って言ってたから出来ることやろうと思って」
「ふぅん」
タクトはいつものように私の手を掴み、少し前を歩き出す。きっと一緒に屋上へ行くんだろう。
タクトが魔界で過ごすために私に触れることはしなきゃならないんだけど、あんなことされた次の日なんだ。意識しない方がおかしい。
心拍数は跳ね上がり、少し固くなったのは自覚している。
というか、何でタクトは普通にしていられるの?
「……女慣れしてる」
「なっ!?」
ボソッと呟いた言葉に、タクトは焦った様子で大袈裟に振り向いた。
「なんと、自覚がある!」
「違う! どうしてそうなった!!」
「あまりにも自然だから慣れてるのかと」
「んなわけねぇだろ……」
呆れたように素っ気なくまた視線を前に戻すけど、耳が少し赤いのがわかる。なるほど、これはポーズか。昨日のことを気にしているのは何となくわかる。
「もうしない」
「……それだけ?」
「~~っくそっ同意も得ずにあんなことはもうしない! 悪かった! これでいいか!?」
タクトはこちらを見ようとしない。口では謝っているが、どこまでも偉そうでこれは私が知っている謝罪ではない。
「こちらを向いて謝罪するなら考える」
「お前っ、結構しつこいな……」
「口きいてあげてるだけでも優しいでしょう」
「──」
躊躇するようにゆっくりと振り向いたタクトの頬は赤くて、少し困ったような、そんな情けない顔だった。
見下ろされるのは癪だけどまぁいい。
「昨日の、そんなに嫌だったのか」
「まぁ、好きな人としたかった。初めてだったし」
「いるのか」
「……いる。けどもう二度と会えない」
私の返答は予想してなかったのか、タクトの目が大きく開かれた。
そりゃそうだ。
私だって気付いたのはタクトにキスされてからだ。
頭をよぎったのは敬太だった。
敬太には彼女がいたから確実に振られるだろうし、前世で好きだと自覚しても告白はしなかっただろう。
こんなことになるなら告白しておくんだった。
フィオナが勇者のことを一途に好きだったのは敬太の事があったせいなのかもしれないな。
『もし』とか『万一』で行動するのはあまり好きじゃないけど、次に好きな人ができたなら、フィオナみたいに大胆になってみるのも良いのかもしれない。
掴まれた手が痛いほど握られて、私を現実に引き戻した。
「悪かった」
私を見下ろす目は深緑。タクトは怒った時や真剣な時この目の色になるっぽくて、どうやら心からの謝罪のようだ。
「今度からしたくなったら言う」
ん?
「したくならないでしょ」
「いや、なる」
何を言ってんだこいつ。
「俺はユイが好きらしい」
耳で聞き、頭が理解し、全身に熱が溜まり、掴まれた手を振りほどこうとするが更にガッチリと掴まれ、『離せ』『嫌だ』と、私の手の奪い合い(意味がわからない)のバトルが始まるのは、突然の告白から5秒後のことだった。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
また読みに来て頂けると嬉しいです(’-’*)
評価、ブックマークありがとうございます!