表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/68

約束を守るための約束ってエンドレスな気がする。

いつもより少し長いです。

「そもそも許可できませんね」


 中央塔8階、壁一面の本棚、ダミアンさんの執務室。


 書類の積まれた大きなデスクに片肘をつき、羽ペンを片手にダミアンさんはニコニコと目の前に立つ私を見上げている。


「どこの世界に人質に自力で逃げ出せるかもしれない程の力をつけさせるアホがいますか。大体レベル40なんて私の部下並ですよ」

「ぐ……」


 仕事の手を止めてしまって申し訳無いとは思うが、笑顔で全否定するダミアンさんに若干イラッとしてしまう。

 そんな感情が顔に出ないように注意して、私も負けずにデスクに手をつき身を乗り出す。


「姫に逃げ出す意思はありませんがそれでもダメですか」


「ほら、ユイさんこれ差し上げますから帰りなさい。それとも私の手伝いでもしますか?」


 ダミアンさんが何かを差し出してきたので素直に手を出すと、飴を3つ乗せられた。


 く、屈辱……。


 飴をスカートのポケットにしまいながら悶々と負のオーラを隠しきれないでいると、後ろの立派な応接ソファに座っているタクトから豪快な溜め息が聞こえた。


「アホだアホだとは思っていたが、こういうのはもっとスマートに、内密にやるもんだろ」

「ぐぅ……」


 肩口からタクトを見れば、半笑いで呆れたようにこちらを見ている。何だよ皆してアホアホって。


「保護してもらってるのに黙って行動を起こすなんて失礼でしょう」

「いや、さっき、どうにも手詰まりだから出来ればダミアンさん仕切りで上手くやって欲しいって言ってたじゃねぇか」

「何で言うかな! カッコ悪いでしょ!?」

「カッコいいところなんて1つもないだろ」


「2人ともその辺で良いですか?」

「「あ、すみません」」


 ダミアンさんは体を背もたれに預けて、きちんと会話をしてくれるような体勢になった。


「何だってそんなに姫のレベルを上げたいんですか?」

「そ、れは……」

 

 人の恋路を他人にペロッと話していいものか。


「姫が兄さんに懸想してるんですよ」

「おや、そうでしたか」

「タクトぉぉぉ!! あんたにはデリカシーってものがないのか!」

「ダミアンさんに協力して貰うんなら言わなきゃダメだろ」

「そりゃあ……そうだな」


 タクトの話から考えると、ダミアンさんが動くのは面白そうだと感じたことだけらしい。失礼な話だが姫の恋愛成就を面白いと思ってもらえるだろうか。

 ちらりとダミアンさんを見れば、難しい顔をしながら腕を組み、指でトントンと自分の腕を叩いている。



「人間の姫が魔王に恋に落ちたと……わかりました。ユイさん、貴女がどこまでできるか確かめたくなりました」


 確かめるって何を?


 ダミアンさんはゆっくり椅子から立ち上がり、私の前に来た。

 優しそうなそ笑顔には騙されてはいけない。ギュッと唇を噛み締め、負けないぞという視線を送ると、ダミアンさんは困ったように笑った。

 

「そんなに警戒しないで下さい。姫の行動範囲をあの部屋から屋上までに拡げる許可を出します」

「屋上、ですか」

「ええ。屋上はそこそこ広さがありますから、戦ってレベルを上げるには十分でしょう。戦う準備が出来たなら姫が死なない程度の相手をこちらで準備します」


「本当ですか!? ありがとうございます! 約束ですよ!」

「約束ですか。わかりました必ず守るようにしますね」


 そう言い終わるや否やダミアンさんは私の左手をそっと取った。


「っダミアンさん!!」

「えっ」


 突然タクトが大声を出したので驚きタクトを見れば、慌てたようにソファから立ち上がっていた。

 その視線をたどり、ダミアンさんに視線を戻すと、リップ音を立てたキスが手の甲に落とされた。

 その瞬間身体中に冷たいものが走り抜けた。

「──え」

「契約完了です」


 タクトがダミアンさんに取られた私の左手を払い、間に割り込んでくる。


「ふざけるのも大概にしてください! 説明もなく契約なんて!」

「そんなに怒らないで下さいタクト様、今回の契約はユイさんに不利なものですから、対価は今ので良いですよ」


 契約、対価……ファンタジーでよく聞くけど、それか?

 2人のやりとりを唖然として見ていると、ダミアンさんと目が合い、いつもの笑顔で微笑まれた。


「魔族は基本誰にも縛られません。その魔族に約束を反故させたくない場合は対価になるものを渡したあと、首から下、頭を下げる位置に口付けをさせるのです」

「約束一つでそんな大事に……じゃあ今ので完全にさっきの約束は守ってもらえるんですね」

「はい。屋上で姫が戦う準備が出来たのなら、対戦相手を用意します」


 とりあえず姫のレベル上げの一歩を踏み出せたと、安心して前に立つタクトの顔を覗き込むと、強烈な舌打ちが返ってきた。タクト様不機嫌最高潮。

 さすがにこれに舌打ち返しをする勇気は無い。


 タクトは私に向き直り、ゴシゴシと手チューされた場所を袖で強く擦ってくる。結構痛い。


「簡単に魔族と契約なんてすんな」

「ご、ごめん。あのさ、さっきの契約で私が不利っていうのはなんで?」


 タクトの手がピタリと止まったので、何事かとその顔を見れば『アホか』とはっきり書いてあった。


「姫をどうやって屋上まで行かせるつもりだ」

「え? 手を繋いで」

「どうやって戦わせるんだ。お手々繋いで仲良く戦うつもりか」

「……。」

 そうだった! 魔族のレベルが高い云々以前に、魔界はどこに行っても瘴気だらけで姫は自由に動けないんだった。

 ダミアンさんは最初からそのつもりだったのか……え、じゃあ。


「手チューされ損!」

「あぁ。カスみたいな契約だ」

「カス契約!」

「ちょっと2人共それはあんまりじゃないですか。ユイさんの実力が本物ならユイさん優位の契約になるんですから」


 タクトは苦笑いしているダミアンさんを一瞥し、私の手を引いて扉に向かい歩く。

「行くぞ、気分が悪い」


 クスクスと背後からダミアンさんの笑い声が聞こえた。


「タクト様、人間界にはお戻りにはならないのですか?」



「──っ」


 ダミアンさんの声に反応して、タクトはギギギと音がしそうなくらいスローなスピードで振り向いた。

 その顔は完全に魔王のソレで、全く関係の無い私の瞳孔がうっかり開きそうになった。

 

「──ダミアンさんに関係ありますか?」

「いえ、人間界にもうタクト様の脅威は無い筈ですし、そんなに度々ユイさんの手を煩わせるならもうお帰りになってはどうかと」


 な、なななな何て事を言うんだダミアンさん!


「あのっ、私別に煩わしくなんかないです!」


「あぁ。ユイさんが心残りだというのならば、勿論身の安全も衣食住も保証しますよ」

「俺は邪魔ですか」


 やべぇ。私が話に登場するのに私空気な件。

 1、2歩離れて2人を眺めてみたが彼らは睨み合いマジで居場所無い。


「邪険にしているのではありません。貴方は一度蘇生魔法で蘇った。蘇生魔法が効くのは1度だけです。そんな弱い体で歩き回られて死なれては困ります」

「それは……」



 固く握られたタクトの手。


 居場所がないと言っていたのはタクト自身。

 


魔界(ここ)は、貴方の住むべき場所では無いのではないかと言っているのです」


 彷徨う視線。


 タクトは誰よりもそれを理解している。



「勝手なことを言わないで下さい」


 今度は私が二人の間に入り、ダミアンさんを睨み付ける。


「ユイさ──」

「タクトは私と一緒にいるんです」


「同情は彼のためになりません」

「私にはタクトが必要だからです……ダメですか?」


 少しの睨み合い。

 慣れないことはするもんじゃない。


 凄みを増したダミアンさんからのプレッシャーで身体中が心臓になったように脈を打つ。緊張で吐き気もしてきた。

 だって私は平和と“なぁなぁ”を好むタイプの日本人だ。ヘラヘラ笑って軽く謝って逃げたい。


 でも、ここは逃げてはダメなところだ。私自身の為にも。


 目をそらすことなくダミアンさんと対面していると、体がフワリと温かくなった。


「──わかりました」

「っ本当ですか!?」

「はい、降参です。その勢いで光魔法を使われたら城が吹っ飛びかねませんからね。私は仕事に戻るのでお2人もお戻りください」


 両手を顔の横に上げ、降参のポーズをとるダミアンさんはいつも通りの雰囲気に戻っていて、半ば追い出されるように執務室を出ると、ようやく体から力が抜けてまともに息が出来た。


「タクト、行こう?」

「あぁ」


 未だに暗い表情のタクトの手を引き、西塔へと向かう。

 トボトボという言葉が似合う速度だ。


「ユイ」

「ん?」


「さっきのどういうことだ」


 繋いだ手がピンと引かれて、少し後ろを歩くタクトを見上げれば、真っ直ぐ私を見下ろしている。


「どうって、そのままの意味──」


 距離が一気に詰められて、タクトの胸に顔がぶつかった。

 タクトは細身なのに想像よりもしっかりしてて少し驚き、背中と腰に回った手に気付いて抱き締められていると理解するまでには間があった。


「タク」

「そのままって何だ」


 背中にあった手が頬に触れて、宝物でも扱うような手付きで上を向かされた。

 深い緑色の瞳は今にも泣き出しそうで、何でか胸がギューッとなる。タクトの涙袋に右手の親指を滑らせると、くすぐったそうに細められる。まるで猫のようだ。


「ユイ」


 ひたすらに甘く聞こえる自分の名前は身体中に染みる。

 完全にタクトに飲まれていた。


 タクトがゆっくりと降りてきて鼻先が触れ、ダミアンさんと睨み合ったときよりも更に大きくて速い鼓動が響き、ふと我に返った。


 そこから現状を理解するのはやたらと早かった。キスをされるのではないのかこれは!!


「タ、クト! あのっわたっ私っ」

「答えろ」


 腰に回された手が締まってタクトにより密着する。


「だってタクトは!」


 目をギューッと瞑る。完全にパニックだ。


「私の逃げたツケを半分貰ってくれるって約束した!!」




「──────は?」


 聞き慣れた重低音。周囲の温度は確実に下がった。

 恐る恐る片目をうっすらと開けてタクトを見れば、目が死んでいる。


「タク──んぐっ」


 柔らかい。

 口にタクトの唇が当たる。

 ドンドンとタクトを叩くが反応がない! いや反応はある! 角度を変えられた! 違う! そうじゃない!


「ん~!!!」


 前世からの持ち越しファーストキスが!! 呆気なく奪われた!!

 背中にトンと何かが当たっていつの間にか壁に寄っていたことに気付いた。


「タクッ……ト!! 止めっ」


 タクトの唇が首筋へと移動していく。

 口が解放されても身動きがとれない。何だこの手際の良さは!!


 鎖骨まで来たとき、ついさっき感じた冷たい感覚が体を巡った。


「っこれっ!! 契約っ」


 その瞬間タクトからあっさりと体が解放された。


「──簡単に魔族と約束するからこうなるんだ」

「なっ!」


 ベッと舌を出すその顔がマジで憎たらしい。


 タクトは飄々と西塔へ向かい歩き出す。

 そんなタクトに速攻で飛び蹴りを食らわせたが、その騒動を聞き付け、執務室から出てきたダミアンさんに2人してお説教をコンコンとされた。


 ──解せぬ。

 


読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字見付け次第修正します!


また読みに来ていただけると嬉しいです。

評価、ブックマーク、感想ありがとうございます(T△T)嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ