戦をする気はないけれど腹が減るのは嫌なんです。
ベッドの光魔法が作動しなくなり、姫が寝入ってからどれくらい経ったろう。
姫は絡み付いて寝るタイプらしく、左腕が全て持ってかれている。動けなくて正直ツラい。
一緒に眠ってしまえば時間はあっという間に過ぎるのだけど、生憎、先程嫌ってほど寝てるから眠気など皆無だ。
目は大分暗さに慣れてきて周りが多少見えるようになってきた。塔の最上階で誰の視線も気にならないからなのか、はたまたお兄さんが気にしないタイプなのかわからないけれど、窓にはカーテンが無くて紫の曇天と稲妻がよく見える。
左腕には姫。
右手にはタクト←
姫が寝てから少し過ぎて、タクトも瘴気で辛くなってきたらしく、ベッドを軽く指で突っつき、無事を確認してから隣に寝転んできた。
「タクトって警戒心が薄いよね。うっかりベッドの光魔法が作動したらどうするつもりなの」
「俺は土壇場に強いタイプだから」
いまいち顔は見えないがその口調からきっとドヤをキメてる事だろう。
「っつうかユイ、腹の音うるせぇ」
「いや、私だけじゃないからな」
見事な混声二部だ。
「……腹へったな」
「うん」
ひもじい。城に住むってなったけど、一体ご飯はどうすればいいんだろう。お金とか持ってない。
「魔族ってどんなご飯食べんの?」
「特殊なのもいるけど、大抵人型は普通に人間と一緒。獣人型だと変わったり変わらなかったり……まぁ色々だ」
大して参考にならない返事をくれた。
お腹すいた。ご飯、ご飯……。
「あ、そういえば食堂あったよね。確か東塔の3階」
魔王城の食堂には“空腹の前では皆平等”を掲げて、魔族人間関係なく料理を出してくれる熱い料理人がいるはずだ。
魔王城では2つしかない全回復ポイントの1つだった。
「あぁ、オススメはビーフシチューだ。よし、俺は行く」
「ちょっ、ズルッ!!」
タクトは私の手をペッと捨ててベッドから降り、颯爽と書斎への扉に向かい歩いていく。咄嗟に体を少し起こしたけれど、後を追おうにも姫が左腕に巻き付いているから……ってか姫を置いては流石に行けない!
「タッタクト! 私にも何かテイクアウトを!」
「俺が食い終わって、気が向いたらな」
「可能性が薄すぎる!! 後で見てろよお前!」
ヒラヒラと振られる手が扉の向こうに消え、ドサッとベットに背中から落ちた。
「薄情クソ野郎……」
「仲がよろしいんですね」
「──っ!! 姫!? 起きてたんですか!」
「はい。お陰でよく眠ることが出来ました。お腹が空いていらっしゃるのなら、私のをどうぞ」
そんなチビッ子に大人気のパンで出来たの彼の様なことを言った姫は、滑舌が格段に良くなってる。
少しはスッキリしたのかな……。
「私は良いんです。少しでも口に入れてください、どんどんやつれてしまいますよ。取ってきますね!」
姫から手を離すとまたベッドの光魔法が作動して、部屋が明るくなる。
扉の横のテーブルに乗るポトフとパンの器を手に取ると、当たり前だがすっかり冷めていた。
「レンチンなんて無いし、姫に食べさせる物じゃないよな。食堂……は、お金無いんだった」
私は姫と違って何かに利用されて生かされてる立場ではない。当然姫のようにご飯は出ないだろう。
食べるためには働かないとな。
あのベッドの光魔法は、この部屋で何かするにはちょうどいい感じの光量だし、昼は光魔法つけといて姫が寝るとき一緒に手を繋いで寝るくらいで大丈夫だろう。
日中は働こう。
「姫、すみません。もう冷めてて、今タクトが食堂から何か持ってきてくれるかもしれないので、待っていてもらっても良いですか?」
姫は腕の力で何とか上体を起こしたところだった。背中をクッションに預けながら、私の問いかけに目をパチパチとさせてニッコリ微笑んだ。
「そちらで大丈夫です。出されたものに文句を言える立場ではありませんから」
驚いた。タクトの言い種だともっと高飛車な姫かと思っていたけど……どうしてこんな人が結婚を嫌がったんだろう。
「火の魔法でも使えれば少しは温められたかもなんですが、私は光魔法しか使えなくて……残念です」
苦笑いしながら、姫にポトフの器を渡すと「なるほど」と言いながら大事そうに両手で持った。
「ローヒート」
「えっ」
姫の髪がフワッと軽く広がり、器の上にオレンジの魔方陣が現れると、直ぐにポトフから湯気が出た。
まさかの弱火! 火加減調節できるんか!
「こんなことのために初めて使いましたが上手くいきましたね」
「姫は火の魔法が使えたんですね」
「他にも風が使えます」
「レベルは……?」
「火が15、風が12です」
ゲームの時、私が連れていた仲間のレベルは40~50だった。
勇者とフィオナは光魔法保持者だったから大丈夫だったけど、他のメンバーは魔界を歩くだけでほんの少し……5分に1くらいずつHPが減っていた。
彼らは人間だったけど、そのくらいのダメージで済んでいたから、姫もレベル上げればタクトくらいには魔界に馴染めるんじゃ──
「はい、ユイさん、あーん」
「え、あー? ゴフッ」
強引にポトフの人参を押し込まれた。柔らかくて甘くて旨い。久しぶりの食事に思わず目を瞑って味わった。
「もう一口、あーん」
「あー♪ っいやいやいやいや!!! これは姫のです!」
「私はとりあえずスープだけ頂きます。いきなり食べたらお腹が驚いてしまいそうです」
そりゃそうだけども!
「姫……なのに食べさせるとか、同じ食器とか嫌悪感とかないんですか?」
「あら、ユイさんとは友人なのでしょう? 平民の女同士で食事すれば、一口頂戴はよくあることだと聞きました」
「……あ、る場合もありますが」
突如、姫の目が輝きだした。
「わたくし、裏の無い友人関係に憧れていましたの! 今のわたくしは何の力もないただの小娘! そんなわたくしに手を差し伸べて下さるユイさん! それを友と言わずになんと言いますの!? あぁ! こちらに来て本当に良かった!
わたくしのことは、どうぞエリーとお呼びになって?」
や、やべぇの出てきた。
誰だよ姫に無駄知識植え付けた奴。
っつうか元気だな、寝る前のアレは何だったんだ。ポーズか? 同情ホイホイか?
いや、でも、やつれてるのは本当だし……元気なのは良いことだ。
私は思考を捨てた。
「さぁユイさん、もう一口どうぞ」
優しい笑顔と共に、目の前に次の一口が差し出される。
スプーンを軽く当てれば切れるほどトロットロに煮込まれた小振りの玉ねぎ。思わず生唾をゴクリと飲み込み、姫と玉ねぎを交互に見やる。
おずおずと食い付けば姫は会心の笑顔になった。
「あの、1つ聞いてもいいですか?」
「なにかしら?」
「どうして輿入れが嫌だったんですか?」
姫の表情がみるみる暗くなる。聞いちゃダメな内容だったかな。
「あ、あのっ出過ぎた質問だったら別に」
「嫁ぎ先には既に14人の后が居るの。私が15番目」
14……なんだそれは。
「それは……嫌だな──あっすみません」
思わず素が出た。慌てて口を押さえるけど、出てしまったものはどうにもならず、姫を伺い見れば目を丸くしてパチパチと瞬かせている。
「そうよね。普通は嫌よね! 隣国はあまりにも強大で、だからどこの国も姫を差し出すの! それをあの王も見境無く受け入れていくのよ!? 気持ちが悪くて!」
一夫多妻を否定するつもりはないが、いざ自分となればやっぱり嫌だな。
「お父様もお父様よ! 簡単に決めてしまって!」
姫の愚痴が始まり、私に対して怒っていないことに安心し、姫の話を聞きながら視線は姫が次にくれるだろう、これまたトロトロのカブに釘付けだ。
「はい、ユイさんあーん!」
「あー♪」
「何してんだお前ら」
突然響いた重低音。
「タクト! 今ね姫がスープだけで良いって言うから具を貰ってた」
「ユイさん、姫じゃなくてエリーって呼んでね」
「あ、はい。エリー姫」
「ユイ、来い」
「何だその犬を呼ぶような呼び方は」
ベッドは光魔法が作動中の今、タクトはこちらに来られないので、しぶしぶタクトの元へと向かう。
「タクト、私もちょっと話があって。私の仕事なんだけどいつから始められ──」
タクトの前まで来ると、プラッと紙袋が目の前にぶら下げられた。
「ご飯!?」
「あぁ。俺のだけどな」
「またまた~! ビーフシチュー食べてくるっていっああああ!!」
中から出てきたのはケバブサンドのようなパン。私が両手で持つサイズのそれをタクトは片手で持ち、5口で食べきった。
「──っ」
タクトから袋を奪い取り、中を覗くが入っていない。
「なん……なんっ」
「お前、あの女に餌付けされてたんだろ?」
完全に私を見下した深緑の目が、責めるように見つめてくる。
「ご、ごめ……」
んん?
なんで私が浮気したみたいな雰囲気になってんだ。
流石だ。流石魔王の弟、全ての白を黒にする力が半端ねぇ!
「あ。魔王……」
「は? 兄さん?」
姫が魔界での地位を確立したいならお兄さんと結婚すれば確実じゃないか。
差詰私は愛のキューピッドってヤツだろうか。
ニヤリと口角を上げると、タクトの顔が引き吊った。
そんなタクトの腕を引いてベッドに近付いた。姫も驚いた表情を浮かべている。
「エリー姫! この人かっこよくないですか?」
「──っおいっ急に何だ」
「え? えぇ、素敵、だと思いますが……」
「この人のお兄さん魔王なんですけど、目付きが似てて、お兄さんと付き合ってみたいとは思いま──」
「ふざけんな」
「ぎゃあ!」
言い切らないうちにタクトの拳骨が落ちてきて、ベッドに倒れ込んだが、見事に全回復した。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
9話の誤字報告頂きましたが、言い間違いの表現だったので修正しません。
分かりにくくてすみません。精進します!
また読みに来て頂けると嬉しいです(’-’*)
評価、ブックマーク、感想本当に嬉しいです!ありがとうございます!