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目だけをこちらに向けて横たわるエレノア姫。
私は急いで立ち上り、スカートを叩いて身なりを簡単に整えた。
「は、初めま……じゃないっお初にお目にかかりますエレノア姫、私は滝田結……衣」
で、良いのだろうか。フィオナと名乗った方が……チラリとタクトに視線を向けるけど、こちらを見ようともしない。どっちでもいいか。
「結衣と呼んでください」
「……人間、です、か?」
「はい!」
姫は顔を強張らせて少しだけ頭を上げる。その辛そうな様子に思わず掛け寄って手助けしようと思ったけど、グイッとタクトに腕を引かれた。その顔はいつもより更に無愛想だ。
「食事はとっていない様だな」
「すみません、食欲がなくて」
食事?
キョロキョロと辺りを見れば、今入ってきた扉の横の小さなテーブルの上にポトフとパンが置いてあった。
美味しそう。そういえば私何も食べてないな。
「魔族側が貴女に干渉できることはそれくらいしか無い。生きていたいなら自分で何とかしろ」
「……はい」
あまりにも冷たい目で姫に言い放った。その言い様に逆にタクトの腕を掴み、一旦書斎へと戻る。
薄情にも程がある!
「タクト! お兄さんが姫を拐ってきたのに何あの言い方! 可哀想だと思わないの!?」
「違う。あの女が来たいと言ったから兄が連れてきたんだ」
は? 今なんつった?
タクトはごく真面目に私の目を見ている。
「嘘、え? だって……」
「嘘じゃねぇよ。人間界では拐ったようになってるけどな。実際は隣国の王への輿入れに不満だったあの女が兄の声に勝てなかった。それだけだ」
「声?」
「迷いがある人間に魔族の声は酷く甘く聞こえる。現実に立ち向かう気力を削ぐんだ。甘えさせることで魔族は人間を人間の世界で生きていけないほど狂わせて遊んだりもする」
「えぐ……」
そう言われて思い出せば、タクトから初めて名前を呼ばれたとき、やたらと甘く感じた。そのせいだったのか。
フィオナが私になってからというもの、人間よりも魔族の方が優しいから忘れそうだったけど魔族って結構怖いもんなんだな。
「兄が息抜きで人間界にふらっと降りた場所が、あの女の住む城の庭だったそうだ」
「じゃあタクトと私みたいにお兄さんは姫を魔界に逃がしてあげようと?」
「いや、一緒に来たいと言われて、かなり押しが強くて面倒になったらしい。どうせこっちに来たら死ぬだろうと適当に連れてきたみたいだ」
「お、にいさん……」
思わず半目になってしまった。雑、雑すぎる。人の生死だぞ。
「だから兄はアホだと言ったろ。本人は生きたいって言ってるし、まぁ偶然にも姫だったから、ダミアンさんがあの女使ってちょっと遊ぼうってなっているのが現状だ。ユイ、顔変になってんぞ」
半目になった私の頬をグニグニとこねくり回してくるタクトを放置し、腕組みをして寝室の扉に目を向けた。
てっきり私は魔王が姫に恋をして連れ去ったもんだと思っていた。そこには悲恋があると思っていたからなんとなく責められなかったけど……。
「私はお兄さんのその時の気分とダミアンさんの遊びのせいで勇者のパーティのヒーラーとして命張らなきゃならなかったわけね。微妙な気分だ」
「その気持ちは痛いほどわかる」
「何でタクトがわかるのよ」
首を傾げて見上げれば、目をそらされた。何か隠してやがんな。
「やっぱり返します~って姫を帰せないの? その遊びのせいで勇者来ちゃうよ?」
「そんなみっともない真似できるか。魔族なめんな。第一あの女に帰る気がない。計算か天然か知らんがあれは相当図太いぞ」
「あの状態で帰りたくないってどんだけ結婚が嫌なの? 姫って国のために結婚とかするんでしょ?」
「そんなの知るか」
「そりゃそうだ」
「だろ?」
全力で同意したらタクトの雰囲気が少し緩んだ。
っていうかいつまで人の顔揉んでんだコイツ。瘴気避けなら手を掴むだけでいいだろうに。
「1つ言えるのは、兄は既にあの女には興味がない。ダミアンさんが人間界を挑発するこの遊びに飽きたらあの女は死ぬ」
「──なんとかなんないの?」
見ず知らずの姫の為に命をはる勇気は無かったけど、いざ目の前にすると、どうでも良いという気持ちにはなれない。
「魔族が人を殺すのは仕方がないとは思うが、俺だって人間界で育ってきたんだ、出来れば人が死ぬのは見たくはない。
だけど、あの光魔法が施されたベッドには俺を含めて魔族は近づけない。アレをここまで持ってくるのもかなり大変だったんだ」
え、光魔法って毒なの?
顔に出ていたのか、タクトは「お前のはおかしいから大丈夫なんだよ」と付け加えた。
おかしいってなんだ。
「出来ることはした。あの女が生きたいなら自分で何とかするしかない」
「それは……そうだけど」
「逃げても、結局自分で現状を打破しないと生きていける世界なんて何処にもない」
「中々、痛いところを突くねタクト」
私も逃げて魔界に来た身だ。苦笑いして見上げると、頬を揉む手が止まった。
深い緑の瞳。
「ユイの時は俺が半分貰う」
息が止まる。
「テヲハナシテクダサイ」
「何でカタコトだ」
天然なのか!? 天然でそんなクッサイこと言うのか!?
一気に顔に熱が溜まる。
「っ手を離してってば!」
「何で」
タクトは当然の疑問の様に顔を傾ける。顔から手を離して貰うのに理由があるのか!?
「なんっ──だっ、て、あつい、から」
「ふぅん」
「ふぅんじゃなくて!」
それからタクトはフッと鼻で笑い、ムニムニと2、3回頬を揉んで手を離した。
解放された頬に自分の手を当ててタクトを睨むように見上げると、至極機嫌良さそうにしている。
人を揶揄うのも大概にして欲しい。心臓に悪すぎる。
「ねぇ、私が姫と友人になるのは何の意味があるの?」
「ユイがあの女に侍する立場だと、あの女の魔界での立場が弱すぎる。だから友人だと言ったんだ。ユイは幸いあの2人、特にダミアンさんに異常に気に入られているから、ユイの友人であるなら生存率が少しは上がる」
ダミアンさんに気に入られている自覚はないが、キーマンはダミアンさんか。出来る限りの媚を売ろうと固く胸に誓った。
「ユイに任せる仕事について、あの2人には魔族の怪我等のケアと人手が足りなくなった場合の雑用と言ってある。それとは違うところでユイと姫が友人になってもおかしなところはない。むしろ人間同士自然だろ」
「確かに好きに過ごして良いとは言われてるけど、でもダミアンさんってそういう小細工通じる? 自分がそういう術中にハマってるって知ったら怒らない?」
何たってあの角だ。性格がひねくれてるのは目に見えてる。
「──そんときは」
「そんときは?」
「そんときだ」
私の辞書には無い行き当たりばったり。
タクトとお兄さんに異常なほどの血を感じた。
☆★☆
とにかく、姫の体調を戻してまともに話が出来ないことには友人にもなれない。
もう一度寝室をノックして入ると、姫は眠っているのか目を瞑っていた。
ベッドに近づき、顔をしっかりみるとやはり攻略本とは別人のようだった。HPは全回復してるはずなのになんでだろう。
開いた扉の枠のところに右肩をつけて凭れているタクトに視線を送るとすぐに合わせてくれた。
「何で姫はやつれてるの? 全回復のベッドに居るのに」
「あくまでもHP、MP、異常状態用の全回復だからな動かなければ筋力は落ちる。そこに居ればとりあえず死なないってだけだ」
なるほど。基礎の体力まではカバーできないのか。
ふむ。と、口許に手を当てる。この部屋に初めて入ったときから思ってたことが1つだけある。
寝にくそう。
こんな比喩でも何でもなくキラキラと輝くベッドでまともに寝れるわけがない。寝られなきゃ精神的にもヤバイだろう。
とりあえず、姫にまとわりつく瘴気を払いたい。
「好きにやれ。この城での身分はユイの方が上だ」
「わかった。タクトが具合悪くなったら無理せず言って」
振り向かずにそう言えば、ククッと笑う声が聞こえた。了承したようだ。
姫に手を伸ばすけどベッドが大きいから体勢がキツイ……ブーツを脱いで、ベッドに乗ってみた。
「うおっふ! 凄い、なんだこれ!」
想像以上のフワフワに思わず笑ってしまった。
このベッドは絶対高い! そして絶対腰痛くなるやーつ!
「おい」
「ごめんごめん、庶民には珍しかった──エレノア姫、結衣です。お手をお借りしますね」
上掛けを捲ると、姫の目が少し開いて瞳が見えた。綺麗な水色に同性ながら思わずドキリとしてしまう。
両手で手を握るとベッドの光が一瞬で消え、辺りに闇が落ちた。目が闇に慣れなくて姫の表情は伺えないけれど、手に伝わる感覚から驚いているようだった。
「な、ぜ」
「私は光魔法の保持者です。この城では貴女の友人としてご一緒します。私に触れている間は瘴気が来ないようなので、暫くゆっくり寝てください」
「……あ、りが……」
本当に限界だったんだろう。お礼を言い終わる前に姫は気絶するように眠った。
読んで頂きありがとうございました。
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