卵かけご飯も好きだけど里芋とイカの煮物も好物です。
タクトの鳩尾にヒーリングをあくまでも強めにぶちこんだとき、ベッドがある部屋の扉が激しく叩かれた。
隣の部屋の音なのに凄い聞こえる。
取り立て屋か!? 取り立て屋なのか!?
勢いに思わず身が竦む。
「来たか」
「早かったですね」
「な、なんですか?」
お兄さんとダミアンさんが険しい視線を隣の部屋に繋がる扉に向ける。
「敵です」
「敵だ」
「敵なんですか!?」
まさか勇者がもう!? と思ったけれど敵が来たにしては無防備に悠々と2人は別室から出ていく。
開かれたままの別室の扉にへばりついた私は出歯亀の準備万端だ。
2人が廊下へ繋がる扉の前まで行くと、気配を感じたのか先程のノックの主が勝手に扉を開け、鋭い眼光で睨みを利かせた。
「やはりこちらでしたか、お2人共お戻りを」
生真面目そうに前髪を七三にしている小太りな男性が恭しく2人に話しかける。その後ろの廊下には3メートルはあるだろう大きくてゴッツい体格の方が3人、戦闘体勢で構えている。その顔は厳つい。
ハッとした! 何で忘れていたんだ魔族は全員イケメンじゃなかった!
目が覚めてからイケメンに慣れてしまった私は彼らをみて心が温かくなった。その温かさの名は 親 近 感 。
華々しいフルコースの中に出てきた突然の家庭料理!
無性に今、卵かけご飯が食べたい。
確か魔界の門番がこういう体格だった。何か今度差し入れを……いや、こんな突然現れた光魔法の小娘の差し入れなんて受け取ってくれるだろうか。
そんな事を考えていると、こちらを振り返ったダミアンさんと目が合い、ニコリと微笑まれた。
「ユイさん、そんな不安そうな可愛らしい顔をしないで下さい。私たちが仕事しないから連れ戻しに来ただけですよ」
「え、最低じゃないですか」
何を勘違いしているのか。
ダミアンさんはククッと軽く笑い、至極嫌そうにしているお兄さんと共に「じゃあまた!」と言って連行されるように出て行った。
お兄さんは素で執務が嫌なようだけど、ダミアンさんは中年男性をからかっているような感じだ。
「ダメな大人ってやつか」
「奴等は常習だからな。俺達も行くぞ」
後ろからのタクトの声に振り向けばソファーから起き上がるところだった。安定の好みのイケメン……だが。
「残念だな。私は今卵かけご飯の気分なんだ」
「残念なのはお前の頭だ」
追い抜き様にタクトが私の手を掴む。その足取りは軽くて体調不良で寝てた奴だとは思えない。
「まだ寝てたら? 体調は大丈夫なの?」
「鳩尾が痛いだけだ」
「……減らず口」
「お前もな」
掴まれた手には体温が戻っていて本当に大丈夫そうだ。小走りでタクトに並んで部屋を出ると、紺色の絨毯敷の廊下、石造りの壁、所々にあるランプ……ゲームとまんま同じの内装だった。
魔王城の中を思い出しながら歩く。
途中まではうろ覚えで何となくわかるレベルだったけれど、赤黒い絨毯敷の立派な階段が見えてきて、ハッキリとここがどこだか理解した。
掴まれていたタクトの手を握り返して、その歩みを止めると、先に階段を一歩上がっていたタクトは不審な顔で振り向く。
「上には姫の部屋があるんだよね」
「──あぁ。お前はわかるんだよな。元は兄の部屋だがあそこが一番魔界で安全な場所だからな」
「安全って……姫を拐っといてそれ言う?」
「色々あるんだよ。行くぞ」
姫の部屋にはHP・MPを全回復するベッドがある。姫はレベルも高くはない人間だし安全ってのはそういうことかな?
「仕事って姫の侍女になるとかそういう話?」
「そんな仕事、フィオナならまだしもユイには出来ないだろう」
「うん、その通り」
「認めんな」
「私の座右の銘は『身の丈にあった生活』だから」
「ユイがいる勇者のパーティなら勝てそうな気がするわ」
相変わらす失礼なやつだ。私はただ安心安全安定が好きなだけだ。それはある意味無敵なんだぞ。
「侍女にはならなくていい……そうだな、友人になるのが仕事だ」
「友人?」
「あぁ」
姫の身の回りの世話が仕事なんて言われたらどうしようかと思ったけど、更に難しいクエストが来た。
一般人が姫と友人なんてなれるのか。
エレノア・ボーズ=フローレス姫、17歳。
緩いウェーブの腰までのプラチナブロンド。水色の瞳。可愛らしいよりも美人の印象の大人っぽい容姿をしていたはず。
勇者と並んだ結婚式のスチルではそりゃもう2人してキラキラキラキラ目が痛かった。
姫についての性格は掘り下げられてなかったけどどんな人なんだろう。
失礼よ! とか言って扇子でパーン! されたらどう……あ、でもそれは1度体験してみても良いかもしれない。ガチの姫にパーン! されるなんてそんな体験滅多に出来ることじゃない。
「顔がおかしい」
「あ、ごめんごめん」
「認めんのかよ」
顔に出ていたようだ。空いている手で頬を整えると、タクトから深いため息が聞こえ「何でこんな奴を……」という呟きが聞こえた。そんな呆れること無いだろうに。
前世で男友達としたような馬鹿話をグダクダとしていると、さっきの厳つい魔族と似た雰囲気の方が2人、美しい薔薇が彫られた扉の前に立っていた。
彼らはタクトに気が付くと表情をゆるめた。仲が良いらしい。
「タクト、珍しいな。そっちの娘は……」
「久しぶりだな。コレはユイ。これから城に住むことになる」
「初めまして。よろしくお願いします」
この手の魔族は防御とHPが異常に高くて、門番とか守護系の仕事に回されてるっぽい。
貴重な親近感要員(失礼)是非とも私も友達になりたい。
ニコニコと握手を求めると彼等は見るからにたじろいだ。
「「「────。」」」
握手してもらえないどころの話じゃない。変質者か? くらいの目で見られている。
出した手をそれとなく動かして自分の二の腕とか揉んでみる。
泣いても良いですか。
「あ~。ユイは普通の人間とは違くてただのアホだから気を使うこと無いし、攻撃もしてこない」
「……そう、なのか。その、よろしくなユイ」
「はい!!」
恐る恐る出してきた2人の手を食い気味で掴むと、彼等は面白いくらいビクッと動揺した。
気は優しくて力持ち的な感じか。親しみを込めてニッと笑ったら、控えめだけど同じように返してくれたその様子が若干可愛い。仲良くなれそうだ。
「もういいだろう」
「痛っ!!」「「痛ぇ!!」」
友情の握手の真ん中をタクトがチョップで切り裂いた。
なんて危ねぇことしやがるコイツ。
睨んで見れば、タクトの瞳が深緑になっている。
「そんな目で見なくても友達取ったりしないよタクト。子どもか」
「異常はないのか?」
「出たよ! 無視!」
「あ、あぁ。相変わらず物音1つしない」
タクトが扉を軽くノックしても中からは何の返事もない。
毎回の事なのか、返事も待つことなくタクトは扉に手をかけた。
重そうな扉が音もなく開くと、黒いカーテンで仕切られた一畳ほどのスペースがあって、そのカーテンを開けると書斎のような部屋。
この本棚には魔界についてのことが書かれていたはず。アイテム無いかな~なんて片っ端から本棚に突進した覚えがある。
入室と同時にランプにボボッと火が灯った。
暗いな。
魔界は昼になると若干明るくなるけど、室内はランプがなければほぼ見えない。
見渡しても姫は居なかったので、その奥の寝室へと歩みを進める。
扉の前まで来るとタクトが私に開けるように顎で指示してきた。
マジかよ。
「エレノア姫、いらっしゃいますか?」
コンコンと軽くノックしてもやっぱり返事はない。
え、死んでるとか無いよね?
「し、しつれいしま──ぎゃっ!!」
扉を少し開けて中を覗こうとしたら後ろから押されて、ベショっと寝室の床に崩れ落ちた。
「ちょっとタク──」
「誰?」
「────っ」
聞いたことのある鈴が鳴るような澄んだ声。
姫だ! と、勢いよく顔を向ければ、暗い部屋には不釣り合いな光魔法が掛かったキラキラと輝く大きなベッドがあった。
光りすぎてて中がよく見えない。
通常、全回復のベッドは回復対象者が乗ると魔法がキラキラと発動して直ぐ消えるんだけど、光りっぱなしってことは絶えず魔法が発動しているということになる。
魔界、魔族の瘴気は闇魔法を持っているタクトでさえキツイらしいし、完全に人間でそれほどレベルの高くない姫には毒だ。あれが消えればそこにいる姫は死ぬ……のか……。
光の中に目を凝らして見てみると、姫の姿が確認できた。
ゲームそのまま……いや、違う。
大分痩せ細った姫が生きる気力も無さそうに横たわったままこちらを見ていた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字見付け次第修正します!
誤字脱字報告もありがとうございました。助かります!
また読みにきて頂ければ嬉しいです。
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