あ。これ、やべぇやつ。
よろしくお願いします。
勇者様だ。
ずっと憧れていた彼が目の前にいる。
夕方の森の中は暗く見えづらいというのに彼の剣に迷いはない。
金の髪に青い瞳。まだ体は出来ていないけれど、私と幼馴染みのタクトを背に庇い、狼のような魔獣に立ち向かう勇者様。
一振り、また一振りと振るう剣捌きもまだ不器用で、それでも懸命に魔獣に斬りかかる。
「フィオナ、あいつって少し前に城を出たっていう……」
「きっと勇者様よ」
腰が抜けて立てなくなり、ペタンとアヒル座りをした私を守るように、膝立ちで前に座るタクトが肩越しに私を伺う。
魔獣への恐怖と勇者様が現れたという歓喜。
タクトの二の腕に震えながら手を添えると、彼はただ勇者様を睨み付けていた。
最後の魔獣に勇者様が渾身の一太刀を浴びせる。
たちまち魔獣の体は燃え上がり、その剣先には先程まで無かった炎が絡み付いていた。
「っ! この短時間で炎魔法を習得!? そんな馬鹿な」
タクトが驚きの声をあげる。
呻き声を上げる魔獣はその場に崩れ、その炎は辺りを煌々と照らす。
勇者がこちらを振り返ると、その青い瞳には辺りの橙が揺らいでいた。
「あ────」
「フィオナ、どうした?」
勇者様の瞳の炎を見た瞬間、頭に流れ込んできた記憶。
同じような暗い色の服に身を包んだ10代半ば程の人々が1つの部屋に集められ、同じ方向を向いて椅子に座っている。割り当てられているのだろう一人用の机の上には本とノート。
どこからか鐘の音がして、前に座る男性が振り返る。
彼から薄い箱と厚い本を渡される。
お礼を言い、薄い箱を鞄に仕舞って厚い本をパラパラと捲る。
──カイル・マーフィー──勇者──
──フィオナ・コックス──ヒーラー──
──タクト・スミス──道具屋──
そこには勇者様や私、タクト、見たことの無い人たちの情報が事細かに書いてあった。
突然視界が真っ黒に染まった。
体がダルくて動かないし、とんでもなく熱くてこげ臭い。
ウーウーと鳴るけたたましい音、そして何かが爆ぜる音の合間に、遠くから「ユイ」と大きく叫ぶ声かする。
何とか薄く目を開けると、橙の炎が見えた。
火事……寝ていたんだろう私はベッドに横になっていた。
すぐそこにある小さなテーブルには、前の席に座っていた彼にもらった薄い箱がグニャリと歪んで、勇ましくポーズをとる勇者様の肖像画と目が合った。
足下の方で扉を蹴破るような音がしたと思ったら、口元に何かを宛がわれ、体が浮いて「もう大丈夫だ」と男性の声が聞こえた。
遠くで「ユイ」という声を聞きながら、私の意識は途絶えた。
ユイ……結イ……結衣。
あ、結衣は私の名前だ。
私は死んだのか。
ごめんねお父さんお母さん。先に逝く。
ごめんね消防士さん。折角助けてくれたのに嫌な思いさせて。
ごめんね敬太。ゲームと攻略本燃えたわ。
「──ナ!」
「フィオナ!!」
タクトの声がする。ゲームやりながら寝落ちしたからオートモードになってたかな。
それにしても声の距離感がリア……ル……。
っていうか私死んだんじゃなかった?
そっと薄く目を開る。さっきはこれで炎を見たから多少おっかなびっくりだ。
慌てた顔のタクトが視界一杯に入った。イケメン眼福。
夢を見ているんだろうか……私の肩に回されたタクトの腕が結構逞しい。
シュッとした顎に、猫のような少しつり目の緑の瞳。高い鼻に少し厚めの色っぽい唇。
艶々サラサラの黒髪はショートヘア。センターで分けられた耳に掛かる位の長さ前髪から、焦ったように一束髪が落ちてきて、それもまた色っぽい。
私は俄然勇者よりタクト派だ。
それにしてもリアルな夢……夢?
「タク、ト」
ん?? まって今の誰の声?
「良かった! 大丈夫かフィオナ」
「すみません人違いです」
火事の煙で喉がやられたんだろうか。でもそれにしては澄んだ声。
タクトは訝しげに眉間に皺を寄せて、私を眺め、ちょっとこれ見てみろと私の目の前に人差し指を一本立てた。
言われた通りジッと見る。
あれ? これ、目眩するときとかに医者にやられるやつだよね。
「ちょっ、私は正常です!」
「言ってることが異常なんだよ。自分の名前と年齢、職業言えるか?」
異常って何よ。失礼なやつだ。
そういえば、タクトは皮肉屋っぽい発言が多かったな。
「滝田結衣。16歳。学生」
「フィオナ・コックス。15歳。宿屋の娘だバカ」
「は?」
「本当に大丈夫か?」
フィオナってあれよね。
敬太に借りたゲームのヒロインの1人。
勇者に選ばれた青年が、魔王を倒し拐われた姫(笑)を救うため城を旅立つ物語。
冒険RPG要素の他に恋愛面もみっちり組み込まれている。
フィオナは城から出発してすぐの森を抜けた街に住んでる宿屋の娘。
治癒魔法が得意でヒーラーとしてパーティーに加わる女の子。
それが私? タクトは一体何を言ってるんだ?
っていうか普通に馴染んでるけど私は何でゲームのキャラクターと話してるんだろう。
死んだら夢なんて見ないよね……それに死んでんだから起きられない。
じゃあ何、これは実現? いや、まさか。
「ちょっと鞄開くぞ」
タクトは見知らぬポーチ……いや、これフィオナが持ってたの見たな……それを漁る。
「ほら、見てみろよ」
フィオナのポーチからタクトが出したのは、縁が木製の可愛らしい手鏡だった。それを私の顔が写るように向けてくる。
私はなんの警戒もなく覗き込んだ。
「──っフィオナだ」
「どんな感想だよそれ」
ペタリと顔を触れば鏡の自分も同じく動く。当たり前だ。
夢というにはリアルな感触。何で私フィオナになってるの?
夢……じゃないの?
フィオナは幼い頃から勇者に憧れ、パーティーに加わっても一途に勇者だけを見つめて旅をする。
いくつか分岐があって、それ間違えると勇者は姫ルートか騎士ルートに入っちゃう。フィオナルートは攻略本が無きゃ行けない複雑ルート。
一個でも間違うと勇者はフィオナに振り向かない。
勝ち目の無い闘いに参加しない主義の私としてはフィオナはまるで異世界の人間。
「異世界……」
本屋の漫画コーナーとか小説コーナーで平積みになってる転生しました系のアレ……だとでも言うのか。
「いや、まさか……でも────ぎゃあ!」
ウンウンと悩んでいるとタクトは呆れた顔で立ち上がり、私の前髪をグチャグチャに撫で、色気の無い声だと揶揄いの表情で笑う。
こんな謎のシチュエーションなのにキュンとしてしまう私はアホなのだろうか。ちがう。道具屋のチョイポジの癖にイケメン設定なのが悪い。
「また魔獣が出たら困る。魔石回収して街に戻るぞ」
「魔獣? 魔石?」
タクトはすぐそばにある黒い塊に向かって歩き、蹴りを入れる。その瞬間黒い塊はサラサラと崩れ落ち、綺麗な赤い珠がポトンと落ちた。
「それが魔石?」
「あ? あぁ。店で見たことあんだろ? 武器や装具に加工する」
無惨な姿になった魔獣にタクトは遠慮なく蹴りを入れ、次々に魔石を回収していく。
「5、6頭は居るけど全部タクトが倒したの?」
「は~ぁ? 本当に大丈夫か?? 勇者だよ。魔力切れでフィオナの後ろに転がってんだろ」
「────っ!? え!!」
タクトが指差す方を振り向けば、金髪の青年が地面に転がっていた。
自分のことでいっぱいいっぱいで全く気が付かなかった。
そういえば、ゲームではフィオナとタクトに森で会って魔獣を倒した後ブラックアウトして、次の場面、フィオナの宿屋から始まるのよね。
それが、これか。
「連れて帰らなきゃ」
「本気か? 厄介事には関わりたくない。しばらく寝せれば魔力溜まって勝手に起きるさ」
薄情だなタクト。だけど私も同意見。
でも私は今フィオナらしいし。
「助けてもらって放っておくなんて無理よ」
適当にフィオナっぽいことを言ってみたが、タクトが凄い睨んできた。
え? 何で睨まれなきゃならんのよ。
「──わかったよ。俺が背負ってくからその前に治癒魔法かけとけ」
「ち、治癒魔法!?」
「そうだよ。チビの頃から勇者の役に立ちたいって練習してきただろ。今やんなきゃいつやるんだよ」
フィオナは得意だっただろうけど私に使えるのか??
不安でドキドキしながら勇者を見れば、彼の怪我は小さな掠り傷だけのようだ。
魔法を出すときフィオナは呪文を叫んでたよね。何だっけかな。確か……。
勇者の怪我に手をかざす。
「エ、エクストラヒーリング」
「……」
「……」
何も起きない。
私は顔を両手で覆って俯いた。
くっ……くっそ恥ずかしい!!!! 何がエクストラヒーリング!!!! 穴! 穴をください! いや! 一思いに誰か殺してくれ!
違う! 違うのよ! 私はそんなんじゃない!
誰かに何か言い訳をしたい気分でタクトを涙目で見ると、かなり呆れた顔をされた。
「そんな上級魔法、レベル5のフィオナが使えるわけ無いだろ。張り切ってないで普通にヒーリングかけろ」
「あ……はい」
悶絶する私をよそに普通に返され、ヒーリングと言い直したら普通に勇者の傷は治った。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字発見次第修正します!
また読みに来て頂ければ嬉しいです。