授業 part2
「二人組を作れ」
この言葉がボッチにどれだけ聞くか分かるだろうか?俺には確かに七星と獅子堂という知り合いがいる。しかし、獅子堂と七星は二人で組むだろう。つまり、俺は必然的にボッチになる。この場合は余り物と組めばいいのだが、今回に至っては最悪の選択と言えるだろう。
何故なら、・・・・・・
「・・・・」
こちらを睨みつけてくる雨情を見れば察してもらえると思う。どうしてこうなったのか・・・。
「やっぱりボッチなんだな」
「あんたもボッチじゃん」
「・・・俺はボッチじゃない。友達ぐらいいる」
「その友達は他の友達と組んだ見たいだけど?」
「・・・そんな日もある」
「ハッ・・・」
鼻で笑いやがったこの女・・・。
「これから、『身体強化魔法』を使用し組み手を行ってもらう。手本は今から見せるから真似をしてくれればいい」
そう言って、先生はその辺の生徒を引っ張ってくる。あれよあれよという間に、組手が始まる。戸惑う生徒がなるべく怪我をしない程度に手加減をしながら様々な技を見せていく。『身体強化魔法』は自分の体や身体能力を向上させる素晴らしい魔法だが使いこなすには慣れがいる。今までの自分と違う体を使ているようなものだ。強度も違えば、運動神経も違う。俺も最初は四苦八苦した。
「レベルの低い組手・・・」
ぼそっと雨情は毒を吐いた。雨情の発言は分からなくはない。確かに、この組手のレベルは低い。
しかし現代の魔法使いにとって、敵は魔物であり対人戦は余り想定されていない。この授業の趣旨は『身体強化魔法』の使用になれましょうというものだ。このぐらい適当でも問題ないのだろう。問題はこの組手を見てレベルが低いと思った雨情の素性だ。俺は、ボスに拾われてから魔物と戦うより人と戦うことのほうが多かったが一般人であれば魔物はおろか人とも戦ったことなどあるはずがない。
「よし、お前らも始めろ」
そんなことを考えながら、していたらいつの間にか組手が終わり各自の訓練が始まった。
ちょうどいい、少し確かめてみよう。
「ハァ~、面倒くさい」
溜息を吐きながら、心底だるそうにしている雨情と俺は組手を始めた。先生のお手本通りの組手、ただただ、無機質に過ぎていく時間。だいたいの組が組手に熱中して俺らの組に視線を向ける奴らがいなくなったのを確認した後に俺は身体強化魔法を纏い、雨情へと突貫する。
雨情の気だるげな瞳が大きく見開かれる。
雨情は少し慌てた様子で迫る俺に向けて、ほとんど反射の構えを取った。俺は躊躇いなく距離を詰め、拳を振りかぶる。それを視認した雨情は動きを読み切り俺の拳を躱した。
「へぇ~、やるな」
再度、俺は距離を詰めた。雨情は回避を試みるが雨情が行動に移るよりも先に、俺が最後の一歩を詰める。やや大振りの回し蹴りが、構えを取った雨情へと直撃した。
「うッ!? 」
ミシリ、という音を立てて雨情が吹き飛ぶ。
「くっ、うっ、・・・」
ゴロゴロと地面を転がりながら、うめき声をあげる雨情。少し加減を間違えたようだ。何事かとクラスの奴らが視線を向ける。流石にまずかったかな。
「どうした!?」
異常事態を察知した先生が飛んでくる。
「すいません、僕の蹴りが誤って変なことろに入ってしまったみたいなんです。保健室に連れていてもいいですか?」
「分かった、急いで連れて行けよ」
「分かりました」
そう言って、俺は雨情に近づく。未だ直撃した腹が痛いのか痛みに耐えるためか片目をつぶっている。
「ごめんな、俺がへたくそなせいで」
クラスの奴に聞こえるように謝罪する。そして、
「色々聞きたいことがあるだろうから、黙ってついてきてくれない?」
クラスメイトに聞こえないように小声でささやいた。
返事を聞かず、俺は雨情を抱える。
「お前ら、組手に戻れ」
先生の言葉で仕方なくといった様子でみんな組手に戻って行く。俺は、先生に会釈して、俺は保健室に向かった。
「あんた何者?」
「ようやく喋れるぐらいまで回復したのか」
「質問に答えて!」
俺を強くにらんでくる雨情。彼女を降ろして相対する。
「ただの一般人だ」
「普通の奴はあんな動き出来ない」
「俺は昔やんちゃでな。魔法を使ってたことがあるんだ。だから、『身体強化魔法』程度ならある程度使えこなせるんだ」
もちろん作り話だが、完全な嘘ではない。13歳でボスに拾われる以前のあの日からボスに拾われるまでの二年間も俺は魔法を使ってきた。魔法省と国軍からの追跡を躱しながら必死で生き抜いてきた。それでも独学で強くなるのは中々難しい。俺にはわかる。あの動きは独学で到達したものではない。きちんとした師匠がいないとあんな動きは出来ない。
「お前こそ何者なんだ?俺の初撃は一般人に躱せるものじゃなかったはずだけど?」
「質問を質問で返さないで・・・」
少し苦し気に返す雨情に追い打ちをかけるように
「詮索するなら詮索される覚悟くらいしておきなよ」
「わ、私は・・・パパに教えてもらってたの」
そっぽを向いて、ぽつぽつと話し出す雨情。
黙りこくっていると思っていたのでこの返しは意外だった。しかし、父親か・・・。嘘を吐いているようには見えないしそうなるとこいつの父親はかなり高い地位にいた魔法使いだろう。でなければ、娘に魔法を教えるなんてことはしない。
「俺は魔法省の人間だ。ここには仕事で来ている、ここにはある組織の人間が潜り込んだとの情報が入っていてな。その調査のために潜入している」
もちろん嘘だ。しかし、潜入しているというのは本当だしある組織の人間が入り込んでいるのも本当だ。まあ、俺のことだけど。
「ッ・・・」
驚いて処理が追いついていないであろう彼女に追い打ちをかける。
「雨情を試すような真似をしたのもそういう理由だ。安心してくれ。疑いは晴れた。すまなかったな」
「じゃあ、あんたは仕事を終えるまでしかここにはいないの?」
「そうだな。ああ、安心してくれ。プライバシーは守る」
「そう、・・・分かった」
それっきり、雨情は黙ったまま保健室まで歩いた。