授業 part1
最悪な気分のまま、寮に帰る気にもなれなかった俺は少し学外を散歩してから帰ることにした。散歩コースは、最近発見した裏路地を通って、怪しげな裏路地の玩具店に入る。その後、裏道を進んで大通りより少し外れの喫茶店に入るといった流れだ。だが今回は散歩ルートを変更した。なぜなら、歩いていると見覚えのある後姿を見つけたからだ。きれいな銀髪に、うちの学園の制服。首にはヘッドホンをしている。
「・・・・・・」
悪戯心が働いて、脅かしてみたい衝動にかられた。きっといい反応をしてくれる。そう決めて静かにかかとから踏み込み、音が出ないようにして小走りする。
裏路地を左に曲がると、目標の人物の背中をとらえた。ばれないように小走りじゃなく、早歩きで目標に近づく。
すぐにその距離は縮まり、腕が届く距離になった。
「よ!?」
「わ、きゃ!?」
両肩を掴んで声を掛けると雨情は肩を大きく跳ねあげる。
蒼灰色の瞳を大きく見開き、大きな驚きに満ちた良い表情している。
「!? 冬空・・・」
恨めしそうな顔を向ける雨情。どうやら、俺の名前を憶えているらしい。意外だ。
「悪い、悪い、あんまりにも無警戒だからさ。」
「・・・名前ぐらいしか知らない男がいきなり驚かして来るなんて夢にも思っていなかったから」
かなりトゲのあるセリフだ。結構びっくりしたらしい。
「それにしても、同じ学園だったとは」
「何普通に話を続けてるの?話しかけないでって言ったでしょ」
雨情はいじけたようにつぶやいた。
「クーデレだなぁ」
「誰がクーデレだ!!!」
「そういうところ」
「デレてない・・・」
呆れたように、頭を抱える雨情。
「それで?私に何か用?」
そして諦めたかのように雨情が顔には出さないものの不機嫌そうな口調で聞いてきた。
「いや、別に?ただ見かけたから、驚かしてみたかっただけ」
そうあっけらかんに言うと、雨情はヘッドホンを耳にかける。この間痛い目を見た俺だからこそ一瞬で、彼女が何をしようとしているのか分かった・・・。
「落ち着けこんなところで、魔法を使うな!」
全速力で、この場を離れる準備をしながら一応叫んでおく。すると予想外の攻撃が俺の足を穿った。
「フン・・・」
「痛ってぇぇぇぇ」
思いっきり、ローキックを食らい悶絶する俺を見下ろしながらため息を吐く。
「あんた何クラスだった?」
「Aクラス」
「・・・やっぱりか。最悪」
「なるほど、雨情もAクラスなんだ」
「まさかとは思うけど、学校でも話しかけてくる気?」
「そのまさかだな」
「やめて」
結構切実に言われてしまった。
「お前、このまま誰とも関わらないつもりかよ?」
「関係ないでしょ」
そう言い残して、走り去ってしまった。足が痛くておう気にもなれない俺はその後姿を見送っていた。
それにしても、あいつは何でこんな裏路地を歩いていたんだろう。
「ま、いいか」
この後俺は少し散歩をして、痛む足を抱えながら寮に帰った。
・・・ま、まずい。
先生が何を言っているのか、さっぱり分からない。紫音や光に手伝ってもらい予習してきたのに難しすぎる。
授業初日。東星学園で受ける初めての授業。
俺は、いきなりのピンチに直面していた。とにかく、授業の内容が理解できない。一時間目の魔法歴史学はよかった。予習していたのもあって、理解はできたし、暗記物だから問題は少なかったのだが・・・問題は次の基礎魔法学だ。正確に言うなら、その次の基礎魔法学とセットになっている、基礎魔法学実習だ。
さっきの授業で説明された魔法を実際に使用してみる授業なのだが、これが全くできない。
今日やるのは、『身体強化魔法』。最もシンプルで基本的な魔法で、魔法使いが最初に倣う魔法らしい。奥が深く、極めたものとそうでないものではもはや別の魔法であると言っていた。
「む、むむむ・・・」
『いいか、お前ら。前提として、魔力を感じることと確固たる発動後のイメージがないとうまく使えない。魔法は感覚的で恣意的なものだ。魔力量や精密な魔力制御はその後でいい。そして、魔法の発動を補助する技術が『詠唱』だ。これは最も、魔法使いが魔法をイメージしやすい言葉をまとめたものだ。慣れてくれば詠唱は不要になるが、慣れないうちはしっかりと覚えておくことを進める』
先生の言っていたことを思い出し、魔法を使おうとするが全くできない。
先生も、そんな俺の様子に気づいているのか、さっきから、こちらをちらちらと見ている。
大丈夫ですよ、先生。ちょっと気にかけてもらったくらいで、どうにかなるような問題ではなさそうです・・・。
「ちょっと大丈夫?」
光が心配してこちらに話しかけてきてくれた。やっぱり、光は優しい。
「ああ、一応」
「まあ、最近魔法に目覚めたのに魔法を使えっていうのは無理があるわよね」
今は、光の慰めの言葉が刺さる。法律で、特別な許可がない限り魔法の使用は禁止されている。日常生活では、一般人の魔法の練習など認められていない。だから、魔法に目覚めるのが遅かったといっても経験値的にはあまり変わらないはずなのだ。つまり、俺って才能ない・・・・・。
「そんなことはないと思うぞ?」
「紫音・・・・・」
紫音も、気にしてこちらに来てくれたらしい。持つべきものは友達だな。
「魔法は感覚によるものが大きい。先生も授業で言ってただろ?魔力を感じ取ること、確固たる発動後のイメージがあること。これが重要だって。詠唱はあくまでうまく発動させるための補助輪だからさ。ソナタは多分魔力を感じることができてないじゃない?」
「ああ、確かに私たち魔法使いは魔法に覚醒した時点で最低限のおおざっぱな魔力制御を教え込まれるけど、ソナタにはそれがなかったからうまく魔力を感じ取れないってこと?」
「たぶんね」
「コツがあるのよ。その人その人で個人差はあるけど、そうね・・・血液を、イメージするのが一般的ね」
「よくあるやつだな。魔力を血液に置き換えるんだ。魔法を発動するときは、その血液を外に放出するイメージ」
紫音が光の説明に補足を加えてくれた。早速、やってみることにしよう。魔力を血液に置き換える・・・・。
俺は正直びっくりしていた。コツをつかんで、魔力を感じ取ってからはあっという間に魔法を行使下からだ。まさしく才能のかたまりだな。俺が、最初に『身体強化魔法』をマスターするのにどれだけかかったか・・・。しかし、魔力すらうまく感じ取れていないならやはり報告書にあった『あれ』は偶然か。できれば、このまま自分が保有者であることを知らないでいてほしいものだ。
「集合~」
嬉しそうに、七星と笑い合う獅子堂を見て少し複雑な気分を味わっていると先生から招集がかかった。わらわらと生徒が集まっていく。
「『身体強化魔法』を使用できたものから今日は終わってよし。次の授業は魔法格闘術だ。遅れるなよー」
煙草をくわえながら、気だるそうな顔で指示を飛ばすうちの担任教師。入学式の教師は副担任らしくあまり学校に来ない。なぜ、この教師が担任なのか・・・。
そんなことを考えながら、俺は獅子堂達といったん教室に戻った。