接触
数週間後。俺は東星学園の門を潜った。無事試験をパスしたのだ。ボスのバックアップのおかげで、俺の身分はうまく偽装できたし経歴もなるべく怪しくないように変えておいた。問題にはならないだろう。
東星学園は、東京の中の魔法使いを育成する学園だ。ちなみに、日本は魔物たちによる侵攻によって領土の三分の二を今もなお失っている。残る主要な都市に代表で一人ずつ優秀な魔法使いを置き、その一人を中心とした組織に管理させるというシステムで動いている。
今は三月の頭。まだ肌寒く、外にあまり出たくない気候だ。なぜこんなに早くここにいるかと言えば、この学園は全寮制なのだ。故に、生活基盤を固めるため、少し早く寮に住むことになる生徒達がやってくる。
新しい生活に少し期待が高まるこの季節。
私服姿の生徒達が新しい学園に目を輝かせながら学園内を歩いている。記念の写真を撮ってる女子達や男子達もいて楽しそうだ。
主要都市の中でも随一の安全率を誇る。結界が張られて以降、魔物が決壊を破って侵入してくるケースはあった。そのたびに、少なくない被害が出て管理者が魔物を駆逐するまで安全とは言えない状況が続く。しかし、ここ東京は管理者たる七星家の当主が非常に優秀な魔法使いであるがゆえに結界を破って入ってくる魔物は瞬時に鎮圧され被害はほとんど出たことがない。だからだろうか?ここの住人は少し平和ボケしているように見える。
俺は簡単な手続きを済ませ、自分が過ごすことになる部屋へと向かう。キャリーバックを引きながら手元の紙を見る。
「寄りにもよって、相部屋かー。出来れば一人がよかったな」
全員の生徒が今日この学園にやってくるわけではない。ルームメイトがまだついていなければ、少なくとも今日は一人で居られるわけだが。
フローリングの床を歩き、517号室の札の付いた部屋の前までくる。
豪華なホテルのドアを少し質素にした感じのドア。その横にある黒い液晶画面に学生証をかざしてロックを解き、ノブに手を掛け、
違和感を感じた。人の気配がする。それも二人。先についていたルームメイトが友達でも呼んだのかな?まあ、社交的って資料にも書いてあったしな。恐るべし・・・まあ問題ないだろ。
俺は、そのドアを開けた。
「うわ!」
「きゃっ」
ドタゴタバタ!ガゴン!
開けると同時に一人の男子と、二人の女子の反射的に発してしまったと思われる慌てた声がした。ついでに何かが床に大きな衝撃を与えた音。
「「・・・・・・・」」
「・・・・oh」
ばっちりと目と声が合い、瞬時に冷静に状況を分析した。広いとはいかないが、それでも快適さを感じさせる部屋。部屋の端には高そうな二段ベッド。
イケメン・・・恐らく監視対象の獅子堂 ソナタが少女ともつれあっていたのだ。
金髪で美しい青い瞳の少女の上に黒髪短髪の獅子堂が覆いかぶさるように倒れていた。なるほど、主人公気質の奴は、ラッキースケベも起こせるらしい。まるでフィクションだな。
もつれた状態で固まっている二人を見ながら冷静に分析する。ドアに佇む1人はその場で深々と頭を下げた。
「お取込み中のところ、失礼しました。俺はこれで・・・」
バタン。
俺はドアを閉めるとキャリーバックを引きながらその場を去り始めようと方向転換する。
そしてその直後絶叫が響いた。
「「ちよっと待ったあああああああああああああああああ!!」」
すると、後ろから勢いよくドアが開いたと思ったら獅子堂とおそらく金髪の美少女の大声が廊下に響いた。
後ろを向いた瞬間、全速力で走り近づいていた。
「ちょ、何を・・・」
だがそんな言葉が続かず獅子堂に服の後ろ首と左腕を、美少女に右腕をガシッと掴まれた。
「な、なんだ!? 俺をどうするつもりだ、口封じか? 犯罪に手を染めてはいけませんよ。痴情のもつれなんかで殺されるなんて嫌だよ!!!」
裏の世界にどっぷりつかった人間が何を言っているんだといわれそうだが、こればっかりはごめん被る。
「誤解!!! 誤解なんだ。 まずは話し合おうよ!」
「そう! 貴方大きな誤解してるわ!」
「してない! 分かっているから。何なら1時間ほど外出てるから!」
「誤解してるだろ! 落ち着け!」
「問題ない。落ち着くのは君の方だ。そうだよな。それだけ主人公気質なら、そういうこともあるさ。俺は、分かってるよ。クソプレーボーイ。どうせ何人もの女を引っかけてきたんだろ。」
「君、俺のことどういう人間だと思ってるの?」
「入学前から女を自分の部屋に連れ込む人間だと思ってます。何か間違いでもあるんですか?」
「ち、違う! 連れ込んだんじゃない! 道案内してもらったお礼にお茶でも出そうとしただけで・・・」
「そ、そうよ。そんないかがわしいこと初対面の男としないわ!!!」
「別にいいよ、俺は分かってるから」
「いい加減話を聞けえええええええええええ」
五分後・・・にて
「はあ、なるほど。まあそんなことだろうとは思ってたよ」
「嘘つけ・・・」
学園に初めて足を踏み入れた俺は、自分が暮らすことになる部屋で早速とんでもない光景を目にしてしまってなんだかんだっで今に至る。
俺は椅子に座らされ、目の前の小さいテーブルを囲んで、正面にこのバカ騒ぎの主犯がいる。
「つまり、君はここに来るまでに迷っていたところそこの少女に道案内をしてもらい、道案内してもらったお礼にお茶でも出そうとした。しかし、広げて間もない荷物に足を引っかけ転んでしまった。そういうことだね?」
「「はい」」
俺は小さいテーブルの正面に座る獅子堂の肩に手を置いた。
「お前、色々凄いな」
獅子堂は複雑な表情で、問い返してきた。
「凄いってなんだよ」
「一つだけはっきりしたよ。やっぱり、君は主人公だ」
「何のことだよ!?」
「ところでさあ、話づらいから自己紹介でもしない?」
獅子堂はグっと喉を詰まらせて押し黙る。彼もこの流れを変えておきたそうだ。
金髪の美少女が整った苦笑いをしながら呟いた。
「そう言えばまだ自己紹介もしてなかったわね・・・」
「あ、じゃあ俺から」
気を取り直したように獅子堂が声を上げる。どこかはりきっている様子だ。しかし、君の名前は知っているんだよねー。
「俺は今日から君のルームメイトになる獅子堂 ソナタだ。よろしく」
黒い短髪からは爽やか系とさっぱりとした性格が滲み出ている。体格はこの歳でがっしりしている。
「ソナタか・・・変わった名前だな?でもなんだかいい響きだ。こちらこそよろしく。ソナタ」
「おう、よろしくな」
次いで、金髪の美少女が自己紹介した。
「私は七星 光。よろしくね」
七星・・・確か、七星家の当主には娘が二人いたはず。ということは・・・。
「七星っていうとあの七星?」
「ええ、そうよ。でも、別に意識しなくていいわ。同じ学園生なんだし」
「ハハハハ、意識はしちゃうなー。初対面が、初対面だからさ」
「さ、さっきのことは忘れなさい!!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ彼女を見て、自分との違いを嫌でも意識した。
「俺の名前は冬空 紫音。よろしく、お二人さん」
「しっかし、意外だな。ソナタが方向音痴だなんて」
「悪かったな・・・」
いじけるように獅子堂は、そっぽを向いた・・・中々子供っぽいところもあるようだ。
「いやあ、何でも出来るように見えるから」
「買いかぶりすぎだよ・・・」
「ふふ、ソナタってば面白いのよ。地図とにらめっこして、唸ってたんだから。それも道のど真ん中で」
「そ、その話はもういいだろ!」
そんな会話を四五十分しているうちに、日が傾いてきた。もともと、俺が着いたのが昼過ぎでそこからあのバカ騒ぎで1時間くらい使ったのでいい時間だ。
「そろそろ、部屋に戻って荷物の整理しないと」
七星が、思い出したように声を上げる。獅子堂も気づいたようで、椅子から立ち上がった。
「今日は解散にしようか?」
「そうね、また来るわ」
「おう」
「またな」
そう言って、七星は部屋から出て行った。
「さて、部屋片づけるか・・・」
「そうだな」
これから始まる生活に、色々思うところはあるが初日で監視対象とここまで親密になれたのも、同じ部屋だったのもラッキーだった。一人部屋のほうが楽なのだが、これはこれで結果的に正解だった。