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女の子と男の子が二人で一つといった感じになっていく様子を見ていた兄弟子が、師匠にお前もはやくあんな感じになれと言われてジト目になる話


「――とまぁそんな感じだったな」

 夜更け過ぎ。アンはそう言って話を締めくくった。

 エリックが帰宅し、エマもとうの前に寝入っている。工房にはうっすらとしたエーテル灯の灯りが揺らめいており、アンとトム二人分の影をぼんやりと写している。

 アンの語りが終わった工房には一年中絶やすことのなく燃え続ける炉の内側で熱を発している音と二人の小さな呼吸音だけが静かに響いている。


「はぁ……」

 するとその静寂に耐えられなくなったかのようにトムがため息をこぼした。

「なんだ、失恋でもしたのかい?」

「あなたの言い方にのっとって言うなら……そうかもしれませんね」

「そりゃ、いい経験になったんじゃないのか?」

 トムは返す言葉もなく黙る。


「俺にはわからないです……」

 エマが身に着けたという鍛冶師としてもっとも大切なこと、それがトムには全くわからなかった。武器を通してその向こうにいる人を見るということなのだろうがその実感が全く湧いてくることがない。

「ま、そうだろうね。あんたを弟子にした時からつくづくそんな気はしてたよ」

「……そうなんですか」

「あんた、私がエマを弟子にした時『なんでこんな奴を弟子に?』って絶対思ったでしょ」

「そりゃ、そうですよ。あなたの中では僕はまだ弟子じゃないんでしょう? それなのにエマを入れる時にはいきなり『今日から弟子ね』なんていっちゃって……」


 トムは自分がアンに弟子入りした時のことを思い出す。あれは自分が十八の時であった。

 無性に人と違うこととしたかったトムは友人たちが冒険者を目指すという話を適当に聞き流しながらこっそりと鍛冶師の道へと進むことを目指していた。

 しかも町で一番有名なオールポート家ではなく、路地裏でひっそりと営業しているような店に目をつけるという周到ぶりであった。

 まぁこれといった特別な目的があったわけでもなく、単なるちょっと人目につかないようところの方が何か特別な技とかがあるんじゃないか、なんて不毛な理由によるものであり、つまるところトムがアンのところへと弟子入りするようになったのは完全に偶然であった。


「ま、わざわざ私に弟子にしてくれなんていう変わり者なんだから、ちょっと遊んであげようかな程度に見てたのは否定しないけどね」

「……やっぱり真面目にやってくれてなかったんですね」

「いやー、でもあんたはよくできる方だとはつくづく思ってたけどね、今だってそう思ってるし」

 アンの元で下積みを始めたトムはみるみるうちにその才能を開花させていき、技術を次々に吸収していったがアンから正式に『私の弟子だ』と言われたことは一度もない。


「やっぱり俺はそのことが分かってないからなんですか……?」

「そーゆーことだね、ようやく気が付いたか」

 アンからそう言われたトムは再び長いため息をついた。

「あんたはそれを身につけるまでは弟子にはなれない、技術はもうすぐ私を超えるかもしれないけどね」

「俺はどうすればいいんでしょうか……」

「それは私にもどうにもならないことだ、いくら頼まれても金を渡されても教えられないものは教えられない、むしろ金を払ったぐらいで済むなら私から払いたいぐらいだよ」

「……だからユニコーンの角をタダにしたんですね」

 アンのそういうことだ、という返事を聞いてトムは心の奥底から同感するのであった。


「…………」

 手中にあるずっしりとした重みを感じながらアンはその重みを与えてくるものに視線を下ろす。

 以前見た物は『素人にしては悪くない』といった具合のものであったが今手にしているこれは明らかに完成度が上がっている。疑いの余地もなく『良いものである』という判断を下すに相応しいものだ。

「トム、お前も見て見な」

 隣にいるトムにもそれを差し出す、トムも素人が作ったにしては十二分すぎるその出来に驚いているようであった。


(どっちのお陰かねぇ……)

 その間、アンは作業台の向こう側で緊張した様子でじっと見つめてくる二人の様子を見ながら思う。

 エリックがまだまだ素人な以上、指導側であるエマがきっちりやらなければここまでの出来にはならないだろうがエマの力を引き出すのにエリックが力添えをしているというのもまた事実であった。

「いい、ものですね……」

 トムはどこか悔しそうな感情を湛えつつアンへと剣を返す。

「ということで、これはいい出来だ、素晴らしいよ」

 それを受け取るとアンは完成した剣を台に置きながら言った。

「あっありがとうございますっ!」

 アンが告げると二人はぱっと表情を明るして顔を向け合う。いつのまにやら顔を合わせていても二人とも目をそらさなくなっているようであった。


「さぁて、それじゃあいよいよ最後の工程だが……何を切る?」

 最後の工程、それは銘を刀身に切る作業。その人間の魂を封じ込めたものが手を離れる前に行われる最後の儀式。

 エマは当然のごとく、エリックも作業中にエマからその話を聞いていたので何をするのかは理解している。その上でアンは尋ねた。


 銘を切るといってもそこに切られるものには色々な種類があるが大きく分ければ三つほどに大別される。

 基本はやはり製作者の名前だ、大多数の場合は製作者の名前を切ることで誰の作品なのかをすぐに判別できるようにすることが多い、そうすれば不特定多数の人間の手に渡ったときに作った鍛冶師の名を売ることにもつながる。

 二つ目は使う人間の名前、いわゆる注文をした顧客の名前を切る。その人間のために作られたという意味合いも強くなるので切ることも多い。

 そして最後の一つはその武器そのものに由来する名前、いわゆる『武器の名前』を切るというものだ。

 これに関しては切られることはあまりない、製作者の名前を入れないので誰がつくったのかということが分からなくなってしまうからだ。


 鍛冶師も生活していくためには名を知ら占める必要はある、それでは宣伝としての効果が全くなくなってしまう。ゆえにこれを入れるのはすでに名が知れ渡っている者か、逆に鍛冶師としての名声にすら興味がないような者程度である。

 エリックは台に置かれた刃を見ながら考える。

 見た目にはこれといった特徴と言えるようなものは何もないシンプルなものだ。鈍い輝きを放っている長くも短くもないまっすぐな金属の刀身、そこに入れるに相応しいものは一体なんなのだろうか。


「名前を、入れます」

 エリックは答えた。これは大層な名前を入れるほどの大きなものではない、あくまでもこれは最初の一歩を踏み出し始めるだけなのだ。

「ってことは自分の名前ってことかい?」

 エマの指導があったとは言っても実質的にエリックが自らつくった

ことになる。制作者でも顧客でもどっちを選んでもエリックになるのは変わらないということになる。

「いえ、違います」

 しかしエリックはそれを否定する。

「僕と、エマさんの名前を両方入れます」

 それを聞いててっきり作ったエリックの名前を入れるのが当たり前であると思っていたエマは驚きの声を漏らす。それを横目にエリックは説明していく。


「確かに作ったのは僕ってことになるのかもしれませんけど、エマさんが指導してくれなかったら絶対にここまでにはならなかったと思います。だからこれはきっと僕とエマさん二人で作ったということにしたいんです」

 エリックは以前のようにしどろもどろではなくはっきりと説明していく。エリックの中にある重いというものもいつのまにかしっかりとした形に打ち上げられたらしい。

「あと、入れるのは刀身じゃなくて、柄の部分で、こっちならずっと持ち続けられますので」

「つくづく変わったことをするね、まぁ作った本人がそうしたいって言うんだから私は何も口出しできる立場じゃないか」

 アンはそこで話を終えようとしてふっと思い出したかのように一言付け加えた。

「唯一言えるのはあんたの言うもう一人の作った人間かな?」


 それを聞いてもう一人の作った人間であるエマがはっとしつつエリックを見る。エリックはエマに向かい合ってその目を見ながら言った。

「エマさん、僕と一緒に名前を入れてくれませんか、僕とエマさんのイニシャルを一緒に並べて置きたいんです」

 もはやそれはどこかの物語で使われそうな愛の言葉にも匹敵するようなセリフであったが、感極まっているエリックは恥ずかしげもなく口にした。

「わ、わたっ、私が……エリックさんのと、となり、にっ……?」

「ダメ、ですか?」

 エリックがほんのりと失望の表情を見せる。それを見てエマはすぐさま返事を返す。

「い、いいえっ! 大丈夫です! バッチリ大丈夫ですっ! ふ、不束者ですがっ、私をエリックさんの隣におかせてくださいっ!」

 エマの返事を聞いてエリックは表情をぱっと明るくさせる。そしてそれを受けてエマの表情も同じぐらい明るく、というか赤くなった。


「……師匠」

「なんだ?」

 それを見てトムがぼそりと呟く。

「今目の前で起きてることが鍛冶師スミスに大事なものって奴なんですよね……」

「そうだよ~」

「大きな影響を与えてるというのはとんでもなく良く分かりますけど……あそこまで行くものなんですか?」

「うん、いくよ? 私だってそうだったし、いやもっとすごかったね」

「ええ……マジですか……」

「マジマジ、あんたも早く体験しな、私もあんたがどんぐらい変わるのか見て見たい」


 目の前の光景はもはや恋人同士の掛け合いでも見せつけられているようにしか見えない、真の鍛冶師になるには本当にこれが必要なのだろうか。そのときとやらが訪れたときには自分もあんな状態に本当になるのだろうか。

トムはとても信じられない自らの未来を思いつつ、ジト目で二人のやりとりを眺めるのであった。



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