女の子と一緒に鍛冶をしている間に、いつの間にか責任感が生まれてしまい、大切なものを得た女の子に恥じないものと作るということを自覚する話
「あっ、ちちち!」
「斜めに打っちゃダメです! 水平に打つことが最優先です!」
「は、はいっ!」
作業場に置かれた炉の前でエリックが四苦八苦しつつ熱した鉄塊を打って伸ばしていく、そして横で見ているエマがそれにアドバイスをしてはさらに手を動かす。
「結構いい感じだねぇ」
「……そうですね」
それをこっそりと覗き見ながらアンがほくそ笑み、トムがなんとも言い難い感情を携える。
まずは指導役としてのエマに知識を入れるために三日ほどかけてアンが技術を教え、その間に道具の使い方などをトムがエリックに教えた。
簡単なことしかやらせてもらっていなかったエマだがそれによって逆に基本は完璧に出来ているということへと繋がっていたことが功をなし、何度か練習を重ねるだけでアンも驚くほどにエマはやり方を身に着けていき、エリックも必死に練習を積み重ねていく。
そしてエリックの武器作成が始まってから一週間となる今日、ついに本番が開始されたというわけだ。
作成にあたってアンとトムは手を出さない、エマも横で見てはいるものの手は出さずに最低限の口出しだけにすませる。綺麗にするのも下手になるのもほとんどエリック本人に掛かっていることになる。
鉄塊を赤い光を漏らしている炉の中へと入れ、熱に耐えながらその色を見極めていく、そして飴色となって粘度を増したところで取り出し、ハンマーを使って打っていく。
十数回打ち、わずかに伸びたところで再び炉の奥へと鉄塊を入れ、再び熱していく、これを何度も繰り返し少しずつ刃の形へとしていく。
「ハァ……ハァ……」
続くのはただひたすらの繰り返しの作業、金属の塊を炉へと出し入れするだけでも筋肉には負担がかかり、熱によって柔らかくなったとはいえ変形させるにはかなりの力でハンマーを振り下ろさなければならない。かなりの重労働である。
「大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくるエマに笑みを浮かべて答えようとするが辛さで顔をゆがめているような状態になってしまう。
重労働以外にも環境の方もかなり厳しい、高熱の炉が口を開けているので作業場は熱がこもりすさまじい室温になる。さらにハンマーで打つたびに赤く焼けた金属からは日の子が舞い散り、それによってさらに体感としての熱さが増大するのだからたまったものではない。
(あ、あづい……)
単調な作業と部屋の熱気で思考すらもぼやけそうになる。だがそんな時、突然ひんやりとした感覚が顔を覆いつくした。
「つめっ、たっ……!?」
エリックが驚いてばっと顔を上げると手ぬぐいを持ったエマが同じように驚いているのが見える。
「あ、ご、ごめんなさい、その汗を……」
あたふたとしつつエマは流れている汗を水で濡らした手ぬぐいで拭おうとしたということを話す。
「あ、ありがとうございます……ちょ、ちょっと待って下さい……」
エリックはお礼を言いつつ両手に持っている鉄塊とハンマーを床に置こうとした。
「だ、大丈夫ですっ! 私がやります!」
だがその前にエマの声が飛び、手ぬぐいが顔に向かって跳んでくる。
「え、ちょ……」
何かを言う間もなく、エリックの顔に手ぬぐいが押し付けられる。水にぬれた手ぬぐいはひんやりとしていてとても気持ちがいい。そしてエマは手ぬぐいでひとしきりエリックの顔をぬぐってから手を離した。
「すみません、ありがとうございます」
顔全体がひんやりとした感覚に包まれ、汗も拭われてさっぱりとしたエリックはお礼を言った。
「い、いえ……」
エマはぼそぼそとした口調で目を逸らしながら答える。その様子を見てエリックが心配そうに聞いた。
「あの、エマさんこそ大丈夫ですか? 顔が凄い赤くなってますよ」
エマの顔は炉の赤い光によって照らされていることを入れたとしても、目に見えて赤くなっている、もしかしたらさっきまでの自分のように暑さでまいりかけているのかもしれないと思ったエリックはそれを指摘する。
「あ、赤っ……いえっ大丈夫ですから!」
それにエマが力いっぱい反論するとエリックはまだ少し心配そうな視線を送りつつ再び作業へと戻って行った。
「すみません! 刀身が完成したんで見て頂いてもよろしいでしょうか?」
朝から始め、日が暮れかけるころまで打ち続けてようやくエリックは刀身を打ち終えることができた。完成した刀身を抱えて部屋を出ていき、隣の部屋にいるアンへ確認を行ってもらう。
「どれ……」
刀身を渡すとアンの目つきが変わった。初めに言っておくがエリックの作った刀身はプロの目からすればみるからに下手くその一言で片付いてしまうような微妙なものである。
まっすぐにするつもりでも微妙な力加減による変化はどうしようもなくじっくりと見ると熱さが違っている部分や曲がっている部分も少なからずある。
それでもアンはすぐには結論を出さず、じっくりと端から端まで食い入るように見つめていく。
「ちょ、ちょっと、曲がってますかね……」
沈黙に耐えられなくなったようにエリックは自信なさげに呟いた。まっすぐな刀身を持つ物を目指していたのだがハンマーで叩いて伸ばすので綺麗にまっすぐと伸ばすことはかなり難しく微妙に歪んだような形になってしまっている。
「ま、確かにこれをエマがやったっていうんなら突き返してもいいんだけど……」
「ですよね……」
隣にいるエマが顔を曇らせる。エマには散々横にたっていろいろと言ってもらったり同じミスをしても根気強く何度も教えてもらったが結局これが精いっぱいであったのだ。
「……すみません、まだうまくできなくて……」
エマが悪いわけではないということを含みつつ言う。
「素人がやったてんなら上出来だ、たいしたもんだよ」
しかしアンはまんざらでもないように手中で転がしながら言ってきた。
「そ、そうですか?」
「むしろ曲がってるってことの方が良い、手作りの味みたいなもんさね、自分で作ったって証拠にもなる」
「ど、どうも……」
「というか早く完成させてもらってエマを返してもらわないとね、こっちの人手もそろそろ必要なんだ」
「あっ……す、すみません……」
思えばエマはエリックに一日中付きっきりである。エマがやらなければならない仕事だってたくさんあるはずなのだ。
「良いって、坊やほど必死にやってるやつを近くで見てるのは面白いしね、そんじゃそろそろコイツの出番だ」
そう言うとアンは懐に手を入れてそこから布につつまれたものを取り出し、エリックの方へと渡してきた。二十センチほどの長さをした円筒形の物体、それが何なのかエリックは受け取った瞬間の軽さで理解した。
「こ、これって……」
エリックはぷるぷると手を震わせながら布を開いていく、するとその下にあるらせん状の模様をたたえた白い輝き、ユニコーンの角が姿を見せた。
「ああ……」
エリックはそれを見て思わず声を漏らした。
「そいつは加工が難しいからね、こっちで切っといてあげたよ」
アンが笑顔を浮かべながら言う。
「あっ、ありがとうござい――」
感無量を感じつつエリックはお礼を言って頭を下げる。がそこで一つ重要なことを思い出した。
「あ、あの、ところでこれって何なんですか……」
これが何のモンスターの素材なのかまだ聞いていないうちにここまで来てしまっていたエリックは尋ねた。
「えっ……エリックさん知らなかったんですか……」
「あれ? まだ言ってなかったっけ?」
するとエマが固くしたような口調で声を漏らし、アンはすっかり忘れていたといった具合に首を傾げた。
「それユニコーンの角だよ」
そしてすっと余りにも軽くエリックにその事実を伝える。
「……え?」
エリックは先日地下室にあった白く長いままの状態のそれを思い出し、同時にユニコーンの角というものについても考え始める。
ユニコーンというものはエリックも当然知っている。その存在はあまりにも珍しいがゆえに昔話の英雄の話なんかにもしょっちゅう出てくるからだ。
白いたてがみを中心に純白の神々しい姿をしていながらその気性はすさまじく荒々しく、その逆鱗に触れたが最後、辺り一面を壊滅させるとまでいわれるその姿はまさに最も美しく、最も気高いモンスターと言われている。
それゆえにその体を構成しているその素材は超一級の武具の素材として珍重され、特にその角は軽さと頑強さを兼ね備えたまさに自然が生み出した凶器と言われるほど。
エリックが昔読んだ英雄の話にもユニコーンの角の根元に持ち手を付けただけという槍を持った騎士が登場し、見た目の単純さとは裏腹にあらゆる金属をつらぬく威力を持っていたと書かれていた。
(あれはすごかったな……流石にあそこまでの威力はないと思うけど……でもユニコーンっていう存在は本当にいるんだよね、となると実際には角がどんな威力を持っているんだろう……ああ、そう言えば昨日見たアレが角だったんだよねぇ、いや綺麗だった、もっと見ておけばよかったな、ところで今持ってるこれってその角なんだよなぁ……)
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
エリックは叫んだ、いろんな意味で。
「うるさいよ」
「ぁだばっ! ばっばっばっ……」
その頭をアンが速攻でブッ叩くがその程度ですぐに落ち着くようなエリックではない。伝説級のモンスターであるユニコーン、その中でも一体からたった一本しかとれない角を使いたいなどといっていた自分がどれだけのことをしていたのか。エリックは自分の見る目のなさに打ち震える。
「ユ、ユニコーンの角ってっ、い、いくらするんです……か?」
「ユニコーンの角の価値を言う時に良く言われる下りってのがあるんだよねぇ……それじゃ取り合えず適当に高いと思う金額を上げてみ?」
「え、ええっと……」
エリックは取りあえず頭の中で思い浮かべられるだけの『大金』を描いた、高いといっても素材なんだから一生かかっても払えないようなところまではいかないと思う……でもその十分の一とかなら行きそうな気も……。
エリックは頭の中でそんな思案をしつつ、予想金額を出した。
「まぁだいたいその十倍ってところかな、一本まるまるならね」
ところがアンが言ったのはその十倍、つまり本当に一生かかっても払えないような金額そのものであった。
「そそそ、そんなの、僕払えないですよ!」
聞いた途端、当然のごとくエリックは体を震わせながら手中にあるユニコーンの角を綺麗に布に包みなおし、返そうとした。しかしアンはエリックに押し付けるようにしてそれを拒否する。
「残念ながらもう切っちゃった分は返品できませーん」
「そんな……安く作るって……ああ、でも……使いたいっていったのは僕……」
エリックはがっくりとうなだれる。
「大丈夫だってタダにしとくからさ」
「えっ!?」
だがアンにそう言われると再び顔をバッと上げた。まさかそんなことはあるわけがない流石に冗談に決まっている。
「冗談じゃないよ、本気、それはタダにしといてあげる」
しかしアンはもう一度念を押すようにそう言った。
「な、なんで……?」
いくら短く切ったものとは言え、手中にあるものがどれだけの価値があるのかは重々承知している。これを無料でくれるというのはどう考えてもおかしいに決まっている。
「まぁ、正確に言えば『本当にタダ』ってわけじゃない、というか世の中に本物のタダなんてものは存在しないし、一見タダに見えてもそこには何かしらの利益ってものが存在しているものさ、この場合はそれを坊やにタダでやったとしても私の方にもそれに相応しい価値ってものが出てくるんだ、だからそれを一見タダであげちゃっても大丈夫ってこと」
アンの説明を聞いてエリックが首を傾げる。
「僕、何かしましたっけ……?」
確かにときおり、『いいことを言った』とか『面白い』とか『素人にしては上出来』みたいなことは言われたがそれは別にそんなに凄いことでもない。
むしろここまでのエリックはいうなれば。自分の考えを言葉にすらできていないのにずかずかやってきて、安く作りたいから設備を貸してほしいといい始める素人なのだ。
そこにユニコーンの角をタダであげてもいいといるほどの価値があったようにはとても思えない。
「ちょっと横を見てごらん」
エリックが疑問に思う中、アンはエリックに向かって言う。エリックがそれに従って横を向く、そこには当然だが一日中手助けをしてくれて今も場に立ち会っているエマの姿があった。
「それがユニコーンの角をタダであげてもいいぐらいの対価だよ。おっとエマ、目をそらしちゃダメだよ」
エリックと目があったエマは再び目をそらしてしまっていたがアンに言われてふるふると震えながらエリックと目を合わせた。先ほど工房にいた時と同じぐらい顔が赤くなっている。
「あんたはエマという鍛冶師一人を大きく育ててくれた、言葉で言っただけでは絶対に伝えることができない体験することだけで伝えることができることを伝える手伝いをしてくれてた、いくらお金を払ってもできないことをしてくれたんだから、そこまでの価値は十分にある」
「そんなに……? 僕はなにもしてないですよ?」
「そりゃそうさ、大事なのはエマが何を思ってるかってことなんだから」
「エマさんが?」
エリックはエマの顔を見ながら言った。するとエマはにっこりと笑って答える。
「……はい、とても大きなことをしてくれました、今まで私が感じたことのない初めての気持ちです」
笑顔でお礼を言ってくるエマの姿を見てエリックはちょっとだけ気恥ずかしくなり、自分から目をそらした。そしてアンの方へと顔を向ける。
「アンさん、お願いがあるんですが」
「ん?」
「……やっぱり、もっとつき詰めたいのでもう一度打ち直したいです、それで……」
一拍置いて呼吸を整える。そしてはっきりと言った。
「エマさんを少しの間、僕にくれませんか」
「……ぅえっ!」
エリックのお願いに誰よりもはやくエマが反応し、声を上げながら後ろへと飛びのくように後ずさる。
そこで流石に言い方にちょっと語弊があるということにエリックは気が付いて慌てて訂正する。
「あ、そのくださいって言ってもその……貸して、貸していただけませんか? エマさんに教えてもらって作りたいんです」
エマに何かしらの影響を与えるような存在になっているのならば手を抜いたものを作りたくないし、ユニコーンの角をタダで譲って貰ったんだからそれに見合うような立派なものを作りたい、その一心でエリックは伝える。
それであっても聞きようによっては十分に語弊が出てきそうなものであったがそれを聞いたアンは面白そうなものを見るような目で言い返した。
「なんだい、急に責任感でも湧いてきたかい?」
「い、いや、それは、その……」
まさに図星を突かれたエリックはすぐに答えることができず、言い澱む。
「ま、エマにとってもそれが良いかもね、しっかり責任を取っておくれよ?」
「し、師匠……そ、そんな言い方は……」
同じくエマも似たようなことを言われ、しどろもどろな状態となる。
「んー? 何か間違ったかなぁ?」
ケタケタと笑うアンをみてあたふたとするエマ、エリックはそこに向かって声を掛ける。
「エマさん」
「はっはい!」
エリックに声を掛けられたエマはすぐさまぱっと向き直した。
「すみません、またお願いすることになってしまって……」
「……いえ、大丈夫ですよ」
エリックはしっかりとエマの方を向きなおす。そしてしっかりと頭を下げて言う。
「……もう一度俺の指導をお願いしてもいいでしょうか」
「はい、わかりました。最後まで私はお付き合いさせていただきます」