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男の子の要求を叶えるために貴重な素材まで惜しみなくつかう師匠に兄弟子が困惑するが師匠に説教されてしまい、反面スミス見習いの女の子は最も大切なことを掴みかけていき、兄弟子は微妙に蚊帳の外になりつつある話


「普段は他人は入れないんだけど、今回は特別だよ」

「うわぁ……」

 アンに連れられて地下室へと降りていったエリックは目の前に広がっている光景を見て思わず声を漏らした。


 そこにあったのは大小さまざまなモンスターの素材の数々、人間の指ほどの大きさを持ったものから手首ほどもありそうなものまで色々なものが壁に取り付けられた金具に固定されている。

「こいつらが坊やの剣の芯になるものさ、まずはここから選びな」

 ランプを手に持ったアンが言う。

「え、僕が選ぶんですか?」

「そりゃ自分で作るんだ、素材を選ぶのも自分でやりな」

「で、でも僕、素材の性質……? みたいなことは全然知らない……」

 するとアンがいきなりエリックの肩を強くたたいた。びりびりした痛みが奥の方まで残る結構な強さだ。

「大丈夫だって! こういうのはノリで決めるもんさ、私だってなんとなく雰囲気で決めてることはよくある」

 本当なのだろうか、アンの言い分を聞いたエリックは少し心配になる。

「師匠いつも『素材の味を最大限に生かせ』とか言ってませんでしたっけ……」

「私にも『素材の名前と特徴を暗記しろ』って言いましたよね……」

 後ろにいた二人にも同調されてエリックはますます心配になっていく。しかしそんなことはつゆ知らずといったようにアンはエリックの背中をどんと押して部屋の中に一歩踏み出させた。


「今回は素人が作るんだから中途半端な知識はむしろ邪魔になる、素人特有の観察眼ってのは時には馬鹿にならないことだって多いんだよ」

 褒められているのか何なのかよくわからないことを言われつつ、室内に放り出されたエリックは取りあえず近くにある棚にぎっしりと並べられている箱の中から順に見て回っていくことにした。

 箱の蓋を開けて中を見て見ると爪の先ほどの大きさの赤色の六角形の物体が仕切りによって分けられて入れられているのが見える。蓋の部分には『小型・赤鱗』と書かれておりたぶん全て小型モンスターの鱗なのだろう。

 一見すると赤い色をした鱗が仕切りによって無造作に分けられているだけに見えるがよくよく見ると、その仕切りごとに赤の色相が微妙に異なっている。

 同じモンスターの場所別になっているのか別のモンスターの物なのかは分からないが、こんな小さな鱗一枚だけでも数十種類以上の分類に分けられて管理されているのだ。


(こんなに種類が……)

 それを見ただけでエリックは言葉を失った。こんなに種類があったのではどれがいいのかなどということは分かるわけもない。

 箱を元に戻し、エリックは部屋の奥の方へと向かって行く。奥には角や大きめの爪などがそのままの形で壁に掛けられているがそもそもどれが爪でどれが角なのかさえもよく分からない。

(持ち手に使うんだから、別にそんな大きくなくてもいいんだよね……あと加工するのも大変そうだから元から細長いほうがいいのかも)

 そんなことを考えつつエリックは壁に掛けられたものを見ていく、どれも太くて大きい、さらに曲がっているものばかりで加工に手間がかかりそうなものばかりだ。

 残念ながらエリックの要望に応えてくれそうなものはほとんどなかった。だが最後に目についた部屋の端の方にひっそりと置かれているものはそれに適っていそうなものであった。


(これ……しかないよな)

 完全に楽につくることばかりを考えているエリックが目を付けた白い物体。多分『角』であり、他の物とはくらべものにならないぐらい綺麗なまっすぐとした形状。

 長さが一メートル近くあるので切らないと使えないとは思うが、太さはちょうど手で握れるぐらいのものなのでもしかしたら使う分だけ切ればそれでもう完成になるかもしれない。


「……これがいいかな」

 エリックは内心でそう確信したことを思わず呟く。

「おや、お目が高いね、そいつを選ぶとは」

 するとまたしてもいつの間にか背後へとやってきていたアンが称賛するような口調で言ってきた。

「これって角、ですか?」

「ああそうだよ、持ってみるかい?」

 アンは掛けられている角の金具へと手を伸ばすと取り外してエリックの方へと手渡してきた。

「ほい、持ってみな」

「ありがとうございま――えっ?」

 受け取ったエリックは驚いた。手中にあるその一メートル近くある角が、あまりにも軽すぎたからだ。

軽いなどというものではない、ほとんど重さと言えるようなものを感じないのだ。まるで細長く丸めただけの紙でも持っているかのようだ。


「驚いただろう? その角はほとんど質量が無いんだ、つまりとても軽い」

 アンの説明を聞きながらエリックは手中の白い角の表面を撫でる。するとまるで螺旋のような溝がその表面にあることに気が付いた。

「しかしそれほど軽いのに特殊な螺旋状の構造によって並みの金属を遥かに超えるような強度すらも兼ね備えているときたもんだ」

「……これを使いたいです、いいですか?」

「うん、まさに今の坊やにぴったりのものだ、それを見つけるとは良い目をしてるよ」

 アンは頷きながら答えた。するとそんな二人の後ろにトムがやってきて遮るような勢いで言い始める。

「ちょ、ちょっと師匠! それはユニコ――いでででっ!」

「ちょいと静かにね」

 するとアンはトムの顔を鷲掴みにするようにして喋るのをやめさせた。

「さて、それじゃ材料も決まったところだし、明日からはさっそく作業に移ろうか!」

 顔面を締め上げられて悶えるトムの声を背後に聞きつつエリックは頷いた。


「こっこれが、ユニコーンの角……すごい……」

「見事なもんだろう? もしちょっとでも素材の知識を持ってたらダンドリオンの牙とか、ジェベリウスの爪辺りを選ぶもんだけど、そんなものに惑わされないでこいつを見つけるのはやっぱり素人目さまさまだね」

 エリックが帰宅した後、地下の倉庫から持ってきたユニコーンの角をエマはじっくりと見つめていた。

「な、なんでうちにこんなものがあるんですか……?」

 エマが興奮しすぎて声を震わせながら聞く。

「なんでだろうねぇ、気づいたらあったんだよねぇ」

 アンは全くそんな様子も見せずに答えるが、これは本来その辺にあるようなものではない。


 ユニコーンの角、それは言わずもがな一角獣たるユニコーンの角である。

 純白の身体を持ち、その象徴である一角の角を持ち風と一体となって走るというユニコーン存在は冒険者の間でもたびたび噂されているが実際にその姿を見たというものや、狩ることに成功したという話はほとんど聞くことはない。

 近年に至っては素材すらもめったに流通しなくなり、数十年前に流通した最後の素材がほんの少しだけ余っているといっただけという噂が流れる程度だ。

 もしそれが事実なのだとすればここにある完全な状態のユニコーンの角は世界で最後のそのままの姿を残した一本という可能性も大いにある。


「師匠……これ本当に使っちゃうんですか……?」

 エマが目の前の存在に打ち震える中、未だにこめかみのあたりをさすっているトムは驚きはもちろんのこと、それ以上に残念そうな表情でそれを見つめていた。

「なんだい、素材を使わないのはそれこそ宝の持ち腐れじゃないか」

「でもそれって昔から師匠が大事にしてたものなんじゃ……」

「大事とはずいぶんなことを言うね、私はいつか使う時のために取っておいただけさ、そして今日使う時がやってきたから遠慮なく使ってやろうってことだけさ」

「で、でも……ユニコーンの角ですよ! もう二度と手に入らないかもしれないものなんですよ! 使うにしても芯に使うなんてもったいない……」

 トムがもう我慢できないとでもいうように言う。するとアンが厳しい視線を投げかけつつ言った。


「トム、聞きな。あんたは鍛冶師としては一人前だ、私の持ってる技術をしっかりと余すことなく吸収したあんたはあと少しすれば私を超える腕前を持つことができると思うよ」

 アンはトムをそう褒めたたえたのちに続ける。

「でもね、あんたは鍛冶師として一番大事なことを分かってない」

「大事なこと……?」

「いつも口を酸っぱくしていってるだろうに……なぁエマ?」

 渋い顔をして頭をひねっているトムを尻目にアンはエマの方を向いた。それを見てトムはますます頭を傾げる。

「エマが何を……?」

「あんた本当に分かってないのかい?」

 アンが呆れたねぇ、とため息を付く。

「それについちゃエマの方がよっぽど分かってると思うよ」

 アンがそう言うのに合わせてエマはトムに向かって説明するように言った。


「トムさん、さっき私に言ったじゃないですか。『これ』ですよ」

 困惑しているトムにエマが自分の胸の辺りを抑えながら言う。鍛冶師に一番大切なこと、それは今エマが抱いているこの気持ち、この感情。

 自分が作りたいという気持ちそのもの、相手の望むものに自分自身が近づきたいという羨望にも似たこの感覚。今もエマの胸中にあるこの感覚なのだ。

「エマ、あんたあのエリック坊やのこと好きになってるだろ?」

 エマが自分の胸の内にある感情を感じているとアンが唐突にそんなことを言ってきた。


「ぅえっ……!?」

 エマがおかしな声で返事をするとアンはけらけらと笑い始める。

「わかる、分かるねぇその気持ち、あたしもそうだったよ『こいつの為に武器をつくりたいなぁ……』って思った瞬間に出てくるんだよねぇそういうのが、こいつの望む武器をそのまんま作ってあげたいって思ってるうちにいつの間にかそいつの為に何かしたいっていうこととごっちゃになってきちゃってね……」

「し、師匠も……そう、だったんですか……?」

「それがあれば心意気としてはもう一人前だ、武器を作ることを通してそんなことまで無意識に考えられるところまでいってる。気持ちとしてはもう十分だ」


 アンはそう言うとエマの肩に手を置き、言った。

「よし、今回の加工の手ほどきはあんたがやってやりな」

「加工って……私が教えるってことですか!? 出来ないですよ!」

 エマはまだ簡単なことしかやらせてもらっていないのだ、いきなり指導レベルをやれと言われても無理なのはわかりきっている。

「今から教える、あんたは飲みこみが早いから二、三日もすれば最低限のやり方ぐらいは覚えられるさ」

「でも、だからっていきなり初心者に教えられるところもまで行けるわけが……」

「おや? エマは教えるのが上手いとどこかの誰かさんに言われたんじゃなかったのか?」

 慌てふためく中でアンに言われた茶化すような言葉を聞いてエマは顔をぽっと赤くしてもごもごと呟き返すことしか出来なかった。


「でも師匠、エリックは安く作るっていってましたよ? ユニコーンの角なんて使ったら……」

 そこで微妙に蚊帳の外になりかけているトムが言う。

 ユニコーンの角は超貴重な素材である。素材の時点で並みの一級の完成品を遥かに凌駕アするほどの価格となったとしてもおかしくない。

「大丈夫だって、あとで説明するからさ」

 しかしアンはその点についてはしっかりと考慮していた。がまだ説明するには少しだけ早いと思ったので今はそういうだけに留めておいた。



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