男の子の要求を少しずつ叶えると同時に、師匠の計らいで二人きりになったスミス見習いの女の子と冒険者見習いの男の子が微妙に良い雰囲気になり、男の子との距離感が着実に進みつつある話
「おーい、大丈夫か?」
エリックが奥へといったのを確認してからトムは棚の影に隠れっぱなしだったエマへと声をかけた。
「っ……はぁ」
エマは呼吸するのも忘れて見入っていたようであり、呼吸を整えるような大きなため息を繰り返しながら影から出てきた。出てきたエマは何を言うこともなくぼんやりとした様子で黙っている。
「どうだ? 感想としては?」
「正直……息がつまりそうでした……」
「恥ずかしいもんだろ? 他人のことを聞くってのは」
「……そうですね」
エマはぽつりと声を漏らす。
エマは鍛冶師見習いではあるが当然将来は鍛冶師として誰かのために武器を作ることを夢見ている。
まだ見習いであるエマはようやく金属の打ち方が身についてきた程度で、販売できるような武器をつくることなどはできないが、そんな時に現れた武器を夢見るような表情で見る男の子を見て、彼のための武器を作ることをどこかでやってみたいと思っていたのである。
そんなときに彼の望むものの条件を聞かされたとくれば息をするのも忘れるようなことになるのは鍛冶師として当然のことであった
「今のその感じ、分かるか? それが鍛冶師として一番大事なことらしいぞ?」
「この、感じ……」
エマは自分の内側で少しづつ燃え上がり始めている感覚をたしかに感じていた。今まで味わったことのない、明確な欲求。
「さて、そんじゃ理解したところで行くとするか」
エマが胸の中に込み上げてくるものを感じる最中、トムは言った。
「ほれ、お前も来い」
するとエマの方にもちょいちょいと手招きをしてきた。
「私も、ですか?」
エマはまだ見習いである。依頼をしてきた人との細かい打ち合わせの場所に身をおいたことはまだ一度もない。
「今回の仕事はお前にも色々と良い機会になるだろうって師匠が言ってたからな、お前もこっち側の人間だ」
「は、はいっ、分かりました!」
そう言われつつエマはトムと共に奥へと向かって行った。
見ているだけじゃない、本当にかかわることができる。自分が作ってみたいと思った人間が求めているものを共に考えて作る場所に立つことができる。
エマの胸中は留まるところを知らないほどに高ぶり始めていた。
店の裏にある工房をさらに抜けた先にある二階建ての建物。そのうちの一室にエリックは招かれ、さらに三人も同室に集まって椅子に腰かけところでアンが切り出した。
「ま、結論から言っちゃえば、一番安く済むのは剣だ、それも一番短くて簡単な小さなやつ、小刀ってやつだ」
剣は武器の形としては最も単純なものであり、作るための手順も確立されている。刀身も短い小ぶりなものならば道具さえあれば極論素人でもそれっぽいものを作ることはできる。
「そうですか……」
だがそれを聞いたエリックはどこか不満そうな返事を返した。
「何か言いたいことがあるなら遠慮はいらないよ」
当然アンはすぐにそれに気が付いて聞き返してきた。
「僕は、剣が、いわゆる剣らしい剣がいいです、小刀じゃなくて」
エリックは正直に言った。
いくら安く済んだところでトーマスが欲しいのは小刀ではない、エリックが欲しいのは一振りの剣、腰に差して柄を握り、すらりと刀身を引き抜くことができるあの剣なのだ。
「いいね、妥協をしない、そういう奴は好きだよ」
エリックの返事にアンはニヤリと笑みを浮かべる。
「ちなみにどのぐらい出せるんだい?」
「えっとですね……だいたい……」
アンに言われたエリックはぼそりと出せる金額を口にした。それはまさしく一般的とでも言えるような金額であり、ちょっといい物を、なんてのにも届かないような金額であった。
「ははっ、なるほどねぇ」
「す、すみません……無理ですよね……」
笑うアンを前にしてエリックは身持ちが狭そうに返事をした。
「おいおい、何言ってる? 誰もできないなんていってないだろ? できるよ」
「えっ、本当ですかっ!」
「マジマジ、金取ったときしか良いものつくれないなんてんじゃあまだまだ、本物の鍛冶師ってのは安かろうがなんだろうが最高のものを作るのも腕の内なんだよ、舐めないでほしいねぇ」
アンの自信たっぷりの返事にエリックは心を躍らせる。
しかし、アンはそのあとに一言付け加えた。
「ただし、失敗する可能性も十分にある、この場合は安く済む代わりに時間と前準備が面倒になるって感じだな」
「や、やりますっ! 僕に出来ることならなんでも!」
エリックは心をおどらせながらすぐに返事をする。
「んじゃ、決まりだ、あんたが作りたいその剣ってのは――自分で作るんだ」
「……え?」
しかし次に言われた言葉を聞いて、言葉を失った。
「武器が高いってのはその素材の値段ってのもあるけど、金属もモンスターの素材も大量に買っちまえば一つ分に使う材料費なんてのはそうそうかからないんだよねぇ」
「はぁ……なるほど」
「それなのになんで売ってるのはウン十万、やべえところだとウン億なんて価格になると思う?」
「……儲けるため、ですか?」
「かっはっ! 正直な答えだねぇ……ま、それも間違っちゃいないけど今回はもうちょっとかっこいい方を答えにしておきたいんだよね……」
言いながらアンは同じ机にかけて一部始終を真剣な表情で見守るエマの方を見る。そして聞いた。
「エマ、教えてやんな、なんでそんなに高くなるのか」
突然話題を振られたエマは一瞬ためらいながらも口を開いた。答えはすでに分かっている、アンの元に弟子入りしてから常に幻聴が聞こえてきかねないほどに繰り返し聞かされたことだ。
「鍛冶師の腕の価値です」
「その通りだ」
エマの返答にアンは頷きながら答えた。
「高い武器ほど性能がいいってのは正解だしわざわざ言わなくてもほとんどの人間は理解してる、価格とそれに見合う対価がなきゃ商売にならないからね。でもそこから一歩先にいったところ、その性能ってのがどこから来てるのかを本当に理解してるやるってのはいがいと少ないんだ、武器を使ってるはずの冒険者でさえな」
アンが語るその口調からはどこか失望のような物も感じられる。
「ったく……なんであいつらは武器しか目にはいらねぇんだか……そんなんだから……」
「あ~……えっと、エリック君は鍛冶の知識とかは?」
なにか暗い物を秘めた目つきでぶつぶつと言い始めるアンを見てトムが自然な動きで話題をそらしにかかる。
「そ、そんなのないですよ! 素人以前です! 作り方だって知らないですしっ」
「まぁそうだよねぇ……だそうですよ、師匠?」
「知識なんてそんなのはどうとでもなるさ」
「いや、でもっ……」
「坊や、さっき言っただろ? 自分が欲しいやつがあるって」
わたわたと困惑するエリックにアンが言う。
「妥協はしたくない、望むものが欲しい、だけど金はない、ときたら自分で作るしかない、違うかい?」
アンの言葉にエリックは黙り込む。
「安心しな、作るのは坊やだけど、道具は貸してやるし、やり方も教えてやる。ようは注文して気に食わなかったら文句を言うような顧客じゃなくて、気に食わないことがあったら自分の責任が付いて回る『こっち側』に立つんだ」
こっち側、つまりは作る側の人間。いつどんな時でもどんなものでも他人のために最高の一本を作り上げることを生業としている側の世界。
エリックが今まで知ってはいたが考えすらしなかった世界、そこに自分が飛び込むか否か。
「で? どうする?」
アンはもう一度聞いた。なあなあの選択ではなく、はっきりと明確な答えを求めるかのように。
「分かりました、明日……いや、今日からやります、やらせてください」
エリックはすぐに答えた。自分の中にあるこの思いはそのぐらいの信念があるものだと分かっているのは他でもない自分自身だ。
「よし、それじゃ、さっそく取り掛かるとするか! トム、図面を持ってきな」
「はい、分かりました!」
バタバタと動き始める工房の空気、その中に自分自身がいることをエリックは剣を眺めていたあのころ以上の期待感に包まれていた。
「これが図面、つまりは武器の設計図だな」
トムが持ってきた【図面】と書かれた本を受け取ったエリックはそれを開いてあっという間に目を奪われた。
大きな紙一覧に描かれているのは写生葉の葉を使った鮮明な剣の絵とそれを補完するように書かれた夥しい数の手書きのメモ。
「綺麗に扱ってくれよ? 写生葉で現像した絵は貴重だし、そいつはうちの要だからなからな」
トムが横で軽く注意を呼びかけるがエリックは全く聞いていない。
頭の中のぼんやりとしたものでしかなかった剣という存在が明確な形になってそこに存在している。詳細に書かれたメモはエリックが今まで知らないような知識までかかれており、文字列を追って行くだけでもエリックの中に次々と新しい知識がしみ込まれていく。
「取りあえず基本的な形状としては二十ページ辺りから……おーい、聞いてるか?」
話を進めようとしたトムだがエリックは図面の一ページ目のからじっくりと読み込み始めており、一時も目を離そうとしない。
そんなエリックの目を見てアンはそっとトムに告げた。
「トム、今回はエリックが主体だ、好きにやらせてやんな」
「……分かりました」
トムはそれを聞いてそっと下がる。
「エマ」
トムが一歩下がる代わりにアンはエリックをぼんやりと見つめているエマに声をかけた。
「この様子じゃ始まるまでにだいぶかかりそうだ、私らは仕事に戻るからエマは見張っといておくれ、その図面はうちの要だからね、盗みはしないだろうけど好奇心で持って帰られでもしたらえらいことになる」
「えっと、ここにいればいいんでしょうか?」
「そゆこと」
アンはエマの肩に手をぽんと置いて部屋を出ていく。
「んじゃトム、残りの矢じり一万本さっさと作りに戻るよ、期限は明後日だ」
「え? 期限って明々後日って言ってませんでしたか!?」
「あれ? そうだったかな?」
「そうですよ! ちょっと、間に合うんですか!?」
「ま、ささっと作れば大丈夫だって」
「だからなんでもっと余裕持った工期を取ってきてくれないんですか~!」
「しょうがないじゃん、そうでもしなきゃ大口の依頼がこないんだしぃ~」
トムが声だかに文句をいい、それをアンが適当に流しつつ部屋を出て、工房の方へと戻っていった。
部屋の中には机に広げられている図面から一瞬たりとも目を離そうとしないエリックとぽつんと手持無沙汰な状態のエマだけが残された。
さてどうしたものか、向かいにいるエリックの様子を見ながらエマは思った。
部屋の空気は重苦しいような感じであり、とてものんびりとしていられるような状態ではない。エマは適当に室内に視線を巡らせ、最終的にある一ヶ所でぴたりと止める。
「…………」
今の部屋の中にあるもので一番エマが興味を惹かれるもの言ったら確実に向かい側にいるエリック本人に他ならない。
顔立ちはまだ幼いが初めて見たときの丸顔に近かったような顔と比べればずいぶんと成長してすっきりとした顔のラインになっている。それでも黒い瞳は今でも変わらずに深い色をたたえてそこに存在していた。
(じー)
エマはぼんやりとエリックのことを見つめる。エリックはエマが見ていることには気が付いておらず、あいかわらず文字列を追いかけていく。
すらすらと左から右へと往復しながら動く瞳が右下まで到達すると、ぺらりと一ページめくられてまた往復がはじまる。
(読むのはやいなぁ……)
その瞳の動きをじぃっと見ながらエマは思う。弟子入りしたばかりのころに「まずはこれを全部頭に入れてもらうところからだ」とアンに言われて初めて読んだ時にはそのびっしりと書かれた文字列を前にして辟易したものだった。
たしか初めて読んだ時には一周するだけで三日ほどかかった記憶がある。それに引き換えエリックの読む速度はあまりにもはやい。
その素早い瞳の動きがみょうに面白くてエマはいつの間にかじっとエリックの瞳を眺めていることに夢中になっていた。
その時、エリックがなんの前触れもなく顔を上げた。当然瞳を見ていたエマと目が合う。
「わ……!」
エマは慌てて目をそらした。
「……あの、どうかしましたか?」
エリックにすれば顔を上げたらエマがいきなり急いで顔をそむけたようにしか見えなかったので何かあったのかとただ思うばかりであった。
「い、いえ……その、なんでもない、ですからっ」
首を傾げるエリックをよそにエマはもごもごと小さく返事をした。なにをいきなり慌ててしまっているのだろうか。
「えっと、ちょっと聞きたいんですけど、良いですか?」
「はいっ、お任せくださいっ」
慌てているのを誤魔化すようにエマは力いっぱい返事をする。それが余計におかしな様子であることを引き立ててしまっているのだがエマは気づいていなかった。
「ここ、なんですけど……これってどうなってるんですか?」
急に大きな声を出したりするエマにちょっと戸惑いつつエリックは図面に描かれている写真とその隣に書かれている文字列を指さした。
エマは鍛冶の実技部分はまだ半人前だが、知識の方はもう少しで一人前と認められるぐらいのものは持っている。図面の解説であればぱぱっと行うぐらい朝飯前だ。
「えーっとですね……」
なのだが図面の文字はそもそもかなり小さく書かれている上にエマが見ているのは逆側からなので何が書かれているのかがよく分からない。
(ちょっとまってちょっとまって……わかるから、私わかるはずだから……)
指で刺したままのエリックを待たすまいと文字列をにらみつけるが焦れば焦るほどに何が何だか分からなくなってくる。
(あぁもうぅ……! これじゃ私が分かってないみたいに見えちゃうじゃない~……)
そんなことを思いつつエマが睨むようにその場所を見ていると。
「あ、すみません、逆からじゃ読みにくいですよね」
エリックがそう言いながら図面を持ってエマの隣へとやって来た。そしてエマの前に図面を置くと自分は横から覗き込み始める。
(ち、ちかいっちかいっ!)
兄弟子のトム以外との交流なんて全くしたことがないエマはすぐ隣にあるエリックの存在にさらに困惑する。
「ここの、硬芯構造ってところなんですけど……」
エリックはというとエマの心臓の高鳴りなど全く気がつく様子もなく生真面目に聞いていくだけであった。




