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Symbiotic girl 共生少女  作者: 月見里歩
1章
9/22

ハローモンスター(その5)地下室

 前回の流れ。

・モンスターから逃げて地下牢に行くが、袋小路だった。

・袋小路だと思ったら、更に地下室に続く扉を発見。

・どうにか鍵を開けてギリギリ地下室に逃げ込んで、難を逃れた。


※一部表現、内容、誤字、スペースを編集しました。

 階段を降りていくと、そこは、上の階と比べて異質な空間だった。


 学校の体育館よりは狭いが、実習教室よりも広い、柱の無いかなり広い部屋で、何かの研究室に見えた。

 建物の下にあるのに砦の重さに耐えている所を見ると、部屋自体相当丈夫なのだろう。

 作りが上の階とは、明らかに時代が違う。

 例えるなら、レトロフューチャーと言う雰囲気があった。


 窓は無く、上の階の様に外の光も見え無い。

 だが、見た事も無い生き物のホルマリン漬けが沢山飾られており、その中の何体かが、漬けられた生き物それ自体が発光していて、部屋を妖しく照らしていた。

 他にも、壁には様々な生き物や、その部位に関する手描きの解剖図や、骨格標本がいくつも飾られていた。


 階段を降りきると、部屋の奥に何かがあるのが見えた。

 美咲には、大きなガラスの水槽に見えた。

 それは水槽には違い無いが、本来は培養槽と呼ばれる物で、部屋には天井までの高さがある巨大な物がいくつも設置されていた。

 水槽の一つは、既に割れている。


 天井を見ると、照明器具らしき物があるのだが、スイッチの場所が分からない。

 照明器具や水槽に付随する機械類を見て、ここには電気なのかは分からないが、なんらかのエネルギーが利用されているのがわかった。


 壁に、上で見たのと同じ地形を描いた地図があるのが見えた。

 食堂で見た物よりも地図が小さいが、遥かに精巧に描かれ、所々にマークが記入されている。

 美咲は、地図や解剖図を撮影し、横目に通り過ぎる。


 地図は、ここを出られた時に役立つと思った。

 現状出られるのかも怪しいが、諦めていられない。

 解剖図は純粋に興味をそそられたのと、今はどんな物でも情報が欲しいと思ったからだ。

 この世界で、何が役立つか分からないのなら、情報のストックは多いに越した事は無い。


 そのまま怪しく光るホルマリン漬けや、何かの臓器、生き物の身体の一部の瓶詰を避けて通り過ぎ、恐る恐る巨大な水槽に近づいた。

 中に何がいるのか目を凝らしてみた。

 しかし、水槽はひどく埃をかぶっていて、中身の全体像を正確には捉えきれなかった。

 だが、確かに中に何かが入っている影が見えた。


 美咲が服の袖で埃を丸く拭って中を見ると、培養液につけられた、長い毛の様な物が見えた。

 水槽の台座には、管理用のプレートがはめられ、そこに文字が書かれていた。

 それも見覚えのある文字で、である。


「英語?」


 視界の端で、自動翻訳と文字が表示された。


「……プロト……ギフト?」


 文字は所々かすれているが、プロト、それとギフト、二つの英単語だけが辛うじて読み取れた。

 プロトもギフトも翻訳が無くても何となくわかる。

 翻訳には、それぞれ「試作」と「贈り物」と書いてあった。


 他には、数字の羅列「906ー144ー7755」を読み取る事が出来たが、意味が分からなかった。

 何かの管理番号なのかなぐらいしか思い浮かばないが、法則が分からない。


 他の水槽の管理表には、アジャスティング○と、○の中に数字が入るプレートを持つ水槽が三つあるが、一つは割れ、後はどれも中に培養液が満たされているだけで空だった。

 アジャスティングの翻訳には「調整」とあった。


「試作と調整? 贈り物の?」


 他に何か無いかと見ていくと、沢山並ぶテーブルの上に虫食いだらけの日誌が置かれていた。

 どうやら他の地図や解剖図と同じく、羊皮紙で出来ている。

 手書きの文字だが、やはり文字は英語だった。


 置いてあった日誌には、繰り返し「エレノア」と言う名前が出てきた。

 それぐらいは翻訳が無くても美咲にも分かったし、逆に言うと虫食いが酷すぎて、自動翻訳では、それぐらいしか分からなかった。


 一度、自動翻訳をオフにすると、虫食いだらけの英語の日誌が目の前に現れた。

 未翻訳の古い洋ゲーを葵がプレイしているのを横で見ている時の気持ちが蘇り、説明係が欲しいと葵を思い出した。


「ほんと、会いたいよ……」


 学校での英語の成績が良くない美咲だが、分からないなりに調べると、名前の主は日誌を書いた人間とは別人の様だった。

 他には、実験の記録らしい記述が延々と続き、日誌は途中で終わり、後半のページは白紙である。


 日誌の表紙を見ると、プロジェクトナンバーと言う文字と、数字の羅列があった。

 まさかと思い、日誌を持って水槽の前に移動した。


 すると、プレートのナンバーと日誌のプロジェクトナンバーは、「906ー144ー7755」で合致していた。

 脱出ゲームの謎解きにも似た小さな達成感を感じていると、地下室に続く扉の外で物音がした。

 外の気配に息を潜めると、扉を壊そうと何かで叩く音が聞こえてきた。


 美咲は、今は謎解きをしている場合では無いと、何か武器になりそうなものが無いか、部屋を改めて探索し始めた。

 どうせなら大きな剣や、出来れば銃みたいな物は無いかと、とにかく武器になりそうな物を探すが、こんなに色々な物が置いてあるのに美咲の期待に応える様な物は見当たらなかった。


 バキバキッ!

 扉を壊す音が、部屋の中にまで聞こえてきた。


 美咲は慌てて物陰に隠れた。

 その手には南京錠と日誌を握りしめており、折れた棍棒はテーブルの上に置いてきてしまった。

 息を殺して、見つかりませんようにと念じた。


 物陰からそっと見ると、猫猿達がゾロゾロと地下室に降りて来ていた。

 猫猿達は、砦のどこで見つけたのか、斧や槍を持って武装していた。

 扉も斧で破壊した様子だった。


 美咲は「なんであいつ等だけ」と内心抗議した。

 こっちはアウェイなのに、ハンデまでやらないといけないなんて……

 その手の中の南京錠と日誌を見て、絶望が強まるのを感じた。

 こんなので勝てる筈が無かった。

 出口は一ヵ所で、戦っても勝てないなら、美咲に残された道は逃げるしかない。


 ところが猫猿達は、美咲には気付かずに、臭いを嗅ぎながら部屋を物色し始めた。

 美咲が通った順に、律儀に移動しているのだ。

 その時、猫猿の一匹が、ホルマリン漬けの瓶を割ると、臭いを嗅ぎ、中身の得体のしれない生き物を食べ始めた。

 それによって部屋の中が薬品の異臭に包まれた。

 これはアルコール臭だった。

 つまり、ホルマリン漬けではなく、アルコール漬けだった。


 美咲のニオイは、アルコールにかき消され、猫猿達は美咲を完全に見失った。

 これは予想もしていないチャンスだった。


 臭いに味に酔った猫猿達は興奮し、美咲の事など忘れて、瓶詰を次々と力任せに殴りつけ始める。

 一匹の猫猿が、部屋の奥にある大きな水槽を斧で殴りつけた。

 おそらく、それもアルコール漬けだと思ったのだろう。

 金属部分で殴られた水槽には、大きなヒビが入った。

 だが、かなり丈夫に作られているらしく、水槽は形を維持していた。


 美咲は、アルコール漬けにされた生き物や何かの一部が犠牲になっている間に、どうにか部屋の外に出て、地下に猫猿達を閉じ込められないか考えた。

 地下室に続く扉は壊されたが、要は通れなくさえ出来れば良いのである。

 保存溶液に使われている濃度のアルコールなら、もしかしたら火もつくのではと思った。


 その間も、水槽のヒビから溶液がチョロチョロと抜けて、水位と同時に水槽の中身がゆっくりと降りて来ていたが、それを気にする者は誰もいなかった。


 猫猿達は、瓶を次々と床に叩きつけて割っては、浴びる様に瓶の中をムシャムシャ食べていく。

 火さえ用意出来れば、アルコール塗れの猫猿達を部屋ごと焼き殺せるかもしれない。


 正当防衛とか過剰防衛の話では無く、生きるか死ぬかの戦いだと、美咲は自分に言い聞かせた。

 この期に及んでも常識や良心が邪魔をするが、もう生き残る為なら形振り構っていられなかった。

 猫猿達に捕まれば、美咲もムシャムシャと食べられてしまうのだ。


 iDで緊急マニュアルを開いて火おこしを選ぶと、緊急時の火おこしの仕方が、美咲の視界に動画で流れ始めた。


「可燃性の物が無い所で、木の枝を……」

 美咲にだけ聞こえる音声解説が同時に流れ始めるが、そんな説明動画を悠長に見ていられない。

 インターネットが使えれば、もっと早いのだが、無い物ねだりをしていて死にたくない。

 今ある手元の知識だけで対処しなければならない。


 iDに内蔵されている辞書で発火を引いて他には無いかと探す。

 集光発火……却下、落雷……却下、と言う風に役に立つ情報が検索出来ない。

 しかし、すぐにサポートコンシェルジュAIのロッテが、マッチの原料がリンであるという情報をもじもじしながら「もしかして」と出して来た。

 実によく出来たメイドだと美咲は喜ぶが、バケツ60杯の尿を蒸発させて発見したと言う説明をロッテが始めた為「そんな量出るか!」とウィンドウを閉じた。

 そもそも蒸発させる火を起こせた時点で、尿に用が無くなるでは無いか。


 少し混乱したが、この部屋になら、リンぐらいどこかにありそうだし、幸い、瓶の表記は英語書かれているので自動翻訳を使えば読む事もできる。

 マッチやライターの類があるに越した事は無いが、どこかにリンが無いかと、美咲はコソコソと部屋の中を、物陰を移動し、出口に向かいながら探し始めた。


 部屋の隅に、沢山の瓶が並んでいる棚があった。

 視界をiDの機能でズームして見ると、色々書かれたラベルがすぐに翻訳され、リンが入った瓶が見つかった。

 まだ天に見放されていないと思った。

 他にもアルミニウムや酸化鉄等が書かれているが、美咲の目にはリンしか入っていない。


 とにかく、あの瓶を猫猿に投げつければ、うまくすれば火が付き、それが周囲に引火する筈である。

 リンは自然発火するぐらいには燃えやすいらしいし、少なくとも、粉が散らばるだけで終わる事は無い。

 美咲は、学校の授業で、リンは有害と聞いた事があった。

 何の役に立つのか分からずに聞いていた授業だったが、それが今まさに役立とうとしていた。


 コソコソと棚の下まで移動してくると、猫猿達の様子をうかがった。

 まだまだオードブルは豊富らしく、夢中で腹を満たしているのが見える。


 リンが入った瓶は、棚の上の方で、取る時に猿達に見つかる訳にはいかない。

 タイミングを見計らって、一気に手を伸ばして瓶を掴む必要がある。

 持って来てしまった日誌をズボンに押し込み、これも持って来てしまった南京錠をそっと床に置いた。


 どのタイミングで手を伸ばすのか。


 その時、猫猿達が瓶を床に叩きつけ始めた。

 食事を次のメニューに進む気だろう。


 チャンスは、今しかない。

 美咲は思い切って手を伸ばすと、リンの瓶を掴み、すぐ物陰に隠れた。


 見つかった?


 猫猿達の方に、変化した様子は見られない。

 美咲は「よしっ!」と思った。

 心の中でガッツポーズし、南京錠を拾うと、そのまま静かに出口に向かった。


 そんなに、身を乗り出したつもりは無かった。

 油断したつもりも、自分では無かった。


「いっっっ!?」


 美咲は視界で火花が弾け、その場に受け身もとらずに倒れ込んだ。

 突然の事に混乱するしかない。


 リンの入った瓶は、そのまま握っていたが、南京錠が床に落ちた拍子に、床石とぶつかり、本物の火花を散らした。

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