ハローモンスター(その4)地下牢
前回の流れ。
・砦の中を探索したら、服は見つけたが、食べ物がまるで見当たらない。
・砦が陸の孤島状態である事に気付く。
・陸の孤島でモンスターと閉じ込められている事に絶望してたら、噂をすれば。
※一部表現、内容、誤字、スペースを編集しました。
グルルルル。
美咲が唸り声のする方を塔の上から見下ろすと、猫猿達が七匹、仲良くワラワラと砦の壁や屋根をのぼってきているのが見えた。
しかも、都合の悪い事に美咲に気付いていて、一直線に塔を目指していた。
美咲を見た猫猿の一匹は、腕に怪我をしていて、口に錆びたナイフをくわえていた。
そいつは美咲を見て、歯茎を剥き出しにしてキシキシと笑っている様に見えた。
復讐に燃えているのが、種族の壁を越えて伝わってきた。
美咲は、急な傾斜の階段を全速力で駆け下りた。
身体の痛みなど、気にしている場合では無い。
閉じられる扉は閉じ、鍵があればかけ、物があれば倒し、少しでも時間を稼ごうとした。
猫猿達は外壁を登れるが、美咲は登れないので、外に逃げても堀の底以外に行く場所が無く、完全に追い詰められていた。
全ての部屋を見た訳では無いので、籠城に適した場所など、今の美咲には思い浮かばなかった。
なにしろ、一階の探索も途中だったのだ。
それでも美咲は、必死に、身を隠す場所を求めて階下へ下りて行った。
当てもなく砦の中を走り逃げていると、まだ行った事の無い地下へ続く階段を見つけた。
美咲は、一抹の不安を覚えたが、未踏の地下へと思い切って駆け下りていった。
辿り着いたそこは、地下牢だった。
堀として掘られた事で、地下にもかかわらず壁の窓から外の光が見えた。
牢の中には誰もいないし、牢の鍵も開いていない。
そこは、袋小路だった。
問題は、閉じこもる扉が無ければ、籠城もままならない事である。
少しでも猫猿達から距離を取りたい気持ちに従ったのが、裏目に出てしまった。
町で漠然と助けを求めて彷徨った結果、猫猿達と遭遇した時と同じ失敗であった。
美咲が慌てて上の階へ戻ろうとすると、猫猿達が上の階から階段を下りてくる影が見えた。
美咲の臭いを追って一直線に向かって来たようだった。
美咲の事を猫猿達は気付かれていないが、今出ていけば鉢合わせしてしまう恐れがあった。
静かに地下牢に戻ると、まさか牢屋に入りたい日が来るなんてと思いながら、何か打開策が無いか、起死回生の一手を探し始めた。
そこには看守が使っていたテーブルがあった。
だが肝心の牢屋を開ける鍵は、どこにも見当たらない。
ただ、テーブルの上には、囚人を殴るのに使っていたであろう、他に使用用途が思い浮かばない、使い込まれて赤黒くなった棍棒が無造作に置かれていた。
美咲は、試しに棍棒を手に持ってみた。
見た目に反して軽く、これで猫猿達を片っ端から撲殺していくには、力も技術も足りなそうである。
他に何か無いか探すが、壁にある松明を設置する台座には、肝心の松明が無かった。
床の一部には、藁が大量に詰まれていた。
囚人の寝床用だろう。
藁の中に身を隠せるのでは、とも思ったが上手くいくイメージが沸かなかった。
想像の中で、藁の隙間から猫猿と目が合ってしまった。
いっその事、藁に火でもつければ煙で撃退をとも考えた。
だが、松明も無ければ火おこしの道具を持っていない。
美咲は、火なんてライターか電気コンロでしか点けた事が無い現代っ子である。
せめてマッチが欲しい。
そんな事を考えていると、藁の隙間から見える地面に何かあるのが見えた。
なんと、それは地下室への扉だった。
この扉だけ、他よりも新しく設置されたのが見てわかった。
火事の後で設置された物の様である。
美咲は、藁は扉を隠す為に置かれていたのだろうと思い、藁をかき分けて退かした。
すると、扉には大きく丈夫そうな南京錠型の鍵がかかっていた。
美咲は地下牢の中を再び見て回った。
しかし、どこを探しても、南京錠の鍵は見当たらない。
この扉が開かないと、美咲が猫猿達の最後の晩餐になるのは間違いなかった。
美咲は、全力で扉を開けようと引くが、南京錠のせいで少しも開く気配が無い。
手の平のマメが潰れ、足の裏と腕の傷からは包帯代わりの布越しに血が滲み、腕の傷からは血が垂れて腕を伝った。
試しに南京錠を棍棒で叩くが、鈍い音がするだけで、表面に傷しかつかない。
血と汗を現在進行形で流す力技の努力も空しく、扉はビクともしない。
また扉を引くが、手の平の汗と血と体液で手が滑って、尻もちをついてしまった。
石の床が尾てい骨に当たり相当痛いが、声を我慢して一度手の血を服で拭った。
もう一度扉を引くが、やはりダメだった。
いつ猫猿達が来てもおかしくない。
すぐにでも南京錠を開けないと、見つかったら食べられてしまう。
大きな南京錠の鍵を……
「南京錠……」
美咲は、もしかしたらと思った。
南京錠の輪に棍棒の柄をツッコむと、南京錠の輪に対してテコの原理が働くように棍棒に力を加えた。
単純な構造の南京錠は、輪に固い棒を入れてテコの原理で引っ張れば開く事があると聞いた事があったからだった。
遊びの部分が多少動くが、簡単には開かない。
それでも、力任せに引っ張るよりは意味がありそうだった。
この地下牢にはピッキングの道具も用意されていないようだし、手元の道具で出来る事は他に思い浮かばない。
美咲は、南京錠の輪に入れた棍棒を、渾身の力を込めて一気に引っ張った。
使い古された上に風化している木の棍棒なので、そんなに何度も持ちそうも無い。
それでも鍵は開かなかった。
美咲は、手のひらを、もう一度服で拭った。
それから、筋を痛めるのでは無いかと言う力を込めて南京錠の輪に通した棍棒を引っ張った。
だが、それでも駄目だった。
輪は遊びの部分が動くのだが、もっと力を込めないと開きそうにない。
焦ってくるが、焦る程に思考は狭まる。
美咲は、まるで大会で泳ぐ前の様に、リラックスしろと自分に言い聞かせた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
脳に酸素を送る。
美咲は息を整えると、今度は棍棒の上に、ペダルを踏む様に足をのせた。
手だけでダメなら、全身を使う以外に無い。
棍棒がミシミシと音を立てるが、他の手段がもう思い浮かばなかった。
お願いだから開いてと願った。
一気に足に全体重をかけると、ガチャっと南京錠が音を立てた。
棍棒は筋に沿って割れて折れてしまい、美咲はバランスを崩して転びそうになるが、今度は堪えた。
美咲が南京錠を確認すると、鍵が開いていた。
すぐに南京錠を外して床の扉を開く。
すると、扉の下には地下へと続く暗い階段があった。
その時、地下牢へ続く上階からの階段を下りてくる猫猿達の気配が近づいて来た。
美咲は、床に現れた階段を急いで降りて行った。
美咲を探しに来た猫猿達は、地下牢へ到着したが、美咲を見つけられないと、地下への扉には気付かずに上の階へと戻っていった。
クンカクンカと臭いを嗅ぎ、地下牢が獲物のニオイが一番濃いのに、おかしいと思いながら。
地下室へ続く扉の裏では、息を潜めて扉が開かない様に引っ張っていた美咲が、音を殺して深く息をついた。
そう言えば、この開錠の知識をくれた恩人は誰だっけと思い出した。
沖縄で旅行鞄の小さな南京錠の鍵を無くした時に、兄がドヤ顔で教えてくれたのを思い出した。
あの時は、こんなの二度と使う事の無い無駄知識と思っていたのにと思った。
美咲は、扉の内側に備え付けられていた金属製の閂を手探りでかける。
それから、持って来てしまった折れた棍棒と、大きな南京錠を手に持ったまま、ゆっくりと真っ暗な階段を下りていった。