ハローモンスター(その2)夢オチ?
前回の流れ。
・猫みたいな特徴のある狂暴な猿のモンスターの群に追いかけられる。
・廃墟らしき砦に、なんとか逃げ込む。
※一部表現、誤字、スペースを編集しました。
「お、目ぇ覚ました」
兄の声が聞こえた。
そこは、予選会場の医務室、そこにある固いベッドの上だった。
家族が心配そうに、美咲の顔を覗き込んでいた。
最後の記憶が酷く曖昧だった。
「覚えてるか? 足がつったってお前溺れだして、大変だったんだぞ」
父親は、安心した表情をしていた。
「足は床につくし、レーンの仕切りにだって掴まれるのに、プカッって浮かんで来た時はみんな驚いたわよ」
母親も、笑っているが、呆れながらも心配してくれていた。
「ほら、撮影してたの。もう完全に事故だよ。勘弁してくれよな」
そう言って兄がビデオカメラの画面を見せてきた。
最高画質で3D動画が始まると、そこには盛大に溺れる美咲がうつっていた。
画面の中では、すぐに撮影していたビデオカメラを、隣で狼狽える父親に渡して、兄まで客席から飛び降りてプールに駆けつけていた。
そのまま画面の中で兄がプールに飛び込んだ。
どうりで、兄の服が売店で売っているアロハに変わっている訳だと思った。
「投稿していい?」
「やめてよぉ」
「冗談よ」
母親の下らない冗談が嬉しい日が来るとは、と思った。
「皆さんが助けてくれたんだから、後でお礼言っておきなさいよ」
急に真面目ぶった母親に言われ、とりあえず近場の人に礼を言おうと思った。
「うん、お兄ちゃんも、ありがと」
「一番じゃ無いのが、かっこ付かないけど、ミサキチが無事でよかったよ」
「うん。でも、十分かっこよかったよ」
美咲の目から、自然に涙があふれ出した。
「おい、急にどうした。どこか痛むのか?」
「先生呼ぶ?」
家族がオロオロと心配した。
考えてみれば馬鹿らしいが、怖い夢から目覚めた事が、心底嬉しかった。
どんな夢を見ていたのかも覚えていないが、酷い悪夢だった。
「やっぱ、大会に出れないのが悔しいのか?」
父親に聞かれた。
予選で負けた事なんて、気にもならなかった。
途中棄権になったのは悔しいが、不思議と負けた実感がわかない。
「違うの、大丈夫」
「そうだ。ほら、葵ちゃんがプレゼントって、これ置いていったわよ」
そう言って母親が渡して来たプレゼントは、更衣室で見せて貰った物だった。
早速開けると、中には可愛い財布が入っていた。
「あ、あと、これも葵ちゃんがプレゼントだって」
兄が通販会社のロゴが入った宅配用の紙袋を渡して来た。
袋を開けると、中には下着が入っていた。
父親と兄は、美咲が中身を広げるのを見て、なんとも居心地悪そうにソワソワし始めた。
だが、美咲は別の事を考えていた。
「……水色……それも……セクシーじゃ、ない……」
「「「え?」」」
美咲を除いた家族三人の声が綺麗にハモった。
美咲は、嫌に冷静になっていた。
冷めたと言って良かった。
「美咲」
「なに、お兄ちゃん」
「美咲が××××××××××××」
「うん」
「う……ん……」
目を覚ますと、変わらず、どこかの洞窟の中にある町はずれの砦の厨房、その床だった。
あの後、誰かが助けに来たり、結局夢だったという事も無かった。
見ていた夢も、ぼんやりとしか覚えていない。
思わぬ事で夢と気付いて、目が覚めた事だけが感覚として残っていた。
それと、兄が最後に、起きかけている美咲に対して、滑り込みで何か一言を、最後に場違いに言った様な気がした事だけは残っていた。
兄も、あれが夢だと気付いたように。
しかし、肝心の台詞は忘れてしまった。
唯一の救いは、扉は猫猿達の攻撃に耐え、引っ掻く音も叫び声も、とりあえずは聞こえない事だった。
扉の隙間から外の光が見え、一応今は昼間の様だった。
視界の端の時計を見ると、2040年8月18日午前7時3分と表示されていた。
半日以上眠っていた事になる。
美咲は、そこが異世界のままである事に対して「冗談でしょ」と床を手で強く叩いた。
だが、手が痛いだけだった。
身体を起こそうとするが、今度は節々が痛んだ。
硬い床で寝すぎたせいもあるだろう。
堀の淵に打ち付けた腹は、大きな青あざになっていて、薄暗い中でも、水着の穴から見えた。
しかし、触らなければ、大した痛みは無い。
それよりも辛いのは、全身を襲う酷い筋肉痛の方だ。
それに加え、猫猿の爪で引っ掻かれた腕は、流れ出た血がそのまま固まっているが、傷口はジュクジュクと膿んで、腫れていた。
普段なら、動物に引っ掻かれたら、どんなバイ菌を持っているかも分からないと真っ先に洗って消毒する所だが、ここに救急箱がある訳が無い。
薬が欲しくても、この世界に薬があるのかさえ分からなかった。
歩こうと立ち上がろうとすると、足の裏は、土を踏む部分だけ薄皮一枚無くなって、血と体液が寝てる間に固まっていた。
立ち上がって、一歩を痛々しく踏み出すとカサブタが割れて血が滲みだした。
とてもじゃないが、痛くて普通には歩けない。
グギュルルル。
猫猿の唸り声では無く、美咲の腹の虫が鳴った。
自分が吐いた物が床で固まって、異臭を放っているのが目に入った。
食欲は大幅に減退したが、何か食べないと身体がもちそうになかった。
グギュルルル。
また腹が鳴った。
「はは・・・・・・」
傷だらけで、泣き疲れて、身も心もボロボロである。
こうなると、本当にもう空虚に笑うしか無かった。
だが、笑っていても何も起こらない。
美咲は、砦の中を壁伝いに、身体を支え歩きながら、使える物が何か無いか探索する事にした。