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Symbiotic girl 共生少女  作者: 月見里歩
1章
22/22

ハローケイミス王国(その6)友達(★)

 前回の流れ。

・ロッテが美咲とエレノアの会話に乱入。

・話が途中のまま、荷馬車に戻って食事をとりながら、エレノアにロッテやiDを簡単に説明。


※イラストを追加しました。

 休憩を終えた騎士団の馬車が、一切の自然光の無い大きな横穴に入っていく。

 見た所、その横穴は人為的に掘られたトンネルの様だった。

 トンネルの壁はデコボコの表面がツルツルにコーティングされていて、崩落の危険は感じさせない。


 各馬車に松明の明かりを持つ先導者がいて、その光だけを頼りに馬車は暗闇を進むのだが、荷馬車の中にいては幌の外に火の揺らめきこそ見えるが、それ以外は暗すぎて何も見えない。

 レアラが言うには、このトンネルは、一本道の緩やかな上り坂で、通り抜けるのに3~5時間かかるという。


「当分はこんな感じさ。よかったら少し眠りな、疲れただろ」


 そうレアラに言われ、美咲とエレノアは荷馬車の中で、硬い床板の上に寄り添うように横になった。

 レアラはエレノアの場所を作る為に御者台に移動し、荷馬車の中は二人きりとなった。


 確かに、かなり疲れていた。

 むしろ今まで起きていたのが不思議なくらいだった。


 致死量では無いにしてもかなりの血を失っているし、十分な食事も休息も無いのだ。

 何よりも慣れない異国の地でモンスターに追いかけ回された後である。

 ここまで起きていたのは、異常事態に興奮していたのと、単純に死にたくないからであった。

 ここから先は休める時に休まないと、それこそ身体がもたない。


「なあ、ミサキ、まだ起きてるか?」


 エレノアがレアラに聞こえない程度の小声で話しかけてきた。


「うん、なに?」

「ああ……その……クレアの事、もう、怒ってないから……悪気が無いのもわかってるし……」


 エレノアは、他にも何か言いたそうにしているが、言葉が口から出てこない。


「うん」


 美咲は、やっと胸のつっかえが一つ取れた様な顔をすると、えへへと笑った。

 それを見るとエレノアも胸の奥に刺さった棘が取れた様な気がした。


「あとさ、さっきの話だけどさ」


「………………どれ?」


「アナトリアに行ってさ、ミサキが家に帰って、あたしは元にってやつ……」


「……うん」


「その……友達になれないなんて言っておいて、虫のいい話なのは分かっている……バカな奴だって思われてもしょうがないけど、それでも……アナトリアまで……一緒に……」


 エレノアは、勇気を振り絞る様に、顔も向けずに呟いた。


「……エレノアは、いいの?」


「いいって、ミサキは?」


「私は、いいよ。いいに決まってるよ。でも、エレノアは、私と一緒にいたくないんじゃ……」


「ミサキの事は、良い奴だと思ってる。もう知ってるよ。あたしには勿体無いぐらいさ」


「もったいないなんて大層な人間でもないんだけど……でも、はぁ~よかったぁ。一人だと心細かったんだ」


「ロッテがいるだろ?」


「そうですよ」


 ロッテが美咲の頬に表示され、話に割り込んで来た。

 暗いので表示の意味があまりないが、不満顔を見せたかったようである。


「ロッテは、身体の一部だもん」

「そう言う事なら」


 ロッテは満足そうに消えた。


「じゃあ、一緒に行っても……良いんだよな?」


「うん!」


「虫のいい話ついでに、もう一つだけ……いいか?」


「なになに?」


「私が元の姿に戻れたらさ、その時はさ……………………友達になって欲しい……」


 最後の方をちっちゃな声で、エレノアがゴニョゴニョと呟いた。


「……………………どういう事?」


 友達になれるのは良いが、それが今すぐでは無く、元の姿に戻ったらと言う条件が美咲にはよくわからなかった。


「あたしの勝手なのは分かってるよ。それでもさ、今のあたしじゃ嫌なんだ……あたしは、ハッキリ言って今の自分の身体が嫌いだ。ミサキが怖がるのも分かる。他人の脚なら何も思わないけど自分の身体だと気味が悪いって思うんだ。自分の身体じゃないって、ずっと、違和感を感じてる。元の身体に戻れるなら本当に戻りたい……」


「……」


「あたしは、本当のあたしに戻って、ちゃんとミサキと友達になりたいんだ……」


「ああ……」


 美咲は、ぼんやりと思った。

 エレノアには、美咲と似た所があると。


 エレノアも美咲と同じで、相手を大切に思えばこそ、それが独りよがりでも裏切りたくないのだ。

 美咲は、最初にエレノアの身体を怖いと思ったが、それをこれから乗り越えてでも友達になりたいと願った。

 それが命を助けてくれたエレノアに対する、美咲なりの誠実さに繋がると思ったからだ。


 エレノアの場合は、自身の身体を嫌い、過去のトラウマから二度と友達を作らないと決意していた。

 それでも、美咲という存在が現れて、錆び付いた決意が揺らいだ。

 だが、エレノアは美咲をクレアの代わりに助けていた無自覚を自覚してしまい、自分の内面まで嫌いになった。

 美咲は、それさえも含めてエレノアを受け入れ、ゼロから友達になりたいと望んでくれた。

 しかし、エレノアは、美咲と友達になる資格が無いと自分に言い聞かせ、自身の過去の選択に従った。

 資格を得る為の苦労を、失敗を、嫌われる事を恐れての選択だった。

 だが、その直後にロッテからぶつけられた説教じみた正論で、自身の過ちに気付いたのだ。


 勇気を出したエレノアは、美咲に相応しい心と身体を、エレノアの望む本当の自分を取り戻せたら、その時には友達になりたいと願った。

 そうしないと、自分を許せなかった。

 そうでなければ、自身が嫌いな身体を美咲にまで我慢させて、付き合っていく事になる。


 今のエレノアでは、常に美咲に一方的な我慢をさせると言う負い目が付きまとう。

 そんな形での友達には、なりたくない。

 エレノアの望む友達の関係とは、両者が対等なのだ。

 それは、どこまでも青臭い理想でもあるが、決意を曲げるエレノアにとっては必要な条件でもあった。


「……わがままだなぁ」


 美咲は、どこか嬉しそうに呟いた。

 エレノアの意図の全ては分からないが、エレノアが美咲を大切に思っている気持ちだけは伝わって来た。


「な、なんだよ、やっぱだめなのか?」


 エレノアは、断られても良いと言う覚悟で美咲に言ったつもりだったが、それでも不安だった。


「それでエレノアの気が済むなら、いいよ」


 美咲はエレノアを背中から優しく抱きしめた。

 ずっと抱きしめられていたが、抱きしめてみると美咲とさほど変わらない。

 柔らかいし、温かい。

 髪の毛から漂うエレノアのニオイは、やはり良いニオイに思える。


「なんだよそれ」


 また美咲に心を見透かされた様な気がした。

 しかし、今度は逃げ場も無いし逃げられない。

 だが、自由を奪う美咲の腕がエレノアには心地良く思えた。

 強張った身体は、背中越し美咲の温もりを感じていると、力が抜けていく。


 エレノアは「ああ……そうか……」と思った。

 見透かされたのではなく、理解してくれているのが鼓動と共に伝わって来た。




「でもさ、そうなると私とエレノアの関係って、何になるのかな? 友達じゃ無いんだよね?」


「あん? ああ、う~ん……」


 美咲から急に振られた冷静な質問に、エレノアが唸った。

 そんなの考えていない。


「同行者でしょうか?」


 ロッテが声だけで口を出して来た。


「合ってるけど、他に何か」


「同士、旅の道連れ、旅の仲間、相棒、友達未満、知り合い、他人、恩人……」


 美咲に言われて、ロッテはツラツラと単語を並べていく。


「エレノアは、どう思う? 何が良い?」


「なんでもいいって、そんなの」


「では、寄生虫というのは?」

「あぁん? マジで喧嘩うってるのか? てめぇにだけは言われたくねぇ」

「あなたも言ってくれますね」


 ロッテは、どうもエレノアの事が嫌いではないが、好きでも無いらしい。

 美咲は人の身体を経由して睨み合うのはやめて欲しいと思った。


「では、共生関係と言うのは?」

「また微妙な表現を」

「なーなー、それって決めないとダメなの?」


 結局、二人の関係は決まらず、エレノアがいつの間にか寝落ちる事で話は終わった。

 美咲の隣で、赤ん坊の様に両手を万歳して、スヤスヤと寝息を立てている。


 美咲は暗い中でiDの時計に焦点を合わせた。

 2040年8月18日午後4時と表示されていた。

 疲れ方としては、もう深夜でもおかしくなかった。

 だが、暗い中でエレノアとロッテとコソコソ話した時間は、修学旅行に似ていて楽しかった。

 エレノアと美咲、それにロッテのこの関係は、美咲からすれば既に十分に友達であった。

 ただ、エレノアの事を友達と言えないだけである。


 友達の定義を考えても仕方が無いが、大切だと思えばこそ友達と言えないとは、奇妙な関係である。


「美咲様、眠らないのですか?」


 ロッテが美咲にだけ聞こえる声で、心配そうに話しかけてきた。


「ううん、寝る。寝るよ。もしさ、何かあったら起こしてくれない?」


「わかりました。おやす……」

「まって、ロッテ。私の事を様で呼ぶの変えよう」


「では、なんとお呼びすれば? 設定変更を行います」


「ロッテは、なんて呼びたい?」


「……難しいですね。では…………美咲と。エレノアと同じように呼び捨てでいいですか?」


「うん。いいよ」


「美咲……美咲、おやすみなさい。どうか、良い夢を」


「うん」


 気付けば美咲は、ロッテに対して曖昧な事を言い、それも命令と言うよりは、友達への頼み事として伝えていた。

 いつのまにか自分がロッテを人間扱いしているのに気付いたが、それが自然な事の様に思えた。

 バグだとしても、ロッテが自律している事は事実であり、例えそれがプログラムによるパターンだとしても、ロッテに自我が無い事を証明する事は不可能である。

 それならば、面白くない方よりも、面白い方である事を期待するべきだ。

 何よりも、ここはシェルと言う魔法の力が実際にある異世界なのだ。

 ロッテは、きっと魂を持っているという風な想像の方が、ロマンがある。

 ぼんやりそんな事を考えながら、美咲は深い眠りについた。




 眠りが相当深かったのか、夢は見なかった。

 それどころか、目を閉じた瞬間に、時間が飛んだ様な感覚での、疲れが取れない睡眠だった。

 周囲は、まだ暗い。

 時計を見ると同日の午後6時と、寝てから2時間しか経過していない。

 エレノアは隣で変わらずスヤスヤと寝息を立てている。

 美咲は修学旅行のノリで悪戯したくなるが、ウズウズと疼く性分をグッと抑え込む。


 起きた美咲に気付いて、レアラが声をかけてきた。


「おや、起きたのかい?」


 いつの間にか御者台から戻ってきて、積荷の箱の上に座っている。


「おはよ」


 美咲は小声で言いながら、身体を起こした。


「ほら、前を見てごらん」


 レアラが幌をまくると、御者台越しに斜め前の方で、トンネルの壁がうっすらと見え始めていた。

 外光が入り込み、薄白く明るくなってくる。

 どうやら、外が近い。


「ケイミスに行った事は?」


「ううん。はじめて」


「そっか、綺麗な所だから、絶対に気に入るよ。この道を抜けたら山道に出るんだけどね、その真正面に丁度ケイミスの王城が見えて、私も初めて見た時は感動したものさ。ほら、もうすぐ地上に出るよ」


 レアラの言葉通り、前方の馬車が次々とトンネルを抜けて、山道を下り始める。

 やがて美咲達を乗せた荷馬車が、トンネルを抜けた。

 明るくなり、エレノアが欠伸をしながら身体を起こした。


「おはよ」

 と美咲が言うと、手だけ軽くあげて返事をした。

 かなり眠そうな目をしている。

 実は、あまり寝起きが良くないタイプらしい。


 外はと言うと、もう夕方だというのに、太陽は真上から光を降らせていた。

 と言っても、美咲のiDの時計と、この世界がリンクしている訳では無い。

 それどころか、1日24時間、1年365日では無い可能性もある。

 そんな事は、美咲も分かっていた。


 なので、とりあえず今がこの世界では、まだ昼ぐらいなのだろうと美咲は思った。

 空は雲が晴れている為、直射日光が眩しい。

 急な明暗の差から、目が光の量を調節し始める。

 視界が一度真っ白になり、徐々に景色が見えてくる。




 美咲は、目をこすった。

 視力は両目とも2以上ある。

 iDによる視力補正をすれば、視力を機械的に10程度にまで上げて昼間に星空を見る事も出来る。


 目の錯覚かとも思ったが、目をもう一度こすっても目の前の光景は変わらない。

 そこは、レアラの言うとおり地上だった。


 美咲は身体を御者台に乗り出した。


「ほっほっほ、お嬢ちゃん、王都は、はじめてかの? よかったら隣に座りなさい」


 御者台で馬を操っていた髭の生えたお爺さんが言った。


「どうだい、気に入ったかい?」


 後ろでレアラが、まるで自分の物を自慢するかのように様に言った。


 遠くの平野に、広大な王都が広がっている。

 美咲は勝手に、西洋建築の城壁や、某テーマパークにあるお城をイメージしていた。

 ところが、目の前に現れたのは、想像していた物とは別物であった。

 立派で巨大な王城が見えるが、その形状が独特で、まるでクリスタルで出来たシャンデリアが地面から生えた様な、一目でどうなっているのか判別できない程に細かく、豪華な建物。

 それが、日の光を反射してキラキラと上品な虹色に輝いていた。

 確かに感動する景色がそこには広がっていた。


 しかし、美咲が目を奪われたのは、そこだけではなかった。

 問題は、その向こう側、更なる遠景にある。


 地平線や山の輪郭線が、空と陸の境界に見える。

 それが美咲の知る景観の常識であった。


 しかし、目の前の世界は、どこまでも大地が広がっていて、大地が遠ざかれば遠ざかる程に上り坂になって見え、仕舞には大地が壁になり、それが坂道と同じ曲線で継ぎ目無く上まで続いていた。

 壁は途中で濃い青空に溶け込み暗くなっているが、そのままの曲線で天井にまで続いているのがうっすらと見えた。

 遥か遠くに見える上り坂から壁と、日が当たる天井にかけて、テレビで見た衛星写真そっくりの雲の模様が張り付いている。


 どう考えてもこの世界は、美咲が学校の授業で習った球形の惑星の上と言った形状ではなかった。

 この光景が可能なのは、球体の上では無い。

 とんでもなく巨大な球体の中にいなくてはいけない。


「これは、どうなって……」


 美咲は、遠景を見上げ、とりあえずパノラマ写真を一枚撮影した。


挿絵(By みてみん)


「これは、驚きましたね」


 ロッテが視界の端で、一緒に景色を見ながら呟いた。

 美咲は、自分がいるのは、球状世界の内側であると理解した。

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