ハローケイミス王国(その5)ロッテ
前回の流れ。
・エレノアに、自身が異世界から来たと暗にカミングアウトする美咲。
・美咲は、自身をこの世界に連れてきたシェル使いを探し、同時にエレノアの身体を元に戻すという目標をエレノアに切り出す。
・美咲に友達になって欲しいと言われるが、断るエレノア。
・そこに、誰かの声が響く。
※誤字、誤表記を修正しました。
「あなた、バカですか?」
美咲の手からだった。
薄々気付いていたが、やはりおかしい。
美咲が恐る恐る袖をまくると、そこにはロッテが映し出されていた。
また、呼んでもいないのに。
「ロッテ、ちょっと、どうしちゃったの!?」
「美咲様、どうかしましたか? 私、何か粗相をしましたか?」
ロッテは、自身が表示されている美咲の皮膚をスピーカーの様に振動させて喋っていた。
これもiDの一機能である。
「えええええぇ……粗相も何も、と、とりあえず、いきなり初対面でバカは無いと思うんだけどなぁ」
「……わかりました。大変失礼しました」
ロッテは、コホンと咳払いをして仕切り直した。
「私は美咲様のメイドで、シャーロットと申します。以後お見知りおきを。エレノア」。
「どうなってんだこれ!?」
エレノアは、予想外の所から現れて、美咲と話し出すロッテに目を丸くした。
エレノアが美咲の手を持つと、ロッテをスリスリと触ろうとした。
もちろんロッテには触れられない。
「美咲様を救っていただいた事には大変感謝しています。その節はどうも。それにしても、黙って聞いていれば、とんだ臆病者ですね」
「わかってない!」
美咲は思わずツッコんでしまった。
ロッテの失礼な物言いは、最初から完全に確信犯である。
ロッテは、ナイスツッコミみたいに美咲に笑顔を向けるが、美咲は嬉しくない。
「なっ、誰だてめぇ! そこから出てきやがれ!」
こっちも薄々気づいていたが、素のエレノアは、どうやらかなり口が悪いらしい。
見た目は可憐な少女なのに、中身は悪ガキのままと言う感じである。
「ロッテ、どこか調子が悪いの?」
AIが人を超えると言われるシンギュラリティは、美咲の暮らしていた2040年の地球では、まだ起きていない。
確かに、人に限りなく近い動きをするAIは作られているが、そんなものは非効率過ぎて個人デバイスのサポートに使われる訳が無い。
どんなに人間らしく振舞っていても、ロッテは一定の機能に特化したアプリケーションでしかない筈である。
「美咲様、わざわざメイドの心配をしてくださるなんて、あなたは本当に優しい方です。ですが、見ての通り元気ですので、ご心配なく」
いくら美咲がロッテにカスタマイズを重ねていると言っても、所詮は個人デバイスの付属品の域を出る筈がない。
正規品の枠から出ていない純正のサポートコンシェルジュAIに、ここまでの性能は、そもそも無い筈である。
ここで言う性能とは、まだ美咲が設定してもいない辞書や翻訳を先回りして用意、運用していた事だけでなく、人をバカや臆病者呼ばわりする機能も含まれる。
そこで美咲が思い出したのが、修羅場の裏側で起きていたiDのエラー修復だった。
今の所、美咲でも分かるレベルで機能の枠を無視して、まるで自我でもあるかの様にロッテは振舞っている。
ロッテを見る限り、どう考えてもエラーが残っていた。
サポートセンターも無い異世界で、サポートする側のロッテがバグった可能性があるのだ。
ウィルス感染等でiDのシステムが異常を起こす事は、よくあるが、大抵はオンラインのバックアップからデータ復旧を行えば元通りとなる。
だが、ここにはバックアップなんて無いし、そもそもバグに害があるのかも分からなかった。
だからと言って、とりあえず初期化をするわけにもいかない。
初期化でロッテが直る保証も無ければ、初期化すれば確実に失われるデータがあまりにも多すぎた。
特に、家族や友達の写真や動画。
その次に、現実問題として、現地の言葉に対する自動翻訳と辞書である。
デフォルトの自動翻訳の速度や精度では、美咲が再設定したところで大昔の衛星電話を使って片言で話すみたいな会話になってしまう。
これが失われるだけで、異世界でのコミュニケーションが壊滅的になるのは目に見えていた。
事実上、美咲はiDを操るロッテに頼っている状態なのだ。
更に悪い事に、ロッテは自身の変化に気付いていない様だった。
その中で救いは、ロッテは昔と変わらず美咲のメイドを演じ続けてくれている事である。
「エレノア、あなたが過去にさらわれたのは聞いていました。百年以上寝ていて、どこにも知り合いがいないのも聞いています。だからと言って、あなたがこれから先の人生を孤独に生きる事に、どれほどの意味があるでしょうか? ハッキリ言って無意味です。あなたは、再び友人を失う事を恐れているのでしょうが、私に言わせればただの怖がりです。あなたの言っている事は、何度も転んだから二度と歩かないと宣言しているのと大差ありません」
「なっ!? 好き勝手いいやがって! ガキの癖に、そっから出てこい!」
「ちょっ!? 痛っ痛いよ!」
エレノアはロッテをつねるが、そんな事をしても美咲が痛がるだけである。
ロッテは律儀につねられた所を避けて、話を続けた。
「美咲様から手を放して! あなたの問題は、暴力で解決できるんですか!」
ロッテの言葉にエレノアは、怒っているからなのか、それとも図星なのか、何で赤くなっているのか分からないが、表情的には、かなり押されていた。
「何言ってやがるこいつぅ……」
「あんた達そんな所で何やってるの、飯だよ」
レアラがわざわざ二人を探しに来ると、ロッテはすぐに姿を消した。
レアラから隠れた様だった。
「ごめんなさい。すぐに戻るから!」
美咲が返事をすると、レアラは二人が取り込み中と見て「早く来ないと、無くなっちまうよ」と言って、休憩地点に戻って行った。
「エレノア、一旦戻ろ? 話の続きは後でするから。ロッテの事も説明する」
「ちっ……わかったよ。それ、そのガキのシェルなのか?」
「違うけど、ちゃんと説明するから、ほら、ご飯だって」
美咲に手を引かれ、エレノアは釈然としないまま休憩地点に戻り始めた。
美咲は視界の端にいるロッテを見て、ロッテにだけ聞こえる声で話しかけた。
「ロッテ、なんであんな事したの?」
「美咲様……実は私も、良く分からないんです。お二人の会話を聞いていたら、エレノアに腹が立ってしまって」
「エレノアに後で謝ろ。出来る?」
「ですが、エレノアは間違っています。美咲様の好意を……」
「ロッテ、ロッテの言った事は正しいかもしれないけど、エレノアだって正しいと思うの」
「どういう事ですか? 矛盾しています」
「私は、二人とも間違っていないって思ったの。まあ、友達になれないのは、残念だけどね。それに、ロッテとエレノアの仲が悪いのは、私は嫌だな」
「……わかりました」
そう言うと、エレノアの手を引く美咲の手にロッテが表示された。
「エレノア、非礼を謝罪します」
「急になんだよ」
エレノアはぶっきら棒に答えた。
「私の情報不足で、一方的な正論を押し付けてしまった。そう解釈しています。あなたがバカや臆病者という私の判断は訂正します」
「いいよ、別に。お前が言ったのは、むかついたけど」
「けど?」
エレノアは脚を止めた。
「昔、ダチに言われたんだ。ダチを馬鹿にされたら、それが嘘でもムカつくけど、自分が馬鹿にされてムカついたら、それは本当の事だってな」
「エレノア……」
美咲はエレノアの手を握り直した。
「と言う事は、私が正しかったと認めるのですね?」
「おい」
ロッテの言葉に美咲がツッコんだ。
「冗談です。エレノア、あなたはバカでも臆病者でもない事は、今の発言で理解しました。改めて謝罪します。どうか、許してください」
休憩地点に戻ると、レアラが二人の食事を荷馬車に置いて、また仕事に戻って行った。
いやに癖のある肉の入ったスープと、それでふやかさないと噛む事も出来ないパンを、口内の傷が痛むのを我慢しながら食べつつ、美咲はエレノアに色々な事を説明する。
ロッテが美咲の中に住んでいて、美咲にこの世界の言葉を教えている事。
美咲のいた場所では、この世界でシェルが当たり前の様に、ロッテの様な存在が当たり前である事。
美咲が見た物を記録したり出来る、シェルでは無い力を持っている事。
「ほら、面白いでしょ。これが私のいた場所」
スカイツリーの展望台から見下ろす景色を、腕に表示して見せた。
「すっげぇ……けど、これって塔の上だろ? 建物もみんなデカいし」
「ふふふ、驚いたか」
写真を見せるだけで、この優越感。
美咲はエレノアの反応が嬉しくてたまらない。
「なあなあ、もっと大きく出来ないのか?」
「大きく?」
美咲が腕一杯に写真を表示するが、包帯が邪魔だし、それほど大きく見えない。
皮膚モニターは、皮膚と名前についているが、眼球を除く全身に表示が可能である。
だが、ミイラ状態の美咲の腕では両腕合わせても大した面積が稼げない。
そこで美咲は「そうだ」とスカートをまくり上げ、腹に表示してみせた。
背中よりは狭いが、これならエレノアに説明しながら一緒に見られる。
「すげーすげー」
「こうやって触ると、写真の見たい所に、こうやって動かせるんだよ」
そう言って美咲は、写真が表示された自分の腹を指でスライドした。
すると、腹に映し出される写真が動く。
「なあなあ、触って良いか?」
エレノアがやってみたいと期待の眼差しを向けた。
「いいよ、軽く触れば動くから」
美咲がそう言うと、エレノアは美咲のお腹を触り始めた。
「すげーすげー」
「あはは、くすぐったいから! もっと優しく!」
そんな事をしながら、家族や友達の写真をエレノアに見せていた美咲は、楽しそうな顔だなと思いエレノアの写真を撮って、腹に表示してみせた。
盗撮である。
「これは誰なんだ? こいつもダチか?」
「誰って、エレノアじゃない」
「これが、あたし!?」
そう言うと、美咲の腹に表示される楽しそうに笑う自分の写真をジッと見た。
「はじめて見たの?」
「あ、ああ、うん。はじめて見た。これがあたしか……」
「こんな事も出来るよ」
そう言って美咲は撮影モードに切り替え、美咲の視点を腹に表示した。
さっきまで止まっていたエレノアの写真が、エレノアの動きとリンクして動き始め、エレノアは度肝を抜かれる。
「すっげえすっげえ! 面白いシェルだな!」
「だから違うって……ん? もしかしてシェルっぽい、かも……」
エレノアの反応だけでは不安だが、もしかしたらこの世界ではシェルと言い張れば、普通にiDが人前で使えるかもと美咲は思った。
「なにやってんの、あんた達」
仕事を終えて戻って来たレアラが、スカートをまくり上げる美咲と、その前で興奮しながら良く分からない動きをするエレノアを目撃して発した言葉だった。
美咲とエレノアは、レアラの顔を見て仲良く石の様に固まった。




