ハローケイミス王国(その4)告白
前回の流れ
・休憩の馬車でエレノアが、美咲の言葉に怒る。
・エレノアが頭を冷やすと馬車を降りて森の中へ。
※一部表現、誤字を修正しました。
池のほとり、休憩地点とは森を挟んだはずれの場所。
人影のない所で、エレノアが一人佇んでいた。
エレノアが出て行って、すぐに追いかけたが、足の歩幅も早さも違うので、美咲は追いつくのに時間がかかってしまった。
木の影でエレノアの様子を覗くと、エレノアは明らかに落ち込んで見える。
どんな顔をして会えば良いのか分からないが、美咲はとりあえず謝ろうと、木の影から出て行った。
「……エレノア」
呼ぶと、エレノアは黙って振り向いた。
「えっと……頭は冷えた?」
美咲は、自分で何言ってるんだと思った。
挑発しに来たわけではない。
「それなりにな……」
エレノアは落ち込んだまま答えた。
もう逃げる気は無いらしい。
「さっきは、ごめん」
「いいよ。あたしこそ、ミサキがクレアの名前知ってるわけ無いのにな。それに、酷いな、あたし……」
美咲の血の滲んだ包帯を見て自己嫌悪するエレノアを前に、美咲は声を大きくして言った。
「あのね!」
美咲が場の空気を切り替えようと出した声に、エレノアは驚いて顔をあげた。
「私もね、多分さらわれてきたんだ」
「……どう言う意味だよ? 旅してて、それで迷い込んだって」
エレノアにとって、それは意外な内容だった。
美咲の言葉にエレノアは混乱した。
美咲の言い方ではエレノアには、連中にさらわれた風に聞こえてしまう。
「ゴブリンから逃げて砦に迷い込んだのは本当だけど、旅は嘘。さっき聞いたシェルを使った時に聞こえた音の話。私が暮らしてた場所で、その音が聞こえたら、気が付いたらイルミナの近くにある湖にいたの」
「?」
「私の国には、シェルを使える人なんていなかったから、だから多分、誰かにシェルを使って、ここに連れて来られたんだと思う」
美咲の言葉を、エレノアは黙って聞いている。
「エレノア、私は、元の場所に、自分の国に帰りたいの。でも、それには、きっと、私を連れてきた人を探さないといけない」
「ミサキ、お前まさか、そいつを探す気なのか?」
「それしか今は帰る手がかりが無いんだ。それに、他に帰り方が見つかったら、別にそれでいいし」
「どっちにしても、そんな奴どうやって探すんだよ。何か手掛かりは?」
「わかんないけど、レアラさんの話だと、アナトリアって所に行けば、いっぱいシェルを使える人がいるんでしょ? まずは、そこに行こうと思ってるんだけど……」
「だけど? なんだよ」
「エレノアも一緒に行こう! そこなら、エレノアを元の身体に戻せる人がいるかもしれない!」
「あたしの……この、身体を……元に? そんな事……」
出来る訳がないという言葉をエレノアは飲み込む。
美咲からの思いもよらぬ提案に、エレノアは驚きを隠せない。
「エレノア、私はジャック君にも、クレアさんにも、アリスさんにも、誰の代わりにもなれない。ううん。誰かの代わりになんて、最初からなる気は無いよ! 私は百鬼美咲にしかなれないから! エレノアの言う通りだよ!」
「きゅ、急にどうしたんだ?」
美咲の謎の気迫に押され、エレノアはたじろいだ。
美咲はエレノアの言葉をスルーし、話を続けた。
「でもね、エレノアの新しい友達にならなれるって! なりたいって思ったんだ! さっきもね、それを言いたかった。友達になって、エレノアを元の身体に戻してたいって」
「な、何の話をしてるんだ? あたしと、友達に? 元の身体?」
「うん!!」
美咲の目は、今までにない輝きを見せていた。
傷だらけでボロボロなのに、その瞳には誰が見ても分かる希望が見える。
家に帰れるかも身体を戻せるかも、どっちも実現可能なのかなんて誰にも分からない。
それは根拠の無い自信の筈なのに、美咲になら探し出せてしまいそうな、不思議な説得力があった。
「でも、ミサキは、あたしの身体、怖いんだろ?」
見てれば分かるよと言う顔をして、腰布から前脚を出して見せた。
「怖くない! 訳じゃ、ないけど……怖いけど」
美咲は、言葉を濁しながらもエレノアの脚を、そっと触った。
それから、やけくそ気味にギュッと抱きしめた。
「この脚だって、エレノアの一部だから、慣れる時間が欲しいんだ!」
「慣れるって、また正直だな。どうして……あたしの事、知らないで、そんな」
「だから、よく知りたいんだよ!」
「でも……」
「でもじゃない!」
「無理に、そんな」
「無理なんてしてない!」
「じゃ、じゃあ、なんで友達になりたいのか言ってみろよ。そうか、この身体が可哀そうだからか! 家に帰るついでに治してやろうって……ああ、わかったぞギフトか! どうせ、この身体が旅に便利なんだろ!」
エレノアは、どうにか美咲を遠ざけようと言葉を吐き出した。
その言葉の一つ一つは、どれも本心だろう。
言葉の一つ一つがエレノアの不安な心を現していた。
エレノアは、こんな自分と、本当に友達になってくれるのかが不安だった。
一緒にいて、嫌われるのが怖いのだ。
それでも美咲は、そんなエレノアに裏表無く気持ちを伝える事しか出来ない。
もちろん、生きていればズルを考える事は沢山あるし、知略を巡らせる事も出来る。
根っからのズボラで、甘えん坊なただの15歳の少女だ。
しかし、人間関係と言う事に関して言えば、美咲は常に誠実な人間であろうとしてきた。
そして美咲は、誠実さを土台に、自分の好き勝手に振る舞うのだ。
他人を都合良く操る側の人間ではない。
また、他人の都合で操られる側の人間でもなかった。
それが、好きを原動力にしている時は、なおさらであった。
本心を伝えるのには、言い訳も飾った言葉も不要である。
「好きだから!」
言葉は溝を埋めてくれる。
だが、どんな言葉でも良い訳では無い。
自分に正直であり、傷つく事を恐れず、言葉を紡ぐ事こそが本心を伝える一歩となりえるのだ。
それは、つまり告白であった。
「………………へ?」
今までにない気の抜けた声が聞こえた。
思いもよらぬ言葉。
エレノアの脳は、言葉の音と意味を照合するのに、たっぷりと時間を必要とした。
「エレノアの事が、好きだから!」
美咲は言った。
ハッキリと。
しばしの沈黙。
その後。
エレノアの脳内で、言葉の音と意味が合致すると、今度は言葉に価値が生まれた。
顔が面白い様に、みるみる赤く染まっていく。
エレノアにとってしてみれば、初めてされた告白であった。
それが、友達としてだとしても、初めて面と向かって好きと言われる経験だったのだ。
エレノアは、ついさっきまで抱えていた自分の悩みが掻き消されていくのを感じた。
美咲の「好きだから」の一言で、心を凍てつかせていた氷が解け始めたのを感じずにはいられなかった。
そこには小難しい理由も根拠も無い。
こんな自分の事を、ただ好きになってくれる。
クレアの代わりでは無く、百鬼美咲としてゼロから友達になってくれると言うのだ。
目の前の、自信に満ち溢れた少女は、自分を受け入れてくれる事に疑いの余地を感じさせない。
何の計算も裏も、そこには存在しない。
エレノアは危うく泣きそうになるが、涙を堪えた。
エレノアの異常な照れ方に、言った側の美咲も予想外で戸惑った。
「あ、あの、好きって、そういう意味じゃなくて、エレノアの事は大好きだけど、友だ……」
「わかってるから!」
エレノアに黙れと言わんばかりの勢いで言葉を遮られ、美咲は「はい!」と口をつぐむ。
エレノアは、寝起きでゴブリン達と死闘を繰り広げていた勇敢な少女とは、とても思えない動揺を見せていた。
その視界は、徐々に色づいていく。
エレノアにとって、ずっと暗く辛い世界だったそこが、明るく見え始めた。
するとエレノアは、美咲の顔を、さっきとは別の理由でまっすぐに見られなくなっていた。
それは初恋に近い感情だった。
どうしようもなく、目の前の人間に惹かれてしまう。
視界の端に美咲がいるだけで、その時間が幸せへと変わる感覚。
「ミサキは、その……思っていたよりか、変な奴だったんだな……」
そう言うエレノアの顔は、限界まで真赤になっていく。
頭から湯気が出てもおかしくない。
火傷して赤くなった蜘蛛の脚も含め、エレノアは全身が真っ赤になっていた。
美咲は、たまらなく可愛いと思った。
「それでも、いいよ。私は、エレノアと、ただ友達になりたいだけだもん」
美咲はエレノアに無邪気な笑みを向けた。
それを見て、自分の中に一つの邪な願望が生まれたのを、エレノアは感じた。
他人に初めて懐く感覚だった。
それは、独占欲であった。
今や、この世でたった一人、エレノアの過去を知り、キメラの肉体を受け入れ、幸せを願ってくれる存在が目の前にいるのだ。
エレノアにとって、誠実であろうとする百鬼美咲という存在は、この短い時間の間に、特別な者へと価値を大きく変えていた。
自分だけの物にしたいと子供の様にエレノアが思ったとしても、それは仕方が無い事である。
しかし、エレノアは「うん」と返事を言いかけるが、思いとどまり言葉を飲み込んでしまった。
すると深呼吸して仕切り直し、誤魔化す様に返事をした。
「ははっ……ありがと。嬉しいよ、ほんと。こんなの百年ぶりぐらいかな? 生れて始めてかもしれない」
エレノアは、照れながら慣れない冗談を言って笑っている。
だが、その後に続く言葉は、美咲には思いもよらぬ物だった。
「でも、ごめん。友達にはなれない」
「……え? ど、どうして!?」
まさか断られるとは思っていなかった。
嬉しそうに赤くなって、満更でも無さそうなのに……
美咲が分からないと言う顔をしていると、エレノアが申し訳なさそうに言った。
「その……あたしは、友達は……作らないって、決めてたんだ」
その言葉の意味が分かるだけに、美咲は何も言い返せなかった。
エレノアにとって、友達とは辛い記憶の方が遥かに大きい存在なのだ。
大事であればある程、失う事を考えると怖くなる。
その上、百年以上眠っていて、全てを失っているのだ。
エレノアの気持ちを察する事が出来ても、本当に理解する事は美咲には出来ない。
美咲は、どうしていいのか分からなかった。
説得する台詞が思い浮かばない。
つい先ほどゴブリンに殺されかけておいて「死なない様に頑張るから!」と明るく言った所で、説得力の欠片も無い。
その時、二人だけの空間で、別の声が聞こえた。
「あなた、バカですか?」
それは、美咲の手からだった。
薄々気付いていたが、やはりおかしい。




