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Symbiotic girl 共生少女  作者: 月見里歩
1章
2/22

ハローワールド〈その1〉日常

 主人公の日常です。


※一部表現、内容、誤字、スペースを編集しました。

※構成を大幅に見直しました。

 2040年。

 人工知能の急成長、火星移民計画、軌道エレベータ建設、ダイソンスフィア計画の始動と、人類は自らの予想を上回る速さでの進歩を遂げていた。


 バイオナノマシンの一般化は、電話とパソコンの境界を曖昧にしたように、人とデバイスの境界を曖昧にした。

 しかし、それは文明の話である。


 どんなに科学が発展しても、人間の悩みはいつの時代も大きく変わる物ではない。

 ホモサピエンスが地球上に誕生してから今まで、ただの一度も愛に悩まぬ人類は地上からいなくならなかったし、この先も消える事は無いだろう。




「あんた……まさか、また下に水着、着てきたの? 雑って言うか、ズボラって言うか……ははぁ、昔みたいに下着忘れたりして無いでしょうね?」


 親友の葵は、軽い冗談で言ったつもりだった。


「そんな小学生じゃあるまいし」


 美咲は、そう言いつつも不安にかられて「はっはっは、まっさかぁ」と言いながらロッカーに入れた自分のスポーツバッグの中を探った。

 すると、小さい声で「あれ……」と言った。

 先ほどまで明るかった顔色は、途端に曇っていく。

 その顔には“うそでしょ”と書いてあった。


「どうかした?」


 制服のリボンを外しながら“まさか”を聞いた当の葵が、浮かない顔をしている美咲を見た。


「……パンツ忘れた……」




 水着を家から着て来て自宅に下着を忘れるなんて失敗も、簡単には無くならなかったようだ。

 これから中学生水泳全国大会の大事な予選を控えているのに、美咲は思わぬ事態に困惑したのだった。




 本当に下着を忘れてきた美咲に、着替えの途中で下着になったまま葵が大爆笑した。

 笑い声に、女子更衣室内の視線が葵に注がれるが、そんな事は気にしない。


「あはははははは、おかしい。本当に小学生かあんた。その歳で家から水着着て来て、パンツ忘れるって!」


 周囲の同情の視線が美咲に「あの子パンツ忘れたんだ……」と突き刺さった。


「返す言葉もないです……」


 美咲は、頬を染めて恥ずかしそうに、少しシュンとした。

 家で忘れ物チェックをしようとしたら、兄からメッセージがあって返信に気を取られているうちに忘れ物チェック自体を忘れた事を思い出し「お兄ちゃんめ、ぐぬぬ」と恨めしく思う。


 それから、本日の予定を思い出して気が滅入った。

 仮に、直帰なら濡れた水着を下に着ていようが、ノーパンだろうが、ギリギリ、本当にギリギリだが、イケそうだと考えていた。


 だが、今日は都合が悪かった。

 本日の中学生水泳大会の予選を含め、試合ぐらいでしか実際に会わない他校の友達と、終わったらお疲れ様会をする事になっていたのだ。

 集合は予選会場のロビーで、会場になるお洒落なカフェまで直行である。

 既に参加費を幹事に払っている上に、仲の良い友達の何人かは、昨日渡せなかったと美咲に誕生日プレゼントを用意していそうなので、美咲は是が非でも参加したかった。


 濡れた水着やノーパンで過ごす充実した午後と言うのは、想像するだけでスース―してくる。

 目の前で爆笑している日に焼けた茶髪の少女は、みんなには言わないが、スカートめくりをチョイチョイ仕掛けてくる。

 そういうキャラなのは、長年の友達付き合いから分かっていた。

 美咲は、かなりの精度で到来する未来をシミュレーションし、どうにか回避せねばと思った。


 それから、短い黒髪を指で弄り、モジモジしながら葵に対して安易なお願いを持ちかけようとした。


「……ねえ、葵ちゃん。パンツ」

「貸さないわよ。気持ち悪い」


 まだ言いきってもいないのに、即却下された。

 葵は帰り用の綺麗な下着を用意しているので、そっちを借りればと思ったのに、早速当てが外れた。

流石に安易すぎた。

 だが美咲も、ここで引き下がる訳にはいかなかった。


「昨日、私ね、誕生日だったんだ。葵ちゃん……」


 美咲は、ウルウルと上目遣いをしてみた。

 相手が男なら、騙されずとも、しょうがない奴だと甘やかす所だが、葵には通じない。


「……普通に覚えてるけど。聞くがあんたは、それで良いのか? せっかく親友がプレゼント用意してきたっていうのに」


 葵は、ジトッとした視線を美咲に送ると、ロッカーに入れていたカバンを出して、中を開いて見せた。

 そこには、可愛いリボン付の包み紙が見えた。


「ううっ」


 まっ、眩しい!? 美咲は親友の回復魔法で大ダメージを喰らった。

 そんな気分になった。

 アンデッドか私は、と思った。


「……そうだ。じゃあ、サキッチが全国に行けたら、買ってあげる」


 自身の卑しさで心に傷を負った美咲に対して、葵は何かを思いついたのか、譲歩の姿勢を見せた。


「パンツのハードル、高くない!?」


 美咲は抗議した。

 もちろん、そんな立場じゃない事は分かっている。


「じゃあ、午後はノーパンで頑張るのね。せっかく昨日iDも導入した事だし、パンツの画像でも貼れば風が吹いても大丈夫だしね」


 iDとは、iDEVICEの略で、一般的なナノマシンタイプのデバイスの事だ。

 体内に常駐させて使う、高性能なスマートフォンを想像してもらいたい。

 葵の言葉に、美咲は思わず想像してしまった。

 iDの皮膚モニター機能を使えば、自分の皮膚に画像を映し出せるのだ。

 たしかにボディペイントに見えない事も無いが、絶対にやりたくない。


「それじゃ変態だよ!」

「あんたなら平気よ」

「何を根拠に!? ううっ、わかった。わかりました。全国に行きますよ!」


 言ってから美咲は、ダメだったら母親に買って来てもらおうと思った。

 いや、今、メッセージをたったの一本送れば解決するのでは?

 美咲がそんな事を考えていると、葵は美咲の表情を見て、まるで心を読んだのでは無いかと言うタイミングで美咲の脇をくすぐり始めた。


「約束したからね」

「はははははははっ、や、やめて、お願いだから!」


 おっと、墓穴を掘ったぞと、美咲は気付いた。

 全国に行けなかったらノーパンで半日過ごすみたいな、おかしな流れに誘導され始めている。

 葵は、くすぐる手を止めずに、ニンマリと人の悪い顔をしていた。

 昨日iDを導入したばかりの美咲は、誤作動防止機能の自動ロックをオフにしていないので、視界に浮かぶ画面が固定されてしまう。

 葵が確信犯なのは、間違いなかった。


「やめて、やめて、ください……」

 思わず「ください、だろ?」と言われる気がして自分で付けてしまった。


「しょうがない……」


 葵がくすぐるのを止めると、美咲は早速、iDでメッセージを送ろうと視界に出ているウィンドウに意識を集中し始めた。

 慣れれば簡単に操作できるのだが、意識を集中させてiDに命令するのにはコツがいる。

 今の美咲は、自転車で例えれば、地面を蹴りながら進んでいる様な状態なので、一々操作がぎこちない。

 すると、そんな美咲を見ながら、葵が言った。


「サキッチ、あんたまさか、自信無いの?」

「なっ!?」


 美咲は、あと一歩で母親に「パンツ忘れた、届けて」と言う情けないメッセージを送信出来たのに、送信ボタンを押す寸前で意識の集中を止めてしまった。

 葵は、美咲の負けず嫌いな性格を的確に突いて来た。

 美咲のiDに搭載されているサポートコンシェルジュAIであるメイド少女のロッテは、情けない文面の手紙をどうすればいいのか、美咲の命令を視界の端で待っている。


「全国、行くつもりでしょ? 今年は優勝するんでしょ?」


 更衣室は、気が付けば二人きりになっていた。


「ま、まあ、そうですけど……」


「じゃあ、大丈夫じゃない。自分を信じて!」


 葵は、ガンバレみたいな感じで言うが、明らかに楽しんでいた。


「ぐっ、じゃあ、私が全国決まったら、葵ちゃん本当にパンツ買ってくるんだからね? 約束だよ。終わったらすぐだよ!」


「よし。ダメだったら、一日ノーパンね。約束だからね」

 葵は面白そうに、早口で言った。


 術中にハマっている事は分かっているのに、我慢できずに無用な約束をしてしまった。

美咲は心の中で「私のバカバカ」と思った。

 すると、葵は美咲に手の平を見せた。

 別に、皮膚モニターによる画像も何も表示されていない。


「握手?」


 美咲は、間の抜けた顔をして葵の手を握った。


「パンツ代」


 美咲は素直に「なるほど」と思った。

 葵は買ってあげるとは言っても、自腹でとは一言も言っていない。


 それから美咲は、バッグから小学生の男子が使いそうなボロい三つ折り財布を出すと、マジックテープをビリビリと剥がして開け、自分で見た後に無表情でそっと葵に中身を見せた。

 ボロ財布は美咲の兄が小学生の時に使っていた物で、当時かっこいいと思っていた美咲がおさがりで貰った物だった。

 物は基本的に壊れるまで使う派なので使い続けているが、糸がほつれていたり、かなりガタが来ている。


「あの、あのですね、実は、言いにくいんですけど、見ての通り今、余分なお金が無いといいますか、その、財布に余裕が……」


 葵は、美咲の財布と財布の中身を見ると、何か入れたくなるぐらい切ない気持ちになった。

中学三年生の財布とは思えないのは、見た目だけでなく中身もである。

 試合終わりにジュースの一本も買えない。

 電子マネーで支払いをする為の家族カードの支払い能力の残高表示は、たったの80円で、クレジットカード機能も無い。

 iDに登録されている支払いカードと共通なので、ネット通販も出来ない。

 財布の中身で一番価値があるのは、一駅区間一ヶ月の通学に使っているチャージ式の定期カードなのは、間違いなかった。

 ちなみに、その定期カードの期限は、しっかりと切れている。


「……はぁ、パンツと、あとブラも揃いのプレゼントしてあげるから。本当に勝ちなさいよ」


 そう言うと葵はiDで通販のウェブページを開いて、美咲にも見える様に腕に表示した。


「ありがとっ! 私頑張るね!」


 美咲がわざとらしく、着替えている葵に抱き着くと「ちょっと、わかったから、美咲、邪魔!」と邪険に引きはがされた。

 美咲は抵抗して、葵のパンツを引っ張り始めた。

 これは完全に、ただの調子に乗った悪ふざけだった。


「ゴムが伸びる! こらっ、やめっ、やめろっ!」


 美咲は、葵に頭を殴られた。

 急に声にドスをきかせるのは、まだ怒ってはいないが、それ以上は本当にやめろの合図である。


「葵ちゃん痛いよぉ。脳細胞が死んだらどうするの」


 もう、と言いながら葵は着替えを続ける。


「コブの分有利になったと思いなさい、まったく」

「頭からゴールしたら、またコブになっちゃう」

「ほら、脳細胞はまだ大丈夫そうよ?」

「ううう」


 口では勝てない美咲は、頭をさすりながら気を取り直した。


「しかたない。今日は、葵ちゃんのご要望に応えるとしますか!」

 と、ワザとらしく気合を入れてみせた。


「……パンツの為だろ、さ、お待たせ、行こう」

 と、水着に着替え終わった葵は、仁王立ちする美咲のお尻をパチンと叩いた。

 美咲は、葵の不意打ちに「ひゃん」と変な声を出し、恥ずかしそうに叩かれた所をさする。


「気合入れなさいよ。とびっきりセクシーなの買ってあげるから」


 葵が美咲に腕を見せた。

 表示されている画面には、かなり際どいデザインの黒いレースの下着がネットショッピングのカートに入れられていた。

 間違いなく勝負下着である。

 値段もお高い。

 美咲の順位が決まった瞬間に注文し、会場に宅配してもらえば、店に買いに行くよりも遥かに早いので実に合理的である。


「そこは、可愛いデザインのにしてよぉ」


 美咲は、内心その値段に心が揺れ動いたが、悟られぬように文句をつけた。

 黒レースの下着など、見せたい相手などいないし、美咲には早すぎるのだが、自分が買えない物となると途端に魅力的に見えるのも事実である。

 しかし、必要ない物は、やっぱり要らないと言うのが美咲の考えだった。


「じゃあ、今日一位だったらね」

「そんなぁ……」

 こうして美咲は、今日の予選で負ける訳にいかなくなったのだった。


 これが美咲にとっての日常であった。



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