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Symbiotic girl 共生少女  作者: 月見里歩
1章
19/22

ハローケイミス王国(その3)休憩

 前回の流れ

・荷馬車の中でレアラに治療されながら、この世界の話を聞く。

 ケイミス王国を目指す騎士団の隊列が、大きな横穴が開いた洞窟の壁の前で止まった。

 どうやら、そこは決まった休憩地点で、近くにある池では、馬車から解かれた馬達が水を飲んでいた。

 これから横穴の中を進むらしく、横穴を抜けるまでは暗い道が続くという。


 仕事で呼ばれたレアラが「また後でね」と、炊事に行っている間、二人きりになった時だった。


「さっきは、ありがとな。これ」


 美咲が、せっかく二人きりになったのに何から話して良いのやら悩んでいるのを見かね、エレノアから話しかけてきた。

 自身の蜘蛛の背中をスッポリと覆っている布をつまんで。

 布には目印の様に美咲の血がついている。


「ううん。ごめん」


 美咲は、なぜか謝ってしまった。


「なんで、謝るんだよ」


「だって、エレノアは、その……脚の事気にしてるって、少し考えれば……」


 エレノアを傷つけてしまったという後悔を思い出し、拭う事も出来なければ、扱い方も分からなかった。

 美咲は、加害者になると言う事に慣れていない。

 どうすれば、このモヤモヤが晴れるのかが分からず、謝ってしまったのだ。


「急にどうしたんだ? さっき会ったばかりで、相手の事なんて、すぐに分かる訳ないだろ? そんなの気にしてないから」


「それは……そう、なんだけど」


 美咲の言い分は、例のビジョンを見ているから言えることで、今の美咲の話には自身の視点しか無かった。

 慣れない罪の意識で気持ちに余裕が無いのと、美咲の精神年齢がまだ未熟な事が原因である。

 それに比べると、エレノアの方が美咲よりも今は冷静であった。

 美咲は、何から伝えた物かと悩み、考えがまとまらない。

 それでも、一個ずつでも、順番に話そうと思った。


「あの……あのね、エレノアに聞きたいことがあるんだ」


「その前に、あたしも聞きたい事があるんだけど。いいかな?」


 いきなり出鼻をくじかれた。

 だが、質問するよりも答える方が楽である。

 話しているうちに質問が固まる事もあるので、実際は助かっていた。


「あ、ああ、うん。なに?」


「あたしの名前は、どこで知ったんだ? この名前を知っているのは、ダチだけなのに。それに、あそこで見た……ジャックは、あれを出したのはミサキだろ?」


「あ、えっと、順番に説明するね。あの部屋にあった、研究日誌って言うのかな。その中に名前が書いてあったから、名前はそれで知ったんだ」


「研究日誌に……名前? あたしの? あいつらが?」


 エレノアは腑に落ちないという顔をする。

 まるで、日誌に名前が書かれている事があり得ないとでも言いたげである。


「私も聞きたかったんだけど、なんで英語で書かれていたのか。食堂で見た地図には、別の言葉で書かれてたのに」


「英語? 別の言葉? その日誌ってのは?」


 エレノアの反応を見る限り、英語で書かれていると言われても何のことか分からないみたいだった。


「火事で、燃えちゃった」


「なんて書いてあったか何か覚えてないか? 誰が書いたかだけでも」


 エレノアは、日誌に自分の名前を書いた人物を気にしていた。


「ごめん。虫食いだらけだったし、私、英語苦手で……でも、日誌に名前が書いてあったら、何かおかしいの?」


「……ああ、あたしの名前は、一緒に、あそこでつかまってたクレアって奴がつけてくれたんだ。さらった奴らは、あたしの事は番号で呼んでたから」


「そ、そうだったんだ。それじゃ、本当の名前は?」


「覚えてないんだ。その、なんだ、変な話して悪かった。ミサキは、じゃあ、あたしの事は……何も知らないんだよな? でも、じゃあ、あのジャックは……」


「あそこで助けてくれた子、ジャックって言うの?」


「あ、ああ……たぶん。子供の頃の、友達に似てたんだけどな、でも、さっき聞いただろ? もしかしたら百年ぐらい前だから。ミサキが会ってるわけ無いよな。それで、ミサキは、何を聞きたいんだ?」


「まずは、これの事」


 美咲は、首の噛み傷を指した。


「いきなり噛んだのは、悪かったよ。聞きたいのは、あの……シェルの事だよな」


「うん」


 美咲は、幽霊を見て呼び出したあの力もシェルなのかと思った。


「知ってる事は教えるけど、一つ約束してくれないか」


「約束って、どんな?」


「あたしの毒の事も、ミサキのシェルの事も、誰にも言わないで欲しい……あたしをさらった連中の仲間の耳に入らないとも限らないだろ? 百年以上経ってるかもしれないけどさ」


「……わかった。エレノアが言って欲しく無いなら言わないよ」


「約束だからな」


「うん」


 そこまで誓わせて、エレノアはようやく話を始めた。


「とは言ってもよ、実はあたしも詳しくは知らないんだ。わかる範囲で説明するから、それで勘弁してくれよ」


「うん。わかった」


「あたしをさらった連中は、あたしの毒の事をギフトって呼んでた」


「ギフト……」


 水槽のプレートの文字を思い出した。

 視界ではロッテが「ドイツ語でギフトは毒の意味があります」と教えてくれる。

 美咲は「へー」と思った。


「あたしは、その……連中が言っていたのは、一番最初にギフトを身体の中で作り出せた個体で、試作品だって」


 エレノアは、記憶を手繰り寄せる様にゆっくりと語る。


「あたしの毒が人の身体に入ると、シェルを使えるようになる事があるんだけど。今にして思えばさ、連中はシェル使いを作り出そうとしていたんだと思う」


「シェル使いを作る……」


「ああ、でも、あたしの毒は短い時間しかもたないし、また噛まないと使えないんだ。それに、シェルってのは、一人一人違くて、使える様になるシェル次第では、あたしの毒だと身体への負荷が大きすぎて……連中の実験では噛んだだけで殆どの奴が死んじまったよ」


「ほ、ほとんど……」


「ミサキを噛んだのは、本当にすまないと思ってる。だから、せめて名前を聞こうと思ったんだ。ミサキの事を忘れない様に」


「ま、まあ、ほら、こうして……生きてるし……」


 美咲は内心「名前を聞いたのは、墓標用でしたか……」と苦笑いした。

 分かり合っているつもりだったが、それなりに認識の齟齬がありそうである。


「あたしの毒は、効果も短いけど、短い時間で何度も噛めば、副作用で幻覚を見たり、高熱が出たり、下手すると死んじまうんだ。だから、最後の方は、ずっと薬の実験台だったよ。あたしが知っているのは、こんな所かな」


「だから、さっき森の中では噛まなかったんだ」


「ああ……他に聞きたい事は?」


 聞きたい事ならたくさんある。

 エレノアの話を聞きながら、質問がまとまった美咲は、順を追って話を始めた。


「私がシェル? を使った時にね、音が聞こえたんだけど」


「音? ああ、何か聞こえた気はするけど、悪い。あたしはシェルなんて使った事無いから、それは分からないかも」


「それと、これは多分なんだけど、過去の光景が見えたの。あの部屋の」


「光景?」


「エレノアがあの部屋に来て、姿を変えられて、水槽に入れられた所が見えたんだけど」


「どう言う事だ!?」


「ジャック君? あと、蛇と蠍のキメラに変えられた子達も見た。蛇の子がジャック君に……その」


「殺された所もか……」


「そう、それから、エレノアを助けて欲しいってお願いしたら、ジャック君が出てきたの」


「ミサキ……それが、ミサキの……シェルの力なのか?」


「わかんないけど、多分」


「過去の光景。ジャックだけじゃなくて、クレアとアリスも知ってるって事は、見たってのを信じるしか無いか……見た物を出せる力なのか……?」


「だから、エレノアにちゃんと言わなきゃって、馬車に乗ってからずっと思ってたんだけど、あのねエレノアが、私を助けてくれたのも、あの蛇の子の事があったからって……」


「……蛇じゃねぇよ……」


 エレノアは、ぼそりと呟いた。


「それでもね、蛇の子の代わりだとしても、私、エレノアに、たすけて、もらっ、て、かん、しゃ……」


 荷馬車の中を流れていた空気は、いつの間にか悪い方向へと淀み始めていた。

 美咲はエレノアの地雷に気付くのが、一歩遅かった。


「蛇じゃねぇ! クレアだ!! ああ、確かに、最初はミサキがクレアに見えたよ! 今度は助けられるんだって思ったさ! でもな、あたしはミサキの事を助けたくて助けたんだ! 勝手に一人で全部わかった風な口をきくな! 勘違いしてるんじゃねぇ!」


 エレノアは突然大声をあげ、美咲の両腕を掴んだ。

 せっかく治療した包帯には、傷口が開いたのか、じわりと血が滲んできてしまった。


「ご、ごめん……ごめんなさい。あの、あのね、私が言いたかったのは……ただ、ありがとうって……」


 ちゃんと伝えたかった。

 それがかえって裏目に出た。

 伝えたかった事の前置きのつもりが、とんでもない地雷を踏んでしまった。


 さっきレアラに注意されたばかりなのに……

 他に説明する言葉が思いつかなかったにしても、せめてレアラの様に蛇と言う事に悪気が無い事を事前に断るべきだった。


 エレノアの目には、友達を侮辱された憤りがあった。

 しかし、それ以上に、美咲に全てを見透かされているような焦りが滲み出ていた。

 それに美咲は気付けなかった。


「お前じゃ……クレアの代わりになんかならない……」


 エレノアは、辛そうな表情で、自分に言い聞かせるように吐き出すと、すぐに美咲から手を放した。


「……怒鳴って、悪い。腕も、傷口が……あたし、何を……」


 申し訳無さそうな美咲の顔と、包帯の血を見て冷静さを取り戻したエレノアは、なんて事をしてしまったんだと動揺した。

 こんな事をするつもりは無かった。

 ただ、美咲の事をクレアの代わりにしようと心のどこかで、無意識のうちにしていた。

 そんなズルい自分を指摘された気がして、それを隠したい気持ちが暴発してしまったのだった。

 美咲の包帯は、猫猿の引っ掻き傷の形に赤く染まっていく。


「ううん。私が、失礼な事言ったから……レアラさんに気を付けろって言われたばかりなのに……ほんとうにごめん」


 この時エレノアは、美咲のどこまでも誠実で真っ直ぐな瞳が怖くなった。

 汚くて卑怯で、嫌な自分を見られたくなかった。

 気付かれたら、きっと嫌われてしまうと思った。


「あぁ? ミサキが悪いなんて、そんな訳あるか……くそっ……悪い、ちょっと外で頭冷やしてくる……」


 そう言うと、美咲から逃げる様に馬車から降りていってしまった。

 美咲は引き留めようと立ち上がるが、馬車の外を見るとエレノアは森の中へと走って行ってしまった後だった。

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